頭のてっぺんにソフトボール大のたんこぶを作り上げながらも足を振り子のように振って反作用の力を使って埋もれた身体を地中から抜け出させる。
綺麗に着地を決めてさっきまでと打って変わって静まり返ったエントランスホールを見渡す。
「ワオ!」
ポッキリとへし折れた石柱や穴の空いた壁、散乱している瓦礫が目に入るが室内を漂う黒い霧の方に驚きが持っていかれる。
先ほどまでは脛あたりの高さまでにしかなかったものがいつの間にか腰丈ぐらいまでに充満している。意識していないところで放出させてしまったかもしれないが、ひとりでに増えていってるようにも思える。自分の知らないところで変化が起きているとなんか不安になってくる。
「ん?」
「ハア…ハア…ハア…」
呼吸を整えながら見渡していると、霧の中から今にも倒れてしまいそうなぐらい弱々しくなった美鈴が立ち上がって姿を見せきた。息は絶え絶えであり、立っているのもやっとのことだろう。だが彼女の目にはまだ闘志の炎が宿っている。
「お嬢様のもとには…絶対に、行かせません…!」
おぼつかない足取りで俺に近づいて腰の力が入ってない拳を放った。しかしそれは門前で喰らった一撃と比べて見る影もなく、胸に当たってもポスッという空気を押し出す音が聞こえてくるぐらいだった。
「あんたの戦いっぷりはカッコよかったぜ。だけどもうここまで。終わりにしようか」
右の手を美鈴の肩に置いて軽く前へ押した。小さく動かしただけの力は体力を消耗し切った彼女の重心を後ろに傾けさせるには十分だった。バランスを崩してそのまま背中から地面に打ちつけると思った矢先。
小さな影がどこからか瞬間的な速さで迫り来て美鈴の身体を抱え上げた。それとほぼ同時に俺の腹部に跳び蹴りを放っていった。
「ぐええぇぇ?!?!」
反応できずにまともに受けた身体は”く”の字に折れ曲がって後方へ吹き飛んでいった。そして石畳の上を何回もバウンドして最後は仰向けになる形で飛ばされた勢いは落ち着いた。
休む暇は与えないとばかりに電柱並みの太さを誇る深紅の槍が靴裏の模様が刻まれた腹に重ねるように投げ込まれた。
「ホゲエエエエェェェェェ!!!!!」
俺の側でずっと支え続けてくれていた腹筋はお亡くなりになり、代わりに紅いオーラを出している極太の槍が居座っていた。不幸中の幸いかまだ興奮状態は冷めきっておらず、そのおかげで大した痛みを感じることはなかった。
貫かれて地面に縫い付けられた体勢のまま、近くを舞っている霧をなんとか手繰り寄せて槍に覆いかぶせる。紅の色は黒に浸食されていき、槍はボロボロと崩れ落ちて霧散していった。
「誰だ!文字通りに横槍を入れやがった奴は!」
穴ができた腹を覗けば向こう側の景色が見えており、トンネルの施工工事が完了されていた。腸内環境は整えられるどころか完全に更地となってしまった。もう便秘に悩む必要はない。
「あら、とっておきのプレゼントだったのだけれどお気に召してくれなかったかしら?」
「刺激的過ぎてお腹の風通しが良くなっちまったよ」
立ち上がりながら宙に佇む影を目に写す。その容姿は10歳にも満たないような幼い少女に見え、青白いウェーブのかかった髪にナイトキャップを被っており、袖口にレースが付いた服を身につけていた。五百年ぐらい前に欧州で見られていた貴族の娘の格好と言えば伝わりやすいだろう。
そして驚くことは彼女の背中から蝙蝠のような膜の張った羽が見えている。
「良い子はもうおねんねの時間だぞ。それとも大きな音で起こしちゃったかな?」
「クックックッ。この私を子ども扱いするとは余程の命知らずなのね」
少女はこちらを見下ろしたまま威嚇するように大きく黒い羽を広げてみせた。羽は照明を遮り、俺の顔に影を作る。
「私はこの世界で誰よりも高貴で尊い吸血鬼。そしてこの紅魔館の現当主でもある。永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレット」
「ご丁寧にどうも。俺は漂泊者の蒲公英………って、吸血鬼ィ?!」
吸血鬼と言ったら狼男やフランケンシュタインと並んで知られる西洋の怪物だ。測り知れないほどの力を持ち、生きた人間から血を啜ってそれを命の糧にすることはあまりにも有名である。
俺は即座に腰を低くして腕をクロスさせた独特なポーズを取った。安心と信頼のスペシウム光線の構えだ。口から「ジュワッチ!」と掛け声が飛び出てくる。吸血鬼の弱点は十字架だと相場が決まっている。
「浅知恵ね」
しかし、この間に合わせの十字架はレミリアに効いてる様子がない。意味がないのなら仕方がない。十字に折り重ねた腕を静かに解いた。
「悪い悪い。まさかこんなところで本物の吸血鬼に会えるとは思わなかぽあッッ?!」
挨拶代わりの会話をしていると開いた口にナイフがホールインワンしてきた。この嫌というほど味わった痛みに誰の仕業だかすぐわかった。ナイフをジャリジャリと砂粒が軋むような音を出しながら嚙み砕いて喉に流し込み、瀟洒とかけ離れている程メイド服が擦り切れた咲夜に目を向ける。
「ほう、俺のタンポポキックを喰らっておいてまだ生きているのか。しぶとい奴め」
「しぶといはこっちのセリフよ」
彼女の指に挟んだナイフが殺意マシマシの銀色に輝き、俺との命のやり取りが続投すると思われた時だった。
「これ以上はやめなさい咲夜。あなたが戦っていいような相手じゃないわ」
「しかしお嬢様…」
それをレミリアが制止した。
今の短いやり取りだけでレミリアと咲夜が主従関係を結んでいるのが理解できた。美鈴と咲夜がお嬢様と呼んでいた者が目の前の幼い姿をしている吸血鬼だそうだ。てことはその二人も吸血鬼ってことになるのかな。羽も無ければレミリアのように顔色は血の気を感じさせないような白ではなかったが、吸血鬼には眷属を作れる能力がある。
そこから俺の超天才的な頭脳が導き出した答えは二人とも悪魔だったということだ。これは間違いないはずだ。特に咲夜の方は。だって追いかけられている時めちゃくちゃ怖かったもん。逆に悪魔じゃなかったらなんやねんという話になってくる。
「ここからは私に任せてちょうだい」
「………わかりました。あの変態は“否定する程度の能力”というものを使ってきます。どうかお気をつけてください」
「やはりそうなのね。この霧から感じ取れていた嫌なものが」
咲夜は渋々と了承の返事を出してレミリアの傍に一瞬で移動した。そして気を失っている美鈴の身体を預かり受けて憂慮の視線をレミリアに向けながら再び姿を消した。メイドから吸血鬼へバトンタッチで選手交代のようだ。
「随分慕われているんだな」
「当たり前でしょ。私の自慢のメイドだもの」
レミリアはどこか誇らしげだ。そしてすぐに殺気を込めた眼つきに変わって俺を睨め付けた。
「あなたの目的は私の首かしら?うちの門番をあんな目に合わせた代価は高くつくわよ」
「俺の目的?存在の証明をしにきた」
なんだそれはと眉をひそめて困惑の表情をレミリアは浮かべる。わかるよその気持ち。自分の家に突然知らない人が上がり込んで来て「存在の証明」とか訳わかんないことほざいていたら平手打ちしたくなるもんな。
「退く気はないのね」
「もうここまで来ちまったら正義もジャスティスも関係ねえ。全力をぶつけて暴れ続ける。ただそれだけだ」
「哀れの一言に尽きるわ」
身体はまだ火照っている。心臓のエンジンはかかったままだ。そのおかげですぐに全速力で動ける準備はできている。
「さっさと来なさい、信義なき泥人形よ。その身で愚かさを教えてあげるわ」
ヒドい言われようだ。しかし、その程度の言葉で心はメゲないショゲない生かしておかない。オラ弱えヤツ見るとワクワクすっぞ。
小手調べなんて知ったこっちゃない。俺は一度の跳躍でレミリアのいる高さまで届き、組み技で羽を封じて空中から地上戦に持ち込もうとする。
「神槍“スピア・ザ・グングニル”」
彼女の手の一点には赤色の稲妻が集っていき身長とは不釣り合いに長い槍を形成していった。何もないところから創り出された血の色をしたその矛に驚きで空中で身を少し固めてしまう。
レミリアはそのまま槍をハエたたきのように上から下へと振りかざして俺を地面に叩きつけた。
「うべぇッ?!」
俺は非常口のマークのように足と手を片方向に突き出した体勢で床に埋まるが、すぐさま身体にかぶさった小石を飛ばす勢いでガバッと起き上がってその場から急いで後ろへ距離を取る。
すると俺が倒れていた場所、正確には頭があった位置にレミリアの槍が轟音と共に突き刺さっていた。少しでも反応が遅れていたら自分の頭はおじゃんになっていたことだろう。ありえたかもしれない未来に背筋に冷たいものが走る。
「おのれ
「そんなに離れていいのかしら」
レミリアの背後の空間には光を放つ幾何学模様の円陣が浮かび上がっていた。それが立体映像技術の類ではないことはさっきの
「ハッ!弾幕なんぞもう慣れちまったぜ!」
不敵に笑ってみせ、傲岸不遜に待ち受けた。
「あばばばばばばばばばばばばば」
慣れたとは言ったが避けれるとは言ってない。
一つ一つの弾が洒落にならない程の火力を持っており、例えるならボウリング玉を機関銃で撃ち続けられているようだ。
弾幕を浴びながらも右腕を後ろに大きく引く。
「タンポポラリアーット!!」
光弾の一発目掛けてフルスイングで腕を叩き付けてそれを打ち返した。