絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス   作:千年 眠

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「エッヘン! それではぁ、我らがサイトー氏のご活躍? 成功? とかとかを祈りましてぇ……かんぱーい!」

 

 ミカさんとたきなが一番に、よく通る声で乾杯! と返した。一方で僕とクルミとミズキさんは、うえーい、とゆるい返事をしながら、それぞれのグラスを持ち上げる。こんなノリだけど、もちろん会のお礼はしっかり言った。

 息が合っていないように見えるこの光景も、リコリコの気楽な空気のおかげだ。盛り上がりたい人は盛り上がり、のんびりしたい人はのんびりやる。てんでバラバラなようで、お互いがお互いを受け入れている。

 苦しくない。僕が僕のままでいられる、大切な場所。

 このまま時間が止まってしまえばいいのに。

 なんてね。ちょっと気持ちが重すぎるな、我ながら。

 

「どうですか、サイトウさん」

 

 ハロウィン限定メニュー用に仕入れた食材の余りで作った、特大サイズのかぼちゃグラタンを頬張っていると、たきながなんだか気合の入った様子で身を乗り出してきた。今日のお昼過ぎ、会のために店を早く閉めた時からずっとこんな調子だった。

 

「ん、おいひい!」

「っ、よし……!」

 

 口の中の物を飲み込みながら素直に答えると、小っちゃくガッツポーズされた。たきなってこんなに得意げな顔するんだ。この子がリコリコに来て半年以上は経つのに、まだまだ知らないことが出てくる。

 

「へへ。たきな頑張ったもんねー」

 

 皿に取り分けたサラダをヤギみたいにもっしゃもっしゃと食べまくっていた千束が横から口を挟んだ。そういえば、こないだ三人で近所の銭湯に行ったとき、脱衣所のレトロな体重計に乗って顔面蒼白になってたっけ。まだ気にしてんのかな。

 

「下ごしらえはサイトウさんにやってもらえたので……主賓に準備を手伝わせるっていうのも、なんだか変ですが」

「いやぁ、自分だけなんにもしてないと落ち着かなくてさ」

「結局買い出しもミズキと行っちゃうしぃ?」

「腕力担当がいて助かったわあ。でかいペットボトルとかアタシ持ちたくないもん」

「クルミ、ほっぺ。拭くからこっちに顔向けて」

「ん」

「隙あらば世話焼き。っかー、サイトウあんたモテるでしょ。女の子に」

「サイトウさんって、面倒見のいいお姉さんって感じですよね」

「一体何人のリコリスがサイトーに初恋ハントされてきたんやら……怖いねぇ」

「お前ら好き放題言いやがってよぉ……」

 

 なんでお祝いされながら刺されてんだ僕は。まだサクラの初恋クラッシュ事件は忘れてねーぞ。あの一件のせいでしばらくロッカーがラブレターまみれになったんだから。

 

「別に、俺くらいの歳のリコリスってみんなそうでしょ。訓練生のころ、先輩が宿舎の見回りに来なかった?」

「懐かしー! 消灯した後も起きてたら寝かしつけてくれたなあ。みんな優しかったよね、ホントはお説教コースなのに」

「京都支部でもありました。あの頃はDAに来たばかりで、とっても心細くて……嬉しかった」

「それだよ。俺はただ、人にしてもらったことを返してるだけ」

 

 僕は恵まれている。大切な人はほとんど死んでしまったか、任務で殺してしまったかのどちらかだけど。それでも、みんなと出会えたことや、みんなが僕に与えてくれたものまでは、否定したくない。

 その全部が、今の僕を形作っているから。

 

「リコリスは親がいないから、独りじゃないんだってことを誰かが代わりに教えないといけないでしょ。俺も先輩に教えられたから、今度は自分の番だと思ったんだ。そしたらいつの間にか、こんな感じになってた」

 

 僕が感じた温かさを、無償の愛を、みんなにも知ってほしい。できるなら、ずっと覚えていて、自分の立っているところが揺らぐような思いをした時には、それを助けに凌いでほしい。

 そうして、なるべく幸せに生きてほしい。

 ただ、それだけの話。

 

「ミズキぃ! うちのサイトーがいい子すぎて辛いよお……!」

「だー! くっつくんじゃねー酒がこぼれる!」

「サイトウ……そうか、すっかり立派になって……」

「ミカさん!? え、なんで泣いてんの!?」

「あーあ、もう収拾つかないな。押し入れに戻ってていいか?」

「ダメです。後片付けがあるので」

「ちぇー」

 

 そうして夜は更けていく。

 張り裂けた電波塔のふもと、静かな住宅街の一角にひっそりと佇む、喫茶リコリコ。そこで僕らは、まるで家族のように笑い合う。

 みんながいれば、他に何もいらない。

 そう思っている自分に、ふと気づく。

 ああ、やっぱりそうだ。僕はもう、誰にも縛られていない。

 初めて好きになったあの人は、僕の中にずっといる。声も、姿も、匂いも、温もりも、生涯忘れることはない。

 それでも確かに、彼女は過去になっていた。

 掌に落ちた雪のひとひらのように、美しくて、痛くて、甘くて、儚い、ひとつの思い出に。

 生きていようと思った。

 僕と彼女と、死んでいった全ての仲間たちの声なき叫びが、きちんと報われるその日まで。

 

「二人は?」

 

 会が終わって、すっかり静かになった店内で、僕はキッチンを覗き込んだ。

 

「外よ。あんたも行って来たら? 洗い物、大した量じゃないし」

「ううん。手伝いたい」

 

 そう言って、ミズキさんからスポンジを受け取る。業務用の食洗機がいくら大容量だといっても、入りきらない分は手洗いしなくちゃいけない。こういうのはなるべく、体質上、滅多に肌荒れしない僕がやったほうがいいだろう。

 もげた手足が生えてくるくらい再生力が高いと、皮膚のターンオーバーも強力みたいで。ろくにケアしてなくても肌はやたら綺麗なんだ。

 

「冬限定のメニュー、考えないとね」

「あは! ハロウィンが終わったと思ったら次はクリスマスだもんねえ。そういえば、たきなが何か考えてたわよ」

「へえ、うちの経理部長はすごいなあ。僕なんか全然だよ、そういうの」

「……たきなが来て、もう半年?」

「そのくらいだね。あの頃はまだ、桜が咲いてた」

 

 言ってから、まるで千束みたいな言葉選びだな、と気づいた。街路樹の葉の色や、朝の空気の匂いから、季節の移り変わりを感じる繊細な感覚が、彼女にはあった。そういう小さな幸せを拾うのが得意なんだ。

 僕にもやっと、周りの景色が目に入るだけの心のゆとりが生まれてきたのかもしれない。

 あるいは、みんなとの別れが近づくにつれて、千束と同じ境地に達しようとしているのか。

 いや。そういう見方はしたくないな。千束のためにも、自分のためにも。

 

「もっと前から一緒にいる気がするわ」

 

 ミズキさんは僕が洗い上げた食器を拭きながら、静かに呟いた。二人きりの時にしか聞けない落ち着いた声音が、僕は煙草やコーヒーよりも好きだった。好きになって、しまった。

 

「ところであんたさ」

「ん?」

「好きな子できた?」

「ハァ!?!?!?」

 

 手からすっぽ抜けた平皿を、何度か空中でお手玉してキャッチ。やば、心臓が口から出てきそう。

 

「急に何!?」

「ほぉー? へぇー?」

 

 ミズキさんはニヤニヤとゲスい笑みを隠すこともせず、手のグラスと布巾をそのままに僕の方へもたれかかってくる。あんたなら平気でしょとばかりに全体重を預けられちゃ、僕も逃げるに逃げられない。

 

「女の子?」

「……そーだよ」

「もしかして今、外に――」

「千束でもたきなでもねぇよ!」

「えー、じゃ誰よー!」

 

 あんただよ! なんて言えるわけなかった。DAに喧嘩を売ろうとしている身で、分かりやすい弱みは作れない。

 そもそもミズキさんは二七歳の立派な大人で、僕は一六歳のクソガキ。どう考えても犯罪だし、どう考えなくたっても女子高生の(ヒマリ)がミズキさんに見向きされるわけねぇだろ! バカ!

 

「絶対言わねー……!」

「まー、無理には聞かないでおきましょっか。でもオネーサン嬉しいわぁ! あんたにそういう相手ができるなんてねー!」

「……いつもみたいに怒んないんだ」

「あーあれはね。私が旦那探しに夢中なキャラをやってると、安心する奴がいんのよ」

「千束?」

「そ。多分、自分のために、誰かの時間を使わせるのが嫌なのね。あんなんだけど結構な気にしいだからさ。それなら『私がいなくなった後でもこいつは大丈夫』って、そう思わせてやんのがデキる大人の気遣いってもんでしょ?」

 

 特に結婚なんて分かりやすいゴールだからね、映画の濡れ場でキャーキャー言ってるようなお子ちゃまにとってはさ。そこに向かうポーズを見せとくだけでも違うものよ。

 小馬鹿にしているようで、けれど、どこまでも優しい口調でミズキさんは言った。

 DAを飛び出した千束と、ずっと一緒にいただけのことはある。やっぱりこの人は千束のお姉さんなんだ。血の繋がりなんて関係なく。

 

「全然知らなかった」

「こんなこと誰かに教えるの、初めて」

「……そういうところ、ずるいよなあ」

「え?」

「なんでもないでーす」

 

 最後の食器をすすぎ終えて、まだ僕に引っ付いているミズキさんに手渡したその時、店の裏口がノックされた。二人揃って振り返る。僕は濡れたままの手で、ジーンズの内側にコンシールド・キャリーしていたコンパクト・リボルバー、キンバーK6Sに触れた。

 

「ちょっと、サイトウ」

「正面の千束たちを避けて、わざわざ裏手に回り込む理由って?」

「……やましいところがある」

「僕が出る。何もなければ、それでいい」

 

 古民家を改装して店舗としている都合上、リコリコの出入口は三つある。喫茶店としてのエントランスに加えて、今は店員用の勝手口として使われている旧玄関と、和室から外に通じる裏口だ。

 宅配便や出前の類はいつもエントランスで受け取っているから、他の二つに人が来ることは滅多にない。だから怪しいんだ。

 裏の仕事で悪党をしょっ引きまくっている僕らは、何かと恨みを買うことが多い。実際、店やセーフハウスを狙う連中をボッコボコに痛めつけて見せしめにしてやったことも一度や二度じゃない。

 さあ、今度はどんな身の程知らずがやってきた。

 

「タチバナ? どうした?」

 

 引き戸を開けた先にいたのは、いつものブラックスーツを着た兄さんだった。だが、様子が変だ。表情がやけにこわばっていて、どこか剣呑な気配を漂わせている。

 

「緊急事態だ。延空木建設現場に侵入者が複数、目的は不明。俺たちで対処する」

「リコリスの展開は……待った。司令を通さずに来たってことは、()()()()()()?」

()()()()()()だ。出られるか?」

「出るしかないだろ。待ってて、着替える」

 

 クソ。僕と兄さんの仕込みに気づいた奴がいる。延空木は計画の要だ。あそこで何をしているかは、完成まで絶対に隠し通さなきゃいけない。事前の発覚は想定内ではあるし、対抗策もあるにはあるが、よりによって今かよ。

 弾かれたように振り返る。ロッカーに駆け込もうとすると、キッチンで息をひそめていたミズキさんが気づいた。

 

「ごめん、仕事だ。行かなきゃ」

「待って。あいつタチバナでしょ。政府に戻ってプルトニウムを探してたんじゃなかったの?」 

 

 どうしてそれを知ってるんだ。そう思って一瞬、動きを止めたのがよくなかった。ミズキさんは僕の肩を抱いて、顔を真っ直ぐに見上げてくる。まるで内心を覗き込むように。

 そうだ。この目は、ミズキさんを撃ってしまったあの日の夜と同じ。

 僕が抱えているものに、向き合おうとする眼差しだ。

 

「行っちゃダメよサイトウ。何かおかしい」

「ミズキさん」

 

 アンダーリムの眼鏡の向こう側にある琥珀色をした瞳を、真摯に見つめ返した。思いがけない反応だったんだろうか。彼女の目がかすかに見開かれる。

 

「ごめんなさい。今は何も話せない。でもこれは、僕がやらなきゃいけないことなんだ」

「……私、そんなに頼りない?」

「違う。大切だから、守りたいんだ」

 

 自分でも驚くほど、するりと言葉が出てくる。ミズキさんの両腕にそっと手を添えると、彼女はどこか呆気にとられたような表情で、僕の体から手を離した。

 

「約束するよ。全部終わったら、なにもかも話すって」

 

 差し出すのは、小指。

 

「……ええ。約束」

 

 そっと指を絡めた。

 絶対に破らないと誓った。

 僕はもう、裏切らない。

 

「行ってきます」

「……無事でね」

 

 僕はもう、迷わない。

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