ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第83話 決行前夜

 エンデヴァーとその事務所のサイドキック全員が愛知県の泥花市へ向かっていると、ニュース番組の女性アナウンサーが伝えている。国会議員の花畑がそこにいるから、保護と警備のために行くらしいという理由も一緒に伝えている。

 SNSでも投稿者の感想を含めた『エンデヴァーを〇〇で見た』という情報が溢れていた。これだけの情報量と情報元の多さ、フェイクでは有り得ない。間違いなく正しい情報が発信されている。

 愛国者集団(パトリオッツ)は闇に紛れて行動するといった、いわゆるヴィランっぽい行動で各アジトの物資集約をやっているわけではなかった。一般人が物を運ぶように、当たり前のやり方かつ常識の範疇の物量で集めていた。このやり方は戦車や戦闘機などといった乗り物を持っておらず、個人装備や日用品、医療品ばかりだったからこそだった。

 物資を運んだヴィランはそのまま佐藤たちのアジトに留まることとなり、時間が経つにつれ佐藤のアジトの戦力は増えていく。

 猿石はそういったヴィランに衣食住の用意と金を手配するといった事務仕事のようなことに忙殺されていたが、佐藤や(さとし)はいつも通りに過ごしている。

 そのことについて、一言くらいは何か言いたい気持ちが猿石にあった。佐藤の指示で何かしらのアクションをすることは楽しいが、雑用は単純作業の連続がただ続くだけで退屈だからだ。しかも誰でもできる。別に自分である必要性は無い。

 だが、猿石の悪いところというか、佐藤に頼まれたらはいと言ってしまって断れない性格が、こんな退屈な作業を延々とやらされるという結果になった。

 猿石はようやくそれらの雑務が終わり、一息ついていたところに、何気なくつけていたテレビのニュースでエンデヴァーのことを知ったのだ。そこからSNSも確認し、間違いないと分かった。

 

 ──とうとう来たな。

 

 首都東京から地方への戦力分散。東京からヒーローが減れば減るほど、佐藤のやろうとしている東京制圧の成功率は上がるだろう。

 扉が開き、佐藤がやってきた。テレビのニュースが流れているのを見て、微かに笑みを浮かべる。

 

「まずは戦力の核の一人が消えたね」

「国会議員を僕たちから守るため、ですよね?」

「そうだよ。嫌でも守らないと世間体がよくないから」

「……」

 

 猿石は顔を俯ける。

 ヒーローは常にヒーロー以外の評価、正確には支持が必要になる。犯罪をするヴィランを捕まえることは当たり前で、捕まえる状況や影響力が重要。具体的には、人知れずヴィランを捕まえるのではなく、周りに人がいたり凶悪犯罪をしたヴィランを捕まえる。そうしないと、ヒーローとしてランキングを駆け上がれない。

 だから弱いと思うのと同時に、そんなものに縛られてヒーロー活動をしなければならないヒーローを哀れにも思う。

 

「そろそろ動きどきかも。物資はどれくらい集まってる?」

「今六割くらいってところですね。あと二、三日すればほぼ完了すると思います」

「もう明日やっちゃおうかな」

「えッ!?」

 

 猿石は佐藤の顔を凝視する。冗談を言っているのかどうかポーカーフェイスすぎて判断できないが、これまで佐藤と行動を共にしてきたからこそ分かる。これは本気で言っていると。

 そう感じた猿石の頭の切り替えは早い。驚いている表情を引き締め、パソコンのあるデスクに向かい、その前の椅子に座る。

 佐藤はその猿石の一連の行動を眺め、一つ頷いた。猿石に近付き、肩に手を置く。

 

「キミがやることだから、信じて任せられる。明日、期待してるよ」

 

 佐藤はその言葉を最後に、部屋から出ていった。

 正直、やる事がハッキリしているのは三つしかない。しかもその内の一つは制圧後にやる事。東京制圧作戦について話し合いはもう終わっているから、佐藤の指示はもう聞いていたし、段取りも頭に入っている。

 猿石は佐藤の手が置かれていた肩を噛み締めるようにゆっくり撫でる。これだ、とまるで身体に電流が走ったような衝撃を受けた。この特別感。大勢の内の一人じゃない。自分だからこそ任せられること。自分を特別な存在にしてくれる佐藤だからこそ、自分は一生懸命頑張れるし、楽しい。たとえそれが殺人に繋がっていくものだったとしても、これで死ぬ人間は自分を特別視してくれない、言ってみれば自分にとってメリットのない人間だ。もっと言えば『無個性』の自分を排除し、隔離してきた人間。そんな人間の命を気にして、自分の行動を縛ることは、佐藤と出会った後の猿石にとってくだらない倫理観になった。

 猿石の顔がニヤける。

 今の猿石は明日東京制圧作戦をやると言われて、その被害を憂う気持ちは全く無い。どうすれば佐藤をフォローしてこの作戦の成功率を上げられるのか、どうすればヒーローや警察を出し抜き、世間にインパクトを与えられるか、そういう思考になっている。

 

 ──僕は佐藤さんと共に生きる。自分は特別だと証明し続けるために。僕が死ぬその日まで。

 

 佐藤の猿石へのマインドコントロールは確実に成功していた。

 

 

 

   ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 開世は両手を背中で縛られた状態で自由を与えられていた。自由と言っても一部屋だけの自由だが。

 (さとし)はそんな開世の見張りをやっている。見張りだけではない。両手が使えない開世はトイレすらまともにできないため、そういった手を使わなければならない行動の世話もやっていた。

 怜からすればとてつもなく不快な役目だが、なんとかやれているのは開世が佐藤にとって重要人物だからだ。重要人物を任せられるためには信用されていなければならない、と怜は思い込んでいる。自分以外の見張りがリベンジエッジの人間ではないことは深く考えない。

 実際のところ、佐藤は信用どうこうではなく単純に歳が近いから怜を見張りの一人に選んだわけだが、怜はその可能性を無意識の内に排除している。

 部屋の扉がノックされ、怜が返事をする前に扉が開いた。ノックはただ単にこれから開けるという合図であり、開けていいですか? という問いかけではない。

 部屋に入ってきたのは佐藤だ。

 

「怜君、明日やることにしたよ」

「明日!? えらい急な話だな」

「ヒーローが動き出した。明らかに我々をあぶり出そうとしている。このまま放置してもいいけど、それじゃつまらないからね」

 

 怜は佐藤の言葉に違和感を覚えた。国会議員の失踪はアクシデントであって、ヒーローはただその対応に追われているだけじゃないのか。

 怜は佐藤にそういう疑問を伝えると、佐藤は微かに笑った。

 

「国会議員は我々の標的だと大々的に伝えている。そんな国会議員を警備あるいは監視していないなどというバカなことあるわけないでしょ。たとえ国会議員と上手くいってなかったとしても、密かに監視ぐらいはさせている筈。つまり、ニュースで国会議員が行方不明になってヒーローが対応に追われているということ自体が嘘であり、見失っている内に国会議員を見つけた方が有利だと我々に思わせるための策なんだよ」

「そういうことか」

 

 確かに言われてみれば、最重要警備対象の国会議員の行方が全く分からないなど考えにくい。

 佐藤はそれだけ伝えたかっただけらしく、扉の方に向かう。

 そこで、佐藤は確かめたかったことが一つあったことを思い出した。

 佐藤は怜たちに背を向けたまま、IBMを使用。黒い粒子が佐藤の身体から溢れ、部屋の隅に黒い異形が形作られる。

 

「なんだコイツ!?」「うわぁ!? 化け物ッ!」

 

 佐藤は声に反応して立ち止まり、振り返った。

 怜、開世が目を見開き、IBMの方を見ながら戸惑いと恐怖が入り交じった表情になっている。IBMを見ているという部分が重要だ。

 

「二人とも、どうしたの? 何かそこにいるの?」

「何って、佐藤さん見えないのかよ!? そこにいるだろ! 黒いミイラ男みたいな化け物が!」

 

 IBMは包帯をぐるぐる巻きにしたような姿をしているため、ミイラ男と表現するのは間違っていない。

 

「へぇ、見えるんだ」

 

 佐藤は笑みを深くする。

 スターアンドストライプがIBMに何かしらのルールを付与した可能性。その検証を今まで忘れていたが、やってよかった。やはりアメリカナンバーワンヒーローらしく、佐藤をタダでは帰さなかった。

 怜はIBMに拳銃を突きつけながら、佐藤とIBMを交互に見る。

 

「佐藤さん、マジで見えねえのか!? ヤベェのがいんだって! そこに!」

「ああ、気にしなくていいよ。ソレは私の分身体みたいなものだから」

「…………は?」

 

 怜はIBMの方を見ながら唖然としている。

 

「ただ、本来は私以外には見えなくてね、黒じゃなくて透明なんだよ。どうやらスターアンドストライプが私以外の人間にも見えるよう、ルール付与したようだ」

「……じゃあコレが、佐藤さんの言っていた透明な味方の正体……?」

「うん。今まで嘘ついててゴメンね」

 

 佐藤は再び扉の方に向き直る。それと同時に部屋の隅にいた黒い異形は空気に溶けるように消えていった。

 佐藤は部屋から出ていく。その姿から、怜はずっと目を離せないでいた。

 

 ──透明な味方は佐藤さんの『個性』の一つだった……。

 

 怜はその情報をゆっくりと呑み込み、同時にある感情が湧き上がってくる。それは怒り。

 怜は歯ぎしりした。

 

 ──『不死身』だけじゃなかったのかよ……!

 

 怜は佐藤を尊敬していたし、憧れていた。何故かといえば、死なないという能力を戦闘スキルや武器で補っていると思っていたからだ。自分も同じように戦闘スキルを身に付け、武器を使えるようになれば佐藤と同じようになれると信じていたから。

 だが、透明な物体を創造し、思いのまま動かせる能力も使えるとなれば、話が違ってくる。それは『強個性』と言っていいほど便利で戦闘にも使える能力だからだ。

 その能力は努力ではどうにもならないものであり、怜がどれだけ頑張ろうが届かない力。

 

 ──結局佐藤さんも恵まれた(そっち)側だったってか。

 

 怜は傍にあったベッドを蹴った。開世がひッと悲鳴をあげ、身体をビクッとさせたが、怜の苛立ちを加速させるだけだった。

 

『キミがいてくれて助かったよ』

 

 佐藤に言われた言葉を思い出す。あの時、初めて誰かに必要とされている喜びを知った。自分は生きていて意味のある存在なんだと思えた。

 怜は再びベッドを蹴る。

 しかし、佐藤はやろうと思えば怜のフォローなど必要ではなく、一人で様々な問題を解決できる能力がある。そんな能力がありながらあんな言葉を言って、俺の心を弄んだ。

 

 ──ふざけやがって。

 

 怜はベッドを蹴り続ける。ガン、ガンという音が部屋に響き渡った。

 開世はその行為をただ震えながら見ていることしかできない。何か言って刺激するようなことだけはやらないように心掛けている。

 不意に、今まで開世のことが眼中に無かった怜と目が合う。

 佐藤の命の恩人であり、佐藤にとって東京制圧が終わった後の逃走手段。今コイツを殺せば、佐藤のあのニヤけ面が少しは崩れるのだろうか。

 怜は拳銃を開世に向けた。

 

「……あ……ああ……」

 

 開世は叫び声も上げれず、涙目になりながら銃口をみている。

 怜は引き金を引く。

 パン、という乾いた音とともに、開世のすぐ横の壁に銃弾がめり込んだ。怜は撃つ寸前で銃口をズラしていた。開世はあまりの恐怖で失禁し、ズボンの股間部分に染みを作っている。

 怜はそのまま崩れ落ちるように両膝を床につく。拳銃を握る手に力を入れすぎて、持っている拳銃が小刻みに震えている。

 

 ──ここでコイツを殺して逃げたところで、俺には何もねえ。何も、ねェんだ。

 

 愛国者集団にいれば、佐藤に近しい人間ということで他のヴィランから一目置かれるし、ヴィランたちのまとめ役として使ってもらえる。誰かに必要とされ続けることができる。

 

 ──俺はあの人に一生付いていくしかねえんだ。特別であり続けるために。

 

 怜の両目から涙が溢れ、ポツポツと床に染みを作っていく。

 今までの怜にとって、佐藤はキリスト教でいうところのイエス・キリストだった。その神像が、確実に砕かれはじめていた。しかし、怜は神への信仰を止めることはできず、すがりつくことを止められなかった。

 信仰は視野を狭める。怜は自分を助けられる道が傍にあるのに気付かず、地獄に繋がる道を選んだ。

 

 

 

   ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 逃がし屋の円来と狙撃手の凛のところにも佐藤は顔を出し、東京都制圧作戦は明日決行すると伝えた。

 二人は驚きで目を丸くしている。

 

「あ、そう言えば、私の見た目になれるようになったかな?」

 

 佐藤が凛に向かってそう言うと、凛は僅かに顔を赤らめ、俯く。

 

「えっ……とぉ、顔だけなら……」

 

 凛はそのまま個性である『妄想(イメージミラー)』を発動。ピンク色の長髪が佐藤と同じ髪型になり、ワインレッドの瞳は細目に隠される。だが、黒のタンクトップから盛り上がっている二つの膨らみはそのままだし、クビレもそのままだ。つまりは恥じらっている佐藤の顔をしたナイスバディの女がそこに存在していることになる。女体化佐藤などという、この作品の作者以外どこにも需要の無いものが誕生してしまったのだ。

 実際、凛の隣にいた円来はゲッと吐き気を堪えている。そんな姿を見て、佐藤の顔をした凛はますます顔を俯けた。

 

「素晴らしい! この短期間で顔は完璧に近いじゃないか!」

 

 そんな中、佐藤は凛に向かって拍手する。

 

「え!?」

 

 てっきり呆れられるか笑われると思っていた凛は、佐藤の予想外の反応に驚く。

 

「ボディラインは服装や装備でどうにかなる! 顔がそっくりなのが大事なんだ! キミは本質をよく分かってるね!」

 

 佐藤の顔をした凛は俯けていた顔を上げる。

 

「もういいよ」

 

 佐藤がそう言ったため、凛は元のピンクの長髪とワインレッドの瞳という自分自身の顔に戻った。

 佐藤は満足そうに何度も頷く。

 

「明日、色々面白そうなことがやれそうだ。期待してるね」

「は、はい!」

 

 凛は背筋を伸ばし、去っていく佐藤を見送っている。

 佐藤が部屋の扉を閉めたのを見計らい、円来が凛に顔を近付けた。

 

「ここが引き際だぜ。間違いなく死ぬか、一生ムショ暮らしだぞ」

 

 凛はさっきまで見せていた愛らしい表情から無表情になり、円来の方に顔を向ける。

 円来はその表情に怯みつつ、負けじと言葉を続ける。

 

「適当言ってんじゃないぜ。明日の作戦は制圧だぞ。今までみたいな、ターゲットを破壊して逃げるわけじゃない。その場に留まり続けるんだ。作戦の難易度がこれまでとは段違いに上なんだよ」

 

 確かに円来の言う通り、逃走という手段が無いこの作戦は犠牲者が今までより多く出るだろう。

 

「それに、お前は佐藤になりすまして何かやることになるだろう。危険過ぎる役目を任される筈だ」

「だから逃げろというのか?」

「そうだ」

「強い人間は困難から逃げない。逃げるのは弱いヤツがすることだ。お前はそうやって逃げ続けて、やりたくもない事を毎日やりながら生き延びていくんだ。私は違う。たとえ明日失敗するとしても、最後の最後まで全力で暴れてみせる。それが今、私がやりたいことなんだ」

 

 凛は歩き出し、佐藤の後を追うように扉に向かっていく。

 

「そうかよ。なら、今日でサヨナラだ」

 

 円来は凛の後ろ姿を見ながら、舌打ちした。

 凛は扉のドアノブを握り、ドアを開ける。そのまま、顔だけ円来の方に向けた。

 

「ありがとう」

 

 その言葉を最後に、凛は部屋から出ていった。

 円来一人になった部屋。円来は両拳を握りしめる。

 

「馬鹿が。生きてこそ、人生だろうが」

 

 どれだけ逃げても、やりたくないことをやっていても、死ぬことに比べればマシだ。生きることこそ戦いなのだ。

 愛国者集団にいる連中はそれをつまらない生き方で価値がないものだと思っている。佐藤のせいだ。佐藤の生き方に感化され、佐藤のように人生やりたい事を思いっきり楽しんで死ねるなら、早く死んでも本望だと思い込んでいる。佐藤の放つエネルギーみたいなものが熱狂を生み出しているのだ。

 円来はその日の深夜、誰にも言わずアジトから姿を消していた。

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