誰もが生まれ変われるわけではない。
 前世で無能で、無気力だった者は地獄の井戸に落とされ、ミミックという箱詰めの醜い亡者になってしまう。
 僕もそんなミミックの一人だった。
 転生するには羽を生やして出口に飛ばなければならないけど、僕たちミミックには一枚しか羽がない。
 全てを諦めたものはミミックを経て、消えてなくなる。
 もう少しで僕も消えてしまうはずだったのに。
 何故か完全な羽を持つ彼女が僕の前にやってきた。

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片翼のミミック

 神様は才能を与え、生まれ変わる者を選んでいる。

 

 それは生まれる前から、前世での行いを見て決められるものだ。

 

 その中で無能であり、無気力であり、生きる価値がないと思われた者は地獄の井戸に捨てられる。

 

 その井戸は底へ行くほど広がっており、反る形に出来上がった壁のせいで殆どの者は登ることができない。

 

 

 

 僕もまたその井戸に沈んだ哀れな魂の一つだった。

 

 

 

 ここに捨てられた亡者は己の形を憎み、それを見せぬために。少しでも良いものに見せるために宝箱のような形の殻で体を覆う。

 

 内側にあるのは腐りきった内蔵。歪んだ四肢と骨。それは己の醜さを象徴しているもので、神は僕たちをミミックと呼んだ。

 

 

 

 ミミックになった者たちは少しずつ己の前世を忘れていく。

 

 忘れれば忘れるほど自我が保てなくなり、やがては消えてなくなってしまう。

 

 しかし、それを苦痛に思うものは少なかった。元々、無能であり、無気力である自分を少なからず認めている者たちが大半だったからだ。

 

 

 

 そんな僕たちは箱にこもったままじっと井戸の外を見ている。

 

 井戸の外では天界へと翼を羽ばたいて登っていく転生の資格を得た魂たちが上がっていく。

 

 それを羨ましそうに見ながら、僕たちは歯噛みするのだ。

 

 

 

 ミミックも勿論空に飛ぶ翼は持っている。

 

 ただし、半分だけ。腐りかけの片翼ではこの体を持ち上げることはできず、空に舞うこともできない。

 

 ではその翼はどうやったら手に入るのか。

 

 

 

 神は翼は意思の力であると言っていた。

 

 要は生き抜く気力がなければ生えてこないものらしいのだ。

 

 ここにいる者たちは皆そんな気力を持ち合わせていなかった。

 

 

 

 今日もまた隣りにいたミミックが消えてしまった。

 

 己の事も忘れてしまったのだろう。自分の周りに最初は十人ほどいたのだが、気がつけばもう周囲数十メートルの間には誰もいなくなってしまった。

 

 

 

 ドサッと遠くでまた新しい亡者が足される音はする。しかし、そいつがこちらに来ることはない。もうすでにここに入るときには皆、箱にこもってしまっている。

 

 歩こうなどと思うものもいないし、今こうやって周りを見渡しているのも自分くらいなものだ。

 

 固く箱を閉ざして、自己嫌悪に陥りながら消えていく。

 

 それがここのみんなの残り僅かな人生の過ごし方。

 

 

 

 僕もだんだん前世のことを忘れつつあった。

 

 自分の名前がニヒトであった事をかろうじて覚えている程度だ。

 

 自分がどこの生まれだったか……どんな人生を歩んでいたのか、もうだいぶ忘れてしまった。

 

 あとは皆と同じように消えていくだけ……。

 

 

 

 そう思っていたんだ。

 

 

 

 不意に目の前に何かが落ちてきた。

 

 新しいミミックだろうか。

 

 僕はゆっくり箱を開き、外の様子を見てみた。

 

 すると、そこにいたのは意外なものだった。

 

 

 

 ミミックではない、両翼を持った普通の魂だ。

 

 

 

「……どうしたんだい。滑って落ちてきたのなら、飛んで上を目指しな」

 

 

 

 僕はしわがれた老人のような声で目の前の魂に告げる。

 

 するとその魂は何故か首を振り、

 

 

 

「いいの……私は自分の意思でここに来たの」

 

 

 

 そう少女の声で言った。

 

 僕はその言葉の意味がよくわからなかった。

 

 箱の隙間から彼女を見つめながら、

 

 

 

「なんで? 君は転生する資格のある有能で生きる意思を持った魂だ。何故ここに来る必要がある」

 

 

 

 そう言うと、彼女は言った。

 

 

 

「私は……ここにいるある人と一緒に転生したいの。神様は言っていたんだ。ミミックになっている人でも、私が翼をあげれば、二人で一人として転生が出来るって。ただ、その人が自分を思い出さないといけないらしいの」

 

 

 

 そんな方法が?

 

 神様が教えてくれなかった方法に目を丸くしながらも、僕はため息をつく。

 

 

 

「けど、ここには沢山のミミックがいる。君の求めている人がいるかどうか……」

 

 

 

「分かってる。だから、みんなに尋ねようと思って」

 

 

 

「そうかい……まぁ無駄だと思うけど。名前くらいは分かるのかい?」

 

 

 

 僕はぶっきらぼうに言う。

 

 すると彼女は言ったのだ。

 

 

 

「私が探しているのは、【ニヒト】という男の子なの」

 

 

 

「……」

 

 

 

 言葉を失った。

 

 それはかろうじて自分が覚えている自分の名前だったからだ。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「いや……それは僕と同じ名前だったから……でも多分違うよ。僕を大切に思ってくれる人なんていなかったから」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 彼女はそんな言葉を告げる僕を黙ってみていた。

 

 その目は驚きと悲しみと……そして哀れんでいるような気持ちがにじみ出たもので、

 

 

 

「思い出せないの?」

 

 

 

「もう……覚えていないんだ。名前以外。そもそも覚えていていいものだったとは思えないし……」

 

 

 

「……そうなのね……」

 

 

 

 彼女は悲しそうに僕の前で座り込んだ。そして、こちらの箱に手で触れると……。

 

 

 

「ねぇ、貴方私の代わりに転生しない?」

 

 

 

 そう一言。呟いた。

 

 その言葉の意味を最初僕は理解できなかった。しかし、彼女の姿を見た時、その意味が形として現れた。

 

 彼女の片翼が黒ずんでいたのだ。それはつまり、生きる気力を失いつつ有ること。

 

 彼女がそうなってしまったのは、自分の言葉を聞いてしまったからだ。

 

 自分が彼女の想い人と同じ名前をしていたばっかりに……そして、彼女の期待から外れてしまったばっかりに。

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 

「なんで謝るの? 私は……ただ、あの人と一緒じゃなきゃ嫌だっただけ……でも……今分かったの」

 

 

 

 彼女は言う。

 

 

 

「それは私の押し付けなんじゃないかって。あの人が……それを望んでいないかもしれないのに……自分勝手ね。だから……これは貴方が良ければ……」

 

 

 

 彼女は笑ってそういった。

 

 その瞳は涙で溢れていた。自分の思いと他人の思いの不一致を嘆くように。彼女はそのズレを飲み込むことができなかったのだ。

 

 そして、彼女をそんな気持ちにさせたのは僕のせいだ。

 

 こんな……醜い姿になってもなお、周りの人を傷つける。本当に僕は……無能で無力で無価値だ。

 

 けど……それでも……。

 

 

 

「それが君の願いなのかい?」

 

 

 

 僕はかすれた声で尋ねる。

 

 もし、それが彼女の願いであれば、それを聞き届けることが償いなのではないだろうか。今の僕でも出来る事なのであれば、それを聞くことが正解なのではないだろうか。

 

 いや、わからない。答えは見えない。見えなかったからこそここにいる。

 

 それでも……。

 

 

 

「えぇ……私の分も、あの人と同じ名前の貴方が生きるのならば本望だわ」

 

 

 

 そう言うと、彼女は僕の箱を開いた。

 

 僕は彼女を飲み込み、骨でできた牙で咀嚼する。

 

 苦くて、甘くて、しょっぱい。錆びた鉄のような香りと熟れたりんごのような赤い血液の味。

 

 彼女の肉を噛み砕く度に、彼女の記憶が流れ込んできた。

 

 それは……彼女の前世の記憶。

 

 

 

 彼女は生まれながらにして名家の娘であった。

 

 魔法使いが崇拝される世界で、飛び抜けた才を得た血統に生まれ、何不自由なく育ってきたエリート。

 

 本来であれば、より良い血統の者と結ばれ、順風満帆な人生を送っただろう。

 

 

 

 しかし、彼女が好きになった相手はそうではなかった。

 

 彼女は召使いの男の子が好きになった。魔法が使えない奴隷上がりの召使い。容姿も決して良いものではない。学もなければ、運動もできないのろまな彼であったが、彼は心の底から他人を心配出来る人物であった。

 

 

 

 彼女もその優しさが好きになっていた。目上の人間の安全を守るために必至になっている他の召使い達とは違って、少しやんちゃな彼女を彼なりにサポートし、逆にそれが空回り、よくトラブルが起こった。

 

 

 

 暖炉に薪をくべすぎて絨毯を焦がしたり。

 

 料理の調味料を間違え、やってきた貴族を怒らせたり。

 

 洗濯物の種類を間違え、しわしわにしてしまったり。

 

 

 

 本当に駄目な男であった。

 

 けど、そんな彼でも、何事にも一生懸命に取り組む姿が眩しかった。

 

 そして、そんなトラブルすらも彼女にとっては良い刺激のある非日常で、好きだったのだ。

 

 

 

 しかし、世間がそれを認めてくれるわけではない。

 

 彼は彼女を慕っていた。誰よりも彼女の事を思っていた。

 

 だからこそ、彼女の政略結婚が決まった時、身分を忘れ、激怒していた。

 

 

 

 嫌いな人と人生を歩むことほど無駄なものはないと。

 

 それを彼女の父に叫んでしまったのだ。

 

 

 

 その言葉がきっかけで、彼は地下室の牢屋で冷たくなっていた。

 

 

 

 彼女はそんな彼を見て人生で最も涙を流した。

 

 恵まれすぎている人生。その中での大きな困難である結婚を、常に困難に囲まれていながらも必至に取り除こうとした彼が、このような結末をたどってしまった事に。

 

 彼女はその日、部屋で首をくくった。

 

 

 

 彼がいない退屈な日々。いや、苦痛しかない日々を歩むのが耐えられなかった。

 

 だって彼女は……。

 

 

 

 彼の事を愛していたのだから。

 

 

 

「僕も……貴方を愛していました……」

 

 

 

 蘇る記憶。

 

 彼女の記憶をたどる中で、もうひとり、彼側の記憶も蘇っていた。

 

 それは彼が自分であるという証拠で……。

 

 自分の中で彼女の魂が消化され、消えていくのを感じながら僕は少しずつ箱を開いていた。

 

 己の体を折りたたみ、不規則だった骨を組み直し。

 

 もう箱はいらなかった。

 

 自分を……必要としてくれる人がいたのだから。

 

 そしてそれは今……。

 

 

 

「僕のもう一つの翼なのだから」

 

 

 

 僕の背には二枚の羽が生えていた。

 

 白と黒の、不揃いの羽。

 

 きっと生まれ変わっても彼女のような良い生まれになるとは限らない。

 

 それでも……懸命に生きるのだ。

 

 懸命に生きていれば、自分を認めてくれる人はきっとどこかにいる。それは彼女のように。

 

 僕は箱を脱ぎ捨て、飛び立った。

 

 井戸の外へと……転生するための場所へ。天界へと。

 

 

 

 それは不揃いの魂。決して優秀ではない。出来損ないの魂。

 

 

 

 それでも……。

 

 

 

 彼女が背中を押してくれるから。

 

 

 

 僕は光の中へと飛び込んだ。


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