女子高生に生まれ変わったヒカルは佐為と打ちたい【完結】   作:寛喜堂秀介

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12 女子高生、迫られる

 

 

 満を持して挑んだ中学夏季囲碁大会。

 葉瀬中は……みごと団体戦で海王中を破り、優勝を決めた。

 

 その直後の、ヒカルとの対局の日。

 筒井部長以来の悲願成就のお祝いに、ゆかりはふたりきりの祝勝会を提案した。

 

 

「祝! 海王中打倒! いえーい!」

 

「いえーい!」

 

 

 ゆかりの掛け声に、ヒカルもテンション高く声を上げる。

 場所はいつもの喫茶店……ではなく、好きに騒げるよう、駅前のカラオケボックス。

 

 テーブルには、メニューからチョイスした様々な料理。

 ソフトドリンクで乾杯しつつ、ゆかりは本日の主人公と語り合う。

 

 

「でもすごいね。ヒカルくんは当然としても、副将の三谷くんまで快勝だし、三将の夏目くんも、囲碁をはじめて一年も経ってないのに、海王中の三将にあと一歩まで迫るなんて」

 

「夏目が伸びたのは、オレもびっくりしたよ。アイツ性格のせいか碁も大人しくて物足りなかったんだけど、イロイロあってオレには攻撃的な碁を打つようになって、おかげで格段に上達したっつーか……まあ結果オーライだったな……」

 

 

 なぜか遠い目で、ヒカルは語る。

 その理由は、ゆかりには知りようがないが……深く聞いてはいけない気がした。

 

 

「女子は2回戦負けで残念だったけど、みんなよく頑張ったよ。とてもじゃないけど、2年前には部員1人の零細囲碁部だったなんて思えない」

 

「ホントにな。筒井さんが居る内に勝てなかったのはくやしいけど……やっぱ三谷のおかげだな! アイツがイロイロ頑張ってくれたから、海王に勝てたんだ!」

 

 

 話を聞いて、ゆかりはちょっと泣きそうになった。

 

 塔矢アキラに追いつく。

 そのために三谷に、囲碁部に背を向けて、ゆかりはただひたすらに前に進んだ。

 

 そのことに後悔はない。

 ただ、あのときの自分はあまりにも無知で、そのためいろんな人に苦い思いをさせてしまった。

 

 だから。ゆかりにとって、今のヒカルはあまりにもまぶしい。

 

 

「でも、これで」

 

 

 ゆかりはヒカルに顔を向ける。

 

 悲願は達成した。

 ならヒカルにも、囲碁部を離れる時が来たのだ。

 

 

「ああ。囲碁部は三谷たちに任せた。オレは塔矢を追ってプロになる」

 

 

 ヒカルはそう言って、拳を手のひらに打ちつける。

 

 

「自信はどう?」

 

「バッチリさ。和谷にも伊角さんにも、ほかの連中にだって負ける気しねえ」

 

「油断は大敵だよ。ヒカルくんは強いけど、ほかにも強い人が受験してくるかもしれないからね」

 

「勝つさ。長いこと塔矢のヤツを待たせてるんだ。こんなとこで足踏みしてられねえからな」

 

 

 闘志を燃やすヒカルに、ゆかりは声援を送る。

 

 

「その意気だよ! ヒカルくん、がんばって!」

 

「ああ、がんばるぜ!」

 

 

 ノリよくふたりでグーをぶつけ合って、それから。

 ヒカルはゆかりの様子をうかがいながら、遠慮がちに口を開いた。

 

 

「……なあ、ゆかり姉ちゃん、オレ、プロ試験受かったら、お願いがあるんだけど、いいかな?」

 

「うん。いいよ。合格したら、なんでも叶えてあげる……どんなお願いか聞いていい?」

 

 

 ゆかりが尋ねると、ヒカルはいたずらっぽい笑みを浮かべて。

 

 

「それは……合格するまで秘密で!」

 

 

 

 

 

 

「……ってことがあったんですよ」

 

 

 囲碁サロンでの仕事の合間。

 ゆかりは先輩の市河さんに、葉瀬中の優勝とその後の出来事を、身内自慢まじりに報告する。

 

 すると、お願い云々の話をしたあたりで、市河さんが血相を変えた。

 

 

「ゆかりちゃん、思春期の男の子になに言っちゃってるの!?」

 

「え。わたし、そんなにおかしいこと言ってませんよね?」

 

 

 ピンとこなくて、ゆかりは首を傾げる。

 その様子に、市河さんは深い溜め息をついて。

 

 

「あのね。思春期の男の子にスキを見せすぎ。え、えっちなことさせてとか頼まれたらどうするつもりなの?」

 

 

 発想が妄想の域だが、自分の想像で顔を赤らめているのは、どうなのか。

 ともあれ、おなじ時期の自分をよく知ってるゆかりにとっては、風評被害も甚だしい。

 

 

「市河さん。ヒカルくんですよ? そんなこと言うはずないじゃないですか」

 

「ヒカルくんも男の子なの! 男なんか、みんな狼なんだから油断しちゃダメ!」

 

 

 唐突に始まった女子の話に、囲碁サロンの常連たちは、ちょっと居心地悪そうにしているのは、さておき。

 

 市河さんの注意に、ゆかりはやはり納得がいかない。

 昔の自分の下心まで疑われている気になって、なおも言葉を返す。

 

 

「えー。じゃあみんなって言うなら、塔矢くんもですか?」

 

「なに言ってるのよ。アキラくんはそんなこと言わないわよ」

 

 

 市河さんは真顔で言った。

 秒で矛盾させてくる彼女だったが、ツッコめる者は誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 あっという間に夏休みになった。

 進藤ヒカルにとってはプロ試験に挑む、大事な時期だ。

 

 ゆかりも高校3年生。

 本来受験に向けた大切な時期なのだが。

 すでに就職が決まったゆかりは、友人一同からのうらめし気な視線をものともせず、夏と囲碁をエンジョイしている。

 

 

「お、ヒカルのやつ、順調に勝ってるな」

 

 

 クーラーの効いた自室で、ゆかりは今日もヒカルの勝敗をチェックする。

 日本棋院のホームページを調べれば、プロ試験の対局結果が掲示されるので、ゆかりは毎日これを確認していた。

 

 ちなみに対局は週3日なので、毎日調べる意味はない。

 ネット碁の合間に、ついでに、という言い訳で、一日に何度も見ているが、もちろんあたらしい情報が出てくるわけもない。

 

 予選を危なげなく通過し、すでに本戦。

 伊角や和谷、越智などのライバルも、初戦を良いスタートを切っている。

 

 意外だったのが、受験者の名前に門脇の名が無かったこと。

 学生タイトルを総なめにした実力者である彼は、偶然から日本棋院で当時院生だったヒカルと対局。

 門脇のことを知らなかったヒカルは、佐為に打たせて……結果彼は、鍛えなおすためにプロ試験受験を一年先延ばしにした。

 

 だから、ヒカルが院生になっていない今回は、彼が参戦してなくてはおかしい。

 

 

「……いや、ヒカルと対局した可能性もある」

 

 

 ゆかりは気づいて、口の中でつぶやく。

 

 院生でなくとも、ヒカルは二度、日本棋院を訪れている。

 プロ試験に必要な書類を貰いに行った時と、提出した時。

 

 

「そん時なら……ヒカルが門脇さんとやりあう機会はある」

 

 

 可能性としては、無くはない、程度か。

 本当にそうだったとしたら、ひどい衝突事故もあったものだ。

 まあ、どのみち受験していない人間のことを考えても仕方ない。

 

 そんなことより、いま気になるのは……

 

 

「もどかしいな。ヒカルの実力を直接測れたら、こんなに心配することはないのに」

 

 

 言動を考えれば。

 そしてヒカルが早くから本格的に囲碁を始めたことを考えれば。

 いまのヒカルは、おなじ時期のゆかりより、おそらく相当強い。

 

 だが、実際どれくらいの強さなのか。

 佐為としか打てないゆかりには、知りようがない。

 

 

「自分で言うのもナンだが、この頃のオレはまだガキンチョだ。カンタンに平常心を失っちまう。ちょっとした動揺でいつもの碁が打てなくなる。そんな風にハマったら……マズイぞ」

 

 

 もっとも、ヒカルには佐為が居る。

 動揺による敗北を、長々と引きずるような真似はさせないだろうが。

 

 

「……昔オレもやらかしてるからなあ。それだけが心配だ」

 

 

 だが、ゆかりの心配は杞憂だった。

 2日目以降もヒカルは順調に勝ち続け、対戦表には白星が並んでいく。

 大島に勝ち、フクを退け、本田を制する。ゆかりが負けた相手にも、勝利を重ねていく。

 

 

「おいおい。まだ和谷や越智が残ってるとはいえ……伊角さんをはじめ、強敵を軒並み倒して無傷の20連勝?」

 

 

 結果を確認して、ゆかりはつぶやく。

 

 強いとは思っていた。

 だが、ここまでとは。

 

 

「ヒカルくん……キミは、どこまで強くなってるの?」

 

 

 思わず。

 ここにはいないヒカルに呼びかけて。

 ゆかりは、椅子に体重を預けて天を仰いだ。

 白扇子をしっかりと握りしめて、こみ上げてくる得体の知れない感情を、なだめながら。

 

 結局。

 進藤ヒカルは全勝のままプロ試験を制した。

 

 そして奇しくも同日。

 日宮ゆかりは、ある奇妙な挑戦を受けることになる。

 

 

 

 

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