女子高生に生まれ変わったヒカルは佐為と打ちたい【完結】   作:寛喜堂秀介

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15(終) 元女子高生、打ち続ける

 

 

 4月。葉桜の頃。

 2年越しの進藤ヒカルと塔矢アキラの対決が、ついに決まった。

 

 その報せを、ゆかりは囲碁サロンで受けた。

 市河さんが塔矢アキラから聞いた話で、と披露したのだ。

 常連の中にも、小学生の頃の塔矢とヒカルとの戦いを見ていたメンバーがそれなりに居る。

 

 そんな彼らは、この因縁の対決に興味津々だ。

 

 

「若先生が勝つかな」

 

「そりゃあ勝つだろう。進藤新初段との対戦は、いまのところ2勝1敗で若先生が勝ってる。プロになったのも、若先生が1年先だ」

 

「最初の対局は若先生の負けでは?」

 

「いくら若先生が負けたとおっしゃろうが、コミ有りでは勝ってたんだ。勝ちは勝ちでいいだろう」

 

「だがまあ、あんな碁石の置き方も知らないような子供が若先生のライバルになるとはねえ……」

 

「碁石の置き方も知らないとは言いますが、あの子は最初から強かったじゃないですか。イマドキの子だ。きっとネットで碁を覚えたんでしょう」

 

「ライバル? とんでもねえ。若先生のライバルは、もう高段者やトッププロだ。初段の若輩じゃ敵わんだろう」

 

 

 ──うちのヒカル舐めるなよ。佐為とオレが手塩にかけて育てたんだ。塔矢にも勝つ!

 

 

 常連たちの雑談に、ゆかりは心の中で宣言した。もはや親目線である。

 

 

 ──まあ、この対局は成立するか怪しいんだけどな。

 

 

 ふたりの対決について騒いでいる常連たちの姿を見ながら、少々惜しい気持ちになる。

 ゆかりの時、この対局は塔矢行洋が心不全で倒れ、塔矢アキラが欠席したことで成立しなかったのだ。

 

 

 ──顔を見る度に「健康に気をつけてください」とは言ってるけど……塔矢先生って無理しちゃうタイプの人だよなあ。

 

 

 塔矢行洋は、多忙な中でも、ときおり囲碁サロンに顔を出す。

 折につけてお願いしているのだが、逆に「機会があれば」と家での対局に誘われたりする。本人が多忙すぎて実現していないけど。

 

 おそらく塔矢行洋は今回も倒れ、対局は流れるのだろう。

 

 だが、対決が二度とないわけじゃない。

 これから何度も、ヒカルと塔矢は戦うのだ。

 だからゆかりはどちらかというと、塔矢行洋の健康を心配していたのだが。

 

 ほどなくして、塔矢行洋は対局中に倒れた。

 その日は常連からの問い合わせの対応で、店はてんやわんや。

 店どころか囲碁界全体が大騒ぎになっていたのだが、この時はまだ知る由もない。

 

 ともあれ、ゆかりがとてつもなくお世話になってる人間だ。

 市河さんと入れ代わりで見舞いに行くと、塔矢行洋はベッドから半身を起こし、外の景色を眺めていた。

 

 

「塔矢先生。日宮です」

 

「日宮くんか。よく来てくれた。まあ座りなさい」

 

「はい。失礼します」

 

 

 勧められて、ベッド横の椅子に座る。

 慣れたつもりだが、一対一だとやはり緊張する。

 そんなゆかりの様子を見て、塔矢行洋は苦笑を浮かべた。

 

 

「ハハ。君が元気そうでよかった。囲碁サロンでの仕事は慣れたかね」

 

「はい。務める時間は長くなりましたが、さすがに慣れた仕事なので……塔矢先生こそ、お元気そうでよかったです」

 

「調子もいい、私としてはすぐにも帰りたいのだが、医者に止められてね。しばらくは、入院することになりそうだ」

 

 

 塔矢行洋はそう言って、穏やかに。口の端を笑みの形に崩した。

 

 

「しかし、日宮くんには面目ない。あれほど身体に気をつけろと言われていたのに」

 

「いえ、先生のお立場が、なかなかそれを許さなかったのは知っているつもりです……この機会に、ゆっくりお休みになってください」

 

「ハハ。医者にも同じことを言われたよ。なかなかそうもいかないだろうが、気をつけよう」

 

 

 それから。

 しばらく雑談に興じた後、ゆかりはその場を辞した。

 帰り際、ふと思いついたように、塔矢行洋は言った。

 

 

「そういえば少し前に、進藤くんが見舞いに来てくれたよ」

 

 

 別に詮索された訳ではない。

 だがゆかりは、動揺を抑えられなかった。

 

 ゆかりとヒカルの関係は、市河さんから伝わっているだろう。

 そして以前のヒカルは、塔矢行洋の見舞いに行った時、“sai”との対局の約束を取り付けている。

 

 

 ──『たとえば同じカードの表と裏。そんな碁打ちが居ます』

 

 

 以前ゆかりは、塔矢行洋に、ヒカルの秘密の一端を明かしている。

 ヒカルとゆかり、二人の言葉をつなぎ合わせると、カードの表と裏が、ヒカルと“sai”だと気づくのは難しくない。

 

 

 ──塔矢先生のことだから、言いふらしたりはしないと思うけど。

 

 

 帰り道、ゆかりは思う。

 ひょっとしたら塔矢行洋が、佐為のことを知る日が来るかもしれないと。

 あるいはそれは、佐為にとっては幸せなこと、なのかもしれない。負けないが。負けないが。

 

 

 

 

 

 

“sai”と塔矢行洋の対局の時期が近づいている。

 当人たち以外、誰も知るはずがないそのことを、日宮ゆかりは知っている。

 

“sai”の正体を知るゆかりにも、ヒカルは対局のことを話していない。

 妙に緊張したヒカルの様子や、対局の時の、佐為の一手の容赦なさを考えると、塔矢行洋と対局の約束をしたのは間違いないだろうが。

 

 

「ちょっと寂しいな……まあ、理由は何となく分かるけどな」

 

 

 進藤ヒカルは、すでに新初段戦で塔矢行洋と対局している。

 わざわざ“sai”として塔矢行洋に対局を挑む、その理由をゆかりに説明できないのだ。

 

 新初段戦で逆コミで勝てたから、つぎは互先で?

 無くはない話だが、病み上がりの塔矢行洋に挑むのは、らしくないと、ゆかりなら感じる。

 

 

「結局、理由を説明できねえから隠してるのかねえ」

 

 

 ゆかりはひとまず、そう結論づけた。

 どのみちいっしょの席で対局を見る事はできないだろう。

 

 だからゆかりも知らないフリをして、待つ。

 自室のパソコンの前で、塔矢行洋と佐為の対局を。

 おそらくは碁の神をすら満足させた、究極の一局の開幕を。

 そして、ゆかりの記憶通りの時間に、ふたりの対局は始まった。

 

 その日、世界は見た。

 神の一手にもっとも近いふたりの棋士の対局を。

 万人をうならせ続けた攻防は、終局を待たずして塔矢行洋の投了に終わった。

 

 終局までを読めば、“sai”の2目半勝ち。

 ゆかりの記憶にない、鮮やかな棋譜だった。

 

 

 

 

 

 

 本来半目の間で揺れる、拮抗した実力を持つ二人。

 その勝負が、なぜゆかりの時と違ってしまったのか。

 理由は明白だ。

 

 

 ──オレが佐為と打ち続けたからだ。

 

 

 ゆかりの時の佐為は、進藤ヒカルが院生になって以降、ヒカル以外とほとんど対局していない。

 だが、いまの佐為は、高い棋力を持つゆかりと対局を続け、“sai”としても、以前より多くの対局を重ねている。その上積みが、2目の差となって現れたのだろう。

 

 モニタを前に、ゆかりは思う。

 この一戦で、佐為はさらなる高みに至れたのだろうか。

 これをきっかけに、佐為は以前と同じように、消えてしまうのだろうか。

 

 

 ──わからねえ。

 

 

 考えても、答えは出ない。

 今回の対局は、名局には違いないが、以前とは違う。

 だが佐為がなぜ消えてしまったのか、理由がわからない以上、消えないとも言えない。

 佐為本人が「自分が消える」と言いはじめた時期を思い出せば、きっかけとなったのは、塔矢行洋との対局で、間違いないだろうが。

 

 

 ──いや、迷うな。どのみちオレのやるべきことは変わらない。

 

 

 佐為と打つ。

 一度でも多く。

 佐為が消える、その日まで。

 

 それが進藤ヒカルが、日宮ゆかりとしてこの時に舞い戻ってきた理由で、存在意義だ。

 いまはもう少し、いろんな理由が増えてしまったけれど……それだけは、絶対に変わらない。

 

 だからゆかりは佐為と打ち続けた。

 

 塔矢行洋が現役引退を発表して、大騒ぎになったときも。

 観光ホテルでのイベントの仕事で、夜に緒方十段に絡まれたというヒカルの愚痴を聞きながらも。

 

「“sai”はキミか」と、緒方十段に詰め寄られて、なぜかヒカルがブチ切れた時も。

 若獅子戦で対決したヒカルと塔矢が、会場で見ていた皆を唸らせる熱戦を演じた時も。

 葉瀬中囲碁部が、団体戦で男子は優勝、女子は準優勝したとヒカルが我が事のように自慢していた時も。

 

 ヒカルが、あらゆる手合で無敗のまま、連勝街道を爆進中だと得意気に語った時も。

 ネット碁の最中、性懲りもなく挑戦してきた“hikaru”を撃退した、そのつぎの日も。

 

 塔矢行洋に「いっしょに中国に行って、あちらで打ってみないか?」と誘われた時も。

 なんだか知らないけど塔矢アキラに、むちゃくちゃ複雑そうな視線を送られたその日も。

 知り合いの伊角さんや本田さん、門脇さんがプロ試験を通過したと、ヒカルから話を聞いた時も。

 

 

 ……あれ?

 

 

 以前佐為が消えた時期をはるかに過ぎても、ゆかりは、まだ佐為と打っていた。

 勘違いじゃない。ヒカルの背後には、たしかに佐為の気配を感じる。佐為は、存在し続けている。

 

 

「こっちはとっくに覚悟してるってのに……ありがたいけどな」

 

 

 いつもの日、いつもより少し遅い時間。恒例の対局の帰り道。

 星空をながめながら、ゆかりは心のなかで佐為に語りかける。

 

 

「どうしたの、ゆかり姉ちゃん?」

 

「ううん。なんでもないよ、ヒカル」

 

 

「送るよ」と言ってついてきたヒカルに、笑顔を返して。

 それから、ゆかりはまた天を仰いで。満天の星に手を伸ばす。

 

 

「……そうだな。ヒカルが居て、佐為が居て……前の佐為から想いを託された、オレが居る。なら、人の世の碁は、オレのときよりはるかに、神の一手に近づくはずだ」

 

 

 案外、そんな理由なのかもしれない。

 藤原佐為が、いまだ現世に残ることを許されているのは。

 

 手を伸ばしたまま、ゆかりは星を見る。

 夜空に散りばめられた星は、まるで神様が並べた碁石のようで。

 広く、限りない(いし)の並びに、圧倒されながらも、心が躍りだす。

 

 

「囲碁の神様。もし聞こえてるのなら、お願いだ。このまま佐為を現世に居させて……かわりに、生み出すから。神様をうならせるような名局を、いくらでも」

 

 

 佐為と、そしてヒカルと──ずっと。

 

 

 

 

 




「女子高生に生まれ変わったヒカルは佐為と打ちたい」におつき合いいただき、本当にありがとうございました!
物語としては、ひとまず完結になります! 応援いただきました皆様に、深く、深く感謝を!
また他者視点やさらっと流したエピソードなどを投稿できればと思っておりますので、のんびりおつきあいいただければ幸いです!
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