女子高生に生まれ変わったヒカルは佐為と打ちたい【完結】   作:寛喜堂秀介

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検討01 和谷義高の場合

 

 

 ──コイツ、強え……!

 

 

 和谷義高が進藤ヒカルと打った感想はそれだった。

 

 最初はたいしたことないと思ってた。

 打ち始めの時あきらかにぎこちなかったし、簡単にこちらの体制固めを許した。

 

 だがエンジンのかかった中盤からは別人だ。

 読んでない手から押してこられて、正直やられたと思った。

 ヨセで取り返せてなかったら、勝敗を左右した半目は残せていなかっただろう。

 あの少女──日宮ゆかりが自信を持って「院生なんか蹴散らせる」と言うだけのことはある。

 

 だが。

 

 

「これだけ強えなら、序盤の体たらくはなんだったんだよ!?」

 

「だ、だって、まわりこんな大人ばっかりで、見られながら打つのって自分じゃ初めてだし……」

 

「ハァ? オマエこんだけ打てるのにナニ言ってんだ?」

 

 

 和谷は呆れたよう顔で言う。

 たしかに、碁会所の受付で棋力を聞かれた時、院生だと答えたせいで、大勢の観客を背負った対局になった。

 とはいえ、これほど打てる碁打ちが、おっさんに見られて緊張するというのは……アンバランスにもほどがある。

 

 

「オイ、オマエそれもったいねーぞ。せっかく席料払ってんだし、この辺のおっちゃんたちと打って場慣れしとけよ──なあ、こんだけ打てるヤツなら、みんな打ってみたいよな?」

 

 

 和谷があたりを見回して声をかけると、観客から手が挙がる。

 

 

「そうだな。3子置きくらいで、ぜひお相手願いたいな」

 

「俺も打ちたいね。席亭! 俺なら何子置きだい?」

 

「うーん、三沢さんなら4子置きだね」

 

「どうせならなるべく強面のおっちゃんがいいんだ! こいつのビビリを治したいから!」

 

「び、びびってなんかないやい!」

 

 

 和谷の言葉に、ヒカルが反論する。

 

 強面、と言われて、全員の視線が一人に向けられた。

 髭面、オールバック、サングラスの巨漢で、たしかにいかつい。

 

 

「うん。ここは蝶野さんの出番かな」

 

「おっしゃ。ビビらせりゃいいんだな?」

 

「わ、和谷ぁー!?」

 

 

 ずい、と顔を近づけられて、ヒカルが悲鳴を上げる。

 なんだか目的が変わっている気がするが、ともかく。

 こんな感じで、和谷はヒカルの面倒を見始めたのだった。

 

 ちなみに、対局は相手に6子置かせてヒカルが勝った。

 

 

 

 

 

 

「──進藤って何者?」

 

 

 プロ試験も佳境に入った頃。

 和谷が院生の仲間とだべっていた時、ふと、そんな話題になった。

 和谷の紹介で、すでに伊角をはじめ、何人かは進藤ヒカルと対局している。その棋力の高さは、すでに院生内でも話題になりはじめていた。

 

 

「あれだけ強くて囲碁歴1年足らずだろ? しかも師匠もいないってどういうことだ?」

 

「いや、師匠っつーか、面倒見てるヤツは居んだよ……プロじゃねーけど」

 

 

 和谷は説明する。

 日宮ゆかりのことだが、和谷の主観だと、ゆかりのほうがヒカルより遥かに格上なので、そう認識している。

 

 

「アマで? 言っちゃなんだが、進藤の腕じゃもう師匠超えしてないか?」

 

「それが、師匠の方も馬鹿強えーんだ。たぶん低段のプロじゃ相手にならねえくらい」

 

 

 予想もしない言葉だったのだろう。

 和谷の説明に、みな驚きを隠せない。

 

 

「元院生とか、年齢制限に引っかかってプロに成れなかったクチか?」

 

「いや、高校生。女の。素性はマジで謎。進藤もよくわかってねえっぽい」

 

 

 和谷が答えると、院生仲間の本田がガタッと身を乗り出してきた。

 

 

「え、じゃあ進藤って女子高生のお姉さんに碁を教えてもらってるってこと?」

 

「お姉さんって……本田さんも高校生じゃん」

 

「いやその……スマン」

 

 

 一同の冷たい視線に、本田は縮こまる。

 本田も別に下心から反応したわけではないだろうが、言い方が悪かった。

 

 

「でも正直、進藤の強さが師匠のおかげってのなら、ちょっと興味あるかな」

 

「ムリだと思うぜ。アイツ、オレが師匠のこと聞くの嫌がるし」

 

「え、それってどういうこと? くわしく!」

 

 

 同じく院生仲間の少女、奈瀬が身を乗り出してくる。

 奈瀬のほうが興味津々じゃん。と和谷は思ったが、和谷も他のみんなも突っ込まなかった。

 

 

「いや、奈瀬が思ってるような恋愛の話じゃねーと思うぜ。よくわかんねーけど──オレらとのつき合いと、師匠とのつき合いは別にしたい、みたいに思ってんのはすっげーわかる。アイツすぐ顔に出るし」

 

「ほほう。恋愛じゃなくても独占欲ではあると」

 

 

 奈瀬は恋愛方向への想像をあきらめない。

 

 

「勘ぐりすぎだろ。アイツ絶対そこまで考えてねーぞ」

 

「そうやって興味ないフリしてたら、進藤に先越されるわよ」

 

 

 したり顔で唱える奈瀬に、和谷はお前が言うな的な視線を返した。

 奈瀬も、他人の恋愛事情には興味津々でも、自分で恋愛する気はさらさらない。

 というか囲碁づくしの毎日で、自分の恋愛なんて考えられないと、いつもぼやいている。

 

 

「オレはそーいうのいいよ。んなことよりプロ試験に受かりてえ」

 

「それはそう」

 

 

 和谷の言葉に、全員異口同音に返した。もちろん奈瀬も。

 

 

 

 

 

 

 場所は日本棋院。

 森下九段の研究会の前に、和谷と先輩棋士の冴木は、自販機の前で駄弁っていた。

 

 話題は、日宮ゆかりについて。

 いや、正確には、冴木が負けたワールド囲碁ネットの“yukari”についてだ。

 

 

「──“yukari”がアマの高校生? 本当か?」

 

「ああ。自称だったけど……あの強さはホンモノだと思う」

 

「直接会って対局したのか?」

 

「そう。偶然喫茶店で。院生バカにされたと勘違いして、行きがかりで……そしたらノされた」

 

 

 和谷が、がくりと頭を下げる。

 頭に血が昇っていたとはいえ、いいとこなしの対局だった。

 

 

「仕方ないさ。ネット碁での対局とはいえ、オレが打った感触は、高段者かリーグ戦棋士のそれだ。だから日本か、中韓か……いずれにせよプロに違いないと踏んでたんだがな」

 

「そこまで……いや、それくらい強えかもしれない」

 

 

 師匠である森下九段との対局の手応えを思い出しながら、和谷はつぶやく。

 日宮ゆかりの棋力は、和谷の目でははるか高みとしかわからないが、言われてみれば師匠に近いものを感じる。まったく、自滅したのがつくづく惜しい。

 

 

「だけどもったいないな。そいつプロ試験は受ける気ないのか」

 

「たぶん……弟子っつーか、面倒見てるヤツが居て、そっちに熱中してる感じ?」

 

「弟子か。高校生でなあ……あれほどの腕でプロを目指さないことといい、いろいろ複雑な事情ありそうだな」

 

 

 あふれる才能を持ちながら、プロ棋士になる事を断念する者は少なくない。

 家族の無理解であったり、お家の事情であったり、あるいは金銭的な事情であったり……理由は様々だが、それもまた、現実だ。

 

 案外、その辺の事情もあって、進藤は日宮ゆかりについて語るのを嫌がっているのかもしれない。

 

 

「奈瀬は色恋沙汰に結びつけてたけど、そういう感じじゃねーしな」

 

 

 院生仲間との話を思い出しながら、和谷は冴木の言葉に同意した。

 

 

「色恋なあ……ちょっと待て和谷、色恋?」

 

 

 うんうんとうなずきかけて、冴木は動きを止めた。

 

 

「ああ、冴木さんも勘ぐり過ぎだって思うだろ?」

 

「違う。ちょっと待て。確認したいんだが、“yukari”と弟子の性別を教えてくれ」

 

「あー、“yukari”は女。日宮ゆかりって名前。面倒見てる進藤は男だよ。たしか1コ下で中1だったかな」

 

「本当か……あれほどの腕で……」

 

 

 冴木はなにやら衝撃を受けている。

 まあ高校生の女があの強さだ。和谷も気持ちはわかる。

 

 しばらく絶句していた冴木だが、ふと気づいたように口を開いた。

 

 

「……なあ、それ大丈夫な話なんだよな?」

 

 

 女子高生と中学なりたての一年生の恋愛関係。

 冴木が心配するのももっともだが、和谷からすれば要らぬ心配だ。

 

 

「たぶん。そうなら進藤がそんなに懐かねえと思うし。実際ソイツ進藤にはむちゃくちゃ甘かったし」

 

「いや、甘いから危険なんだが……」

 

 

 和谷は弁護したかったが、事実を言えば言うほど疑惑を深めてしまう気がして、あきらめた。

 

 

 和谷義高は思う。

 進藤ヒカルと日宮ゆかりの関係は謎だけど、まあ、悪い関係じゃないだろうと。

 あと進藤絡みは深く考えるとワケ解んなくなってくるから、考えるだけ無駄だと。

 

 

 

 

 

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