女子高生に生まれ変わったヒカルは佐為と打ちたい【完結】   作:寛喜堂秀介

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02 女子高生、潜り込む

 

 

 ──進藤ヒカルとお近づきになる。

 

 

 下心満載で求人はないかと特攻して、なんとか囲碁サロンでバイトを始めたゆかりは、店の雰囲気にすぐに馴染んだ。

 

 なにせ囲碁とは縁のない日常に現れた、囲碁一色の空間だ。

 先輩の市河さんは優しいし、碁を打ちながら囲碁談義に花を咲かせる北島さんや広瀬さんには、懐かしさも手伝って親近感を抱いてしまう。

 

 自然と上機嫌になるし、そうなると常連のおじさんたちも気分がいい。

 こうして囲碁サロンに受け入れられたゆかりだが、唯一塔矢アキラには困らされた。

 サロンの片隅で、指導碁がない時は一人で棋譜を並べている彼を見ていると、つい声をかけたくなってしまうのだ。市河さんこいつです。

 

 

 ──仕方ねえだろ。昔はそうしてたんだから。

 

 

 進藤ヒカルだった頃は、ここでよく塔矢アキラと対局していた。

 対局のあとの検討では喧嘩腰で、みんなには迷惑だったかもしれないと、店員になったゆかりは、いまさらながら反省する。

 

 

「──あの」

 

 

 と、視線に気づいたのか、塔矢アキラが遠慮がちに声をかけてきた。

 ゆかりの記憶よりだいぶ幼く、おかっぱっぽい髪型のせいで、見ようによっては女の子に見えなくもない。

 

 

「はい。なんでしょうか」

 

 

 勤務中なので違和感と戦いながら敬語で返す。

 まあ、いまのゆかりが、昔のように塔矢とタメ口で話したら問題だ。

 距離感の詰め方がおかしいし、狙っているのかと市河さんに詰められる。ゆかりだって命は惜しい。

 

 

「気になってたんですが、日宮さんは、囲碁を勉強されてるんですか?」

 

「えーと、そうですね。いろいろと勉強中って感じです。アルバイトも、碁盤と碁石が欲しいなあって思って始めたんですよ」

 

「そうなんですね。石の並びを目で追う姿が、強い人のそれだなって思ってたので」

 

 

 ──あぶねえ。すました顔して細けぇとこ見てやがる。

 

 

 平静を装っているが、内心は冷や汗ダラダラである。

「打ってみませんか」って言われたらどうしようと肝を冷やしていると。

 

 

「へえ。じゃあ一度こっちで打ってみないか?」

 

「北島さん、そりゃズルい。ゆかりちゃん、よければわしが教えてあげよう」

 

「いやいや俺が」「俺が」

 

 

 常連の北島さんがなんの気なしに言ったのがきっかけになって、周りのオッサンどもが、我も我もと声を上げはじめた。

 どっちにせよここで打つのはマズいと焦るゆかりだが、周りは盛り上がって断る空気じゃなくなっている。

 

 

「はいはい! ゆかりちゃんが困ってるでしょう! 勤務中は控えてください!」

 

 

 市河さんが注意して、なんとか事なきを得た。

 

 

 ──アセったー。

 

 

 ゆかりは胸をなでおろす。

 その後、囲碁サロンにやってきた子供が塔矢に挑戦したことで、話はうやむやになった。

 

 子供名人だけあって、それなりに実力はあったのに、ばっさり一刀両断。容赦なしである。

 ゆかりは内心苦笑しながら「それでこそ塔矢」とうなずいた。そんなゆかりを見た市河さんがジト目になった。

 

 

 

 

 

 

 ゆかりがバイトを始めて、しばらく経った日曜日。

 

 待ちかねたその日が、ついに訪れた。

 進藤ヒカルが、囲碁サロンにやってきたのだ。

 

 

「いらっしゃいませ。もしかして塔矢くんにご用ですか?」

 

 

 勝手がわからずきょろきょろしているヒカルに声をかける。

 塔矢に意識を向ける意図もあるが、先日の子供名人の一件もあるから不自然ではない。

 

 

「え? 塔──なんだよ佐為……こないだ会った?」

 

 

 佐為と会話してるのを隠せていないが、ゆかり以外が気づくことはないだろう。

 

 

 ──というかハタから見て完全に不審者だな、昔のオレ。

 

 

 そんなことを考えながら、ゆかりは笑顔を向ける。

 

 

「出会ったというか、挨拶しただけというか。覚えていてくれてありがとう」

 

「いや、オレは……」

 

「キミも碁を打つんだね──ここは初めてだよね。とりあえずここに名前をお願いします。あと棋力はどれくらい?」

 

「いや、ここもなにも、まるきり初めてなんだけど……キリョク? とりあえず碁が打てれば……あ、なんだ。子供居るじゃん!」

 

 

 ゆかりの説明に、ヒカルは困ったように視線をさまよわせて。

 同年代の少年を見つけて、喜び勇んで塔矢アキラに絡みだした。

 

 

 ──うんうん、懐かしいなあ。オレと塔矢の初対面、こんな感じだった……こんな感じだったか? 記憶より8割増しでクソガキなんだけど……うわー。まあ塔矢相手だからいいか。

 

 

 過去の自分の行いを反省しながら、ゆかりはふたりの対局が見える位置に移動する。

 さすがにサボってると怒られるので、仕事をしながら、ときどき盤面に視線を送る。

 

 

 ──うわあ。昔の佐為って感じだなあ。

 

 

 ゆかりは感慨にふける。

 定石が古い。にも関わらずヨミの深さを感じさせる応手。

 まるで本因坊秀策が現代に来て、初めて碁を打ったかのような。

 

 石の置き方は、不釣りあいに頼りなく、たどたどしい。

 その向こうに、佐為の姿を幻視して──ゆかりは衝動に駆られる。

 

 いますぐ打ちたい。佐為と戦いたい。

 このヒカルは、まだ未熟と評することすらおこがましい状態だけど、ちょっと味見するくらい……

 

 

 ──ダメだ。

 

 

 かろうじて我慢する。

 いまのヒカルは、まだ囲碁に対して本気じゃない。

 無理やり打たせて囲碁に苦手意識を抱かれてはマズイ。

 

 

 ──ゆっくりと。囲碁の沼に腰まで浸かってから、引きずり倒して捕まえりゃいい。

 

 

 自然、口の端がつり上がる。

 その表情を、佐為に見せないように、ゆかりは碁盤に背を向ける。

 背を向けながらも、思考は勝手に次の手を想像している。

 

 

 ──こんときの佐為は、コミすら知らねえ。だが、それでも……塔矢は佐為に、はるかに及ばねえ。

 

 

 背後で、塔矢が息を呑む気配を感じる。

 ど素人のような少年が持つ、はるか高みの──藤原佐為の技量を肌で感じてしまったのだろう。

 

 ここから、塔矢アキラの、佐為の幻影を追い続ける旅が始まる。

 以前と同じように……だが。

 

 

 ──お前に佐為は渡さねえ。あいつと打つのはオレだ。

 

 

 ゆかりは心のなかで告げる。

 たしかに塔矢アキラと進藤ヒカルはライバルだった。

 目標であり、振り向かせたい相手であり、追い越したい強敵だった。

 北斗杯でともに戦ったという意味では、仲間と言っていいかもしれない。

 

 

 ──お前には進藤ヒカルがいる。いまはまだスタートラインにも立ってねえが、いずれお前に追いつくライバルだ。

 

 

 進藤ヒカルが、囲碁に真剣に向き合うことを願っている。

 塔矢アキラが、ヒカルにとってのよい目標になってくれることを期待している。

 

 すべては、ゆかり自身が藤原佐為と碁を打つため。

 

 

 ──早く育てよ進藤ヒカル。佐為の碁は……スゲエんだぜ。

 

 

 静かに、拳を握り込む。

 類稀なる囲碁の上手は、対局の気迫に鬼が宿るという。

 鬼の気迫を揺らめかせながら、日宮ゆかりは心の内で対局の行方を追う。

 その姿を目で追う、この世ならざる棋士の視線に気づかぬままに。

 

 対局が終わり、ヒカルは席を立った。

 受付の市河さんがヒカルに声をかけた、その横から、少しだけ口を挟んで、じわりと距離を縮める。

 このあたりで「顔見知りのお姉さん」くらいに思ってもらえればしめたものだ。などと考えるゆかりの横で、市河がジト目を向けているがこいつも同類である。

 

 

 

 

 

 

 まずは第一歩。

 この一件でゆかりは「ヒカルが強いと知る人間」になれた。

 もし打つ機会が出来たとき、ヒカルが佐為に打たせやすくなったということだ。

 

 来週には、こども囲碁大会。

 そして塔矢アキラとの二度目の戦いがある。

 ヒカルと出会う機会には事欠かないが、対局してもらうとなると──問題がある。

 

 

「いまのオレって囲碁に興味ねえからなあ……本気になりだしたのは、加賀に無理やり連れてかれた中学の団体戦からだ」

 

 

 ゆかりの記憶がたしかなら、大会は葉瀬中の創立祭の翌週の日曜。

 それ以降のヒカルなら、頼めば対局してくれる……かもしれない。

 

 

「でも打つっつってもこの頃のオレ、身の回りに囲碁の道具、まったくねえんだよなあ」

 

 

 ヒカルが囲碁部に入って日常的に碁石を触りだしたのが春以降。

 祖父に碁石と碁盤を買ってもらったのが、その年の冬くらいだった。

 

 ゆかり自身は、バイトしたお金で、安いものではあるが、ちゃんとした碁石と碁盤を買った。

 しかしだからといって、女子高生のゆかりが男子小学生のヒカルを家に誘うのは……完璧に事案である。

 

 

「あれだ。昔使ってた布の碁盤とか……いや、マグネットのおもちゃみてえな碁盤でもいいや。それを買って……」

 

 

 あくまで佐為と打つための作戦である。

 しかしどうやって男子小学生を誘うか、真剣に戦略を練る姿は、犯罪の匂いしかなかった。

 

 

 

 




ここまで読んでいただいてありがとうございます。
次話投稿明日20時予定です。
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