女子高生に生まれ変わったヒカルは佐為と打ちたい   作:寛喜堂秀介

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05 女子高生、結果を知る

 

 

 佐為との勝負後、ゆかりは燃え尽きていた。

 念願の対局が叶い、しかも我ながら最高といっていい出来。

 その後のモチベーションが保てず、碁はぐっだぐだに崩れた。

 

 

「なあゆかり姉ちゃん、もういっかい! もういっかい!」

 

 

 反対に、やる気全開になったのはヒカルだ。

 ゆかりと佐為の対局を、とにかく一局でも多く観たいらしく、対局のあいだも盤面を食い入るように見つめている。

 

 

「あの、ヒカルくん。うれしいんだけど、ここからもう一局打ってラーメン屋行ってたら門限が……」

 

「じゃあラーメンはいいから!」

 

「!?」

 

 

 進藤ヒカルがラーメンをあきらめるという異常事態に、ゆかりは恐怖した。

 

 ともあれ。

 おかげで徐々に調子も上向き、自分の成長を実感しはじめたころ。

 いよいよヒカルが待ちわびた海王中との対決──中学夏季囲碁大会が始まった。

 

 といっても、あくまで中学の部活イベントだ。

 一般女子高生のゆかりが紛れ込んで観戦するのは難しい。

 というか、友人に相談したら「おまえそこまでやるのかショタコン極まってんな」みたいな目で見られたので、さすがに自重した。

 

 そして大会当日。

 囲碁サロンで働きながら、ゆかりは大会に思いを馳せる。

 

 

 ──いまごろヒカルたち、頑張ってるんだろうなあ。

 

 

「アキラくん、中学校の囲碁大会今日よね。ああ、応援に行けたらよかったのに!」

 

 

 市河さんも、乙女の表情でそんな事を言っている。

「この人とはいっしょにされたくない」と思うゆかりだが、はたから見れば弁護の余地なく同類である。

 

 

「そういえばゆかりちゃん。あれから碁の勉強はどうだい? 頑張ってるかい?」

 

 

 店員がふたりしてぼうっとしていると、常連の北島さんが、ふいに聞いてきた。

 

 

「あ、はい。いっしょに打ってくれる友達がいて、もっぱらその子と」

 

 

 ヒカルのことである。塔矢アキラにバレるので言えないが。

 ゆかりの言葉に、北島さんはアゴに手を当て、機嫌よさげに目を細める。

 

 

「いいねえ。ゆかりちゃんくらいの年頃の娘さんが、碁なんてシブい趣味の仲間に困らないなんて、おなじ碁打ちとしてうれしくなる。なあ広瀬さん」

 

「そうですね、北島さん。なによりも、まずは相手が居ないと、碁は打てませんから」

 

「いいこと言うねえ。じゃあいい碁敵(ごかたき)と出会えたことを感謝して……もう一戦といこうか広瀬さん」

 

「望むところですよ、北島さん」

 

 

 いい話になってしまっているが、ゆかりの相手は男子中学生である。

 だがゆかり自身は、それで話が台無しになるとは思ってないので、「そう、まずは相手が居ないと碁は打てないんだ……昔の塔矢や、佐為のように……」とか感慨にふけっていた。

 

 それから、午後の時はゆるやかに過ぎて。

 大会の結果は、終了後、囲碁サロンにやってきた塔矢アキラにより、もたらされた。

 

 海王中と葉瀬中の対戦結果は、全勝で海王中の勝ち。

 これは、ゆかりが知る、かつての結果と変わらない。

 だが、不思議と塔矢アキラの表情に、失望はなかった。

 

 

「進藤が言ったんです。『先にプロに行ってろ。絶対追いつくから』って。正直、対局には戸惑いしかなかったけど、進藤はそう言ってくれました。だから市河さん。ボクは今年のプロ試験、受けるつもりです」

 

 

 ……あれ? オレ昔そんな事言ってたっけ?

 

 

 横で聞いていたゆかりは、盛大に首を傾げる。

 

 いや、言ってない。絶対に言ってない。

 というか失望して背を向けた塔矢に、なにか言えるような空気じゃなかった。

 

 

 ──おいおい、スゲエじゃねえかオレ。どんな魔法使ったら、塔矢をこんな笑顔にできるんだよ。

 

 

 気になりすぎて、誰かくわしい話聞いてくれないかな、とゆかりはアキラの方をチラチラ見る。

 市河さんがものすごい勢いで牽制してきた。

 

 

 

 

 大会後、最初の対局の日。

 待ち合わせの場所に駆けてきたヒカルは、悔しげに大会の結果を語った。

 塔矢アキラとの対戦が気になって仕方ないゆかりが、くわしく聞き出そうとしたところで。

 

 

「ゆかり姉ちゃん……オレ、プロになる」

 

 

 ヒカルは自分から、その話を始めた。

 

 

「──塔矢と約束したんだ。つぎの対局はプロの舞台でだって」

 

「まあヒカルくんたちの強さなら、そういう話になるのもわかるけど……ずいぶん唐突な話だね」

 

 

 内心しめしめとほくそ笑んで、ゆかりは説明を求める。

 

 

「あっちの……海王中の先生がな、言ったんだよ。こんなところでモタモタしてるよりも、君たちはすぐにでもプロに行くべきだって。じゃあ次はプロで──って話になった」

 

 

 ちょっと変だな、とゆかりはいぶかしむ。

 ゆかりの時は、最初は佐為が打ち、途中からヒカルが出しゃばって勝負を台無しにした。

 似たような有様だったら、海王中の尹先生から「プロになれ」などとは言われなかっただろう。

 

 

 ──佐為が長く打ったか、それともヒカルがマシになってるのか。

 

 

 どっちもありそうな話だと、ゆかりは考えた。

 塔矢の事情はゆかりが教えたし、ヒカルが碁に本腰を入れたのはゆかりの時より半年は早い。

 その結果いい感じの対局になって、大きくは評価を落とさなかった、というのが妥当なところか。

 

 

「なるほど……つぎの対局はプロでってことなら、塔矢くんが今年の、ヒカルくんは来年のプロ試験を受けるの?」

 

「あ、プロ試験って一年に一回なんだ?」

 

 

 オマエそこからかよ、と心中ツッコんだが、我が身を顧みて仕方ないかと思い直す。

 そもそもこの頃のヒカルは、どうやったらプロになれるのかすら知らない。というか院生すら知らなかった。

 

 

「ちなみにヒカルくん。プロ試験ってどんな内容かわかる?」

 

「……教えて?」

 

 

 てへ、とかわいく教えを乞うヒカル。クソガキである。

 

 

「予選を勝ち抜けた受験者による、約2ヶ月をかけての総当たり戦。合格するのはその上位3人。試験は夏に始まって、合格者が正式にプロになるのは春になるかな」

 

「げっ、じゃあ塔矢とプロで勝負するのは、早くて2年後!?」

 

「待ちきれないなら、塔矢くんといっしょにプロ試験、受ける?」

 

「……ダメだ。塔矢とはまだ戦わねえ。一年間みっちり鍛えて、プロになってやる」

 

 

 塔矢を自然に上に置く発言は、微妙に失言っぽい。

 まあ塔矢との戦いに負けてるので、流しても不自然じゃないと、ゆかりは指摘しないことにした。

 

 

「がんばって。わたしも手伝うよ。いつでも対局するし──なんだったら毎日でも!」

 

「いや、その……オレ独学だったから、知らない人と打つ経験も積まねえとなーって……」

 

 

 ゆかりがつめ寄ると、ヒカルは困ったように言い訳する。

 それも当然か。ゆかりが相手だと、ヒカルは佐為に任せるしかないので、実践練習にはならない。

 

 

「じゃあ碁会所とか行ったり……院生目指したりする? いや、ヒカルくんの実力で院生を『目指す』ってのも変な話だけど」

 

「インセイ? たしかプロの卵って言ってたっけ?」

 

「そうそう。プロを目指してる子たちと打てるから、いい環境だとは思う……院生になると中学含めてアマチュアの大会には出れないけどね」

 

「え、マジで?」

 

「うん。それに、院生は18歳まで。プロ試験の年齢制限が30歳以下だから、試験の時はそれくらいの年の人とも対局することになるかな」

 

「30とかオッサンじゃん!」

 

 

 残酷なことを言う。

 まあゆかりも椿のヒゲ面を見て、オッサンと思わない自信はない。

 

 

「まあどっちにしろ、つぎの院生の募集締切は8月末だし、それまでにどうするか考えればいいと思うよ。単純に強い人たちと打つだけなら、ほかにも方法があるし」

 

「え、ほんと? ゆかり姉ちゃん、教えてくれよその方法!」

 

 

 頭を悩ませていたヒカルは、ゆかりの言葉に身を乗り出す。距離が近い。

 ゆかりは動じることなく、自信たっぷりに胸を張って。

 

 

「ヒカルくん、ネット囲碁、って知ってる?」

 

 

 そう問いかけた。

 この女、自室に男子中学生を連れ込む気まんまんであった。

 

 

 

 

 


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