朝、目が覚めたら俺の体が縮んでいた。なぜか頭の中にあった記憶を元に洗面台の鏡で自分の姿を見てみた。ぺたぺたと鏡に映った自分の顔を触ってみる。なんだか良く分からないが、胡蝶の夢ではない限り、俺は生まれ変わったらしい。
俺の苗字はテレビの競馬を見て騒がしかった馬好きの祖父と父から受け継いだ宮本という名誉ある名前だった。宮本武蔵とかの有名どころとは全く関係が無い由緒不明の農民がご先祖様だ。いちおう、俺で家系図を途切れさせないように気を付けようと思っているが、前世で失敗したから今世でも出来るかどうかは分からない。
何日か経って分かったことがある。馬好きかと思っていた祖父と父だったが、平日は、それはもう大人しかったが、土日に勢いが復活する競馬狂いだったらしい。無責任なことに、とにかく俺を騎手にしたいらしい。それも中央だ。日本中のエリートが集まる学校に入校させようなんざ頭がおかしいと思ったが、そもそもこいつら競馬狂いだったと思いなおした。
乗馬経験を積むために、良く分からない牧場に連れてこられた。ポニーとやら名前からしたら小さい馬に乗せるつもりだったらしいが、子供の俺にはどう考えてもかなり大きかった。というか、父と同じくらいの高さなのだが、これに乗れというのか。ポニーを見てみる。目の前に数字が出てきた。これがチート能力か、前世で見たウマ娘のステータスだった。
バ場適性 芝E ダートC
距離適性 短距離C マイルC 中距離C 長距離C
脚質適性 逃げB 先行D 差しE 追込E
まったくステータスをしっかりと見ておらず、適性だけ見ていた俺は、こいつ滅茶苦茶弱いじゃんと思ったが、実はポニー界のスーパーサイヤ人だった。競馬狂い共の目利きは間違っていなかった。こいつFとかGが無いじゃん。それだけで、すげぇよお前。
もしかして、このスーパーポニーで練習するの?名馬過ぎて、今後普通の馬に乗る前に、絶対俺に変な騎乗癖がつくじゃん。俺には、いきなりチート能力を貰っても、いきなりそれを使いこなせるチート能力とか持っていないのですが。
あくる日もあくる日も、このスーパーポニーで乗馬練習したというか、スーパーポニーに乗馬を教えてもらっていた。このとき、俺は慢心していた。実は、俺は凄いんじゃない?どう考えても凄いだろう。その証拠に俺がスーパーポニーに乗馬した時のステータスを見てみる。
バ場適正 芝D ダートA
距離適性 短距離A マイルA 中距離A 長距離A
脚質適正 逃げA 先行C 差しE 追込E
スーパーポニーからスーパーポニーZになった。はぁ~、俺凄いよな、絶対凄いよな。そうじゃないと、かなり頭が狂いそう。何度スーパーポニーから落馬して、闇に隠されたことか。絶対に忘れんぞ。
あとちゃっかり宮本一族で馬主と生産と育成、調教ができるような環境を整えるんじゃない。なんだって!神さまからの啓示があっただと!そんな簡単に啓示なんぞあってたまるものか!頭おかしいぞ!ヤバいぞ、こいつら!
他にもスーパーポニー以外の馬に乗って、やっと分かったことがある。俺が騎乗すると、適性以外にも各種ステータスが伸びるし、なんとレアスキルまでとはいかないが、その馬の最も良い適性のノーマルスキルが生えるのである。ただし、上昇する適性はAまでだった。はぁ~、俺凄いよな、絶対凄いよな。
それに、練習を続けていくうちに、俺自身のスキルポイントが蓄積されたようで、なんか好きなノーマルスキルが取得できるようになった。試しに、使い勝手の良いパッシブスキルの『右回り』を取ってみたら、実際に右回りが早くなったので、効果が実感できた。
俺自身の上昇させられる脚質適性が逃げと先行が上がりやすいので、恐らく俺は逃げか先行で騎乗するのが得意みたいだった。今のうちに自分の強みが分かると、その後はだいぶ楽になった。
そんなこんなで、日本中のエリートが集まる日本競馬学校に入校したのである。落第したら、首をつっていただろう。俺は、冷静に考えた。俺はエリートだ。由緒不明だが、いつの間にか金持ちになっていた栄えある宮本一族のエリートなのだ。
誰がどう言っても俺はエリートなんだと傲慢に思った。そう思わなければ、一族からのプレッシャーで気が狂いそうだった。ベジータになった覚えなんぞ無いぞ。
その後順調に、騎手課程生徒となり、騎手免許試験に合格し、俺は中央騎手の一人となった。周囲の同期の騎手を見ていても、俺は頭一つ分騎乗した時のステータスの伸びが良かった。これまでの俺の経験は無駄ではなかったし、やはり俺は凄いんだと傲慢に思っていた。
俺と宮本一族が用意した新馬のメイクデビューの時が来た。周囲には、GⅠジョッキーとか俺よりも強い騎手がいた。実際に強かった。初めての騎乗で全力を出して、何とか勝てた。一族の皆は祝福してくれていたが、もう少し慎重にステータスを見るべきだった。騎乗した時、皆、俺よりもステータスの伸びが良かった。
いくら俺が乗る馬のステータスが良くても、それ以上にステータスを上昇されると、どう考えても勝てなかった。これがGⅠジョッキーなのだと思った。俺は、チート転生者ではあったが、養殖なのだ。天然には勝てる気がしなかった。
実際、若手騎手相手には無双状態だったが、GⅠジョッキーのようなベテランが相手では、偶々勝てるだけで、他は入着かよくて二着だった。俺には才能が無かった。最初に騎乗したあのポニーが凄かったのだ。あのポニーくらいのサラブレッドが居れば、勝てるはずだが、
結局、俺は勝てなかった。どうしても勝ちたかったが、GⅠが取れなかった。GⅡまでしか取れなかった。毎月、少なくとも4回しか勝てなかった。俺は無力だった。俺には才能が無いのだ。中途半端なチート能力で傲慢になっていた俺の心は砕けそうだった。
それ以外でもそれなりの成績だったらしく、新人賞みたいなものを貰った。俺は惨めだった。まだ、GⅠを勝てていない。誰がどう言っても俺はエリートなんだと傲慢に思った。
そう思わなければ、このチート能力を貰って転生した意味がないと俺の今世が否定された気分がして、気が狂いそうだった。まだだ、まだ負けていない。ただただ、俺に相応しい馬がいないだけなんだ。一般的に駄馬と呼ばれる馬でもGⅡまでは取れたのだから、俺のせいじゃない。
幾年かして、俺は未だGⅡの帝王と呼ばれるくらいの戦績しか残せなかった。相も変わらずGⅠが取れなかった。GⅡまでしか取れなかった。GⅠでは、入着かよくて二着だった。俺には才能が無かった。同期の騎手は、何人かは引退したが、GⅠを取った騎手がいた。ただただ俺は惨めだった。いつGⅠが取れることになるだろうと思った。
『いつやるか?今でしょ』と前世の流行言葉を思いだしたが、そんな簡単なことだったら良かったのにと思った。何度もレースに出て、それなりにスキルポイントが溜まってきていたが、大体のノーマルスキルとパッシブスキルを取得してしまったので、スキルポイントが溜まる一方だった。他のベテラン騎手達は、本人たちは気づいていないだろうが、何個かレアスキルを取得していた。
実際、ウマ娘ではレアスキルは重要だ。有ると無いとでは、雲泥の差である。
しかし、俺には好きなスキルを取得することができたが、レアスキルだけは取得できなかった。これが養殖チート野郎の壁なのか。天然には勝てないのだろうか。
何とかレアスキルが取得できないかと思っていたが、そういえばレアスキルのヒントは、サポートカードで貰えることに今更ながらに気づいた。ウマ娘とウマ娘が一緒に練習するとヒントが貰えるのだから、より他の騎手と交流してみようと思った。スキルのヒントが貰えるはずだ。
だが、失敗した。交流した騎手のステータスが上昇し、レアスキルが生えていた。俺には何も無かった。敵に塩を贈っただけだった。なぜか他の騎手から訓練、雑談や食事会などの交流を求められるようになった。今更、止めるわけにもいかないし、気分転換にもなったので、そのまま続けた。
さらに幾年かして、晩年と呼ばれるような時期になったが、未だGⅠが取れず、GⅡの帝王のままだった。俺よりも若手の宮本一族の騎手達は、何人もGⅠを取っていた。そろそろ引退を考える時期だった。だけど、なんとか一回だけでもGⅠが欲しかった。
たまたま、生産牧場で馬が生まれるとのことで、将来の職業選択の為にも見学することにした。そういえば、これまで騎乗ばかりで、こういった瞬間に立ち会うことは、殆どなかった気がする。
馬房で母馬が苦しんでいた。周囲には厩務員達がいた。俺も傍らでその様子を眺めていた。母馬が出産し、子供が生まれた。もはや癖になっていた仔馬のステータスを見てみた。
バ場適正 芝A ダートC
距離適性 短距離E マイルE 中距離A 長距離A
脚質適正 逃げA 先行E 差しE 追込E
初めて騎乗した時のスーパーポニーZの能力値と同じくらいだった。何だか運命を感じたので、この馬を最後の馬にしようと思った。宮本一族の最初のエリートだったので、許してもらい、かなり強引に仔馬の騎乗権利と命名権を貰った。
仔馬は牝馬だったので、フユノハナと名付けた。母馬が育児放棄をしたので、可能な限り騎乗回数を減らし、このフユノハナの面倒を見ることにした。一緒にご飯を食べ、一緒に寝れるときは寝て、可能な限り一緒に過ごす生活をした。俺がフユノハナとグルーミングをしていたときは、流石に周囲は奇妙な目で見ていたが、あえて無視した。
フユノハナは、臆病な子だったので、その脚質とも相まってひたすら逃げる馬だった。俺との相性は抜群のはずだった。フユノハナのメイクデビューが決まった。こいつとならGⅠが取れるだろうと確信していた。メイクデビューは、ぶっちぎりで一着だった。
その後のレースも一着だったが、GⅠでは、まったく勝てなかった。やはり二着止まりだった。その年、クラシックとティアラでそれぞれ三冠馬が出ていた。時期が悪かったと思いたかったが、適当にGⅠを目指すよりも、このフユノハナに相応しいGⅠをあげたかった。
そうなれば、一つしかない。最高峰のGⅠである凱旋門賞だ。恐らくレアスキルを有し、ステータスが上限に達しているような馬が出走するだろうが、やってみる価値があった。
凱旋門賞に出走予定であることを発表すると、たまたま他に有力馬がいて同じように凱旋門賞を目指していた。日本からは、二頭出走を目指すことになった。ここから俺は、可能な限り罠を張ることにした。
ひそかにフユノハナの凱旋門賞の挑戦は記念出走で牝馬としての価値を高めるためだけとか、テレビ馬だとか、もう一頭の為にラビットをする密約のために出走するとか、あらゆる噂を流し、嘘をついた、ちょっとだけでもマークが外れて、勝てる確率を上げたかった。ただただフユノハナを勝たせてあげたかった。
怪我を避けるため、凱旋門賞の前には、どこかのレースに出走させる予定はなく、直行で参加することにした。そして、俺とフユノハナは、フランスに旅立った。フランスに到着したが、フユノハナには輸送中に怪我などなく無事だった。
日本にいたときの癖で、一緒に馬房に入って、いつものようにしていたときは、現地人にかなり驚かれていた。
凱旋門賞に出走する頭数が決まった。19頭立てになっていた。予想よりも3頭多かった。凱旋門賞の枠順の抽選が始まった。俺の運がこの生涯で一番悪かった。大外19番になってしまった。
その日の夜、フユノハナの馬房で、ひたすらフユノハナにすまない、すまないと謝っていた。フユノハナがその様子を見て、元気付けるかのように俺を軽く蹴った。蹴られた瞬間に、俺の頭の中にレアスキルが浮かんできた。なぜだ、なぜ今浮かんできたんだ。俺は混乱したが、すぐに理由が分かった。涙で目がにじんできた。
俺はこれまで騎乗してきた馬も戦った騎手もステータスでしか見ていなかった。馬の気持ちも戦った騎手の気迫もどこか遠くの事のように思っていた。ただ違うのだ。リスペクトが無かったのだ。
そういえば、スーパーポニーもそのことを教えるために、落馬させていたのだろう。今、俺に不足しているリスペクトをフユノハナが教えてくれた。そこで、俺のピースがかちりとはまった。
俺は、この感覚を忘れないうちにこれまで溜まっていたスキルポイントをフユノハナのためだけの為にレアスキルを取得した。
良く晴れた凱旋門賞の朝がやってきた。俺は、フユノハナと共に起床した。なんだかフユノハナが愛おしく思えたので、俺はフユノハナにプロポーズした。フユノハナに蹴られたが、なんだか了承してくれたように感じた。凱旋門賞を勝って、結婚記念日にしようと気合を入れた。俺の嫁しか勝たん。
何事もなくロンシャン競馬場に到着し、俺はフユノハナに騎乗して19番ゲートに入った。なぜか適性の上限がSになっていた。フユノハナの人気は、19頭中19番人気だった。俺の罠はきちんと動作した。
それに、これまででこんな気持ちは初めてだった。全てに感謝し、自分の相棒を頼り、自分の力を信じるとは、こういう事だったのだ。大声で笑いたくなった。その気持ちを勝利したときに残しておくようにと、フユノハナがぶるっと体を揺らして叱ってくれた。俺には過ぎた嫁だった。
ゲートが開いた。出し惜しみなくスキルを発動させた。これから意味が無くとも出せるだけスキルを出そう。
コンセントレーション
シックスセンス
注目の踊り子
良バ場の鬼
右回りの鬼
外枠得意◎
伏兵◎
一匹狼
根幹距離◎
晴れの日◎
逃げのコツ◎
自制心
地固め
大逃げ
夢の景色へ
これまでで最高のスタートだった。この瞬間で勝ったように感じて、慢心しそうになったが。俺の嫁が注意してくれた。そうだな、フユノハナ。このまま走ろう。今日のロンシャン競馬場は、お前のウェディングロードだ。
400メートルが過ぎた。ここから上り坂だ。スキルを発動する。
じゃじゃウマ娘
まだまだ直線だ。スキルを発動する。
一陣の風
ハヤテ一文字
光芒一閃
逃げ直線◎
トップランナー
コーナーに突入した。ちらりと後ろを見る。どうやらテレビ馬だと思ってくれているらしい。俺の罠は最高だ!また、慢心しそうだったので嫁に怒られた。スキルを発動する。
円弧のマエストロ
弧線のプロフェッサー
中盤に突入した。俺たちは、相も変わらず大逃げをしている。そろそろ俺の罠が看破される頃だろう。スキルを選んでいる暇がない、目についたスキルを発動する。駄目だ。全部発動できない。レアスキルとはこんなにも騎手に負担がかかるものなのか。酷い頭痛だ。
見惚れるトリック
脱出術
キラーチューン
コーナーが終わりそうだ。ちらりと後ろを見る。まだまだ二番目との距離は離れている。また勝利を確信して、慢心しそうだったが、俺の嫁が注意してくれた。これからの結婚生活は、ずっと嫁に尻に敷かれるのだろうと確信した。これからラストスパートに入る。777メートルを過ぎた。スキルを発動する。
スリーセブン
最終直線だ。ざまぁ見ろ。この糞共が、ここまで俺がどんだけ鬱憤が溜まっていたと思っているんだ。俺の鼻から血が大量に噴き出しているが、スキルを発動する。耳が聞こえなくなってきた。
全身全霊
よく分からないが、涙が出てきた。ゴーグルに涙が溜まってきて、目がよく見えない。そうだよな、今死ぬとしても、ちょっと後に死ぬとしても、俺たちの花が散ろうとも、まだ生きているんだから、涙が出るもんな。フユノハナが負けるわけがないと思ったとき、フユノハナが少し嘶いた気がした。そうだよな、俺たちが負けるわけがない!
俺たちは、最初から最後まで大逃げでゴールしたらしい。ただ、俺の感覚器官がまともに作動していない。ここはどこだ。俺は死んでいるのか、生きているのか分からなかった。ただ、よく分からないが、フユノハナの位置だけは分かった。俺の下にいる。俺はまだ騎乗しているらしい。なぜかフユノハナとの距離が遠ざかった。
これは落馬だな。俺の心は冷静だった。フユノハナは、これから競馬界を大いに盛り上げるだろう。次の騎手は誰がいいだろう。俺よりも騎乗が上手かった宮本一族の一人から選ばれるだろうな。遺書とか書いた方がよかったと今更ながらに思った。チートな俺が落馬なんぞしないと慢心していた。俺の嫁を次に任せる奴を天国でぶん殴る準備をしようと思った。
なぜか俺の下にフユノハナの気配がした。落ちた俺を助けようとしたらしい。なぜか声が出た。「散るな」
俺の声に従わず、フユノハナが下に滑り込んだらしい。まだ、俺は生きているみたいだった。フユノハナの気配が遠ざかった。そのあとは、よく憶えていない。
「知らない天井だ」俺は転生者みたいな声を出した。痛む体を無理やり起こし、馬房へ向かおうとしたが、近くで両親が泣いている声が聞こえた。聴覚は戻っているらしい。目がよく見えないが、医者が来たらしい。かなり怒っているが、俺もよく分からなかったが、かなり叫んでいた。「フユノハナのところへ連れていけ!」
俺は誰かと手を繋いで、歩いていた。匂いで分かった。父だった。嗅覚も戻っているらしい。それから、車に乗ったり、歩いたりした。いつものフユノハナの匂いと嘶きが聞こえた。それに位置も大体わかった。フユノハナの前に立った。フユノハナが俺の口を舐めた。俺の目が見えるようになった。結婚式のキスのようだった。俺はそこで力尽きた。
その後は、日本初の凱旋門賞馬と凱旋門賞騎手として日本に帰ったが、人の噂も七十五日というようにひっそり帰った。競馬ファンにはバレていたが、静かに帰らせてもらった。
そして、俺とフユノハナは、引退した。これから結婚生活が始まるのだ。
もし良ければ、他の作品を観てください。
あと、感想とか下さい。