「過去依存症って知ってるかい?」
ビルの立ち並ぶ荒野を当てもなくさまよっていると隣を歩いていたアリアルが突然そう声をかけてきた。
「依存症ってことはナニカに執着してるってことでしょ?過去のことが忘れられない人を指す言葉なんじゃない?」
私は足を止めることなく答える。アリアルが突拍子のない話をするなんていつものことだ。
アリアルの顔は見えないけど私の返しに対して少しだけ笑ったような気がした。
「まぁ、間違ってはいないね。言葉の意味をそのまま取るなら過去依存症っていうのは過去に執着して忘れられない人……みたいなことになる。」
「でも、私の言う過去依存症は少しちがうのさ。」
「それならどういうことなの?」
「ミリアルはさっきからまわりの遺骸に違和感を感じないかい?」
そう言われ周りを見渡す。ビルの残骸が散らばる中、たくさんの白骨死体が落ちているのがみえる。
その殆どが何かしらの板状のものを持っているように見えた。
「気づいたかい?」
「このへんの白骨死体は手に板状のものを持っている。なんでだと思う?」
「すまーとふぉんだっけ?」
だいたいのことを理解した私はアリアルが答えを言う前に答えを言う。するとアリアルはとても嬉しそうな笑顔を浮かべて言った
「そう、正解だ。さすが私の妹といったところか。」
「彼らはおそらく過去依存症だったんだろうね。都市部の崩壊、政府機能の停止。下へ逃げるためのルートすらも塞がれた彼らは過去にすがった。」
「少しでも現実から逃げるために、元通りの世界で過ごしているつもりのまま死んでったんだろうね。」
「まぁ、あくまで想像の範疇だが…実際に過去依存症なんて呼ばれる症状を持っていた人は結構いたんだよ。」
「過去依存症って幻覚症状のたぐいだったんだ。」
私がそう返すとアリアルは少し悩むような声を出して答えた。
「幻覚症状というよりも………どちらかというと脳内麻薬に近いものだよ。」
「脳内麻薬ってたしか、エンドルフィンかなんかのことを指す単語だっけ?」
「そうだね。本来はβ-エンドルフィンとかの物質を指す言葉のはずなんだが、この場合は本当の薬のことを指す。」
「終末初期に流行ったオクスリだよ。本来なら規制されて然るべきものなんだが………まぁ、止めれるような組織はその時存在してなかった。そういうことさ。」
「じゃあこの人たちはオクスリでぶっ飛んでたってことね。」
「そういうこと。症状は色々あったみたいだけどね。医学上では他の言い方があるんだろうけど私達は過去依存症なんて言ってたってわけさ。」
そこまでいうとアリアルは言いたいことを言い終わったのか歩き始めた。私はその後についていく。
「ミリアルはさ、どっちがいいと思う?」
「なにが?」
「薬で偽りの幸せの中死ぬのと、つらい現実を直視してそれと争いながら死ぬの。」
「すごいマイナスな選択肢だね」
「まぁ…うん極端な選択肢であるのは理解してる。でも、言ってしまえば彼らは前者だ。いつも通りだったはずの幸せを奪われて現実を直視できなくなった人達。」
周りの白骨化した死体を見る。誰も彼も板を片手に死んでいて、まるで宗教家たちが集団自殺でもしたみたいになっている。
私から見たら滑稽にしか見えないけれど、アリアルの言う通り彼らはきっと偽りの幸せを生きながら死んでいったのだろう。
「ねぇ。ミリアルはどっちがいいんだい?」
アリアルはそう尋ねてくる。
私は心に一つの答えを決めた。
「わたしは…………」
ミリアルの答えを聞いた私は前を向いてあるきはじめる。後ろにいるミリアルがどんな顔をしているかは分からないが後ろについてきてくれている。
私はそっとポケットの中の板を握って呟いた。
「それでも、私は嫌だ…。」
呟きは誰にも届くことはなく、風でかき消えてった。
ミリアル'sMEMO[過去依存症]
依存症:身体的依存を伴うことがある、薬物や化学物質の反復的使用のことを指す言葉。行動的依存、身体的依存、心理的依存は物質関連障害の特徴とも言えるのだとか。
脳内麻薬:麻薬と似た作用を示す物質で物理的、精神的な痛みを感じるとこれが分泌され和らげる働きをするらしい。ドーパミンやβ- エンドルフィンなどの物質が例に挙げられる。
終末:人によって言い方はさまざま。なんなら終末なんてなかったという人もいる。なかったと言うならなぜここまで人が消え、建物が崩れたのか教えてほしいものだ。
私は教えてもらったことがないから。
エンドルフィン:鎮痛効果や気分が高揚したり幸福感が得られるという作用がある脳内物質。別名は「しあわせホルモン」。これこそ危ない薬みたいな名前をしている。
過去依存症:過去の繁栄人達が地下に逃げ込めなくなったときの最後の心の防衛手段。薬による効果は過去依存症以外にも多岐にわたっていたらしい。