「ねえ、この幽霊に名前を呼ばれて返事するとあの世に連れていかれるんだって」
茹だるような暑さの夜、一組の男女が会話を交わす。
「ふーん、そうなんすか」
「なんか対応冷たくなーい?」
「クソ暑くてバテてるんすよ」
「だから怖い話で冷やしてあげようとしてるじゃんかー」
女は怒りをあらわにする。もっとも、それはプンプンという擬態語が適している様子の怒りだが。
「別に怖くないですけどね。それに先輩は『後輩君』って呼ぶんで俺は安全ですね」
「それもそっか。あーあ、後輩君のせいで詰まんなくなっちゃった。代わりになんか怖い話してよ」
無茶ぶりを振られ心底いやそうにしている。しかし女はニコニコして待つだけだ。果たして、先に折れたのは男の方だった。少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。
「これは、俺の友達が体験したらしい話です」
それは、ちょうど今日みたいなバカ暑い夏の夜のこと。そいつはコンビニにエナドリを買いに行ったらしいんすよ。なんでかって? んなこと知りませんよ。どうせあいつのことだからゲームだろ。
話し戻しますね、財布だけ持って近くのコンビニに向かってたんすよ。で、ここら辺って結構田舎じゃないすか。だからあいつんちから500メートルくらい歩かなきゃコンビニまで行けないんすよ。
で、そん時はどうやら急いでたらしくて、走ってたしショートカットとして路地に入ったらしいんですよ。あ、初見の路地じゃなくて何回か通ったことのあるところらしいっす。
でも夜だからかその路地はショトカのじゃなかった──ま、間違えたわけですよ。
普段と風景違うなって思ったらしいそいつは、引き返そうとしました。タイムロスにはなっちまったけど、迷ったらヤバイって思ったらしくてね。で、踵を返したんすね。
だけど、普段知ってる通りに出ることはなかった。
それどころか、同じところを通ってるような錯覚すらあった。どっかで道を曲がったか? なんて焦ってると──しゃん、と後ろからはっきりとした鈴の音がした。
嫌な予感がする、しかし、好奇心が、そして科学を信じてしまったその思考によって、振り向いた。そこには、一人の女の人がいた。
『すみません、道を尋ねてもよろしいですか?』
すっげー綺麗なこえで、その女性はそう話したらしい。ああ、ただの綺麗な人か。そう安堵したそいつはいくつか会話を重ねたらしい。でも、話しているときにどこか違和感を覚えたらしい。
足が透けてる? いや、二本の足で立っている。
少しずつ首が伸びている? そんなろくろ首じゃあるまいし。
鈴が、ならない。
話している最中、体を揺らしたりもしていた。なのに、鈴の音は微塵もない。はっきりした音なんてもってのほか。
『それじゃあ、私はこのあたりで』
そういった女性がそいつのわきを通り過ぎた瞬間、怖くなったそいつはダッシュで駆けだした。
多分それが正解だったんでしょうね。後ろから何かが駆け寄ってくる足音と、荒い息遣い。後ろを見たいその気持ちを振り払って、必死に走る。がむしゃらに走って、走って、走って……
「そうして、気づいたらこのあたりにいたらしいです。どうです? ちょっとは楽しめました? 一男子高校生にしちゃあ割と上出来な語りじゃないです?」
「上手すぎだよ!」
顔を青くした女はあたりをきょろきょろと見渡す。
そして、言葉をつづけた。
「ここ私の家の近くじゃん! もう、ほんとに怖い……」
「このへんに路地とかないですもんね。いやー、不思議っすね」
「もういいよ!」
あーもう、胆冷えまくりだよ。なんて笑いながら、女は家の鍵を開ける。
「また明日、けーくん」
その言葉を聞いた男は言葉を返した。
「誰だお前」
あーあ。そう言葉を発した女は、やがて夏の夜空に溶けていった。