今夜、私は死ぬだろう。

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手記

 私は今夜死ぬ。どう足掻いても変えられない事実だ。

 

 この文章を私の遺言ととってくれても、酒と薬に逃げた臆病者の戯言ととってくれても構わない。なにせこれを書いている私ですら、もう本当のことと幻覚のこととが混ざって判断がつかないのだ。

 

 冷蔵庫を開ければ腸詰めの骨髄が見え、耳にはずっと蛆がのたうつような音と違和感があるのだ。

 こう思うと私が今、人の理解できるものを書いているのかすら怪しい。

 どうかこれを見つけた人が酒のつまみほどに価値を見出してくれることを願おう。

 

 私がこれを書くのにはわけがある。

 先の通り、私は死ぬ。それは薬の飲み過ぎか、酒に呑まれたか、首吊りか、溺死かわからない。願わくば、それ以外は拒否したいものだ。それ以外で亡くなったときの私は、きっと死よりおぞましい目にあっているに決まっているのだ。

 もしも、考えたくもないそのときがあるのなら。失踪という扱いになっているかもしれない。

 しかしそれは決して薬に飲まれた徘徊などではなく、死であると遺したい。

 

 思い返してみれば、私と彼女との初めての接触は学生時代のことだ。教授に連れられてバヌアツを訪れたとき、あの奇妙な猿真似に出会ったのだ。

 抱えた木の棒の先を赤く塗り隊列を組む半裸の現地民を見た瞬間の怖気は酒で麻痺した体でもすぐに思い出せる。

 まるで彼らのそれがただの招神崇拝などではなく、カーゴなる邪悪にその(てい)をとらされているような不快感に苛まれ、すでに彼らに意思はないような非道徳性を垣間見た。

 教授はなんてことはないといい、この恐怖と真っ当に向き合ってはくれなかったが、やはりそんなことはなかったのだ。私の恐怖は正当なものだった。

 それからあの土地にいる間、今に私もああなってしまうのではないかと夜も眠れない妄想に取り憑かれた。

 

 本棚にある無線機を模した木の塊だってそうだ。

 あの呪物は現地民の少女に貰ったものだ。

 セリフはなんであったか。

 そうだ、「彼女がこれを渡せとおっしゃるのです」だったはずだ。私の記憶はまだ忌々しくも働いているらしい。

 あのとき不気味ながらも受け取ってしまったのが大きな間違いだ。

 あれは決して飾っているわけではなく、捨てに捨てても気づけば机にあるものだから諦めて安置しているにすぎない。

 ある程度確信を得た頃に、不気味になって捨てたのだが、先程ゴミ捨て場に投げ入れた物が机の景色に溶け込んでいることに気づいたその瞬間は笑いが止まらなかった。もうその頃には酒代が出費の大半を占めていた。

 たとえあれが呪物でなくとも、私には小学生の工作に芸術価値を見出すようなセンスはないということも、付け足しておく。あんなもの、飾るはずがないのだ。

 

 次は帰国後だった。

 盆の休みに東京から実家のある田舎に戻る電車だった。気づけば居眠りをしていて、だがどうも寝ているのだと理解ができる奇妙な夢を見たのだ。

 

 気づけば車内は豪華な内装に変わっていて、ひとつ机を挟んで人ふたりほどの座席が向かい合うのだ。今思えば、窓も見覚えのない景色をうつしていた気がする。

 そして向かいで女がコップを傾けていた。ちょうど、我が家の食器棚の一番左にある来客用のものとそっくりだったと覚えている。イギリス土産に姉が寄越したものだったはずだ。

 

 机にコップを置いた女は「久しぶり」というのだ。その女に見覚えはないが、知り合いであると心の深くが告げるのだ。少し気味が悪かった。

 夢の私は彼女に誰何しようとしたが、それを遮るように、どこかで悲鳴が上がったではないか。

 どこかといってもここは車内なのだから、すぐそこであるに決まっていた。

 

 椅子越しに覗くと、猿人形が人を皿に載せていた。車内アナウンスでは「いけづくり」といっていたか。私は驚きもなく、それを淡々と聞いていた。

 すると女が「混ざっちゃった」と呟いて私の顔を覗き込んだのだ。

 

 そこで目が覚めた。そのあとは駅を寝過ごしていたとも、ぴたりと降りれたとも覚えていて、どちらかわからない。

 おかしかったのは、普通夢など忘れてしまうがずうっと脳に残ったのだ。ただそのときは、こういう悪夢もあるかと強く意識することはなかった。

 

 一年と半年後の居眠りは、大学近くの喫茶店だったような気がする。友人を待ってコーヒーの香りを味わっていたというのに、全くカフェインは効かなかった。

 抗い難い重圧でまぶたが下りるとまた同じような景色の中にいて、やはり女は向かいで座っていた。

 無線機のような木の塊が机の上で雑音を鳴らして、時折英語を話す男の声が聞こえた。

 

 女は机に肘をついてその丸っぽい瞳を細めていた。

 今度はじっとこちらを見ているから、私も顔がよく見れた。

 血色が良かった。髪も艶やかで、肌にシミひとつなかった。それがどうも私には、人でないものが人を真似ているように思えたのだ。

 だがそれよりも駅に着くなりなんなりして、早く目が覚めるのを待ち焦がれていたと思う。

 

 このときは、気になって窓の外を観察したのだ。

 じっと見つめていても、一向に見覚えのある景色は見られなかった。だがそこは日本ではなく、バヌアツの土地によく似ていたと思う。

 私は再びあそこへ向かうと思うと、途端に恐怖が蘇ってきた。もう彼らを見るのは御免だった。

 ここでようやく、女の存在を深く意識した。

 まだ声を一度しか聞いていない彼女だが、どうも人のようではないと思っているのが確信に変わってきていた。彼らを思い浮かべるたびに、彼女の輪郭が明確になっていく気がして、ぞっとした。

 

 そのあとしばらく、ただ何をするでもなく見つめあっていると、また悲鳴とサル人形が現れた。

 相変わらず人を調理しているが、私たちは蚊帳の外だ。

 外野で起きる事件に耳を傾けながら、女は「せっかくだから、あわせてみた」と言う。

 電車のブレーキが甲高い音を立てて、窓の外が見覚えのある忌々しい土地を浮かべたところで友人に起こされた。

 そして恐ろしいことに、目を覚ましてからあの女の囁きが聞こえたのだ。「ようやくだ」とだけ残してすぐに消えたが私は思わず大声をあげて、友人はおろか店の人間まで驚かせてしまった。

 その日は何度も、友人に顔色が悪いと指摘された。

 

 その日からちょうど一年後の今日、私は今夜こそが彼女の求めていた日なのだと確信している。

 今、沈みつつある陽光が消えたときに、運命の日が訪れるのだ。

 どうしてそう思うのかは私にもわからない。薬の不足が私に不安を与えているだけなのかもしれない。

 ただの勘違いであっても、もう良いのだ。私はこの恐怖に恐れをなして心を折ってしまった。

 だからこのあとすぐに、この命脈を絶つのだ。

 

 どうかここまで読んだ君、これを肴に酒を呑んではくなれないだろうか。笑い話になってしまえば、きっと助かるという幻想を抱きたいのだ。

 

 どちらにせよ、私は死ぬ。

 同じ死ぬのなら、これは真っ赤な嘘で、本当は安寧な死を迎えたと願ってくれ。




みんな投稿しだしたので私も投げます。
純愛物です(圧)ダゴンと猿夢を読んで書きました。
設定のガバについては……言及しないで……。

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