とある飛空士への召喚録〜新世界大戦全史目録〜   作:篠乃丸@綾香

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更新が遅れて申し訳ありません、ここから巻き返します。


第2話〜帝都の2人〜

中央暦1641年1月28日

 

「来たわよ」

「ああ、わざわざ済まないな」

 

 帝都ラグナのとあるレストラン。帝国どころかこの新世界でも1、2を争うであろう味を作り出す高級レストランに、二人の軍人が待ち合わせていた。

 一人は屈強な丸刈り頭の帝国海軍東部方面艦隊司令長官、カイザル・ローランド。

 もう一人は凛とした帝国海軍でも珍しい女性軍人、帝国海軍東征艦隊司令長官ミレケネス・アンネッタ。

 二人の待ち合わせは7時と約束していたが、カイザルは既に一番奥の席に着いている。

 しかし、そのすぐ後にミレケネスも来た。相変わらず、そこら辺の時間感覚は几帳面すぎるようだとカイザルは思う。

 

「ご注文は?」

 

 メイド服を着たウェイトレスがメモを片手に注文を尋ねる。カイザルはしばらくメニューと格闘した末、やはりいつものを頼んだ。

 

「私はステーキセットと白米酒を頼む」

「私はブランデー、それから山海ステーキセットを」

 

 言われた注文をメモする店員の隣で、カイザルはミレケネスを意外に思った。

"山海ステーキ"というメニューはこのレストランの目玉メニュー。随分とこってりしていて女性向きではない。

 内容は脂の乗った牛肉のステーキと、さっぱりとした白身魚の組み合わせ。山のメニューと海のメニューが合わさっているため、この名前になっている。

 まさか女性のミレケネスがこんなこってりとした料理を頼むとは思えなかった。何があったのか、ダイエットはしていないのかと疑問が尽きないため、質問してみる。

 

「お前、今日は珍しく重たいものを食べるんだな?」

「今日は忙しくて昼も食べてないの。だからお腹には余裕があるわ」

 

 なるほど、どうやら彼女は1日三食のうち一つを抜いてしまったようだ。まあ、それくらいの腹持ちならあのセットも食べられるだろうと納得させ、改めて話に戻る。

 

「さて……話って何?」

「ああ、今後の戦略のことで一つな。ミレケネス、お前はこの世界をどう思う?」

 

 カイザルは単刀直入に、ごく単純な疑問を問いただす。

 

「というと?」

「この世界……ひいては戦略につながりそうな世界情勢の事だ」

「何? そんな事?」

 

 ミレケネスは投げかけられたその質問が安直すぎたのか、逆に素っ気ない反応を見せた。

 

「そんなの……ミリシアル帝国以外は帝国よりも下でしかないわ。はっきり言って烏合の衆ね。ほとんどの国がガレー船に戦列艦、良くて前弩級戦艦を作る程度にしか発展していない。こんなのが帝国の敵になるのかしら?」

「まあ確かにな。いくらこの世界に摩訶不思議な『魔法』とやらがあったとしても、列強レイフォルがあの程度で敵ではないのは証明されている」

 

 と言っても、帝国自身もレイフォルが列強最弱であることは情報を得ている。しかしそれでもなお、ここまで相手を見下せる自信と力を帝国は持っているのだ。

 

「だが意外だな。ミレケネスがそこまではっきり馬鹿にするとは、てっきりギー二の言うことには賛成かと思っていたからな」

「いいえ、あいつの言う事にはもちろん反対よ。非現実的すぎる」

「というと?」

 

 意外だった。てっきりこの世界を見下すグラ・バルカス人の典型的な感情に乗っているあたり、彼女も武力併合や植民地支配を肯定するのかと思っていた。

 

「あいつの言う『世界浄化思想』。魔法に縛られたこの世界を侵略し、開放することで誰もが種族関係なしに平等に暮らせる。聞こえはいいけれど、やっていることは価値観の押し付けそのものじゃない?」

「だが、それは今まで帝国が平然と行ってきたではないか?」

「その過去のことも全部含めて私は言っているわ。こう言う武力で管理をする方法は、のちに遺恨を残して不利益を生むわ」

 

 ミレケネスは続ける。

 

「考えてみればわかるでしょう? この世界の国際情勢は前にいた世界とは違うわ。世界は魔法中心で、魔法を使える者だけが国のトップになる。それが当たり前で種族の優劣差別が当然のこの世界で、いきなり平等の価値観を押し付けるなんて、いくらそれが正義でも相手からしたらたまったものじゃないわ」

「確かにな。だがミレケネスは植民地支配には肯定的なのか?」

「植民地支配が利益を生むならそれも手段の一つよ。カイザルは反対かしら?」

「俺は植民地支配そのものに反対だ、金がかかりすぎる。管理するにも力を誇示し続けるのもカネがかかるのに、その力は簡単に衰える。いつまでも支配できるとは思えない」

 

 実際、グラ・バルカス帝国の軍事予算は毎年度膨れ上がっている。

 現在計画されている戦艦30隻と各種空母124隻の体制は、いくら帝国でも年間予算の半分は使う金食い虫だ。これに巡洋艦や駆逐艦、軽空母も数えきれないほどいる。

 帝国は転移前から戦時であったからいいものの、これからどんどん膨れ上がるとなるとそれを維持し続けられるかは分からない。

 どんな国でも必ず栄光は失墜する。かつてユクドでもそれは何度も起こっていた。中世から近世、そして近代現代に至るまで、グラ・バルカス帝国の前の帝国が7つもあったそのように。

 

「いつかは帝国も息切れする時が来る。その時、かつて併合していた国々が反旗を翻すかもしれない」

「知っている。けれどそれをさせない方法はあるわ。相手側のことを考えた遺恨を残さない統治なら、あえて恩を売るなりなんなりして、人間的な立場を無くすのよ」

「まあ、それは良い考えだと思う。少なくとも、皇帝陛下はそれをきちんと考えているな。あの『余が戦争』にも、その国に合った統治を勧めている」

「でも、内閣や議会政府はそんなことなど知りもしない。皇帝陛下の考えを勝手に拡大解釈して暴れまわっている。パガンダやレイフォルの体たらくを見て自惚れ上がっているのでしょうけど、実際の世界情勢はもっと複雑で強敵よ」

 

 ミレケネスはまだ料理が来ていないテーブルに包んだ地図を広げ、まだ真新しい新世界の世界地図を見せた。

 

「ミリシアルとムーのことは知っているわよね?」

「勿論、それぞれ列強最上位と第二位だろう?」

「その二国の関係は?」

「同じ列強同士、二国とも他の国と違って比較的平和路線で他国との戦争を好まない。それ故にお互い協調政策をとっている」

「80点ね」

 

 カイザルはミレケネスの辛口評価に舌がひりりとした。自分なりに知っている情報をまとめ、ありのままの事実を伝えたつもりだったが、彼女からしたら『80点』のようだ。

 

「ケアレスミスはどこだ?」

「カイザルが言ったのは二国の表向きの関係。裏ではもっと複雑でドロドロしているわ」

「模範解答を教えてくれ」

 

 ミレケネスは広げた地図にペンでマークをつけつつ、本当にテストの採点のように解答を話す。

 

「まず、大前提としてミリシアルとムーは協力関係を築いている。けれど、お互いに仮想敵同士なの」

「どうしてだ?」

「一番近くて脅威レベルの高いライバルだからよ。前弩級戦艦と魔法戦艦、技術レベルがこの世界で最も近しい上、同じ近代国家。お互いを警戒しないわけがないでしょう?」

「なるほど」

 

 まだ納得がいかないカイザル。それを感じ取ったのか、ミレケネスは例え話を持ち込む。

 

「例えば、カイザルがどこかの世界の大国の国家元首だとする」

「待て待て、俺はそんな大義には向かない人間だ」

「例えよ例え。それで、自分の国の直ぐ近くに世界第二位の国があったらカイザルはどうする?」

「警戒する」

「正解、けれどそれを表に出したら?」

「相手にも警戒される」

「正解、だからどうする?」

「あくまでテーブル下の探り合い程度に収め、表には出さない」

「大正解、これで90点。ついでに表向きは友好関係を築くと100点よ」

「いつからお前は政治学の教師になったんだ?」

 

 ちょっと年季の入った女学校の教師を演じるミレケネスに呆れるカイザル。当のミレケネスは地図をしまい、満足げな様子だ。

 

「とにかく、ミリシアルとムーは水面下での探り合いやマウント取りを続けている。これは、仮想敵にもまた仮想敵がいる証拠よ」

「最も恐ろしいのは、その仮想敵が一つになって手を組んだ時か……」

「ええ、そのきっかけになるとしたら、それは我が帝国しかないわ」

 

 なるほど、だからギーニのやり方には反対するというわけか。

 昔から変わらないようで何よりだ。ミレケネスは感情や偏見よりもこういった現実的な目線から物事を考える性格で、戦略眼もカイザルよりも上だ。彼女の意見は参考になる。

 

「そうか。なら、レヴァームと天ツ上に関してはどう思う?」

 

 彼女なら、この難題にも普通に答えてくれそうだ。そんな希望を持ってして、自然と聞いてみる。

 

「我が帝国と同じ、転移国家のレヴァームと天ツ上。彼らの情報はまだ未知数なところが多いが、会議に出た情報とお前の考察、それを踏まえるとどう見る?」

「そうね……少なくとも、彼らが現れたことによって世界秩序は変わろうとしているわ。彼らがパーパルディアを滅ぼしたことで、ミリシアルとムーの世界秩序に新しく加わろうとしている。新参で転移国家なのにもかかわらず、ね?」

「レヴァームも天ツ上もパーパルディアを滅ぼしていない。あれはただ解体しただけだ、お前の言う植民地支配が出来るほど余裕があるとは思えん」

「それは滅ぼす必要がなかったからじゃない?」

「というと?」

 

 ミレケネスは今度は第三文明圏を中心とした地図をテーブルに広げた。そこにはレヴァームと天ツ上の本土の図は描かれていない。赤線で両国を表す大まかな囲いをミレケネスが付けただけだ。

 

「レヴァームと天ツ上にとって、パーパルディアを支配しなくてもやって行けると考えるべきね」

「どこかに利益源が?」

「ええ、あるとしたらここね」

 

 ミレケネスのシワの寄った細い指が、ロデニウス大陸の二国を指差す。

 

「クイラ王国、ならびにクワ・トイネ公国。彼らが一番最初に接触して貿易を重ねている重要国家よ」

「何があるんだ?」

「資源と食料」

 

 ミレケネスははっきりと、人間国家に必要な要素を言い放った。

 

「クイラ王国に存在している石油資源は計り知れない。占領したレイフォルでも石油は出るけど、そんなの目じゃない埋蔵量がスパイからの情報共有で予想されているわ」

「油田か」

「そしてクワ・トイネ公国の方は多大な食料自給率があるわ。家畜でもうまい飯が食える、なんて言われていて食文化は文明圏外にしては相当進んでいる。いわば、この二つの国がいるだけでレヴァームと天ツ上は潤うの。魔石も採り尽くしたパーパルディアなんて、興味なかったでしょうね」

「羨ましいな……こんな資源国と一番最初に接触できたなら、帝国も混乱しなかっただろうに」

 

 なるほど、レヴァームと天ツ上は資源も食料も全て整えられている。だからこそ、パーパルディアには見向きもしなかった。レヴァームと天ツ上の国力に余裕があるからこそ、出来る知らんぷりだ。

 

「ま、現時点で言えることはこれくらいかしらね。情報共有はできた?」

「ああ、ステーキを食った後のように満足している」

「これから本物を食べるくせに……まあ良いわ、今度はこっちの質問をさせて」

「いいさ、なんでも聞け」

 

 カイザルは特に身構えることなくミレケネスの問いを待つ。

 

「貴方、国際会議への奇襲作戦は上手くいくと思ってる?」

 

 予想通りの質問であり、当然の疑問である。昼の会議の後、海軍が中心となって作戦を立案した。

 しかし、何度かギーニなどの議員達が口を挟み「航空攻撃よりも艦隊決戦の方がインパクトがある」「蛮族相手にはグレードアトラスター級一隻で十分」と、軍事的目標よりもインパクトやプロパガンダなどを重視させられた。

 その結果として、作戦は「湾内にグレードアトラスターを中心とした戦隊を突入させる」という危険極まりない内容になってしまった。

 ミレケネスから見ても狂気である。だからこそ聞きたいのだろう。それを指揮することになったのは、カイザル自身であるのだから。

 

「……正直上手くいくとは思ってない。一年先のことなのに体が震えているほどだ」

「まあ、それが当然の反応よね……不安かしら?」

「先の作戦のために一年中震えていたらみっともない。俺はやるさ、軍に入った時から遺書を束ねている」

「カイザルらしいわね」

 

 ミレケネスとは士官学校時代の同期。成績も共に優秀だったライバルの為、お互いの性格は理解している。だからこそ、この台詞には安心感がある。

 

「正直言って……これはレヴァームと天ツ上を試す作戦でもあるのだろう。レヴァームと天ツ上の実力がどの程度なのか、それを測って今後の戦略を立てるために、戦艦による艦隊戦を選んだと言えるな」

「今は冬戦争じゃないのよ? 政治家連中は何を考えているんだか……」

 

 ミレケネスはなんとか納得してくれたようであり、頭を抱えつつも納得してくれた。

 

「確かに問題はあるが……俺はなるべく最小限にしたつもりだ。帝国最精鋭の部隊を突入させれば、被害も最小限に食い止められる。例え負けたとしたら、空母機動部隊による援護の下で撤退する。その事も付け足してな」

「それでも足りないくらいよ。相手は飛んでいる事自体が脅威なんだから」

「飛んでいるということ自体が脅威?」

「これはうちの部下と議論した上での結論なんだけど……」

 

 ミレケネスはカイザルに対し耳を貸すようにジェスチャーし、カイザルは耳を近づける。

 

「いい? 戦艦が空を飛んでいるってことは、上空から砲弾を撃ち下ろされると言う事なの」

 

 ミレケネスは小声で説明する。

 

「それはつまり、位置エネルギーで砲弾の威力や貫通力が格段に上がる事を意味するわ。そして、こちらの水上艦は『高度』の因子も計算に組み込まなくちゃいけないから、砲弾が当たりにくい」

「そうか、なるほどな……」

 

 盲点だった。確かに空を飛んでいるということは、同じ高さの山から砲弾を撃ち下ろされる事と同義だと考えれば想像しやすい。

 陸戦で高所に陣取られた狙撃手に対処するのが難しいのと同じように、水上にいる戦艦は高所にいる砲台を倒すことは難しい。

 しかも、相手は自力で空を飛んで自由に移動することができる。それを加味すれば、高所の要塞砲が移動していると同義と言えよう。

 そして、相手側は位置エネルギーによって砲弾の威力が増す。これは生半可な戦艦では対処しきれない相手だろう。

 

「確かにそれは脅威的だ……しかしそんな柔軟な思想、誰と議論したんだ?」

「うちのグレードアトラスターの艦長よ」

「ラクスタルか」

 

 カイザルもラクスタル艦長の事は知っている。何度か会ったことがあるからだ。

 彼は帝国の誇りであるGAの艦長として柔軟な発想ができるほどの能力の高さを持ち、正に適任と言えるべき人材だ。

 一回目に会ったのはこの世界に転移する前の合同作戦、ケイン神王国との戦争序盤で拠点としていた植民島へケイン軍が侵攻してくるのを察知した際、その防衛作戦に監査軍のGAも駆り出されていた。

 あの戦いでは空母機動部隊同士の決戦が主体だった為、戦艦の出番は夜戦までお預けだったが、それでも対空戦闘の指揮能力は見張るものがあった。その後の夜戦でも、敵の戦艦部隊を撃破するなどの戦果を挙げている。

 そして二回目はこの世界に転移した後。列強レイフォルを下したGAを称えるための戦勝パーティーにて、こちらから顔を合わせたことがあった。

 しかし、あの時の彼の顔は初めて会った時とはまた違っていた。カイザルへの態度は変わらなく畏っていたが、何か目の奥にどす黒い感情があったのを覚えている。

 パーティーの後でミレケネスに聞いてみたところ、その真相が分かった。穏健派の皇族がパガンダ王国へ交渉へ行き処刑されてしまった事件にて、外交官だった彼の妻も処刑されてしまっていたらしい。

 GAはレイフォルの首都レイフォリアのみならず、途中の主要な湾岸都市の市街地にも砲撃を加えており、それがレイフォルの全面降伏につながったものの、逆に言えば「やり過ぎ」とも言える。まさかその「やり過ぎ」はこの事情の恨みだったのだろうか……?

 

「カイザル?」

 

 と、現実に引き戻すかのように声がかけられる。見ればミレケネスが首を傾げてこちらに声をかけてきていた。

 ミレケネスはわざと声をかけなかったようだ。こちらが自分の世界に入っているのを知っており、それを邪魔してはいけないと長年の付き合いで分かっていたからだ。

 

「あ、ああ……すまない。少し考え事をしていた」

「そう……話を戻してもいいかしら?」

「ああ、飛行戦艦の話だったな」

「そう。カイザルなら、空飛ぶ戦艦を目の前にしたらどうやって対処するかしら?」

 

 ミレケネスは至って普通の疑問を解決するように質問を投げかける。その対処方法がすぐさま考えついたら苦労はしないのだが、この際ミレケネスと相談するのもいいだろう。

 

「そうだな……戦艦に対して優位な航空攻撃を仕掛けるにしても、相手は空を飛んで高速で動いている。魚雷は使えない上、少なくとも水上の駆逐艦よりも速く動けるものだと仮定すると……」

「対艦爆撃、しか方法は残されていないわね」

「攻撃手段が単調になってしまうのは気に入らないな。せめてロケット砲が使えるならばいいのだが、もし相手にも装甲が施されていたら効果は薄い」

「彼らを相手に取るときは雷撃機を減らした方がよさそうね」

「もしくは爆撃雷撃が両方できる機体を開発するか……自走して飛行する魚雷を作るしかなさそうだな。上に打診してみよう」

「戦艦同士の場合はどうかしら? 古臭いけど、艦隊決戦での対飛行戦艦戦術も固めておいた方が良さそうよ」

「たしかに、会議ではレヴァームと天ツ上の飛行戦艦がやってくる可能性もある。グレート・アトラスターと対峙するやも知れんしな」

「でもそれには、そもそも水柱の立たない空中でどうやって着弾観測をするかを考えないと。これを解決しないと、そもそも砲弾が命中しないわ」

「曳光砲弾はどうだ? 安直だが簡単だ」

「曳光弾は光を燃焼させる度に重量が変わってしまうでしょう? 重さが変わると砲弾の軌道も計算し辛くなるからやめておいた方がいいわ」

「そうか……」

「私は時限信管で空中に爆発を作るのが良いと思う」

「それは良いアイデアだが……自爆したら砲弾は命中せずに無駄になる」

「うーん……難しいわね……」

 

 頭を捻って思考を巡らせていたその最中、メイド服に身を包んだウェイトレスが香ばしい匂いを運んで来た。

 国産牛肉を分厚く使ったステーキセットが脂をじわじわとさせ、山海焼きが淡白な白身魚のステーキと和えられお揃いのソースで彩りを盛っている。

 

「ま、料理でも食べながら考えるとしよう」

「それもそうね」

 

 まあ思考してばかりでは知恵熱が出てしまう。ステーキや白身魚の味に舌鼓をしつつ考えよう。

 ちなみに、グラ・バルカス帝国の食文化は外国人から見たらなんとも不思議な和洋折衷に見えるだろう。ステーキやナイフフォークがあるのに、箸もある。

 帝国のある大陸は昔、文化の違う二つの国に分かれており、それが併合されて統一した歴史があるため食文化だけはこうして色濃く残っている。

 このウェイトレスが注ごうとしている白米酒とブランデーも、元は分割されていた時代の文化だ。帝国は食文化に関しては侵略しても迫害は行わず、むしろ郷土料理として受け入れていたのだ。

 

「あっ」

 

"ポン"と栓抜きで引き抜かれるコルク。瓶の中からブランデーが注がれる。ワインボトルに注がれる蒸留した林檎の香りが、鼻腔を突いて食欲を駆り立てる。

 

「それでは、ごゆっくり」

 

 ウェイトレスが去ると同時に、カイザルは今見た現象から思いついたことを話す。

 

「良い方法を思い付いたかも知れん」

「さっきの着弾観測の話?」

「ああ、さっきコルクを見て思い付いたのだが……」

 

 カイザルは小皿にまとめられたコルク栓をひょいと掴み取る。その栓の先には針金が通されたラベルが付いており、赤色に区別されている。

 

「……それ、良さそうね」

「ああ、明日にでも新型砲弾として上に開発を申し出てみる。これで考え事をせずに食事が食えるぞ」

 

 いよいよステーキに向けてナイフを下ろす。切れ味の良い帝国式ナイフが肉を切り分け、中から赤みの残るミディアムレアが湯気を出す。赤黒いソースに赤身の血液を混ぜ、厚切りの肉を口に運ぶと肉汁が歯の間を駆け巡った。

 横に広がったライスも掬い口の中に上品に運び込むと、暴れていた肉汁が宥められてちょうど良くなる。

 

──美味い。

 

 だが何時もより柔らかくなって美味しく感じる。

 

「うむ……この店肉を変えたのか?」

 

 口の中を綺麗にし、マナーの範疇でそれを呟いてみる。一方のミレケネスも、白身魚を解体していた手を止めて返事をする。

 

「ここの肉、試験的にレイフォル地区で生産された牛肉を使い始めたらしいわよ」

「ほう? なんでまた?」

「国産の牛肉はボリューミーだけど、少し硬いのよね。レイフォル地区の牛肉は油は少ないけど、その分柔らかいって評判になったの」

「そのニーズに合わせて、と言うことか」

「この世界の食品も美味しいものが多いわよ? 魚は食品として認定されたのが少ないけれど、この白身魚だって淡白で美味しい」

 

 たしかにミレケネスの食べている白身魚のムニエルもとても美味しそうだ。これなら自分も山海焼きセットを頼めばよかったと少し後悔する。

 

「だが見たことない食い物や料理もあって、初めは抵抗があるな。レイフォル地区でマンガ肉が売っていた時は目を疑ったよ」

「ああ、マヌガ焼きの事ね。この世界で食べられているファーストフードだそうよ」

「食べてみたが美味かった。しかし、中身がただの肉巻きなのが残念だったな」

「あんな部位なんてマンモスのどこにもないわ。あんなのは漫画の誇張表現よ」

「誇張表現、か」

 

 考えてみたが、この世界では今まで神話だったりめちゃくちゃな冒険小説の中にしか居なかった存在が多く実在する。

 魔法、ワイバーン、エルフ、ドワーフ、獣人……まるで自分が漫画か小説の世界にでも入り込んでしまった錯覚に陥るほどだ。

 実際にはカイザルもミレケネスも現実を生きていて、主人公補正もヒーローやヒロインのようなスーパーパワーもない。撃たれれば死ぬし、船と共に運命を共にするかもしれない一人のモブだ。

 だがそれでも、自分はこの鉄臭い戦場に伝説を作ってくれる存在を探している。それが誰になるのか、いつになったら見つかるのかは分からないが、期待している奴ならいる。

 

「そうよ。それからカイザル? この際だから言っておくけれど、貴方まだロマンチストとして生きていないでしょうね?」

 

 ミレケネスは目の色を変えてそう言った。

 

「ああ、もちろんロマンチストのままさ」

「はぁ……貴方いつか死ぬわよ」

「戦場に小綺麗さを求めるのは俺の趣味みたいなものだ。止めるつもりはない」

「もう騎士の決闘の時代は終わったのよ? 後に残ったのは鉄と硝煙の生産レース。陸も海も鉄で覆い尽くされてロマンの出番はないわよ」

 

 そう言ってミレケネスが白身魚に手をつけようとしたところを、カイザルはニヤリと笑ってこう言った。

 

「だが空はどうだ?」

 

 ミレケネスのフォークが止まった。

 

「空は生まれたばかりの戦場だ。そこではまだ互いの殺意と刃が実力を伴ってぶつかり合い、火花を散らしては墜ちている。古い時代の騎士だって、いてもおかしくない筈だ」

「……どうだか? 戦闘機だって性能差で簡単に覆ることがあるわ。帝国のアンタレスがそうであったように」

 

 ミレケネスは隙を見て白身魚を口に運び、骨のない身を噛み締める。それが喉奥に押し込まれたのを見計らい、カイザルは呟いた。

 

「海猫」

 

 いよいよミレケネスはフォークとナイフをハの字に置いた。食事中、を意味するマナー方式である。

 

「たった一機でトカゲ達を400匹相手にし、増援が来るまで持ちこたえたエース飛行士だ。情報くらいなら、お前も知っているだろう?」

 

 "海猫"とコードネームの付けられた飛行士の情報は、グラ・バルカス帝国にももちろん伝わっていた。カイザルもそれを読んでいる。なんなら一目惚れしそうなくらいだった。

 

「…………確かに読んだけど、トカゲが相手でしょう? そんなの、帝国の飛行士にだってアンタレスがあれば出来るわ」

「どうだか? 奴はコメット・ターンまで成功せしめていると言う凄腕だがな」

 

 グラ・バルカス帝国でも非常に限られた飛行士にしかできないと言われる、超弩級難易度の空戦技能"コメット・ターン"。

 かつての戦争で戦闘機が戦場に出始めたばかりの頃、若かりし頃の皇太子グラ・ルークスが空戦場で無敵を誇った大技だ。

 空中に静止するように留まり、機首をエンジンの回転方向に捻り込んで相手の背後を取る。それがまるで彗星の帯のような機動である事から、"コメット"の名がつけられた。

 今では半端グラ・ルークスの伝説となっており、実際にそれを実演できた飛行士はグラ・バルカス帝国にたった一人しかいない。

 それをあっさりと披露して見せた海猫は、カイザルのロマンを掴んで離さなかった。ほとんどの軍人たちはコメット・ターンを披露した飛行士よりも、それに耐えられる強度を持つ戦闘機の方に注目していたが、カイザルは心の奥底で脅威になると感じたのだ。

 

「それで? その海猫ちゃんがどうしたって言うのよ? まさか、私に鳥の話をしたいだけじゃないでしょうね?」

「結論から言おう。対策として、お前のところ(監察軍)のグレート・アトラスターとペガススを会議の作戦に貸してくれ」

「いきなりね……グレート・アトラスターは分かるけど、ペガススまで?」

「正確にいえば、ペガススの乗務員だ」

「…………一角獣の事ね」

 

 一角獣。彼こそ皇帝の伝説を実現して見せた、たった一人の逸材だ。彼もカイザルの心を掴んで離さない。

 

「カイザル。まさかとは思うけど『会議の場で海猫と一角獣の決闘ショーを開催したい』、なんて理由だったら絶対貸さないわよ」

「そんなわけあるか……これは海猫を警戒しての措置だ。相手に絶対的なエースがいるのなら、こちら側にも必要だ」

 

 それを言った途端、ミレケネスの目に少し呆れが混じり始めた。

 

「……カイザル、貴方本当にエースの存在が脅威だと思っているの? 貴方は戦場にロマンを見過ぎよ。エースなんてものは、それ相応の飛行機械を押し付ければ対処できるわ」

「いや、エースの実力というのは、時に戦場を塗り替えてしまう。ケイン神王国との戦争でもそうだったじゃないか、たった一機の敵のエースの存在が、味方達を混乱に陥れて戦局を塗り替えた」

 

 実際そうだ。コメット・ターンを披露できる飛行士はケイン神王国にも居た。

 勝てるはずの空戦場でかき乱され、勝ち負けまで変えられた。だからこそグラ・バルカス帝国は電撃的に追い詰められ、危ういところまで来ていた。

 

「そういうことは事実として起こっているんだ。だからこそ、俺はこの海猫を脅威だと感じている。奴を放って置いたら、俺たちの戦略にも影響する」

「…………それはないわ。大昔の騎士の時代ならいざ知らず、今の時代の戦争は産業力と飛行機械の物量で勝敗が決まるのよ」

 

 だが、ミレケネスは相変わらず冷めた目線をしたままだった。

 

「ケイン神王国の時は相手を見縊っていただけ。本当の総力戦になれば、エースなんてのは鋼鉄機械の物量に押しつぶされる運命なのよ」

「…………相変わらずの現実主義者だな」

「別に、ロマンを見飽きただけよ」

 

 昔の彼女は、こんな冷たい人間だっただろうか? 少なくとも、現実を見る人間ではあったがロマン的な脅威を蔑む人間ではなかった。

 

「変わったな……ミレケネス」

「……まあでも、空には微かにロマンが残っているのも事実ね。念に念を、とは何処のことわざだったかしら?」

「貸してくれるのか?」

「あくまで保険よ。今の戦力でも事足りるでしょうけど、グレート・アトラスターとペガススはそれに念を入れるだけ」

「それで構わない、ありがとう」

 

 なんとか交渉は成功したようだ。全く、彼女が相手だと交渉で勝つのは難しい。

 

「言っておくけど、これは貸しよ?」

「何をすればいい?」

「そうね……作戦時海軍にはなるべく私の指示に従ってもらうわよ。これでどう?」

「あー……分かった分かった! 降参だ!」

「決まりね! じゃ、まずは残りの料理を楽しみましょう?」

「はぁ……」

 

 やはりミレケネスには敵わないな、と思いつつ彼女に感謝するカイザル。とても軍人同士とは思えない、平和な食事風景が流れていた。

 窓の外は夜、前の星より大きい空の月が埃まみれの街明かりを照らす。今日もラグナの空は霧に塗れていた。

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