催眠系幼馴染   作:アライ

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むかし書いたやーつ


催眠術(ガチ)

 催眠術。

 それは理性や感覚といった人の意識に作用する物を直接変容させ、自由に己の意のままへと誘導する禁忌の術──暗示とも言われるであろうソレは現代では認知こそされているが、声高に存在を叫べばデタラメだと鼻で笑われるだろう。

 もっとも、精神科を専攻する医者が患者の自己洞察や潜在的意識に染み付いた認識の治療を促す催眠療法(ヒュプノセラピー)の事を指す場合もあるが、これも有効性が示されておらず確立された物では無い。

 糸に五円玉を垂らし、催眠を掛けたい相手の目の前に持っていき振り子の様に左右に往復させる。目論む者達は皆そんなお遊びに帰結する、イタズラ以外の何物でも無い筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

「今日は雨~心の中まで雨模様~♪」

 

 正午の幕間。

 各々の生徒がそれぞれの昼食を終え、あと数分辺りで始まる授業に臨もうとしていた頃。

 

「こんな日は~♪ 家に帰ってゆったりするのが一番だよね~♪」

 

 やたらと上機嫌な幼馴染が、ゆらりと教室内を優雅に闊歩する。

 衆目を集めること間違い無しの奇行だが、誰も気に留めない。

 

「よし、今日はここまでっ! みんな下校の時間だよ~」

 

 まるで重役出勤をしている社長のような幼馴染様は突然、何を血迷ったのか午後の授業のボイコットを宣言し始める。

 生徒一個人に与えられる筈が無いであろう権利を、さも当然かのように彼女は行使した。

 するとどうだろう。

 

「ふぅ。今日も疲れたわー」

「帰ってゲームしようぜ」

「ごめん5時からバイトだわ」

 

 教室中の椅子が一斉に押し出され、下刻間近の喧騒が辺りを包んだ。慌ただしい余波が同時に他の層にも伝わっていく。まるでその言葉を皮切りしたかのように、いともすんなりと寸分の淀みも無く。

 午後はどうやら全学休校のようだ。

 

「ねぇねぇ、甘いもの食べに行かない? 近所にスイーツカフェ出来たんだって!」

「いいね! 行こう行こう!」

「あんた糖質制限中じゃなかったの?」

「おやつは別腹だからいいの!」

「開店時間は3時からだって! 急がないと行列ができちゃうよー」

 

 クラスメート達は幼馴染の狂言を何一つ疑う事無く軽やかに受け流し、今後の予定を共有しあっていた。強制的に休校にしたせいかクラスメートの会話がおかしなことになっているが、誰一人として気がつかない。

 否、気づけないのだろう。

 

 

「うん♪ クラスのみんなによ~く伝わって良かったよ! その日その日を全力で謳歌するその気概、一点の曇りもない鏡や静水のように、明るく澄みきった心境を皆に与えてくれる──これぞ明鏡止水だね!」

 

 幼馴染はクラスメートが帰っていく様子を横目に、至極満足そうに頷いていた。

 なにが明鏡止水だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼馴染が学校中を思いのままに支配する『催眠術』──現実改変にも近い能力を手に入れたのはおそらく一週間前だろう。

 

 その日は六月の半ばでちょうど中間テストの答案が帰ってきた日である。

 幼馴染の椎名(しいな)(なぎさ)と共に家路についていた時だった。

 

 

「ほら、渚。見せてみろ。ここなら誰も見てないから」

「やっぱり見せないとだめ……?」

「はい」

 

 クラスメート達の姿がまばらになって徒歩数分。およそ誰も気に留めていないだろう、少しだけ空けた帰り道で、目当てのモノを要求した。

 

 

「うぅ……」

「観念するんだ」

 

 渚に急かして、鞄の中にあるテストの答案から、他と違い分かりやすく粗雑に扱われているモノを取り出させる。取り出す前の反応を見れば、簡単に察する事が出来た。

 何とも分かりやすい扱いだが、しかし未だ観測していないので内容が超常的な何かによって勝手に変わるかもしれない。そんな一縷の希望を持ちながら、目の前へと開示させた。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~! しょーちゃん駄目だったよおおお!」

「険しい顔してたから大体察してたけど、厳しかったか……」

 

 

 しかし、震える渚の手から紡ぎだされるモノはなんとも無残だった。

 

 

「赤点か」

「うん……」

 

【椎名渚 国語 21点】

 

 余りにも酷い点数が、(つまび)らかにされた。

 

 赤点の基準は30点以下となっている。渚の国語の点数はそれを優に下へと超えていた。

 

「補習とかあるのか?」

「いや、中間だから無いよ。多分課題あたりが追加されるだけだと思う! 多分……」

「まだ二年の初めだぞ……どうするんだ? 古文、漢文もそろそろ本格的に始まるぞ」

「嫌だあ……どうにかして点数上げないと……」

 

 渚は、己の悲運を嘆いて涙した。

 

 

 我が幼馴染は昔から国語、もとい現代文が大の苦手である。長らく彼女の惨憺たる結果を見てきたおかげで傾向は何となく把握しているが、どうやら渚は本文の内容を深読みしてしまうきらいがあるようだ。著者が『著者の論旨を述べよ』という問いを答えられなかった、という理不尽な逸話もあるほど解釈の難しい物だと現代文は言われているが、しかしそんな解釈違いも毎度毎度起こる事では無い。

 

 渚は恐らくどこか根本的な所で間違っているのだろう。そうなると、なかなか面倒な話になる。

 彼女の認識を変える為には何か、学校で使われている教材とは別の物が必要だろう。

 

 

 幸いなことに近くに行きつけの本屋があったので、そこで参考書を探しに行くことにした。

 

 

 

 

 

「う~ん……どれも役に立たなさそうだよ~」

 

 渚の手助けになるであろう参考書探しは難航していた。現代文を苦手とする者は世に沢山いるようで、その需要に答えるかのように多くの教書が供給されてはいたものの、彼女のお眼鏡に叶う物はなかなか見つからなかった。なまじ多すぎたのが災いしたかもしれない。

 

「活字は読んでるのか?」

「なっ、ちゃんと読んでるよ! 私が普段から小説(ライトノベル)読んでるの、知ってるでしょ!」

「まあそうだが、それは……」

「まさか、小説(ライトノベル)が駄目だっていうの……?」

「いや駄目ってわけじゃないが……」

 

 渚が目に見えて分かるほどにぷんすかとしている。

 

 こいつが普段から小説(ライトノベル)を嗜んでいるのは知っていた。それも結構ガチなほうの。

 その心血の注ぎようは、今の時代、電子書籍のような媒体が存在しているにも関わらず、しっかりと単行本も買って部屋に飾るほどである。

 しかし、この反応から察するにどうやら活字に触れる機会はそれ以外に無いみたいだった。

 

「その目、絶対駄目って言ってるよ~!」

「言ってないって」

「むむむ……やっぱりしょーちゃんみたいに、推理小説みたいなの読んだほうがいいのかな……?」

「それは、どうだろうか……」

 

 好みは違うが、渚とは読書という趣味が共通している。

 

 ここで言う好みの違いとは、ミステリーとラブコメディ。

 渚は学園物のラブコメディが好きだった。いつの間にか読書仲間になっていた自分達は、本好きの宿命とでも言おうか、お互いに布教という名の交換会をし合ったこともあったが、どうやらミステリーは体質に合わないようで、一日も経たずに帰ってきたのが記憶に新しい。

 

 無論、ライトノベルが悪いという訳ではない。れっきとした読み物である。世間では読むと馬鹿になるという悪評が度々聞こえてくるが、しかし相関性は無いに等しい。

 

 まあ極端な話だが、ライトノベルを馬鹿が読む物として悪とするならば、ミステリーだって同じような物だ。

 現代、近代をモデルにしたミステリーのトリックはどれもこれもが現実では再現不能で、読者の頭に耐え難い頭痛を与えてくる。これでは到底、何かを解決に導く時に必要な論理的な思考は身につかないだろう。だいたいは科学技術のせい。

 皆、それを分かって楽しんでいるのだ。ジャンルは違えど、独特の世界観の深みへと浸り込んでいるのは変わらない。

 

 だが渚の場合だけは、ちょっと不味い方向へと作用しているかもしれない。

 

 ライトノベルは謂わば群像劇の集合体だ。そればかりを読み耽る渚は感受性ばかりが悪い方向に伸びてしまった可能性がある。

 こういった事が原因だと話は一気に複雑になるだろう。生半可な物を渚に渡したら悪化してしまうかもしれない。

 

 

 どうしたものか。

 

 

 

 

「……私、分かったよ」

 

 しばらく考え込んでいたさなか。

 周りが見えていなかったのか、気がつけば渚が一冊の本を胸に抱いていた。

 

「推理小説だってテストだって、同じことだったんだね……。点数を上げる事だけに固執しすぎて、答えを求めるという大切な事を忘れていたよ……」

「参考書が見つかったのか?」

「うん!」

 

 問いかけてみれば、返答が帰ってきた。

 渚はどうやら、自分に合う本が見つかったらしい。危惧していた事だが、どれだけいい参考書だったとしても彼女自身が気乗りしなければ、真っ先にゴミ箱行きになってしまうだろう。渚が執心出来る内容でなければ意味がない。

 まずはこれで、一歩前進である。

 

 

 して、一体どれほどの素敵な本が渚の信頼を勝ち取ったのだろうか。

 気になったので見せて貰う事にした。

 

「どんな本なんだ?」

 

「ふふん、驚かないでね! 私が選んだのはこれだよ!」

 

 すると、答えが現れる。

 

 

 

 

「じゃじゃーん! 催眠術の本~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……?

 

 思わず、絶句してしまった。

 

 

 

 

 目の前に差し出されるは、参考書とはとても思えないほどおどろおどろしい表紙に、格安フォントででかでかと書かれた題名。

 

 幼馴染様は、【催眠術のすゝめ】という何とも胡散臭い本を選んだようだった。

 

「答え──その終着点へ辿る最善の道を、私は見つけなければいけないと思ったんだ」

「その方法が、催眠術だと言うのか?」

「うん!」

「つまり、どういうことだ……? 催眠術を、どうするつもりなんだ? 意味が分からないぞ」

 

 まるで数学の本の裏表紙に書かれた答えを、説かずに覗く理由を正当化するかのように渚は言葉を紡ぎ出した。

 

「催眠術はね……テストを採点する先生にかけて、無理やり満点にしてもらうのに使おうと思っているの!」

 

 何も悪びれる事無く、もしもの話が語られる。

 

 ふう……この本屋は夏前だと言うのに中々に空調が効いているな。

 

「なんて、不純な動機なんだ……」

 

 一呼吸置く。

 そして、やっと理解した。

 

 

 

 

 

 

 成績が伸び悩んでいることに対して、一体我が幼馴染はどれほどまでに思いつめていたのだろうか。

 まさか、催眠などという眉唾ものに手を出すまでになっていたなんて。

 

 大丈夫だよ、という言葉がうわ言に過ぎないほど自分の気持ちに蓋をする人が多い現代では、言葉の真意が分かる(ちか)しい人が何よりも必要になってくる。渚の両親を除けば、一番付き合いが長いであろう自分がどうして気がついてあげられなかったのだろうか。

 とても憎らしい。

 

 

 だが、幸いな事に渚は健在だ。まだ彼女は生きている。

 まだ、なんとかなる筈だ。

 

 

 

「催眠術を使えば面倒な事もしなくて済むし、なんてハッピーなんだろう! それに、あんなことやこんな事も……」

「駄目だこいつ」

 

 残念な事に、幼馴染はもう駄目だった。

 余りにも邪な心に支配されてしまっている。

 

 

 

「これ、お願いします!」

 

 堂々と催眠術の本をカウンターに持っていく渚。本の分厚さから推測すると結構な値段が付くはずなのに、誰も彼女を止められない。

 対応にあたったアルバイトの店員さんも本の名前を見てドン引きしている。

 普通、こっそりと申し訳無さげに買うモノじゃないでしょうか。

 

 

「よし、帰ったらすぐに練習しなきゃ! しょーちゃん、じゃあね~!」

「あ、おい待て!」

 

 精算を軽やかな手付きで終えた渚は、引き止める声も聞かずに颯爽と本屋を出ていった。

 それはとても軽やかなステップで。

 

 

 今日は金曜日である。おそらく、休日を使ってあの分厚い催眠術の本を読みふけるのだろう。

 まあ、でも。心配する必要性は全く感じていない。

 

 

 渚がこういう類の本を読むも、大抵すぐに飽きて、毎回一日も経たずに本棚の奥へと押し込んでいるのを自分は知っている。

 今回もどうせ同じような終わりを迎えるに違いない。心配する要素なんてこれっぽっちも無いのだ。

 だから、このままでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 その時は、そう思っていた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 週明けの月曜日だった。家が隣同士なので渚とはいつも一緒に登校するのだが、いつもの時刻になっても彼女は家から出てこない。不思議に思って渚のおばさんに聞いてみると、どうやら一足早く家を出たらしかった。

 変に思いつつ教室へ辿り着くと、なんと我が物顔で教卓に脚を組んで座る渚が居た。

 

 

 ヤバイ奴のオーラが出ていたので話かけずに他人のフリをしていると、突然渚は高らかに宣言する──

 

「今日からこの高校は、私の思う通りに動いてもらいます! 拒否権はありません!」

 

 

 

 

 それを聞いて、思わず頭が痛くなってきた。

 渚はいわゆる中二病というやつなのだろうか? もう高校生なのに。

 

 まるで何かのデスゲームを仕切るGMのようだ。一体何を目指しているのか、これが分からない。

 

 ……そういえば、うろ覚えだが商業の小説で似たような導入を題材にした物があった気がする。クラス全員で生き残りをかけて戦うとかなんとか、そんな感じの内容が。

 果たしてそれが、渚の好きなラブコメディなのかは分からないが。

 

 

 まあ、とにかく。このままでは彼女はクラスの笑い者になってしまうだろう。悲しい話である。

 

 

 

 

 

 

「あれ……?」

 

 しかし。

 幾ら待ってもその時は訪れない。誰も渚を馬鹿にして笑わない。クラスの皆が渚の戯言を、何も言わずに当たり前の事のように受け入れていた。

 

 余りにも大きい違和感。まるで自分以外の全ての時間が止まっている様な──

 そんな形容し難い感覚が襲ってくる。

 

 

 

 ふ~ん……。そうか、そうなのか。

 虚を突かれた思いがしたが、すぐに真意が理解出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ははん、こいつら(たばか)っているな。

 

 

 渚はソーシャルバタフライ(社交家)である。日常に暇を持て余した渚は、何となく幼馴染へとドッキリを行う事にしたのだろう。いわゆる偽物の催眠術を仕掛ける為に、クラス全体を巻き込んだという訳だ。

 

 

 なんて大胆なんだろう。彼女が持つ蝶のようなフットワークが無ければ成し得ない事だ。

 

 

 

 

 

 

 それならば話は早い。

 

 

 

 ドッキリをかけられてる以上、それをネタバラしされる前に指摘するのは無粋というやつだ。

 ふふん、ここは素直に乗ってあげる事にしようか。

 

 

 

 そんな風に思っていれば、何か競争心のようなモノが心の中で湧き上がってきた。

 

 さあ、どっちが先にボロを出すかな?

 耐久戦には自信が有るんですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、催眠術にかかったフリをして数日後。

 幼馴染の催眠術がガチの物だという事を身を持って知る事になった。

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