催眠系幼馴染   作:アライ

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エピローグ

 時は本格的な夏が始まる七月の終わりへ変わった。この頃になると、やはり夏休みはどうするかという話題で持ち切りになる。どこどこのレジャー施設に友人と行くとか、海と山どちらが観光に相応しいかとか、何もしないで家で寝そべっていようとか。それはもう皆どうやって夏を謳歌するか、あれこれ苦心しながら知恵を絞り出している。

 

 さて、そんな夏休みだが。

 わが校は、夏休みが始まるのが少し遅かった。

 

 期末試験を挟んだ後に、八月に入ってからやっと始まる。普通の高校ならば、もう一週間程度早いのではないだろうか。

 

「何故だろうな」

「なんでだろうね」

 

 そんな風に疑問を口に出してみれば、すっとぼけられた。

 だいたいは隣に居るコイツの所業のせいである。

 

「その節は深く反省しております」

「他のヤツに知られていたら、割りと恨まれてた可能性があったんだが……」

 

 催眠術によって校内のカリキュラムが無理矢理変更されたため、案の定辻褄合わせとして夏休みの日数が削られる事となった。

 勿論、それを知る者は二人以外誰も存在しない。疑念を抱く者もおらず、何か不慮の事故が起こって授業の進行が遅れた、としか皆認識していなかった。ご都合主義的な催眠術の闇が垣間見えて、ちょっと怖い。

 

 

 

「それはともかく! しょーちゃんは夏休みは何処に行きた……」

「その前に期末試験が有るんだけど」

「うぅ……」

 

 そうしていると、渚から夏のお誘いが来ていたので、言葉を遮ってとりあえず現実を知って貰う事にした。

 夏休み前の最後の関門として立ちはだかるのは、学生の本分である勉学。

 中間試験からしばらく経ったが、相変わらず渚は現国の科目が苦手である。

 

 当然、期末試験にもその科目があるわけで。

 

「ど、ど、ど、どうしよう……! もし赤点だったら私の夏が……」

「補習は一週間か。結構長いな」

 

 一応、(愛の)語彙力はある程度増えたらしいので、もしかしたら何もしなくても前よりも点数が上がっているかもしれない。望みは薄いだろうが。

 

「時間がもう無いよ~! 試験までもうちょっとじゃん!」

「明後日の一限か。で、次は何も無くそれだけで終わりと。何かの影響か知らないが、結構楽だな」

「楽?! 全然、楽じゃないよ!」

「そうなのか? 一つの科目に集中出来る分、だいぶ楽だとは思うが」

「それはしょーちゃんだけだよ! うーん、どうしよう……な、何か裏技は……! ……そうだ!」

 

 幼馴染と付き合いだしてから約一ヶ月。それほど時は流れていないが、やはり昔からの幼馴染だ。考えている事は手に取る様に分かる。

 どうせ、またロクでもない事を言い出すに違いない。

 

 

 

「やっぱ催眠術かな~」

「……ダメだぞ」

 

 後に続く言葉。予測するまでも無かった。

 

 

 

 

 

 催眠術の本を取り上げ、催眠を使えなくしたあの後。渚を連れて全ての始まりである書店へと向かえば、催眠術の本は跡形もなく消え去ってしまっていた。

 店員さんに聞いてみると、全く売れないから廃棄処分したとか何とか。犠牲者を増やさない為にも、場合によっては在庫全部を買い占める必要性が有ったので、その時は結構安堵したものだ。高校生のお財布事情はいつも厳しい。

 

 そんななか、渚から回収した二冊目の催眠術の本は──

 

 

「むぅ……私はもう、ダメみたい……」

「ほら、やる気出せ。諦めたらどうにもならないぞ」

「う~ん。何かやる気が出る様な何かがあればな~。例えば、良い点取れたらご褒美が有るとか……」

「……」

「ご褒美が有るとか……」

 

 何かを期待している様な面持ちで、渚がこちらをチラチラと伺ってくる。

 大事な事らしく、二回も言っている。

 

 なんて馬鹿正直なんだろうか。

 ……しょうがない。

 

「……分かった。何でも良い……。何でもしよう」

「ん? 今なんでもするって言ったよね?」

「そうだけど」

 

 こんな事を言ったら、渚が何を言ってくるかは明白。

 でも、これが一番こいつのやる気が出る方法だから……。

 

 

「じゃ、試験終わったらえっちしてくれる?」

「やっぱりそれか。それを、言うのか……。……まあ、いいぞ」

「良いの? 本当に?!」

 

 あれから。

 渚とは、正しい関係を築いている。世間で言う、極めて一般的な恋人同士の関係だ。ちゃんと渚の両親にも改めて挨拶して来たし、渚も同じ事をこちらにも返してくれた。いわゆるお互い両親公認の深い仲である。先がどうなるかは未知数ではあるものの、いつもきっとこれからも、彼女が傍に居るのだろう。

 

 肉体関係も無く、とても清くて正しいお付き合いだと言える。

 

 

 

 

 

 

 毎日、口の中に舌を突っ込まれている事以外は……。

 

「一日中するよ? 翌朝、足腰立たせない位にはするよ? 本当に良いの?」

「少し言ったのを後悔してきた」

 

 舌禍とは少し意味が違うものの、良からぬ事に繋がる意義だったのは同じこと。だがそれを考慮しても、これ以上渚を放っておくと何を仕出かすのか分からないので、ここらが潮時と言えるだろう。腹を括らなくてはいけない時間だ。

 

 多分、何を言ってもいずれは押し切られる運命。お膳立てはそれ程までに済まされきっている。

 

「……分かった。それも含めて、良いぞ。渚が望むままの事をすると誓おう」

「やったー! よし、勉強頑張るぞ!!」

「ちょろ過ぎる……」

 

 そんな事を言ってみたら、やる気スイッチに触れたのか渚の活力は満タンになってしまった、

 コイツならこう言えばきっとやる気が出るだろうなぁと思い付きの約束だったが、考えた以上に効果が有ったみたいだ。これはいつか、責任を取らなくてはならない日も近いかもしれない。

 

 

「そういえば話は変わるけど、やっぱり催眠術の本ってどうにかしたりするの?」

「どうにかって? ……ああ、そうだな。処遇を決めて無かった」

 

 二冊目の催眠術の本。それはずっとこちらで預かったままだった。ただ誰の目にも付かない様に、本棚の奥底へ押し込んでいるだけ。

 どうしてだか分からないが、燃やして灰にする気にはならなかった。

 

 勿論、あれから催眠術を使う必要性は訪れなかったし、悪い事にも使っていない。

 が、いずれは処分する必要が有るだろう。何かの手違いが起こったら、面倒な事になる。

 

「取り出してみたけど、まだ効果残ってるのか……?」

 

 少しだけ被っていた埃を払って重量感のあるソレを手に持ってみたが、久しぶりなのでいまいち感覚が分からない。全身を駆け巡る様な耐え難い全能感が襲ってきそうで──実はそれほどでも無い。

 

 そんな名状し難い気分だ。

 結論。よく分かりません。

 

 こういう時は催眠術のスペシャリストの出番だろう。となれば、出番は隣の幼馴染一人だけ。

 

 とりあえず、渚に渡してみた。

 

「うーん。まだ使えそうな感覚はするね……」

「そうか、やっぱりか」

 

 そうすれば、すぐに鑑定を済ませてくれた。やはり専門家はスピードも能力も違う。

 

 ある程度期間を置いていれば、使用者に対する全体的な効力を失うかと思ったが、そんな事は無かった。

 

 やはりこれも燃やしておくのが一番という事なのかもしれない。有るだけ不安の種になる物だ、用心するに越した事は無い。

 

 

 

「とりあえず、また市のクリーンセンターにお世話になるか。しっかりと灰になるまで燃やして貰わないとな」

「そうだね」

「よし。用も済んだ事だし、それを返してくれるか?」

「……」

「おーい渚? どうしたんだ」

 

 催眠術の本を返して貰おうと、渚へ問い掛ける。

 しかし、帰ってきたのは沈黙だけだった。

 

 おや、どうしたんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『幼馴染は言いました。まったく、催眠術は最高だぜ、と……』

「ちょっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渚が口を開けるやいなや、呪文を呟いた。

 何度も聞いた事がある、至って普遍的な催眠術の使い方だ。

 

 途端に何か、超常的なモノに身体が支配された様な感覚に陥ってしまう。

 

 

「うん。まだ十分効果は有るね」

「お、おま……催眠術を……!」

「ごめん、しょーちゃん。私、また使っちゃった♪」

「結構信頼してたんだぞ、お前の事……!」

「欲望には逆らえなかったよ……♪」

 

 なんて事だろうか。幼馴染はまた催眠術を使ってくるつもりだ。

 床に正座させた後、人間の道徳性を何度も問いたハズなのに。

 

 全く心に響いていなかった……!

 

「ね、しょーちゃん考えてみて?」

「何をだよ……?」

「これを使ってえっちをすると、とっても気持ち良くなれそうじゃない?」

「えっ」

「えっ、じゃなくてえっちだよ♪」

 

 渚は催眠術の本を持ったまま、いやんいやんと身を捩らせている。わざとらしい嬌声と共に。

 馬鹿な返しは、休み休み言って欲しかった。

 

「これが有れば、お互い催眠術を掛け合いっこ出来るよね」

「えっ」

「ある時は催眠を掛けたり、ある時は催眠を掛けられたり……」

「な、渚……」

「またある時は、催眠にかかったフリでいちゃいちゃするのも良いかもしれない……ッ!」

「ダメだこいつ……」

「私達はどっちも催眠術が使えるからね……! どんなシチュエーションでも、作り放題だよ!」

 

 自分は、大切な幼馴染の事を分かっていた様で、分かっていなかったのかもしれない。

 悲しいかな。渚は思っていた以上に馬鹿でダメダメだった。

 

 このままだと、また彼女の両親に監督責任を問われてしまうだろう。

 

 娘をよろしくお願いしますと言われても、どうしたら良いのか分からない。

 

 

「……お前は天才か、渚……」

「初歩的な事だよ、しょーちゃん。催眠術があれば誰だって思いつくさ」

「どこかで聞いた事があるような台詞だな……」

 

 とても有名だけど、実は言われていない台詞。それを少し捩ったものを幼馴染が得意げに呟いた。まるで伝言ゲームの様に少しずつ変化している。少しだけ、悲しくなった。

 渚に渡したミステリー小説の中に、果たして探偵役と助手役が恋仲になるモノが有ったのかと、声高にして問いたいものである。

 

 ……いや、考えてみれば結構ありそうだ。

 パッと脳内で列挙した中では存在しなかったが、最近のライトノベルの題材としてなら、探せばそこそこ見つかるかもしれない。師匠と弟子間の恋みたいな、そんな感じの題材がありふれているのだから。

 

「しょーちゃんだって、興味は有るでしょ?」

「……まあ、否定はしない」

「なら良いよね♪」

「渚のおじさん、おばさん。ごめんなさい……。こいつはもう、止められません……」

 

 渚は両親の前ではいつも良い子ぶっているらしい。それはもう、億が一地球がひっくり返っても、決して『オラッ、催眠!』なんて言わない、とても思いやりがある元気で良い子に。

 

 ……このままだと、すぐに化けの皮が剥がれてしまう様な気がする。

 

「じゃあ、しょーちゃんの許可も取れた事だし」

「何か嫌な予感がするぞ……」

「いつもの日課、しよ……? と、幼馴染はあなたを誘惑する事にしました……』

 

 そんな言葉を皮切りに、舌なめずりをしながら、何やら悪い顔をした渚が近付いてくる。

 いつもの事では有るが、こうして三人称で言われるのは久しぶりのものだ。

 

 

『瑞々しく震える赤い唇が、あなたを同じ色に染めようと襲いかかります』

 

 拒否する理由は、どうやら無いらしい。

 

「許可しなくてもやってくる癖に……」

「ふふーん♪ うるさい口は塞いであげよう。……んっ」

 

 

 そして今日も流される。

 全てが無茶苦茶だ。

 ムチャクチャに舌を絡め合わされ、口内の粘液を存分に持っていかれる。

 

 隙間が有るにも関わらず、息が出来ないと錯覚してしまうほど、熱で埋められていて暑苦しい。

 

 

「ぷはっ……相変わらずキスしてる間の呼吸下手だね。口じゃなくて、鼻で呼吸するんだよ?」

「っ……慣れてないんだ、無茶を言うな……」

 

 

 渚とそれをしたのは、告白をしたその日の事だった。

 

 恋人ならキスぐらいは当然だよね、という渚のお願いに、それぐらいならと流されてしまったのが運の尽き。まさか最初にディープなのをやってくるとは思わない。

 

 色々蹂躙されてから、その真理に気が付いた。

 無事、呼吸が出来ずに苦しんだ。

 

 

「なら、一緒にいっぱい練習しようね……しょーちゃん」

 

 そんな事も気にせず、渚はいつもそれをねだって来る。

 何事も経験から、というのが彼女のセオリーらしいが、余りにも積極的過ぎる。

 

『好き合っている幼馴染同士。密室。何も起きない筈が無く……』

「本当に何か起きそうだから、一旦ストップな……」

 

 ちょっと先行きに不安を感じたので、肩を掴んで何とか引き剥がした。

 古来より、密室では碌な事が起きないと相場が決まっている。

 

「試験勉強するんじゃなかったのか……?」

「ちっ……あわよくばを狙おうと思ったのに」

「なるほど。それが狙いか……」

 

 もしこのまま先を続けていたら、渚の場合ほぼ確実に勉強をほっぽり出して行為に没頭してしまう事だろう。

 そうすると困るのは渚の方なのだが、コイツはそれを分かっているのだろうか。

 

 多分、分かっていない。

 

「赤点取っても良いなら続けるが」

「くぅ……! なんて魅力的な誘惑なの……!」

「……迷うくらいなら勉強しような」

「はぁ~い……」

 

 そう言って催眠術の本を大事そうに胸に抱いたまま頷く渚。

 何というか、もう簡単には返してくれ無さそうである。

 

 そのままだと上手くペンも動かせないだろうに、殊勝な事だ。なぜやらなくて良いことをやろうとするのか、これが分からない。

 

「はぁ……。取ったりしないから、本は机に置きなさい」

「本当に?」

「嘘は言わないぞ。どこかの誰かさんじゃあるまいし」

「ふふ……酷い言われ様だね。まぁ事実だからしょうがないけど」

 

 本を開放した渚が照れ隠しか、ペンをくるくると回して気を紛らわせている。

 

 勉強をすると誓ったのに、もう脱線しそうだ。

 

「現国ってどうやって勉強すれば良いんだろう。ひたすらポエムを書けば良いのかな……」

「確かな事は言えないが、それは……うーん」

「催眠術と官能小説から生まれた、ときめく様な感情……それを思いのままに描きたいのに……!」

「本気でそう思っているなら、勉強あるのみだ」

 

 何というか、最近の渚はそっち方面の語彙力に関しては天才的な伸びを見せている。勿論、それが成績に直接関係するわけでは無いが、伸びしろを見つけると気概も出てくるものである。

 ここは(おだ)てておくべきか。

 

「そうだな。渚は才能があるから、頑張れば伸びるかもな」

「ホント?! メロメロに痺れてしまう様なリリックを、私でも生み出せるの?!」

「あー……多分な」

 

 そうして見れば、想像以上に食いつきが良かった。

 これは……もしも芽が出なかった時の反動が大きいかもしれない。ちょっと、やり過ぎたか。

 

 

 

「しょうがない。最後まで面倒を見る事にするか……」

「よし。じゃあ、今から語彙力を鍛える練習を!」

「まずは試験勉強な」

「はい……」

 

 渚との一騒動を経て、自分は掛け替えのない存在を知った。それが何なのか、答えを出すのは少々時間が掛かったけれども。

 しかし今は、とても明快に言葉に表す事が出来る。

 それは、催眠術といった強制的に(いだ)かされた偽りの感情──そんなモノによっては決して引き起こされる事がない、自身の心にただ一つ宿る意思だと。

 

 

「しょーちゃん、これからもよろしくね」

 

 自分はこの唯一つの幼馴染()との日々を、ずっと大切にしていくと誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

むかしむかしあるところに とても強い魔法を使う 一人の少女がいました。

 

その少女の魔法は 人々を意のままに 操る事ができる危険な魔法だったのです。

 

少女はあれよあれよという間に 自分の意のままの世界を作り上げていきました。

 

欲しい物を一通り手に入れた少女は 一番欲しい物を手に入れようと想いました。

 

しかし 少女の願いは届きません。

 

その魔法は自分が一番欲しい物だけが そのままでは絶妙に手に入らない

 

クソみたいな魔法だったのですから。

 

やがて少女は 不慮の事故で 魔法の制限を付けられてしまいます。ちくしょう。

 

まだやりたい事とか 楽したい事とか 色々有ったんですが。

 

少女の物語はここで終わり。

 

これからは不労所得など無い ただ研鑽だけの地獄の日々が始まります。

 

ですが 少女はとても幸せなのでした。

 

それは 魔法から解き放たれ 一番欲しかった物が手に入ったから──

 

 

 

おしまいっ!

 

 

 

 









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