催眠系幼馴染   作:アライ

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おまけです
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おまけ
それは解釈違い


 眼前に広がるは、まるで暗がりに溶けていく夕闇の雲の様だった。

 差し込む明かりも存在せず、視界が徐々に塗り潰されていく。周りにはただ無があるのみで、目を凝らして探して見ても、自然も建物ですらも存在しない。

 

 個を認識しようとしても、繋がっている感覚が、意識が、どこからどこまでが自分の物なのか、全てがどうでも良くなってしまうほどそれは曖昧になっていって──

 

 

 いわゆる夢という奴を見ているのかもしれない。見慣れない光景に戸惑いながらも、何となく光の無い道を歩いてみようとすれば、意思と同調して思い通りに身体が動いた。夢かもしれないのにも関わらず、明確な行動の決定権が有る事に、少なくない違和感を感じる。

 

 夢を体験する事自体は別に珍しい事でも何でも無いが、大抵は眠りから覚めた後に見ていた物が夢そのものだったと気が付くものだ。

 胸にしとりと残る僅かな余韻に浸り、それをどことなく噛みしめながら朝を迎え、やがて何を見たのかも忘れてしまう。そんな日常的なやりとりは、数え切れないほど体験してきたはずだから。

 

 ならば、この状況は一体……。

 

 

 

 

『……どうしても……たい事が……の』

 

 物思いに耽っていれば、いつの間にか暗闇に道が開けていた。

 誰かの声が聞こえてきたかと思えば、一筋の光が濁流の様に差し込んでくる。

 

 襲ってきた眩しさに目を眩ませていると──

 

『……(くん)は』

 

 そこは、見慣れた場所だった。

 ほんのりとチョークの跡が残る黒板に、等間隔で羅列された簡素な机と椅子。なんて事は無い、いつも通っている高校の教室。季節は……仄かな暖かみを感じるので春先だろうか。

 

 その場所でどういうわけか、自分は一人の女生徒に何かを問われている様だった。

 時は恐らく放課後をかなり過ぎた頃だろうか。窓からは夕日が差し込んでくるなか、教室は二人だけで、廊下からは床を鳴らす靴の音すらも聞こえてこない。

 

『……(くん)は、……の事どう思っているの……?』

 

 その問いは虫に食われた文の跡の様に聞こえない部分が有ったが、何を言いたいのかはすんなりと理解できた。

 いつも繰り返されてきたやり取りの延長線上。それに極めて近いものだったからだ。

 

『……とは仲がとっても良いけど、いつも……──って言ってるよね。でも、本当はどうなのかな? ──なの? それとも……』

 

 幼馴染である渚との仲を探る為の問い。何となく、そうだと分かった。

 

 恋人では()()が、とても仲が良い間柄。

 聞かれた以上は答えねばならないだろう。

 

 その問いに対して、特に何も考えずに用意された答えを返そうとするが──

 

『どっち、なのかな……?』

 

 ぐいと問い(ただ)すの様に女生徒が間合いを詰めてくる。明確な答えを問うているにも関わらず、有無を言わせない様な迫力に思わずたじろいでしまった。

 

 返答が頭の中からするりと抜け落ちていく感覚へと陥る。

 

 すると、なぜか。

 

 

 

 なぜか、普段ならば決して選ぶはずも無い選択肢が浮かび上がってきた。

 

『別に……渚とはそんなのじゃない。勿論大切な友人だけど、恋愛的な意味で好きになった事は無いって』

 

 すらすらと並べられていくいつもより強い言葉。

 

 恥ずかしさから意図的に避けていたのか、それとも無意識だったのか。

 絶対に付け加える事の無いもので、本心でも無い偽りの感情。

 

 本当は……、なのに。

 

『そう、なんだ』

 

 

 途轍もない焦燥感が胸の内を駆け巡る。

 

 今しがた放ったそれは、幼馴染への思いを否定する言葉。

 

 ただならぬ胸騒ぎがした。

 

 

『そっか、そうだったんだ……』

 

 返された答えに対して、なぜか安心した様な表情を浮かべる女生徒。その様子は少しばかり変だったが、今はそんな事はどうでも良かった。

 

 放課後で、その女生徒以外は誰も居ないのに。

 彼女以外は誰にも、当の本人である幼馴染にも聞かれていない言葉なのに。

 

 もしかして取り返しのつかない事を言ってしまったのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 ぷつり、と。

 何か、糸の様なものが、切れる音がした。

 

 

 それは、ずっと昔から繋がっていたはずの──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいアウトー」

 

 

 

 

 

 すると、なぜか天より声が聞こえてきた。

 

 

 

「久しぶりに……キレちゃったよ……」

『えっ』

 

 とても聞き覚えのある声が継続して、降り注いでくる。それは(しゅ)の福音なのか、名状しがたい神々しさを内包していた。

 もしかして神様なのかもしれない。

 

「これ、幼馴染すれ違いものじゃん! あ~許されません。解釈違いです。断じて、許されません!」

『えぇ……』

 

 神は、お怒りになられていた。

 それと同時に、周りの物体が、空間が、突然セピア色へと染まっていく。目の前に居る女生徒ですら例外では無い。何もかもが等しく塗り替えられてしまった。

 

 まるで時が止まってしまったかの様だ。

 

「そんな事を言う時はね、大抵幼馴染が扉の後ろにスポーンしてるんだよ! だからね、恥ずかしくても嘘は言っちゃダメ!」

『そ、そんな偶然が有るわけが……』

「有るったら有るの! 例えば、教室に忘れ物を取りに来たとか! 遅くに幼馴染を迎えに来たとかも有るかもしれない! ……ともかく、そんな話を聞いた幼馴染は酷くショックを受けて、次の日からギクシャクしちゃうの。そうなったらもう、仲は元に戻らない……これがどれだけの損失か分かるの?!」

『損失って……』

「ツンデレ幼馴染とかならまだ少しは分かるよ? 思いをひた隠しにしながら遠回しに伝えても、上手くいかない事なんてままあるもん。でもね、それでも……これだけは言いたい」

『な、何をでしょうか』

 

 神はすぅと息を大きくお吸いになった。

 止まっていた風が、嵐となって吹き荒れる。

 

「好き合っている幼馴染同士がそんなしょうもない事ですれ違うなんて! 絶対に! 私は! 許しませんッ!!!」

『そ、そうですか……』

「幼馴染は最高って言うんだ! 言えっ!」

 

 はじめに神は天と地とを創造された。

 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。

 神は「幼馴染あれ」と言われた。すると幼馴染があった。

 

 

『う~ん。幼馴染は最高だな』

「よし」

 

 神はその幼馴染を見て、良しとされた。

 神話の第一日である。

 

 

「うん、じゃあ次からはちゃんと言おうね。大好きだって」

『はい……』

 

 何やら思考が誘導された様な気がしないでも無いが、しかし相手は神様。その福音とあれば、全てが正しいに決まっている。疑う事自体、有り得ないのだ。神は絶対である。

 

 

 

 

 

『……自分はいったい何をやっているんだろう』

 

 軽い自己嫌悪に陥っていれば、周りに色彩が戻り始めた。

 恐らく止まっていた時間が動き出したのだろう。

 

 だとすれば、目の前の女生徒にちゃんと幼馴染との関係を伝えなければならない。誤解させたままだと、またいつ幼馴染が湧いてくるか分からないのだ。

 

『あ~……その、な……。違うんだ。幼馴染の事はやっぱり好……?!』

 

 そこまで言いかけて。

 どういうわけか急に言葉に詰まってしまった。

 

「えっ?! な、なんで言い淀んでるの……?!」

 

 先に連なる『き』の文字を紡ぎだそうとしても、上手く後が続かない。喉を震わせる事が出来ないわけではない。口を動かす事が出来ないわけでもない。

 

 何か超次元的な存在に阻まれているかの様な感覚がして、上手く喋られなくなってしまうのだ。

 神様の仕業かと一瞬思ったが、ソイツも驚いているのでどうやら違うらしい。

 

『なら……今フリーって事かな。じゃ、言っちゃおっと……あたしね、実は……』

「ちょ……ちょ、ちょっとこれ……!」

『……にも黙ってた事なんだけど、本当は』

「ま、ま、まままマズイって……!」

 

 そんな事を考えていれば、何やら目の前の女生徒が意を決したかの様に口を動かし始めた。

 その声音にはどうしてか、小さな震えが含まれている。

 

 おや、どうしたんだろう。

 

『あなたの事が──』

「そ、それ以上続けてはならぬっ……! それだけはっ……!」

 

 視線を今まで横に逸らしていた女生徒が、こちらへと向き直った。

 彼女の双眸が熱を持って一直線に貫いてくる。

 

 

 目が合った。

 

 

 

『──好きなの』

 

 そして、想いを打ち明けられる。

 突然の事に思わず頭が真っ白になった。

 

「うわあああああああああああッ!!??」

 

 神様が発狂していた。とてもうるさいのだが、それよりも眼前で起こった出来事が信じられなかった。

 えっ。これってもしかして、告白なのでしょうか。

 

『初めは別に何とも思ってなかったんだ。……の幼馴染だと聞いて、ふーんとだけしか感じなかった。友達の友達。しかも異性。何となく、気まずかったんだ。でも、いつも……とつるんでる以上、あなたもそばに居るわけで』

「そんな噓でしょ……めぐちゃん……!?」

『その気まずさはきっとあなたにも伝わってたと思う。でも、あなたはそんな事も気にせず、優しく接してくれた。友達の友達でも変わらずみんな友達だって。それを聞いて、どうしてか分からないけど……とても嬉しかったんだ。ふふ……どうして、だろうね?』

「な、なんて事を! こ、このすけこましめっ……!」

 

 矢継ぎ早に繰り出される思いの丈に反応して神様がこちらを罵倒して来る。

 何か微妙に回りくどい台詞なだけあって、訂正したくなる気持ちになってしまう。

 

 例えるならば、すごくとすごいを混同された時の様なモヤモヤ感。

 

『いつからかな。……の事が、羨ましくなっちゃったんだ』

「ゆ、友情はどうしたの、めぐちゃん?! 女の子どうしの絆はっ……? 私たちの事、応援してくれるって言ったよね……?!」

『……が居たから遠慮してたけど、好きじゃなくて付き合って無いんだったら……あたしが貰っても、良いよね?』

「だ、ダメ。ダメです……。全然、ダメ……ッ!」

 

 神様が必死に告白を止めようとして来るが、しかし相手の女生徒には聞こえていない様だった。悲しいかな、どうやらテレパシーを送って干渉する事は出来ないらしい。

 悶絶する神様をよそに、女生徒は更に後に連なる言葉を続けている。

 

「ノーカン! ノーカンっ……!」

『もう一度言うね……。あたしは、あなたの事が、好きなの』

「うわああっ!」

『返事を、聞かせて欲しいな……』

 

 そして、答えを乞われた。

 

 なぜかダメージを受けている神様はとりあえず放っておくとして。

 ……ここはちゃんとした返事を返さないといけないだろう。

 

 正直な所、自分は目の前の女生徒の事は全く恋愛感情を抱いてはいない。

 というか、そもそも彼女が誰なのかも分からない。幼馴染の友達らしいが、記憶を辿ってもこんな人物は思い当たらないのだ。誰だか知らない相手に、恋心を抱くのは難しい。

 

「……まさか、めぐちゃんがそんな思いを抱いていたとは……。で、でも大丈夫だよね……?」

 

 情熱的な告白をしてくれたのは嬉しいが、ここはきっぱりと断っておくのが最善だろう。

 

「私たちが過ごしてきた時間はそんなヤワなものじゃないよね? 絶対、負けたりなんかしないよね……? 断って、くれるよね……?」

 

 神様も言っているのだ。少し心苦しいが、真摯に対応しよう。

 

 そう心に決めて、言葉に起こそうとして──

 

 

 言葉に詰まった。

 

 

 

 えっ。

 

『実は俺も、君の事が好きだったんだ』

『ほ、ほんとなの? 嬉しい!!』

 

「うわああああああ、NTRだこれえええええええ?!!」

 

 口に出そうとした言葉とは全く別の感情が表へと出てくる。

 止めようと思っても、止まらない。全自動で口が動き、愛の言葉が紡ぎ出される。

 

『で、でも本当に良いの? あたし、親友を裏切っちゃう様な卑しい女だよ?』

『構わない。俺は全てを受け入れる男さ。君への愛は、もう誰にも止められない。だろう、ハニー?』

「NTRはっ! ゆ、許されない……! 脳が、脳が……ッ!」

 

 思ってもいない言葉が勝手に。さも当然の様に発せられ、留まることを知らない。

 

 何だこの歯の浮く様な台詞は……。愛を語るにしても、もうちょっと良い言い回しが有ると思うのに。こんな事言われて、喜ぶ人なんて居るのだろうか。

 

『ハ、ハニーなんて。……嬉しいよ、ダーリン……』

 

 居た。何か居た。

 しかもクリティカルヒットだった様で、女生徒は顔を上気させている。

 

 なんだこれ。

 

『さあ。幼馴染なんて放っておいて、さっそく新婚旅行へ行こうか、マイハニー』

「あ”あ”あ”あ”っ!! 脳が破壊される……ッッ!!!」

 

 続くのは幼馴染への裏切りの台詞。すると、神様の絶叫が心地良い程に左耳から右耳へと通り抜けて来た。

 いや、マイハニーって……。コイツら、いったい何をやっているのだろう。

 

 頭が痛くなってきた……。

 

『ハニーはどこへ行きたい? 一緒に地図を広げて考えようじゃないか』

『ふふっ……どこにしようかな?』

 

 余りの壊滅的な語彙センスに絶望していれば、両手が勝手に地図を広げた。いつの間にか手に握りしめていたらしい。

 なんと紙媒体である。

 

 今の御時世、逢引に限らず、場所を探す時は普通地図アプリでも使うと思うのだが、なんて旧時代的なんだろう。

 

『俺はハニーが望む場所ならどこでも大丈夫さ』

『もう……そういうのが一番困るんだからね?』

『すまない。つい君とのハネムーンが楽しみ過ぎて、失念してしまったよ』

『やだ、とっても嬉しい……!』

「あぁ……しょーちゃん……」

 

 ──ほう、これはアレだな。

 

 古来より親しい男女間で何が良いかと意見を問われた時に、~でも良いと曖昧な答えを返す事は推奨されないと言われている。一緒に考えるという行為自体に幸せを感じる者は性別を問わず多いわけで、どうにもそこを蔑ろにされると冷たくされていると思われてしまうらしい。以前、どこかの雑誌でそんな話を読んだことがある。

 次からはちゃんと、パートナーを尊重して発言しなければなりませんね。

 

 

 

 ……まだ続くんですかこれ。

 誰か、助けてください。

 

 

『それならば、蒼い海が見える場所へ……』

 

 そうすれば悲痛な思いが天へと通じたのか。

 

 行こうじゃないかと。

 そんなクサい台詞を言おうとしたと同時に──

 

 意識は途切れ、深い海の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は一週間に渡る期末試験の最終日。科目が全て終われば、それでひとまず長い一学期は終了だ。学生達は解散し、そして皆が思い思いのままに夏の思い出作りへと華を咲かせ始める。答案返しと終業式が土日を挟んだのちに行われるので、まだ完全に終わったわけでは無いが、それでも殆どの学生が肩の荷が下りた気になるだろう。赤点取った人は知りません。

 

 そんなこんなで試験を終えた渚といったん別れ、家で昼食を取った後。

 割と抗い難い眠気が身体を襲ってきた。

 

 催眠術の事だとか、渚の事だとか、色々溜め込んでいたのかもしれない。日々の睡眠でも解消できなかったものが、今になって発現してきたのだ。

 あまり寝すぎても不味いので、目覚ましを付けてほんの数十分程度昼寝をするつもりだったが──

 

 

 今の時刻は午後三時。

 約三時間ほど、ガッツリ寝てしまったらしい。

 そして気が付けば、なぜかそこに居た。

 

「NTRは……NTRは許されない……」

「お前か。お前の所為か」

 

 中々に心地の悪い目覚めだった。疲れは一応取れたが、見た夢が最悪である。

 原因は間違い無く、コイツだろう。

 

「何をしたんだ、渚?」

「あっ、起きたんだね。おはよう♪」

「……おはよう」

「おばさんにね、お願いしたら家に入れて貰えたよ。次からは好きに上がっていいって」

「母さんに会ったのか。もう顔パスだな」

「ダメだった?」

「いや別に」

 

 あれから。

 お互いの両親には早期にお付き合いの話を報告していたが、特に何も反対もされずに今に至っている。話が飛躍し、既にそういった関係を持っているのだろうと誤解されているのにも関わらず、だ。良いのだろうか、本当に。

 

 信頼されているのは嬉しいが、やはりそれに応えるとなると相応の覚悟と力が必要となるだろう。まだ一介の高校生でしか無い自分には、覚悟はともかく力が足りないのだ。未来の事を思えば、どうしても先行き不安となってしまう。まあ、いつかは直面する問題だと思っていたので、逃げるつもりはないけれど。

 

 ……それはともかくとして。

 

「そうだ、忘れるところだった」

「ちっ」

「……それで何をした、渚」

「催眠術を、しょーちゃんにかけました……」

「そうですか。ちなみに、何を企んでそうなった?」

「いい夢を見て、ぐっすり眠って貰おうと……」

 

 ふむ、催眠術で眠りを深くすると。つまり、本来の用途で使おうとしたわけか。

 この目の前にいる術師はたいてい性的な事にしか催眠を使ってこようとしないが、一応ソレが心理療法や睡眠の質を上昇させる為に使用される事があると知っていたのだろう。

 だから眠っているのを見て、良かれと思って催眠を使ったらしい。

 

「悪夢を見てたのですが」

「そ、それは」

「変な事、したんだな?」

「……うん。しょーちゃんの寝顔を見てたら、いたずらしたくなっちゃって」

 

 やはり、コイツの所為だった。

 

「それで、えっちな夢を見せてあげようと」

「悪夢だったけど」

「処女の私には荷が重かったよ……」

「どうやったらあんな変な夢になるのだろうか」

 

 途中から聞こえてきた天のお告げは、どうやら渚が発したものだったらしい。確かに起きて再度想起して見れば、それ以外の何者でも無かった。夢の中では気が付く事ができなかったが、これは催眠術がもたらす認識阻害の様なものかもしれない。

 色々捏造されていた部分も有ったが、それは渚の願望なのだろうか。

 

「まず幼馴染の尊さを説く事から始めようと思ったけど、失敗しちゃってね……」

「なるほど。だから、渚以外の他の女の子に告白されたわけか」

「そうだよそれ! 危ない危ない。危うく、寝取られによって脳が破壊される所だったよ。幼馴染NTRは大罪だからね」

「お前が取られる方なのか……」

 

 渚の奇行はいつもの事だから置いておくとして、夢で見た酷い台詞回しは奴の語彙力によって生み出された物だと考えれば確かに納得がいく。

 う~ん、今回の語学の期末試験……渚が言うには比較的良い点が取れたらしいが、本当に大丈夫なのだろうか。後でちゃんと復習するように言っておかねば。

 

 

「……ところで、あの夢に出てきた女の子は渚の知り合いか?」

「えっ、嘘でしょ……? わ、私というとっても可愛い彼女がありながら……」

「いやいや、渚が思っている様な事はしないからな? ただ、全く面識が無くて」

 

 寝起きから少しだけ頭の整理がついたので、ふと脳裏に浮かんだ疑問を渚へと問いかけてみる。

 夢で織りなされた出来事によれば、その子は随分と渚と仲が良い子だった様だが……。

 

「何度思い返しても、名前と顔が思い浮かばないんだ」

 

 渚は普段の言動からは考えられないほど社交的で、昔から良く色んな人に囲まれていたが、夢に出てきた子とつるんでいた所を見た事は一切無かった。いくら幼馴染とはいえクラス替えで常に一緒になるわけでは無いので、そういう時に出来た親友の可能性も有るが、それでも何かがおかしい。

 

 何かが、決定的に噛み合わないのである。

 

「そんな、詰め寄る様に探ってくるなんて……あっ、もしかして嫉妬してる? ふふ~ん、そうならそうと早く言ってくれれば良いのに! もう、仲が良い同性の親友に嫉妬しちゃうなんて、しょーちゃんも中々に愛が重いね♪」

「……その仲が良い親友の名前。フルネームでちゃんと言えるのか?」

「そりゃもう、もちろん言えるよ。えっとね、あの子の名前はね……」

 

 渚はその女の子の名前を言おうとして。

 

 

「……あれ、おかしいな。何で覚えてないんだろ。えっと……ちゃんは、私の親友で……確か、一緒に……あれぇ?」

 

 言い淀んでしまった。その子を呼んでいたあだ名ですらも、今はもう思い浮かばないらしい。

 

 ああ、これは間違いなく。

 

 アレ(催眠術)の影響ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……」

「……」

 

 渚が催眠術に対して熱く語っている時に、シチュエーションの一つとしてそれを題材にした漫画を見せて貰った事がある。

 ガッツリ成年向けの内容で詳しく語るのは憚られるが、端的に言えば催眠術をかけるための振り子を振ったら逆に自分が掛かってしまった、という話である。

 恐らく今回は慣れない催眠を使ったことで、近しい事が起こってしまったのだろう。どこからその親友の存在が出てきたのかは、あまり考えてはいけないのかもしれない。

 

 渚の催眠術に付き合うのは楽しい物だが、それ自体(催眠術)が人の世の(ことわり)を大きく覆してしまう強大なモノだと。

 

 その事を、決して忘れてはいけない。

 

 

 

 

「……しばらくは、寝てる奴に催眠術をかけるのは控えような」

「はい……」

 

 とりあえず、渚に反省を促す事にした。

 

 

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