催眠系幼馴染   作:アライ

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シチュエーションは作るもの

「私が使った催眠はね。私の事を恋愛的な意味で、心の底から好きな人にしか効果が無いの。これがどういう事か──しょーちゃんなら分かるよね?」

「な、な……っ!」

「あれ、もしかして自分でも気がついていなかったのかな~?」

 

 渚がニタニタと笑いながらその身を嬉しそうに震わしている。それはまるで、宝くじにでも当たったかの様な喜びようだ。

 コ、コイツ……!

 

「良いよね~。事故的なきっかけを境に、いつの間にか心に秘めていた想いを理解するの。よくあるラブコメの王道ってやつ?」

「~~~ッ!」

 

 渚が言う通り、使っている催眠術がその様な効果ならば、確かにそういった答えへと昇華する。

 果たしてその事を自分でも理解していたかはよく分からないが。

 

 ただ、一つだけ言える事がある。

 

「こいつ……分かってて幼馴染の純情を弄びやがった……!」

 

 

 我が幼馴染は、間違いなく畜生だ。

 

 

「あれあれ? もしかして照れてる? 照れてるの?」

「くっ……ちくしょうめ……」

「ふふーん。何とでもいいなさい♪ ともかく、これでちゃんとした両思いだね、しょーちゃん♪ 私達が育んできた想いは、もうこんなに大きくなっていたなんて、私とっても嬉しいよ」

「お前良いのか。それで、良いのか……?」

「んん? 良いのか、って何の事?」

 

 いわゆるラブロマンス。男女の仲を描いた物であるソレは、思いの丈を語る告白シーン無しでは語れないものだと言われている。勿論、そういった分野に造詣が深いワケでは無いので断言はできないが、愛憎渦巻く要素が多くを占めるミステリーでも何度かは似た場面を見たことがある。

 そんなシーンが書かれた状況は物語の最高潮──クライマックスである事が大半を占める。学園モノだったら、屋上や体育館の裏だったり、プラトニックな大人の恋愛を描いたものだったら、澄んだ夜空の下で街明かりを頼りに行われていたりと、やはりそれ相応に適切な場所で、かつ相応(ふさわ)しい言動で行われている。

 

「お前、そんな告白の流れで良いのか……? もうちょっと、ほら……相応しい良い状況が有っただろう……」

「えっ」

「そうだな……。例えば、渚がたまにやっている恋愛ゲーム。確か、伝説の樹の下で最終的に思いを伝えるのだったか」

「あ……」

「うちの高校には当然そんなものは無いから、もっとありふれた場所になるのだろうが……。それでも夕暮れの下の校舎裏辺りとかなら、そこそこ良い感じになる筈だ」

「……」

 

 渚の告白はとても情熱的なものだったが、時と場所が余りにも悪すぎた。

 

 机の中に行き先が書かれた手紙が入っていて、そこに行くと待ち人が佇んでいる。こういったベタな導入はよく有るものだが、ある程度の登場人物はその先に続くモノが何か、その身で察する事だろう。それは準備とも言えよう覚悟だが、演出には欠かせない大切な要素である。

 

 しかし、この幼馴染の導入の場合はどうだろうか。

 

「あれ……もしかして私、一生に二度と無い機会……ふいにしちゃった?」

「はい。まあ、二度目だけど」

「う、うそ……」

 

 ここに至るまでの経緯。

 それは彼女曰く──オラッ催眠、らしい。

 

 

 いや、それは無いだろう。

 

 何かの台詞かは与り知らぬ事だが、流石に年頃の女の子が使う言葉では無いと思う。

 この世の何処に、この流れから告白してくると思うヤツがいるのか。

 

「下駄箱にラブレター突っ込むヤツ、一度はやってみたかったのに……!」

「……」

 

 そう行ってみれば、渚がとても嘆いていた。なるほど、やりたいシチュエーションはその手の類なのか。

 SNSが発達した今ではメッセンジャーアプリを使う場合があるみたいだが、渚はどうやら古典派らしい。

 割りと大事な告白をデジタル文字で済ませてしまうという派閥がそこそこ現代にはいるが、渚のこういった所は好感が持てる箇所だろう。

 

 

「どうしてやらなかったの……私のバカ……!」

 

 そんな事を考えているなか、渚は催眠術の本をラウンドテーブルに置いたまま、さめざめと泣いていた。心で。

 

 

 

 

「あれ……?」

 

 すると、何故か催眠術の拘束が弱まった。

 先程渚に対して精神攻撃を行ったからだろうか、理屈がどうなのかは分からないが、重荷を背負っている時の様な感覚が途端に宙へと霧散していく。まだ少し押さえつけてくる重力に似たモノは残っているが、しかし動きが緩慢になる程では無い。自由意志でしっかりと動かせる。

 

 これは紛うこと無き大チャンスだ。

 

 こいつがただ告白を聞かせる為だけに催眠術を使って来るワケも無いのは百も承知。絶対、何か良からぬ事をするに違いない。

 だが、催眠術の本を取り上げてしまえばこちらのものだ。逆に催眠を掛けて、今までやってきた悪行を全て精算して貰う。

 

「シチュに拘るは、催眠術つかいの本分。決して欠けてはならない必要不可欠な要素なのに……ッ!」

 

 何やら打ちひしがれている幼馴染に気取られない様に。こっそりと、心密かに。

 

 催眠術の本を奪い取ろうとする──

 

 

 

「ダメだよ、しょーちゃん。今度は渡しません」

 

 が、あと数センチといった所で、目敏く見ていた渚に回収されてしまう。

 相変わらず変な所で勘が良い。

 

「くっ……もうちょっと、だったのに」

「ふふ。そんなにこれを私に使って欲しくないの?」

「……そうだ。それが有る限り、いつどんな悪さをやらかすか、全く分からないからな」

「ふふ~ん。そうなんだぁ……」

 

 間髪入れずに機嫌を良くした渚は、ひょいと本を持ち上げながらこれ見よがしに高らかに掲げてくる。

 さながら取ってきた獲物を飼い主に見せつけてくる猫の様だ。

 

 そのおみやげをさっさとこちらに渡してくれたら、事は全て終わるのだが。

 

 

「うん、分かった。じゃあやめる」

「えっ」

「しょーちゃんがそこまで言うのならやめておくよ。もう悪いことはしない」

「ほ、本当か?」

 

 そんな心からの嘆願を切実に申し上げれば、いとも簡単に受け入れられる。渚の性格からして絶対ゴネると思っていただけに、拍子抜けしてしまった。

 

「本当だよ。学校の人達にこの力を使う事を止めるし、もちろん街の人にも使わない」

 

 掲げられた手が下へ降ろされる。

 いつから、幼馴染はこれ程までに聞き分けの良い子になったのだろうか。

 果たしてそれを知る(よし)は無いが、誠心誠意乞えばちゃんと伝わるものだと深く感じ入る。

 

「良かった……」

 

 二週間に渡る面倒くさい駆け引き、計り知れない喜びと共にここにて終結──

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろその催眠術の本を渡してくれるか?」

「え。だめ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……? 

 

 

 さすれば、渚から否定の声が掛かった。にべもない返しである。

 どうしてだろうか。先刻の返答から今の答えに至るまでの経緯が、全く分かりません。

 

 理解不能のまま混乱していれば、渚が後の句を続ける。

 

「私ね、思うんだ。催眠術でやりたい事は色々有ったんだけど、それじゃどうしても手に入らないモノがあるって」

「渚……」

「あくまで催眠は、精神に干渉して己の意のままに操るだけの術。傀儡(くぐつ)を振り回す人形劇に過ぎないの」

「そうか……」

「催眠術で精神に聞いたら、必ず本心を教えてくれる。でも人間の心は本心が全てじゃない。本音と建前でやっと一つぶんだから……」

「語彙が増えている……成長したな、渚」

「ちょっと、しょーちゃん黙ってて。……とにかく、私はそれを今回の事でよーく身に染みたの」

 

 渚の変わり様に思わず茶々を入れてしまったが、流石に無神経過ぎた。しかし、本当にどこで覚えて来たのだろうか。国語の勉強なんて、する時間もやる気も今の渚には無いハズなのに。

 もしかして催眠術の本に書かれた文章の受け売りだろうか。だとしたら、一応国語の参考書としても役割を果たしている事になる。なんか悔しい。

 

「聞いてる?」

「すまん」

「……だから私は、精神じゃなくて身体に聞く事にしたの」

「えっ」

 

 ふと気付けば、いつの間にか渚がじりじりと距離を狭めてきた。

 その鬼気迫る面持ちたるや伊達じゃない。コイツ、絶対何か企んでいる。

 

 付き合いの長さから簡単に推測できるんだ……。

 

「ちなみに、身体に聞くとは……?」

「そのままの意味だよ」

「あかん……」

 

 近付いてくる渚に対して、適切なパーソナルスペースを保つ為に後退する。しかし、家具が置かれている以上大きくは退けない。すぐに何か障害物に足がぶつかった。少し後ろのめりになったので急いで手を付いてみれば、独特の手触りに出迎えられる。

 柔らかく、触り心地の良い素材。これはあれだ、シルクの生地に違いない。

 

 あれ?

 

 

 

 

「自分から向かうなんて、しょーちゃんも乗り気だね♪」

「こ、これは……」

 

 後ろを振り向いて見れば、天然のシルクがふんだんに使われた上品なシーツを纏う寝台。いわゆるシングルベッドがそこには在った。中々に快眠できそうな寝床である。まだ夜も十分に更けてはないので使うのは早すぎるが、しかし別の用途ならいつでも使えるらしい。

 

「ちょっ、それはお前が追い詰めたからだろ……!」

「良いではないか~良いではないか~」

「ご、ご無体な……」

 

 何かの時代劇に居そうな悪代官の様な台詞と共に、渚がにじり寄ってくる。

 

 このままだと剥かれる。帯も付けてないのに、くるくるとひん剥かれる。

 

「逃げちゃだめだよ。ほら、催眠を使うから。そこへ直って」

「な、なに自然な流れで使おうとしているんだ。もう悪い事には使わないんじゃなかったのか……」

「良い事には使うつもりだよ♪」

「ダメだこいつ……」

 

 先週の金曜日に起きた渚の部屋での出来事。その繰り返しが、またもや続こうとしている。この幼馴染はもしや、男女関係の終着点が肉体関係以外の何物でもないと幼少期から刷り込まれているのではないだろうか。

 愛は……精神的な愛はどこに行ったんだ……。

 

「しょーちゃんは昔から色々と堅苦しいよね」

「突然何を言い出すんだ」

「若者言葉もあまり使わず、難しい言葉や推量表現?みたいなのを多用してるし」

「~だろう、みたいなヤツか。そう言われてみると使ってないな」

「そマ?とか、マジ(まんじ)とか、全然使わないよね」

「それ結構死語に近いと思うぞ……」

 

 出し抜けに投下された物言いの種を、どうにか噛み砕きながら考えてみた。

 話の意図が上手く解せないが、確かに文字に起こした感情が堅苦しいと言われる事はある。

 

 原因は多分、堅苦しい本ばっかり読んでいたからだ。

 

 何が『純』なのかはイマイチ解釈出来ないが、娯楽性よりも芸術性を重視していると言われる純文学。それを昔から自分は読んでいた。目を引く挿絵なんて殆ど無い、何百ページに渡る文字の羅列が売出しポイントの日本文学である。

 

 何故読み始めたか、という理由は分からない。ただ何となく、みたいな適当な感じだと思う。きっかけはだいたいそんなものだ。

 ちなみに、今は飽きてミステリーものを読んでいる。

 

 

 

「して、それがどうしたんだ」

「もしや、しょーちゃんが持つ愛の価値観も堅苦しいものじゃないかなって」

「えっ」

 

 そんな事を自己分析していれば、渚から爆弾発言が飛び出した。

 

 

「ねぇ知ってる?」

「な、何をだよ」

「2割。そう、高校生の実に2割が経験しているんだ」

「お前は一体、何の事を言ってるんだ」

「初体験の割合だよ」

「ちょっ」

 

 すると、次に更なる爆弾発言が紡ぎ出された。

 なんて忙しないヤツなんだ。

 

「年々割合は減ってるらしいんだけど、それでもこれだけの数が居る」

「そ、それがどうしたんだ?」

「ここから割り出される結論は一つ! 我々も不道徳であれ、ということ……!」

「なんて酷い自己解釈なのだろう」

 

 出処不明のデータを、意気揚々と持ち出して自論を展開する渚。

 どこを対象にして収集したのかは知らないが、これくらいの人数が居ると、まことしやかに囁かれている。

 

 割りと都市伝説だと思っている節があるんですが。

 

「高校生の間はそういった行為はしないのが普通。しょーちゃんはそう考えているのではないでしょうか」

「ち、違うのか?」

「違うよ。全然違うよ」

 

 訳知り顔で頭を横に降ってくる。だいぶスローモーションで行われるソレは、まるで物分かりの悪い子に道理を諭すかの様だった。

 そこそこ舐め腐っている。

 

 

『少年よ。ハングリーであれ。()れ者であれ──』

「こいつ、最悪な形で名言を改変しやがった……!」

「私がしょーちゃんの価値観をアップデートしてあげるよ♪」

「今日の渚はだいぶ意識が高いな……」

 

 かの偉人が積み上げてきたモノ。それと比べても謙遜無いほどに、この幼馴染との時間は高く高く積み重ねられている。しかし、いつ見てもこの猪突猛進ぶりは変わらない。

 思い付きで行動したかと思えば、まあまあすぐに飽きる。楽しいか、楽しくないか。それはまさに、二極化された世界で生きているのではないかと錯覚する程の割り切りの良さ。

 

 渚を構成する大部分がこれだとしたら。今、彼女は最高に楽しんでいるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、しょーちゃん。一緒にその2割になろうね」

「ちょっと表現をボカしてもダメだぞ……」

 

 染み染みと幼馴染の習性を検討してみる。

 しかし気付いてみれば、紛れもなく色々なモノの危機であった。

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