白狼の舞   作:大空飛男

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だいぶ時間が立ってしまった…


贈物・下

 

 

桔から休暇を言い渡された聡士郎は、取り敢えず何をしようかと悩みつつ、自宅へと帰った。

 

家へ帰ると衛兵隊用羽織から地味な長着と袴に着替え、流し台の近くに置いてある水瓶から湯飲みに水を注ぎ、飲み干した。そして家の中を、きょろきょろと見渡し、一つ考えを思い浮かべる。

 

―そうか。椛の部屋に、何か名案が浮かぶものがあるやもしれぬ。

 

今回改めて、椛が好きなものは将棋だという事が分かった。だが、椛は将棋以外にも趣味持っているかもしれない。そこで、椛の部屋へ入ることで何か発見があるかもしれないと、聡士郎は考えたのだ。

 

 思い立ったが吉日。聡士郎はよっこいせと立ち上がると、廊下を歩み、椛の部屋の前まで足を運んだ。

 

 しかし、実のところ、聡士郎は椛の部屋へと入ったことがなかった。夫婦になったとはいえ、多忙である二人は家にとどまることは少なく、仮に二人が話し合う場所は、主に居間と決まっている。故に初めて妻の部屋へ入るという緊張感から、聡士郎は目の前にある木の扉が、まるで開かずの間の扉と勘違いするほど大きく、固く見えた。そもそも、勝手に入るだけでも気が引けてしまい、要するに夫婦にも超えてはならない境界線だってあるのだ。

 

 しばらく扉を眺めていた聡士郎であったが、これでは椛を喜ばすことができないだろうと考えなおし、意を決すると重くらしい扉をゆっくりと開いた。

 

 椛の部屋の中は真面目な性格上予想通りというべきか、散らかってはおらず小奇麗であった。箪笥に鏡、書物などが立てかけてある机に、シワなく畳まれた布団。ごくごく至って普通の、部屋というべきであろう。

そんな部屋の中を彩る数少ないものとして、箪笥の上に小さな刀掛けの様な台に二本の横笛が飾ってあり、部屋の片隅には将棋盤が置かれてあった。

聡士郎はとりあえず一回り椛の部屋を眺めたあと、その将棋盤へと足を運び、手前でしゃがみこむとまじまじと見つめた。

 

 将棋盤は所々すり減っており、良い言い方をすれば年季が入っているというべきであるが、それでもだいぶ朽ちている。ヤニは剥げ落ち、マス目も擦れて、はっきりとしていない。これを見ただけでも、椛は相当将棋に打ち込んでいたことが理解できるだろう。

 

―やはり、これだな。 

 

聡士郎は駒の入った木箱を開け、古びた駒を手に取りつつ、心のなかでつぶやいた。

自分の気持ちを込めた物。つまり、自分で作れるものが良いだろう。となればすでに答えは出ており、後は材料と作り方を覚えれば良い。

 

明確な答えが見えた聡士郎は立ち上がると、ゆっくりと部屋の扉を閉め玄関へ向かい、草鞋を履いたのだった。

 

 

聡士郎は一度権現村から出ると、とある場所へと向かうことにした。

獣道から参拝道へ出てそこから麓まで下ると、麓には透き通った水が流れ落ちる玄武の沢がある。此処には多くの河童が住み、自然と人工物が織りなす独特の景観が広がっていた。

聡士郎は低い崖から川辺へと降り立つと、川岸に沿って登っていった。所々で河童たちが不思議そうに見ていると思いつつ、聡士郎はただ目的地へと向かっていく。

 

暫く歩くと、大きな滝が見えてきた。使い方のよくわからない物が散乱しているが、不法投棄では無い。つまり、誰かが住んでいることは何となくわかるだろう。

 

聡士郎は辺りを見渡すと、大きく息を吸い、口を開いた。

 

「河城にとり!居たら返事をして頂きたい!」

 

玄武の沢に聡士郎の声が響き渡ると、暫くして滝壺付近の水が盛り上がり、しぶきを上げて何かが顔を出した。

 

「おや、珍しい客人だね?」

 

その正体は言わずと、河童である河城にとりであった。先程の声を聞き、水底にある住処から出てきたようだ。

 

「うむ、久しいな」

「椛の祝言以来だねぇ。うまくやっているかい?」

 

水面で質問するにとりに、聡士郎は頷きながら言う。

 

「大事ない。昨日は手料理を振舞ってくれた。とても美味であったぞ?」

 

「へえ、そうか。知ってるかい?椛はあんたの為に頑張って練習してるんだ。見た感じ、あんたが満足そうだから、椛も努力が報われてるんだねぇ」

 

にとりは納得するように笑顔で言うと、川岸へと上がってきた。特殊な素材で出来ているらしい服の水を絞りつつ、聡士郎を見る。

 

「で、何か用なのかい?あいにく椛はここにはいないよ?」

 

「分かっておる。今頃椛は任で忙しいだろう。今回ここへ訪ねたのは、紛れもなくお主に用があってのことだ」

 

その言葉ににとりは一瞬動きが止まると、不思議そうな顔をした。

 

「え?あたし?」

「うむ。いやな、お主に頼みごとがあるのだ」

「へえー。あんたがこのあたしに頼みごとなんて、本当に珍しい事があったもんだ。てっきりあんたとあたしは住む世界が違う人かと思ってたからさ」

 

にかっと子どもっぽく笑い、にとりは言う。口からそうは言うもの、内心は嬉しいようであった。

 

しかし、聡士郎はにとりの意味深な発言に首をかしげる。

 

「住む世界が違うとはどう言う事だ?お主が水の中に生きているからという事か?」

「いやいや、そんな当たり前の事を言っているんじゃないよ。あんたは剣に。あたしは機械に。そういう事を言っているんだ」

 

なるほどそういう事かと、聡士郎は納得し苦い顔となった。

 

「まあ、ワシはどうもカラクリという物は好きにはなれんが・・・利用する価値は断然あると思っておる。友にも、カラクリ・・・もとい銃に長けている奴もおってな。以前そこはかとなく説明を受け、まるで意味がわからなかったが・・・便利だということは分かった」

 

「へえ、あんたの友人面白いやつだね。この御時世に銃に興味を持つなんて・・・どんな奴だい?」

 

どうやらにとりはその友人に興味を持ったようで、目を輝かせて聡士郎に問う。しかし、聡士郎は顔を歪め、腕を組んだ。

 

「ワシと同じくしてこの世界を愛している男だ。とは言うもの、ワシはかれこれ一年半も里に顔を出してはおらんからな。今彼奴がどうしておるかは知らん。安否の手紙をやりとりしている十手持ちが一人、北上直政からもとんと話は出ておらん故、もしや奴は何かしらの任により現在は連絡が取れぬやもしれぬ」

 

聡士郎の言葉に引っかかったのか、にとりは首をかしげた。

 

「え、任?つまり彼も十手持ちなのかい?」

「まあな。彼奴は十手術を学んではおらん故、十手は飾りに過ぎぬ。だが、力の証明である十手を持つだけの力は、十分に持っている。ワシは剣技の扱いに長けておったが、奴もまた、銃の扱いに長けている奴であった」

 

ほへぇと感心しているにとりであったが、本題を思い出したかのか「あ」と、言葉を漏らす。

 

「ごめんごめん、話が逸れちゃったね。で、頼みってなにさ?やっぱり何かしらの機械かい?」

 

「いや、そうではない。お主のその技術を一つ、伝授して頂きたい」

「え?機械を作るってこと?それとも尻子玉を・・・」

「違うわい。木材加工の技をだ。出来なくはないだろう?」

 

そっちねと、にとりは内心つまらなそうな顔をすると、一つ頷いた。

 

「分かった。確かに出来なくはないからね。どうせ家を建てるとかそういう話ではないんだろう?」

「うむ。見た感じ簡単な物であるからな」

 

「ふむふむ。で、その物とは?」

 

腕を組みにとりは相槌を打ち、何処か意味深に口元をにやりと口元歪ませた。

 

「将棋盤とその駒だ。簡単であろう?」

 

その言葉ににとりは、納得した反面、不思議そうな顔になる。

 

「あーそういう事ね。でもなんでさ?犬走家に将棋の一式はあるはずだろう?」

 

思わず不思議そうな表情で、にとりは問う。

にとりと椛の付き合いはそれなりに長く、将棋を指す友でもある。普段は椛がわざわざここまで足を運び指すので、にとりは犬走家までわざわざ行く事はないのだが、そんな椛が将棋一式を持っていないとは思わず、疑問が浮かんだのだろう。

 

「うーむ。・・・これはくれぐれも内密にして欲しいのだが、よろしいか?」

 

その件に関して聡士郎は唸ると、事情を話すべくあらかじめにとりに釘を刺した。もっとも、衛兵隊達には大半知られてしまった為に隠し通す意味は無いのかも知れないが、照れ隠し故の言葉であった。

 

にとりはそれを聞くと子供っぽくやんちゃな笑みを作り、親指を突き立てた。

 

「安心しな!河童は口が固いんだ!ナイショ話なら、漏らさないよ!」

 

河童は鬼や天狗と同じく、嘘や騙す事を嫌う。彼らは自尊心が高く、惨めな行為を嫌うからだ。勿論それすらも利用する利口な天狗もいるのだが、ごく稀である。

 

「そうか。あいわかった。では実を言うとな・・・」

 

聡士郎はにとりの言葉を信じると、贈物についての大まかな概要を説明したのであった。

 

 

暫く聡士郎は、にとりに贈物の事について話した。

 

話せば話す分だけ気恥ずかしい気分になったが、にとりはそれを嫌な顔をせず、むしろ微笑ましいような目で見ながら聞いており、聡士郎はさらに恥ずかしくなった。

 

しかし、全ての話を聡士郎はし終えると、にとりは頷く反面、微妙な表情となっていた。

「ふーんなるほどね」

 

にとりの表情は一向に変わらず、なんとも言えない表情を繕ったままである。聡士郎は何かおかしな事を言ったであろうかと不安な気持ちになる。

 

「どうであろうか?椛も喜んでくれるとは思うのだが」

「うーん」

 

唸り声を上げると、にとりは再び表情を変え、呆れた様子で口を開いた。

 

「なあ・・・一応聞くけどさ、あんたって本当に剣のみにしか打ち込んでいなかったわけ?」

「いかにも。あ、多少子供をあやした事はあるな。だが、殆どは剣のみであったな」

 

なぜそんな事を聞くのだろうかと戸惑いつつも、聡士郎は返事を返す。だが、それを聞いたにとりは、さらにため息をついた。

 

「だろうね・・・。まあ椛はあんたから貰って喜ぶとは思うよ。将棋一式。でもさ、本当に女性がそれを贈られて喜ぶと思うわけ?」

 

さも違うよねと言いたげなにとりであるが、聡士郎はいまいちピンとこなかった。

椛は将棋に打ち込んでおり、要するにそれに見合うものを送れば喜んでくれるのではないだろうか。ひどく傷んだ将棋盤であったゆえに、内心いい思いもしていないはずであるが、おそらくは金銭的にも遠慮しているのだろうと思っていたのだ。つまり、聡士郎に女心を分かれというのは無理であった。

 

「いや、それは分からぬが・・・将棋にあれだけ熱を注いでおるしな」

「もー!あんたはわかってないなぁ!」

 

そして案の定、女心に対して無頓着である聡士郎にしびれを切らしたのか、にとりは急に大声を出した。聡士郎は唐突に叫んだにとりに、思わず驚く。

 

「椛は良い子だから、それでも凄く喜ぶとは思うよ!だけどさ、女性らしい物の方がきっと喜ぶんだよ!知ってるだろう?あの子は家柄とか使命感とかで、お洒落とか全く興味を持たんかったんだよ!だから化粧道具とかも最低限の物しか持ってないし、恥ずかしがり屋だから女性らしい粧し物をしないんだ!そんな椛に将棋一式って、もう少し気を利かせたらどうだい!」

 

指を差し熱弁するにとりに、聡士郎は困り果てた。気を利かせたつもりで将棋という案が出たのだが、それを否定されてしまうと何が良いのかわからなくなる。いわゆるセンスというものに自信のない聡士郎にとって、椛が心底喜びそうな粧し道具など、とんと思いつかなかったからだ。

 

にとりは呆気に取られていた聡士郎に気づくと、恥ずかしそうに一つ咳払いをした。

 

「ま、まあ。あたしはあくまでも他人だよ。あんたが本当に椛の事を考えて将棋一式でいいと思うなら、それで良いとは思う。けど、椛は妻となって記念すべき一年目なんだし、もっと意味合いが深い物をあげた方が言いと思うんだ。それにあんたが渡した粧し物なら、椛も喜んで着けると思うしさ」

 

そう言われて初めて、聡士郎は納得するように頷いた。

 

「確かに粧した椛も見てみたいな。それにワシが贈ったものであるならば、尚嬉しいかもしれぬ」

 

自分の上げたものを大切にし、肌身離さず持っているのは、贈った者にとっては喜ばしい事であるだろう。そう考えると聡士郎は、次第に将棋盤よりも粧し物の方が良いと感じてきた。

 

「では、何を贈れば良いのだろう?」

 

ともかく何か良い案を貰おうと、聡士郎はにとりへと聞いてみる。これまで聡士郎は粧し物などまるで興味もなく、触れたことすら指で数える程度であったのだ。

そもそも男が粧し物に興味を示す事は可笑しいが、贈物としては無難である。特に、惚れた女に贈る物は、特別な感情を込めるだろう。聡士郎は椛と出逢うまでそのような事はなかった為、あまりにも無知であった。つまり、如何しても人に頼ってしまうのだ。

そして案の定、にとりは呆れた顔をして、溜息をついた。

 

「それを考えるのが、夫の勤めじゃないのかよ。それにあたしが案を出しちゃったら、あんたは結果的にそれでいいとか思いそうだしね」

 

そういうと、にとりは「まあがんばれ」と言い残し、滝壺へと飛び込んで行ってしまった。

聡士郎はそれを見送ると、再び腕を組んで考え込み、来た道を戻ったのだった。

 

 

 

さて、権現村へと戻った聡士郎であったが、自宅へは戻らず、中央通りを歩いていた。

既に日は落ち始め、走り回る子供の影は大きくなり、村内を朱色に染める。居酒屋を営む者は暖簾を上げると灯篭に火をつけ、夜の業務へと準備をし始めていた。

 

「いつみても、趣を感じる村だ」

 

近代化をし始めている人里は、次第にこのような風景が消えつつある。もちろんまったくないという訳ではないのだが、建物や身に着けている物がハイカラ化し始めているのは、否めないことである。その分権現村は、いまだ土と木のにおいを感じることのできる古き良き風景を残しているため、聡士郎にとっては何処か懐かしさを感じることができた。

しばらく聡士郎はそんな権現村の趣を楽しみつつ歩いていると、横目でふと、とある看板が目に入った。力強く崩された字で「蜻蛉堂」と書かれてあり、入り口の端には数多くの装飾品が置いてあった。

 

「蜻蛉堂…そうか。権現村にも装飾品を売る店があったのか」

 

聡士郎が言うとおり、権現村にも装飾品を売る店は数件あった。ここ蜻蛉堂は中央通りから少しそれた位置にあり、おしろいや装飾品を一緒くたに置いてはいない。つまり装飾品専門店であり、ゆえにこの店を利用する客は、それなりに通な女天狗ばかりであった。

また、基本的に女性向けの装飾品ばかりを売っているこの蜻蛉堂は、男の天狗が利用することなどまず無いと言っても良かった。そもそも天狗には生物学的性を重視しており、男は男らしく、また女は女らしく振舞わなければならない。つまり男性が粧し物に興味を持つなど、その手の職を生業にしている者以外は、非常に恥ずかしいことであるのだ。ちなみに天狗で言う女らしさは人間と大きく違い、気高く誇りを重視し、可憐に生きることである。

 

 もちろん、聡士郎はそのことを知っているが、椛へ渡す贈り物の案が湧き上がるのではないかと思い立った。もともと人間である聡士郎は、そんな天狗の常識など気にもしない。目的はただ椛に喜んで欲しいだけであり、最高の贈り物を彼女に渡したい。それだけを考えていた。

 

ゆえに聡士郎は迷うことなく中央通りを左にそれると、そのまま蜻蛉堂へと入って行った。店の中は黄昏時であるため薄暗く見通しが悪いが、わずかに入る夕暮れの日差しに、装飾品がきらびやかに輝いている。

 

「いらっしゃい」

 

物珍しそうに聡士郎は装飾品を見渡していると、どこからか女性の声が聞こえてきた。

 

「ん、どこにおるのだ?」

 

声の主を辿ろうと聡士郎は奥の方を見渡すが、人影はなかった―かに見えたが、奥へと続く扉の隣にある階段から、細身の鴉天狗が降りてきた。おそらく上で何かしらの作業をやっていたところ、客が来たことに感付き、降りてきたのだろう。

 

「お主が店主か?」

「へえ。あたいが店主です。名は御田秀美」

 

遜った言い方であるが、その声付きは間違いなく店主の風格を現している。聡士郎は腕を組むと、納得したように御田秀美と名乗った人物を見定めた。

一見、華奢のように見える体つきであるが、灰色の薄い生地の服からは筋肉のふくらみが見える。つまりは根っからの職人体系であり、繊細差を必要とする体つきとなったのだ。

 

また店主も、聡士郎を一回り見ると、どこか納得したように頷いた。

 

「ああ、あなたですか。噂はよく耳にしておりまっせ」

「む、ワシは噂されるようなことをした覚えはないのだが」

 

不思議そうに言う聡士郎が面白かったのか、店主は失笑すると、近くにある座布団へと腰かけた。

 

「ふふっ。自覚が無いんですかい?貴方は人間。しばらくは噂されるとおもいやす」

 「ま、そうか」

 

二人はそういうと、笑い声をこぼす。

 

 「それで、何の用ですかい?この店はご覧のとおり、装飾品や彫刻品を兼ね備えている店。貴方のようなお侍さんが来るようなところではないはず。冷やかしですかい?」

 

 煙管盆に手をかけた秀美は、火をつけて煙管を吹かす準備をしつつ揶揄した。無理もない、聡士郎は男であり、客とは思えないだろう。

 

「まあ、そうなってしまうかもしれぬな。すこし探し物があって、ここへ参った」

 

そのことを踏まえ、聡士郎はあえて冷やかしについて否定をしなかった。確かに、まだここで買うと決まったわけではないからだ。

 

しかし秀美は聡士郎の悩みについて興味を持ったのか、煙を吸引し、吐きながら言う。

 

「へえ、ひょっとすると女子の為ですかい?あんたは天狗たちに好かれそうだからねぇ」

「うーむ。それこそお主の間違いだと思うが…。まあ女子ではなく、妻だ。何か良い案が浮かばぬかと、この店に立ち寄った」

「はは、なるほどねぇ。ってことは舞姫様への贈り物かい」

 

再び吸引した煙を吹かし秀美はけたけたと笑うと、煙草盆にバチリと煙管を叩き付け、灰を落とした。

 

「ま、大したもんはないでしょうが、見てくだせえ。あたいが作ったもんしかないけどね」

「ふむ、手作りと言う奴か」

 

笑いながら言う秀美に言葉を返すと、聡士郎は木棚に置いてある商品を何気なく手に取り、まじまじと見つめ始めた。

 

 一つは一般的に見かけるであろう、硝子や翡翠などを着けた弾簪。金属製のビラを飾りにつけたチリカンや、平たい円状の飾りがついた平打簪など様々ある。他にも植物を象った根付や、後ろに細かく彫刻が施された手鏡などがあり、どれも天狗好みに工夫がされて、品ぞろえは豊富であった。値段は少々高めに設定してあるが、手作りであれば仕方のないことであろう。

 

「どれも良い出来だ。師は親父か?」

 

感心した様子で、物珍しそうに見る聡士郎は思わず問う。天狗がこのように職人業を行うのは、家系的理由があるからだ。

 

だが聡士郎の予想は外れ、秀美は笑みを作りながら首を横に振った。

 

「いいや。あたいの師は、人間でさぁ」

「なに、人間?」

「ええ、そうです」

 

驚いた表情をしている聡士郎が面白いのか、秀美は煙管に葉を詰めながら、話を続ける。

 

「あたいは人間の下で、修行を積んだのでさぁ。人里に住んでいた、飾り職人の秀吉爺さんをご存じで?」

「いや、すまん。ワシは職人連中とかかわりはない。唯一あるのは、加治屋の岩男くらいだ」

 「そうですかい」

 

 秀美は聡士郎の言葉にそっけなく返事をすると、煙管に火をつけた。鼻につく煙草独特の良い香りが、店の中に充満する。

 しばらく間が開いたあと、秀美は煙を吐いてつぶやくように語りだした。

 

 「秀吉じいさんは、御田秀吉という人里の飾り職人でさぁ。なんでも爺さんの先祖は外の世界にある江戸と言う大きな町に、住んでいたと聞きます」

 「江戸」

 

 驚いた表情を浮かべ、聡士郎は復唱する。

 江戸とは言わずと、外の世界で最も栄えていた街といっても過言ではない。数百年前に外の世界を統治していた「将軍」と呼ばれる人物が住む街でもあり、多くの人間が住んでいたのだという。現在は名が変わっているというが、そのあたりの事は詳しく知らなかった。

 

「へえ、そうです。厳しく頑固な方でしたが、あたいはあの人のおかげで助けられた」

「しかし、人間の師か・・・。お主もなかなか、物好きだな」

 

そこまで深い意味を込めずつぶやいた聡士郎であったが、その言葉に秀美は顔をしかめた。

 

 「…物好きだろうと、あたいはあの人の魂を受け継ぎました。たとえ人間から技を伝授されたとしても、あたいの作る品はちゃちな品ではないことを、人間であるあんたには、わかっていただきてぇ」

 

 力強く、そして憤りを込めて言う秀美に、聡士郎は自分の発言を悔いた。確かに天狗が人間のものとで修業を積むなど、本来考えにくいことである。つまり彼女は何かしらが原因でその秀吉と呼ばれる人物に弟子入りし、今に至るのだろう。加えて天狗でありながら、秀吉と呼ばれる男の魂を継いだと言えるのは、その男がそれだけ彼女に自分の魂を注いだことも理解できる。

 

 「…分かった。いらぬことを言ったな」

「いいんでさぁ。天狗はもちろん、誰もがきっと思うことです。それでも、わかっていただけたなら、あたいは満足なんですわ」

 

へへっと笑みをこぼして言う秀美をじっと見て、聡士郎は一つ考えが浮かび上がった。

 

―この者ならば、自分の求める答えを導いてくれるやもしれぬ。

 

「なんですかい?そんなに見つめられちまうと、照れますよ」

 

困ったような表情をする秀美に、聡士郎は「ああ、すまぬ」と詫びを入れる。無意識に、彼女を見つめていたようで、若干恥ずかしさがこみ上げてきたのだ。

それからしばらく目線を逸らしていた聡士郎であったが、意を決すると再び彼女を見つめ、口を開いた。

 

「…秀美殿。お主の腕を見込み、相談したいことがあるのだが」

「へえ。なんですかい?」

 

笑顔を作り気前よく言葉を返した秀美に、聡士郎は事情を話したのだった。

 

 

 

 

数日後、ついにその日がやってきた。

とは言うもの、あくまでも二人にとっての特別な日であり、ごく普通の天狗たちには関係がないことである。故に聡士郎と椛の二人は、何時もどおり朝の鍛錬を行い、朝食を取り、仕事へと向かった。

そして。

 

「今日のお酒を持ってきましたよ」

 

椛は台所から、これまた何時もどおり酒を運んでくると、縁側で月を眺め愛でている聡士郎へと声を掛けた。

その声に聡士郎は振り返り、差し出された御猪口を受け取った。そして、隣へと座った椛から、酒を酌まれる。

 

お猪口に酌まれた酒を聡士郎はくいっと一気に飲むと、息を漏らして両手を後ろへと付けた。椛はそれを見て、微笑む。

 

「いつ見ても、ここから見る月は美しい」

 

ここ犬走家から見ることのできる月は、満点に光を照らす。月の光は朝昼に指す太陽の日差しのような激しいものではなく、優しく包み込まれるような光であり、二人にとって心地よいものであった。

また、聡士郎にとって最も月夜が好きといえる理由としては。

 

「そうですね…。お父様やお母様がまだ生きていた頃…私がまだ幼い頃にも、ここから見るお月様が大好きでした」

 

聡士郎と同じく、月を仰いでいる椛は、懐かしむようにつぶやいた。

月光に照らされた椛の白髪は、取り込むように優しい光をまとっており、まるで白金のようであろうか。その輝きは椛を一層可憐に引き立てるのだ。また日に焼けてもなお白さを保ち続ける犬走家特有らしい肌の色は、更にしなやかさを倍増させ、見るものすべてを魅了し、取り混んでしまうであろう。

そう。月夜はまさしく、椛のこのような姿を独り占めすることができるのだ。故に聡士郎は、月夜が内心待ち遠しく思っていた。

 

「ああ、そうか。今日で、この月を見て一年を迎えるのか」

 

今なら言えると、聡士郎は何気なくつぶやいた。

いくら武に長けている聡士郎出会っても、キザなセリフを言えるような人間ではないことは、十分わかるであろう。何事も、聡士郎は機会を見図る。

 

「そうですよ。今日で、一年を迎えました。ふふっ、忘れているかと思いました」

 

優しく、まるで聖母の様な笑顔を作る椛に、聡士郎は顔を赤らめ、たまらず顔を逸らしてしまう。

 

「ふ、ふん。ワシだってそこまで無頓着な男ではないわい」

「えぇ?そうでしょうか?」

 「ぬう、こやつめ!酷いではないか」

 

 焦るように言う聡士郎に、椛は続けてころころと笑う。

 それからしばらく間が開くと、聡士郎はおもむろに立ち上がった。

 

 「あれ?もうお休みですか?」

 

 少々残念そうに言う椛に、聡士郎は首を振った。

 

 「いや、違う」

 

 そう言い残すと、聡士郎は自室へと向かう。そして、直ぐに木箱を抱え、縁側へと戻ってくる。

 不思議そうに木箱を眺める椛の目線を感じつつ、聡士郎は近くの箪笥から煙草盆を取り出して、縁側へと座った。

 

 「それは?」

 

 懐から煙管と取り出して葉を詰めている聡士郎に、椛は声を掛けた。目線は木箱にあるようで、どうやら気になるらしい。

 聡士郎はうまく葉を詰めれず、とりあえず煙草盆に煙管を立てかけると、改まって背筋を伸ばして姿勢を正す。

 

「…今年で一年。そう、一年だ。故にワシは、感謝を伝えなければならぬと心に決めておった」

「そ、そんな感謝なんて…感謝する方は私で…」

「いやいや。感謝する方はワシであろう。そもそも椛がいなければ、ワシは死んでいたのだからな」

 

決死の一撃を迅兵衛叩きこまれたあの日。確かに聡士郎は死んでもおかしくはなかっただろう。たとえ霊魂修業を受けていていて半人半霊に慣れたとしても、生に執着する意識がなければ、死んでしまう。つまりこの世で再び生を勝ち取ることのできた理由は、まさに椛のおかげとも言えるのだ。

だからこそ、その感謝の意味も込めての贈物をする必要があったのである。

 

しかし、椛はまだ食い下がれない思いがあった。

 

「私だって、あなたに感謝しなければならないことは山ほど…山ほどあるんです!ですからっ!」

 

そう言うと椛も懐から、紫色に染められた布に包まれた何かを取り出した。おそらくその丁重に包まれているものは、聡士郎に贈る物なのだろう。

 

「私も、貴方に感謝しなければならないのです。舞姫などやりたくなかった私の決意を固めていただけたことも…。私の過去をすべて受け止めてくれたことも…。そうすべてっ!すべてを私は!」

 

身を乗り出して熱くなり始めた椛に、聡士郎は静止させるように平手を向けた。

 

「…お主もワシも、どうやら感謝すべき事は山ほどあるのだな。それはよくわかった。だが、まずワシからでも構わぬか?…男を立たせて欲しい」

 

椛は聡士郎の頼みにしぶしぶ承諾すると、冷静になるように深呼吸をして、元の場所へと座り直した。

 

「では、椛よ。感謝の意を込めて、これをお主に贈る」

 

そう言うと、聡士郎は木箱を椛の前へとすべらせるように置く。

椛は木箱を見つめて少し間を開けると、おもむろに手を伸ばし、木箱を開いた。

 

「えっ…これ」

 

消えてしまいそうな声で、箱の中身を見た椛はつぶやいた。

 

箱の中身は、笛であった。しっとりとした黒鉄に、所々に金の筋でかたどられた紅葉が装飾されている。種類は囃子に使う篠笛であり、大きさは一尺三寸ほど。通常の篠笛と比べ、小さい部類に入るだろう。また手荷物と、木製のような軽いものではなく、適度な重みを感じることができる。つまり、鉄笛であった。

 

なぜ笛を贈ったのだろうか。椛は疑問を含んだ表情で聡士郎を見ると、聡士郎は苦い笑いをこぼした。

 

「ワシが贈ると決めたとき。本当にお主に何を送ればよいのか迷いに迷った。多くの人々から案を貰い、時に将棋盤であったり、時に粧し物にしようかとも思った。だが、それだけでは何かが足りぬ。そう思ったのだ。そんな時、ワシの頭に一つの考えが浮かんだのだ」

 

静かに頷く椛を見て、聡士郎は話を進める。

 

「…それは、お主自身を魅せるものが、良いのではないだろうかとな。それも、様々な角度から見てだ」

「様々な…角度ですか?」

 

意味が把握できないのか、椛は不思議そうに首を傾げる。聡士郎はそんな椛を見ると、補足をした。

 

「うむ。一つは、身に付けている時。いわゆる一種の粧し物にもなり、凝った装飾が施されているのはそれが理由だ。その笛は小さい篠笛であるゆえに、持ち運んでも嵩張らぬはずで、ワシが身に付けていた十手よりもずっと短いからな。

二つ目は、その笛自体の真価を発揮するとき。すなわち、笛を奏でる際だ。何を贈ろうと迷っていた際、正直に言うがお主の部屋にこっそり入ってな。その際、箪笥の上に普通の篠笛を見つけた。その時はどうとも思わなかったのだが、後に先に述べた思いを浮かべる際の鍵となってくれた。

そして最後に、戦う際。鉄笛は武器となることは、お主もわかっているはずだ。あくまで咄嗟の判断に使うものであるが、十手と同じく十分に武器となる。もしワシがお主の近くにおらず、ましてや武器を持っていない場合。最後の手段として身を守る強い味方となってくれる…。ワシはそう信じている」

 

すべてを語りきった聡士郎は一つ咳払いをすると、どうであろうかと心配そうに椛を見た。

 

おそらくこの結論を出すまでに聡士郎は様々な苦悩があったのだろうと、椛は容易に想像がついた。ただ女性に贈れば喜ばれるだろうと思われる花や簪でもなければ、自分の趣味であり熱意を注いでいる将棋関連のものでもなく、様々な観点から考えた贈物。それだけに予想できず、椛はどう表現すれば良いのか少々迷った。

 

だが、きっと聡士郎はうまく返すことなど求めていないだろう。ただ、自分の心にある気持ちそのものを表に出せば、喜んでくれる。椛はそう思うと、微笑みを浮かべた。

 

「嬉しいです、本当に…。岩長様に誓って言えるほど、私の心は満たされています。これだけ考えて頂いて…私、やっぱり貴方と一緒になることができてよかった…。本当に、本当に感謝したいです…」

 

椛は瞳を閉じて、胸に手を当てながら言った。

その言葉が本心であることを聡士郎は察すると、椛を思わず抱きしめたくなった。だが、それを抑え、グッと意識をとどめる。

まだ椛の番が、終わっていないからだ。

 

椛はしばらく聡士郎の想いに浸っていたのか、目を閉じて黙っていたが、眼を開くと同時に口を開いた。

 

「では、私の番ですね」

 

 そう言うと椛は、懐から取り出した何を包んだ布をゆっくりと広げて行き、徐々にその正体を明らかにしていった。その手つきは丁寧で、細い指先に聡士郎は思わず見惚れてしまう。

 包まれた布の中にあったものは、金箔が散りばめられた漆塗りの扇子であった。大きさは扇子にしては少々大きい八寸ほどであるが、それ以外は至って普通である。

しかし、聡士郎は手に取ると、驚きの声を上げた。

 

「これは…鉄扇か?」

 

 ずしりとまでは行かないが、適度に重さを感じ、鉄特有の質感を感じる。扇を広げていくと、扇部には黒地の和紙に赤と黄色の紅葉が風に舞うように描かれており、その風を思わせるように波打つような金箔が散りばめられている。また、扇子を形成している中骨も鉄であることから、それなりの強度を誇っていた。

 

「私も、実は同じようなことを考えていました。貴方に感謝の思いを込めて、何を贈ればよいのだろうと。そして考えた結果、この鉄扇でした。立派な武器となりますし、涼むこともできる。そして何より、私自身を表したその『紅葉』を、ずっと持っていて欲しい…。そう思い、鉄扇にしました」

 

紅葉が描かれている理由は、たとえ自身は離れていても、心は聡士郎と離れることなはない、いわゆる夫婦としての絆を表すためであった。それだけに椛は扇子に込めた思いの強さを感じ、聡士郎は大事そうに鉄扇を眺める。

 

「私からは、以上です。その…お気に召したでしょうか…?」

 

心配そうに言う椛を見て、ついに我慢できなくなった聡士郎は、椛をそっと抱きしめた。

 

「当たり前ではないか。お主の想いも、しかと伝わっておる。…ありがとう」

 

言葉をつまらせず、すらりと本心を語れた聡士郎は自分に驚きつつも、椛の匂いを感じる。そして椛も聡士郎の匂いを感じ、同じく抱きしめ合ったのだった。

 




どうも、飛男です。

今回の外伝は、「上」が少々ギャク的要素を含み、「下」は和やかになれそうな感じにしたつもりです。正直甘い感じに書くのは苦手でありまして、ちゃんと伝わっているかどうかは不明ではありますが、納得の行くように書けたつもりです。
さて、最終的に贈物に選ばれたのは「鉄笛」でした。おそらく読者の方は「え、鉄笛!?」と思うかもしれませんが、これでいいんです。化粧や自分を着飾る様なことを好まさそうな椛だからこそ、様々な観点から彼女を引き立てるものとして、聡士郎と同じく私も迷いに迷った結果でございました。

さて、今回はじめて出たキャラが数名いましたが、中でも不思議に思えたキャラとして「御田秀美」がいたはずです。
実は彼女、元ネタがございまして。とあるドラマに出てくる仕事人をモチーフにしております。彼女が言った「江戸の職人」と言う単語から察するに、誰かはなんとなく察しがつくかもしれませんね。

さて、「白狼の舞」の番外編は気が向いたらまた書く予定です。その時再びお会いしましょう。では、さようなら。

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