ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア   作:甘井モナカ

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彼はずっと、全身ピンクを続けているそうですよ。(コソコソ噂話)


#12.提案

 装飾されたシャンデリアが輝く一室。

 桃色がかった光源に照らされるのは2つの影。

 

「……今回は一段とスケールが大きいですね」

 

 椅子に腰かけていた薄紅色の髪の青年がため息と共に呟いた。

 彼は背もたれに体を預け、右手で目頭を押さえている。

 窓に向かって座り込む彼の背後に佇んでいた人影は気まずそうに身じろぎした。

 

「ああ、気にしないで。別に君のせいじゃない。悪いのは彼女達でしょ」

 

 後悔の気配を感じ取った青年は椅子を回転させ、振り返った。

 

「まったく。最近妙に静かだとおもったら、こんな状況になっているとは……」

 

 薄紅色の髪の隙間から覗く紫色の瞳は疲労からか、輝きに陰りが感じとれる。

 青年と対面する人影は沈黙を保ったまま彼を見つめ続けていた。

 

「わかってます。今回の僕の立ち位置は把握しました。……まぁ、ベストを尽くしますよ」

 

 青年は立ち上がり、窓の近くへ歩み寄った。

 窓の向こう側には木々と一体化した建築物、巨大な食物の様にも見られる街頭など有機物と無機物が隅々まで交じり合った神秘的な光景が広がっている。

 道行く通行人や商売を行う人々を遠目に眺め、彼は静かに目を細めた。

 

 部屋に佇む二人の間に静寂が訪れる。

 

 長いようで短い静けさの中で青年はおもむろに振り返り、笑みを浮かべた。

 

「……それでは始めますか。まずは未来の英雄達のレベリングから、ですかね?」

 

 

 

「着きましたぜ。お客さん」

 

 アーマーガアを駆るガラルタクシーの運転手の声が耳に入る。

 ふと顔を上げると、焦点がぼやけていることに気が付いた。

 少し眠っていたようだ。

 僕は頭を軽く振り、睡眠の余韻を吹き飛ばす。

 再び顔を上げた僕は思わず目を見開いた。

 

 鮮明になった視界の先には、神秘的な光景が広がっていた。

 

「いいリアクションしますねぇ。アラベスクは始めてですかい?」

 

 僕の顔をみて、肩を揺らしながら豪快に笑うタクシーのおじさん。

 

「ええ。話は聞いてましたけど。想像以上に不思議な感じで……」

「ははは。やはり自分の目で見るのは違いますからねぇ。ここに始めてくる人はほとんどがね、お客さんと同じ反応するんですよ」

 

 運転手の笑い話を聞きながら、僕はタクシーから足を踏み出した。

 

 今回訪れたのは《アラベスクタウン》。

 改めて周囲を見渡すと、木々と殆んど見分けのつかないような建物が数多く並び建っていた。

 主張が激しい桃色の光を放つあれはキノコか?

 今まで見たどの町の雰囲気より常識とかけ離れている光景に僕は圧倒されっぱなしだった。

 

「おーい?お客さーん?」

 

 気づいたら、運転手から手荷物を差し出されている事に気づいた。

 まずい。心ここにあらずだった様だ。

 

「あ。すみません。ありがとうございました!」

 

 羞恥心で急激に顔に熱が集まるのを感じる。

 僕は急いで荷物を受け取り、お礼を口にして一目散にその場を離れようとした。

 

「わ。あれ?お客さん忘れてますよー?」

 

 再び、後ろから聞こえてくる運転手の呼び声。

 

 僕は自分の手荷物を確認した。

 ショルダーバックにボールホルダー。細かい装備も一通り身に着けている。

 忘れている物はない。

 僕は首を傾げつつ後ろを振り返った。

 

 直後、僕の脳裏に衝撃が走る。

 

 忘れている事はあった。

 僕がさっきまで座っていたタクシーの席の隣。

 主張の激しいタンクトップを身に着けている男が爆睡かましている事を。

 

 運転手とアーマーガアの決死の揺さぶりでも、一切起きる気配がないニック。

 相変わらずのマイペースさに僕の口からは知らない内にため息が漏れ出ていた。

 

 

 

「ふわぁぁ。すげー寝たなぁ」

 

 歩きながら大きな欠伸をするニック。

 

「そろそろタクシー乗ると爆睡する癖、直しません?」

 

 記憶に蘇るのは、運転手とアーマガアの疲れ果てた表情。

 今までの町でも半ばお約束になっていた光景を思い返しつつ、僕は呟いた。

 

「んー。でもよ、あれゆりかごみたいで心地良いんだよなぁ」

「じゃあ、タクシー乗る前に睡眠取りましょうよ」

 

 軽口を叩きながら、進んでいると人の往来が盛んな場所に出た。

 どうやら町の中心部に近いらしい。

 

「さぁて、これからどうする?」

 

 行き交う人を眺めながら、胸筋を膨らませるニック。

 

「そうですねぇ……」

 

 僕も町の情景を眺めつつ、今後の方針について考え始めた。

 

 今までの町では1回宿に泊まるか、ジムに直行の2択だ。

 この流れで現状、4つの《ジムバッジ》を入手できている。

 今回もいずれかを選択しようと思考を深めようとしたその時、背後から声が響いた。

 

「それは非常に興味深いですね。僕にも教えてほしいものです」

 

 聞き覚えのない声音の方向へ振り向いた瞬間、僕達は固まった。

 

 そこに立っていたのは、薄紅色の髪の青年。

 身に着けているスーツも髪と同様にピンク色系統のもの。

 出会い頭に見たら確実に驚く出で立ち。

 

 しかし、ニックの表情を見るに僕達の脳裏には恐らく同じ映像がフラッシュバックしていた。

 

 忘れもしない。

 目の前に現れた彼が、開会式の舞台上からミュウツーみたいな形相で睨んでいたその人だった。

 

『落ち着け。兄弟。開会式って言ってももう数か月前だろ?きっと忘れてるさ。やり過ごすぞ』

 

 ニックの小声の助言を頼りに、僕は恐る恐る質問を投げかけた。

 

「ええーと。《アラベスクタウン》のジムリーダーさんがどうしてこんな所に?」

「たまたま、開会式中にはしゃいでいた君達を見つけたので……今度はどんな楽しい事をするのか気になったんです」

 

 ダメだ。忘れていなかった。

 

 静かに笑みを浮かべるピンク一色のジムリーダー。

 でも、目が笑ってないように見えるのは僕だけだろうか。

 

「……別になにもしねぇさ。観光がてら町でもぶらつこうと思っていたところさ」

 

 隣で腕を組んでいたニックは、飄々と答える。

 彼はプレッシャーとか感じないのだろうか。

 

「観光ですか、なるほど。それなら好都合だ」

 

 大げさに手を叩くと、眼前に立つ彼はこう続けた。

 

「ここを知り尽くしているこの僕、ビートが案内しますよ。」

「「……」」

 

 飛来する有無を言わせぬ無言の圧力。

 僕らは顔を見合わせ、間髪を入れずに首を縦に振った。

 

 

 

 《アラベスクタウン》の外れ。僕らは町から離れた草原に立っていた。

 あれ、おかしいな。僕らは町の観光をしているはずなのに。

 

「さぁ。それでは始めましょうか」

 

 僕らの先を歩いていたビートさんがこちらに振り返り、呟く。

 

「……もしかしてバトルですか?」

「ええ」

「ですよね」

 

 見晴らしのいい草原で出来る事を考えれば、確かにそれ以外ないだろう。

 ビートさんの回答に反射的に回答した僕は、やっとこの状況の違和感に気づいた。

 

「って。なんでですか!いきなりバトルって!僕達町を案内してもらえるって聞いたんですけど!」

「?さっきしたでしょう?ここに来る道すがら、幻想的な街並みですって」

「本当に一言だけだったじゃないですか!お店にも入らないし!」

「?お店ですか?あそこは外観が違うだけで入ったらほかの町と同じですよ?」

 

 僕の必死の指摘もまるで効果がない様子のビートさん。

 心底不思議がっている顔がもう、致命的である。

 

「ぐぬぬ。話が通じない!ニックも何か言ってやってくださいよ!」

 

 自分の意見がまったく通らない状況のもどかしさを噛み殺しながら、僕は隣のニックに目をやった。

 

 そして驚愕する。

 このタンクトップ、寝てやがるのである。

 僕の隣で立ったまま。

 

「ええ!?こっちはまさかの仁王立ちで睡眠!?」

「ふがっ。おお。ついたのか?……やっぱ、緑が多いと眠くなるよなぁ」

「いや、それ多分あなただけですよ?」

 

 僕の悲鳴で目が醒めたのか、ニックは体を伸ばしながら間延びした声を挙げる。

 っていうか、本当いつから寝てたんだ?普通に隣歩いてたよな?

 

 超人的な言動に冷や汗を浮かべながら、僕は先刻の記憶を振り返ろうとした直後、僕は体が硬直した。

 鋭い視線を感じたからだ。体を容赦なく射貫く刃のような。

 僕はおもむろに顔を向けると、ビートさんが怪訝そうな顔でこちらを眺めていた。

 

「ふむ。思った以上に、ズレがありますね……」

 

 そう呟いたビートさんの紫色の瞳が妖しい煌めきを放つ。

 彼は両腕を組むとゆっくりと口を開いた。

 

「それではこういうのはどうでしょう?今ここで私の提示したルールでバトルをしてあなた方が勝てば。私が《ジムバッジ》を差し上げる。」

「「!」」

 

 不意に提示された条件に僕らは思わず息を飲んだ。

 

 この場でこの人に勝てばバッジが手に入る。

 本番と違って、ジムトレーナーとの闘いを回避できるのは非常に有利な条件だ。

 

 でも、あまりにも上手すぎないか。僕にはまだ提示された条件の思惑が見えてこない。

 

「……僕らが負けたら、どうなるんですか?」

「なにもありませんよ?」

 

 僕の質問に、考える素振りをみせる事なく答えるビートさん。

 思わぬ返答に、僕は返す言葉を失った。

 口を開いたまま固まる僕の隣で今度はニックが問いかける。

 

「バッジは本当にもらえるんだろうな?」

「ええ」

 

 この問いにも間髪入れずに答えるビートさん。

 ニックは真剣な表情のまま続けた。

 

「バッジを持ち上げて、『あげた』とか無しだからな」

「……」

 

 いや。それはないでしょ。子供じゃないんだから。

 っていうか、さすがにそれは失礼すきやしないですかね。

 

 心の中でニックへ小言を呟きながら、僕はビートさんの方を見た。

 

 口角は上がっていたが、両目は弓なりになりながらも、瞼の奥から瞳がこちらを覗いている。

 やはり、目が笑っていない。怖い。

 

「……じゃあ、意見が合致したという事ではじめましょうか」

 

 咳払いとともに、威圧感溢れる笑みを解いたビートさんは腰の後ろにあるボールホルダーへ手を回した。

 幾度となく経験したバトル前の独特な緊張感が場を包み込む。

 

 僕もボールの確認のため手を伸ばそうとした時、1つ聞き忘れていた事を思いだした。

 

「そういえば、ルールまだ聞いてなかったです。どんなのでやるんですか?」

 

 カシャン、と。

 金具の外れる音が響き渡る。

 

「シンプルですよ。あなた達対僕。……あなた達はタッグで戦ってください」

 

 僕達の前でボールを両手に掴んだビートさんは、不敵な笑みを浮かべていた。

 

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