ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア 作:甘井モナカ
『イヌヌワン!』
「よし。到着っと……!ワンパチもお疲れ様」
黄色い毛並みの子犬が足元を跳ね回る。
林道を抜けた先にあった広場の先には久しぶりに見る青空が広がっていた。
僕は共に歩いた相棒に労いながらボールに収納した。
視線を前方に戻すと、目の前に広がるのは1つの町並み。
『情熱と鼓動が溢れる出す!スパイクタウンへようこそ!』
「ここが《スパイクタウン》かぁ……」
見上げて目に入ったのは、幾度となく塗り足された色合いが目立つクラシカルなポスター。
少し乱れた呼吸を整え、僕は町の中へと足を進めた。
様々な建物が立ち並ぶなか、中心には通路を覆う巨大なアーケードがそびえ立つ。
大通りに入り、街を行きかう人を見た僕は全身に衝撃が走った。
普通の見た目の人が半分。
髪型や、服装で攻めまくってる人が半分。
うわっ。あれ、もしかしてモヒカンってやつかぁ。
僕の目の前を通り過ぎる、頭の頂点部に金色の髪を輝かせる男性。
深夜の放送されてる番組でしか見たことないような人がそこで生活している風景。
それは、異国の地に迷い込んだような感覚に近かった。
……まぁガラル地方から出て事ないけど。
喉までせり上がった自分へのツッコミを手元のココアと共に飲み込む。
先程立ち寄ったカフェで購入した温かなココアを飲みながら、僕は町の雰囲気をしばらく眺めていた。
「ん。あれって……」
僕の視界にある人影が映り込んだ。
通路を行きかう人々の間から見覚えのある、髪型、後ろ姿が垣間見える。
僕はすっと立ち上がり、その影に歩み寄った。
灰色のニットベストに黒生地のインナー。
紺色のプリーツスカートから伸びる足元は黒いブーツが淡く輝いている。
電話を終えたのか、その人は耳に近づけていたスマホをポケットにしまい込んだ。
後ろに佇む僕にはまだ気づいてない様子だ。
いつもより大きく感じる心臓の鼓動が、僕の鼓膜を震わせる。
久しぶりの再会に少し高揚しているのかもしれない。
深呼吸をして全身を纏う緊張を和らげた僕は、口を開いて声を掛けた。
「お久しぶりです。ユウお姉さん」
「!」
僕の声に、彼女は振り向いた。
彼女の丸い目がいつもより大きく見開かれている。
ちゃんと驚いてくれたようだ。
僕は心の中でガッツポーズをした。
「マーチ君、久しぶり!……そっか。次はここのチャレンジなんだね」
「はい。しばらく休憩した後、挑戦するつもりです」
ユウお姉さんはポンと両手を叩いた。彼女の頬にかかる髪が弾むように揺れる。
僕は再び深呼吸をした。
……落ち着け。僕の心。
この旅で少しは成長しただろ?彼女の前で無様な姿は見せない……!
「なるほどねぇ。ここにはマーチ君は一人で来たの?」
「はい。前の町まではもう一人いたんですけど。……なんか急用があるからしばらく里帰りだそうです」
首を傾ける彼女の前で、僕は頬を掻きながら呟いた。
僕の脳裏に浮かぶのは、タンクトップとの一幕。
以下、回想。
『なにぃ!マッスルランキングの緊急変動だと!?……なんだこいつ!一気に+11ランクも上がってやがる!?』
『……なんです?それは?』
『期待の新人が飛び入り参戦したみてぇだ。……これは村の星である俺が顔をださねぇとだな』
『……はぁ』
『すまねぇ!兄弟!俺はちと抜ける!先に進んどいてくれ!』
『分かりましたよ。……じゃあ、どこで待ち合せますか……ってもういないし!』
嵐のように過ぎ去っていった彼の後ろ姿が心の奥へとフェードアウトしていく。
以上、回想終了。
結局、集合場所とか決めてなかったよな。……まぁ。なんとかなるか。
口から零れるため息の音と共に、僕の意識を現実に戻る。
首を傾げていたお姉さんの目の奥が一瞬輝いた様に見えた。
「そっかぁ。……じゃあ、お姉さんとデートしちゃう?」
「えっ!?」
見間違えじゃなかった。
眼鏡の奥を輝かせながら、口元を上げるユウリお姉さん。
悪戯を企んでる幼い子どもの様な笑みに、僕の口からは驚きの一言しか出てこなかった。
「あはは。顔が真っ赤だよ?……なにー?そんなに嬉しいのかな?」
「……それは、まぁ。そういうのに興味とかありますし」
ユウお姉さんは腰を折ると、そのまま僕に顔を近づける。
笑いながら指摘する彼女に僕は頬を擦りながら呟いた。
顔に触れる掌が熱い。
熱が集まってちゃんと真っ赤のようだ。この距離は反則でしょ……。
「じゃあ。お姉さんちょっと仕事残ってるから、その後出かけようね?」
「え、いいんですか?」
思わぬ返事に僕の口から食い気味で言葉を漏れた。
にぃっと柔らかな笑みを浮かべる彼女は、姿勢を戻すと両手をぽんと叩いた。
「いいよ。この町の近くで色違いポケモンを見たって噂が最近出てるんだって。……どう?興味ない?」
「……すごい興味あります!」
興味あります。
ユウお姉さんとの探索。
一緒にポケモンを探せるのか。
男だし僕が前を進んだ方がいいのかな。
いや、待てよ。『レディ・ファースト』という言葉もあるし、彼女が先か。
ここはあえての隣というのもアリなのか。
僕の思考がポケモンバトル中の思考錯誤並みに高速回転し始めた。
「よし。じゃあ、この町の入口から西に行くと広い草原があるんだ。先にそこで待っていて。お姉さんも後から向かうから!」
「分かりました!」
僕は返事をしながら、彼女のスマホで表示されたマップの箇所を確認した。
ここに来る時、通った場所だ。ここにそんなポケモンがいるとは。
残っている仕事を片付けるユウお姉さんと別れ、僕は町の外へと歩きだした。
不思議と足取りが軽い。
軽快に動かしていた両足は、いつしかリズムを作りだしステップを刻んでいた。
……先に見つけて、ユウお姉さんを驚かすっていうのもアリだな。
彼女の前で誇らしげに胸を張る自分を想像しながら、僕は入口付近にあったクラシカルなポスターの前を横切った。
眼鏡をレンズを反射させる少女はスカートを靡かせながら通路を歩いていた。
建物同士の間の細い通路に入ると、そのまま裏路地へと進んでいく。
進行方向に見えるのは、スパイクタウンのスタジアム付近にそびえる廃ビル。
薄暗い部屋を抜け、彼女は階段を上る。
上がった先の大扉を抜けると、彼女の髪がそよ風に揺れた。
外枠が柵に包まれた屋上へ足を踏み入れる。
上空を覆うように建つアーケードに近づいた場所で、彼女は柵から顔を出し辺りを見渡した。
彼女の眼下には生活をする人々の町並が広がっている。
吹き抜ける風が再び彼女の髪を揺らしていく。
少女は口を閉じ、静かに町を眺め続けた。
差し込む光が眼鏡を反射させ、瞳の奥とその表情を隠し込んだ。
そんな彼女の耳に電子音が響いた。
右手でスマホを取り出すとディスプレイに明かりが灯る。
しばらく、スマホを眺めていた彼女はゆっくりと顔を上げる。
辺りが不意に薄暗くなる。
上空から差し込む日差しが、雲の裏側へと隠れ始めていた。
目元のズレた眼鏡の位置を修正すると、少女はポツリと呟いた。
「それじゃあ、ぼちぼち始めま……」
直後、彼女の後方。
《スパイクタウン》のスタジアム内から莫大な花弁を彷彿とさせる光の渦が溢れ出した。
脳裏に一筋の光が走る。
大気を通して漂う雰囲気の変化に少女は目を見開いた。
異変を感じとり、即座に振り返る彼女の前には赤い燐光の波が押し寄せていた。
同刻。
《スパイクタウン》スタジアム内部。
ポケモンバトルを行うフィールドの中央に佇む複数の人影。
彼らの中心で黒い箱状の機械が稼働音を響かせ続ける。
輪郭の端々が赤く発光し、周囲には燐光を巻上げ巨大な渦を形成されている。
「あんた。誰なんだ?こんな所でなにを……」
「ちょっと。勝手にスタジアム内に入らな……」
異変に気づき、フィールド内に入ってきたスタッフ。
舞台の中央に立つ不審者へ警告を告げる前に、彼らは意識を失い、次々と倒れ込んだ。
それは連鎖的に起こるドミノ倒しにも似た光景。
数分後。
スタジアム内で異を唱える者は誰もいなくなった。
代わりに複数の穏やかな寝息がスタジアム内に木霊する。
赤い燐光の渦の隣に佇んでいた黒い人影は一歩足を踏み出した。
フィールドを横切るように歩むと、頭部を隠すローブを静かに取った。
くすんだ茶色の髪に、鋭い眼光。
悪人のイメージ通りの顔を持つ男は、おもむろに頬を吊り上げた。
「よぉし。スタジアム内部は制圧完了って、とこか」
粒子の流れで靡く茶色の髪をかきあげながら、男は呟いた。
「……《ガラル粒子》散布範囲が4割を突破」
「やったぜ兄貴!上手くいったな!」
「ここから町を全部制圧してくんだね?かしこまりー」
「町がしばらく貸切りかぁ〜。あそこのパン屋食べに行こうかな」
男の周囲に佇んでいた人影が徐々に増えていく。
最終的に数十名にもなるそれは、小規模ながらも統率力の高さを垣間見せていた。
黒いローブの集団の前で男は右手を振り上げる。
「これからが俺たちの目標への第一歩だ。……この先は手筈通り、最短手番で終わらせんぞ」
男の言葉に、黒ローブの集団は頷き合う。
空間に漂う赤い燐光が輝きを増す。
赤い光に照らされながら、漆黒の侵略者達は町の内部へと散らばり出した。