ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア   作:甘井モナカ

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授業中、よく教室を占拠したテロリストと戦ってました。


#17.侵入

「……何だ?あれ……?」

 

 日も傾いてきた夕暮れ時。

 

 彼方に位置する街の方角。

 街全体を包み込むように広がる光の渦にマーチは息を飲んだ。

 約束の場所である西側の草原から肉眼で観測できるそれは異様な光景だった。

 

 赤い燐光の束に目を奪われる中、マーチの脳裏には少女の横顔が浮かび上がる。

 

「そうだ!ユウお姉さん……!」

 

 急いでポケットからスマホを取り出した彼は画面を見て固まる。

 画面の右上にある通信状態を示すゲージが無を示している。

 つまり。

 

「圏外!?なんで、さっきまで問題なかったのに……!」

 

 使用不能に陥るスマホを握りしめ、マーチは再び前方を見据えた。

 

 今もなお衰える様子を見せない光の渦。

 突如使えなくなった通信機器。

 端から見ても分かる異常事態に彼の瞳が静かに揺れる。

 

 行かない方がいい。

 関わるな。

 危険が潜んでいる。

 

 脳裏から湧き上がる不安が身を包む中、彼は自身の奥底で胎動する熱を知覚していた。

 

 ……あそこには、あの人がいる。

 考えすぎだ。

 ……事件に巻き込まれてるかもしれない。

 だからなんだ。

 

 彼を包む身体の震えが次第に薄れていく。

 自然と手足に力が入る。

 

 ……あそこに、行かなくちゃ。

 行ってどうする。

 

 マーチの心に浮かび上がる、過去の情景。

 自身の歩みの前を行く彼女の背中が、身体に圧し掛かっていた不安を吹き飛ばす。

 

 勢いを増す熱はやがて喉を通り抜け、気炎となる。

 

「助けるんだよ!……今度は僕が!」

 

 考えるより先に彼は駆け出していた。

 弾む息を、確かな意思で抑え込みながらマーチは赤い燐光の元へと突き進んだ。

 

 

 

 スパイクタウンの南側に位置する高台で一人の女性が佇む。

 彼女は深い灰色のダウンに身を包み、じっと自身の前に広がる光の渦を見つめていた。

 

「……アカン間に合わなかった。ジャミング強度が低すぎる。」

 

 ポツリと呟かれた声音には、僅かな焦りが滲み出ていた。

 

「このままだと、残されてるのは一時間半ってとこか。……中途半端なジャミングのおかげで救援も無理」

 

 手元のデバイスを操作してモニターに目をやる彼女。

 空を茜色に染める日の逆光が重なり、表情は見えない。

 

「そんなかで、目標達成して事態を穏便に収拾……って詰んでるじゃん」

 

 口に出した言葉を馬鹿馬鹿しいと感じたのか、女性は首をすくめた。

 

 周囲の木々が揺れる。

 夕暮れの空より、そよ風が吹き抜ける。

 

「……まぁ。詰んでるのは最初からか」

 

 小さく息を吐いた女性はおもむろに歩き出した。

 

 眼前に見据えるは光の渦。

 彼女の微かな呟きは風と共に、上空に広がる茜色へと溶けていった。

 

 

 

 眼前に広がる木々を押しのけると、町並みが視界に広がる。

 

「よし……!戻ってこれた……!」

 

 頬や頭に葉をくっつけながら、マーチは慎重に様子を伺った。

 木々の間や、草木の隙間に自分以外の人影は見えない。

 

 彼が潜む位置は西の草原から大きく回り込んできた町の外れ。

 ちょうどスタジアムが建つエリアの後方にあたる。

 辺りを確認していた彼は、先刻から感じていた違和感に気づく。

 

「なんか、静かすぎないか……?」

 

 自分の呼吸音、木々の擦れる音が妙に大きい。

 目の前に広がる町からは人々の営みが感じられない。

 

 音もなく、這い寄るのは不安の影。

 

 小さく息を吐きながら、マーチは立ち上がった。

 右手のスマホを構え、望遠機能を起動させる。

 モニタに表示される街並みの細部。

 見渡していくと通路、販売店に人が存在していない。

 あれほど賑わっていたアーケード下の通路ももぬけの殻である。

 

「違和感はこれ、かぁ……」

 

 明確な異変が起こる町を観察しながら、マーチは静かに息を吐き出した。

 手元のスマホを動かし、今なお存在する光の渦の様子を確認する。

 

 赤く輝く光の渦は、その1つ1つが細かい粒子のようなもので形成されていた。

 何処かで見たような輝きを注意深く見ていると、彼の視界に黒い人影が写り込む。

 

「普通に動いている人もいる、のか?」

 

 少年の口から零れる懐疑の言葉。

 建築物の影に隠れていない僅かな隙間から見える人影は、複数人束になって動いていた。

 列のように進んでいく中で黒衣の彼らの後ろに普通の服装の人も追従している事に気づく。

 

 黒衣の人影が彼らを囲う様に展開している所からすると、『連行している』感じの雰囲気だろうか。

 観察を続ける中で、見覚えのある服装がマーチの視界に入る。

 

 灰色のニットベストに黒生地のインナー。

 紺色のプリーツスカート。

 ボブカットの合間から眼鏡が顔を出す。

 それは、数時間前に見た光景。

 

 彼は目を見開いた。

 

「嘘でしょ……!?ユウお姉さん!」

 

 見間違えではない。

 マーチの脳裏に浮かび上がる、笑みを浮かべる彼女の姿。

 確かに数時間前自分の目の前にいた人があそこにいる。

 異常に巻き込まれている。

 

 全身を包み込んでいた熱が噴き出す感覚。

 思考が白く塗りつぶされる。

 

 気がついたら、彼はスマホをポケットにねじ込み、草木の影から飛び出していた。

 

 僕が、あの人を。

 胸から湧き上がる感情に、衝動に身をまかせ彼はさらに地面を蹴り上げる。

 

 直後。

 首筋に衝撃が走った。

 

「がぁっ……!」

 

 首の空気が締め出されると共に声が零れ出た。

 全身の体重が後ろに吹き飛ばされる。

 

 首の前方から引っかかるように締め付けがある事から自分の首根っこが何者かに掴まれていることに気づくマーチ。

 飛び出した草木に再び突入。

 葉や枝の感触を肌で受け止めながら、彼は地面に叩きつけられた。

 急な方向転換により、彼の視界が楕円を描く様に回る。

 

 歯を食いしばり咳き込みながら顔を上げると、そこには一人の女性が立っていた。

 

「あんた、何考えとーと!一人飛び出してどーするつもり!?」

 

 鬼のような形相。

 背後にめらめらと燃える炎を幻視させる彼女は、座り込むマーチに顔を近づけた。

 

 相対する瞳の奥が微かに揺れる。

 止まっていた思考が動き出す。

 身体を突き動かしていた、衝動が引いていく中少年は目の前の瞳を見つめ続けた。

 

「……あの、すみません」

「あー。……いきなり、ごめん」

 

 しばらくの沈黙の後、我に返ったかのように女性が眉を下げた。

 

「今、あの町は何者かに占拠されてるの。……助けを呼ぼうにも電波が遮断されてるからムリ」

 

 おもむろに立ち上がった彼女はポケットからスマホを取り出した。

 ディスプレイに表示されるのは少年の物と同じ『圏外』のマーク。

 

「という訳だからさ、ここから少し離れた場所にセーフティエリアがあるから、君はそこで待てって」

「……お姉さんは、どうするんですか?」

 

 肩を竦める女性の呟きに対し、少年が食い気味に言葉を被せる。

 

 両者の間に流れる、僅かな沈黙。

 

 目の前の彼女の瞳の奥が、何かを決意したかのように鈍い光を放つ。

 視線が交錯し合う。

 

 彼女は息を僅かに吐いた。

 

「……隙を見て、奴らをやっつける」

 

 彼女の覚悟に周囲の空気が重みを増した。

 囲まれていた木々が音を鳴らし、重々しい音色が鼓膜に飛び込んでくる。

 

「助けを呼べないって事は、あなた一人で……ですか?」

 

 こくん、と。

 少年の口から零れ落ちた呟きに、彼女はゆっくりと首を縦に振った。

 

 先程とは違い、少年の思考は巡り続ける。

 

 だからこそ彼は理解した。

 目の前の彼女の告げた事の無謀さを。

 

「ほんと、僕が言えた事じゃないですけど、一人じゃ危険ですよ。……町をうろつく人影は数名、それ以上かも。その中にあなただけでなんて、誰か頼れる人とか居ないんで」

「いないよ」

 

 少年の言葉を遮る様に。彼女は口を開いた。

 表情筋が固定されたかの様な表情が、差し込む日差しの影に隠れる。

 

 「……!大丈夫。バトルには自信があるから。それに、ここはあたしの故郷なんよ。」

 

 一瞬。

 陰りを見せた表情は既に消え失せていた。

 

 不安な表情を滲ませる少年に対して、彼女は口角を吊り上げて笑みを浮かべる。

 

「それに、大事なもんが無くなるかもって時に何もしないなんて、もうできない……」

 

 木々の隙間から覗く街並みを眺め、彼女は言葉を零す。

 

 生い茂る葉の隙間から差し込む茜色の光。

 

 彼女は瞼を細める。

 照らし出されたの横顔は、どこか寂しさを滲ませているように見えた。

 

 座り込でいた少年の手足に力が戻る。

 

 大事な物が無くなる。

 取り返しのつかなくなる前に、自分がどうすればいいか。

 答えはもう、決まっている。

 

 胸の奥底から発する衝動だけでなく、冷静に熟考した末の判断。

 彼は立ち上がり、佇んでいた女性と改めて対峙した。

 

「分かりました。それなら、僕も行きます」

「あんた。……話聞いとった?危険だって自分でも言ってたじゃ」

「僕だって同じなんです。何もしないなんてできない!……だってあそこには大切な人がいるんだ!危険な状況なら尚更、取返しのつかなくなる前に助けださないと!だから、お願いします!」

 

 飛び込んでくる彼女の異議を自分の声で塗りつぶす。

 ここだけは、これだけは譲れない。

 僕の熱、心の声だけは騙せない。

 

 マーチの瞳に茜色の光が反射し、その奥で脈動する炎を幻視させる。

 対面する女性は、彼の瞳の中に映り込む自分の姿を静かに見つめた。

 

 時の流れが止まったかのような静寂。

 

 先程まで音色を響かせていた木々もいつの間にか動きを止めている。

 対峙する二人の呼吸音が僅かに響いていく。

 

 その中で女性は、おもむろに右手を挙げた。

 

 少年の握りしめていた拳に力が入る。

 

「……分かったよ。あたしの負けだ」

「っ!」

 

 持ち上げた右手で顔を覆いながら、彼女は呟いた。

 少年の表情が緩む。張り詰めていた緊張が解れていく。

 

「ただし、2つだけ約束して。無茶だけはしない事。あたしの傍から絶対離れない事。いいね?」

「はいっ!」

 

 瞼を閉じ、ため息を吐きながら告げる彼女の忠告へ食い気味に返事をするマーチ。

 予想外の返事の速さに面を食らったのか、彼女は片目を開いて目の前の少年を眺める。

 瞳の奥に熱を宿していた時とは正反対の満面の笑み。

 こちらの視線に気づかず喜ぶ彼を見て、彼女は再びため息を吐き出した。

 

「あんた、名前は?」

 

 街並みを横目に眺めつつ、女性が言葉を紡ぐ。

 

「マーチです。今年のジムチャレンジに参加してます」

「……へぇ。そうなんだ?」

 

 女性の納得するような相槌に、マーチは思わず顔を上げる。

 少年の視線に気づいたのか、女性の横顔は不敵な笑みを浮かべた。

 

「あたしはマリィ。この《スパイクタウン》のジムリーダーをやってんの。よろしくね?」

 

 

 

 【スパイクタウンスタジアム内部】

 

 沸き起こる光の渦の直下。

 周囲が鉄柵で囲まれ、高い壁が立ち並ぶこの空間は薄暗い雰囲気に包まれていた。

 常に稼働するはずの照明も今は切断されており、漂う燐光の輝きが僅かに地上を照らしている。

 

 フィールド中央に展開された機材の赤い光が、静かに暗闇の中を浮かぶ。

 

「ジャミングだと?……そのデバイスでジャミングの発信源を割り出せるか?」

「チャンネルを変えれば、たぶん。まぁやってみますよ……」

 

 黒いローブで顔を覆い隠すその男は背後に声を掛ける。

 後方の機材の前でコンソールを迅速に叩く黒衣の男は眼鏡を輝かせつつ、情報ウインドウを開示させていく。

 情報が走るモニタの点滅光に照らされるのは黒衣の襲撃者とスタジアム内に連行された町の滞在者十数名。

 

 フィールド隅に座らされた集団の中にいた少女は、息を小さく吐き出し顔を上げた。

 

「……今すぐこの拘束を解いて、私たちを解放してください」

 

 スタジアムを包んでいた静寂が破られる。

 その声量は決して大きく無いが、声音の奥に一本の芯を感じさせるものだった。

 黒いローブの男はぴくりと肩を震わせた。

 

「……静かにしとけって言ったよな?黙って、目ぇ閉じてろ」

 

 身体の芯を揺さぶるような低い声。

 

 黒いローブを翻すと、彼は声を挙げた少女の方に身体を向けた。

 依然として黒い布の奥は周囲の暗闇と見間違うほどの漆黒に包まれていた。

 

「何を言ってるんですか?こんな状況で眠れる訳ないで……」

「……お前の周囲は、ほとんどお眠じゃねぇのか?」

「……っ!」

 

 異を唱える少女を抑え込むように、言葉を紡ぐ黒いローブの男。

 

 弾かれるように自身の周囲を見渡した少女の表情が僅かに固まった。

 連行された十数名の人がほとんど地に伏せている。

 意識はなく、各々胸を上下に動かしていた。

 

 辺りを漂い始めた赤い粒子は刻々と濃度を増していくかのように、その色彩を強めていく。

 

「効力にも個人差アリってとこか?……まぁいい。別にあんたには興味ねぇ。そのままじっとしてな」

 

 黒ローブの男は僅かに首を傾げる動作を見せた。

 驚くほどに冷静な声音に、少女の首筋に冷たい汗が流れる。

 

 町1つを巻き込む程の行動と策略。

 この男の目的は何だ。

 

 彼女はズレた眼鏡の位置を直しながら、その思惑へ僅かに踏み込んだ。

 

「……こんな派手な事をしたと思えば、今はびっくりする位静観している。貴方は何をするつもりなんですか?」

 

 僅かな静寂が訪れる。

 

 男はしばらくすると、思い出したかのように肩を震わせ始めた。

 黒いローブの奥が妖しく煌めく。

 

「くくくっ……ははは……!ずいぶん冷静に観察してんだなぁ。……ならそっか、そうだよなぁ。気になるよなぁ」

「……」

 

 フィールドの中央で男は両手を広げる。

 仰々しいその姿は己の吐く言葉を滑稽と自覚しているからか。

 

「……俺の目的は、ただ一つ。前チャンピオン、ダンデだよ」

 

 赤い燐光に包まれる中、黒いローブの奥の瞳が鈍い輝きを放った。

 

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