ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア   作:甘井モナカ

18 / 34
余りにも隙だらけや。ってやつです……!


#18.反撃

【スパイクタウン・商店街入口】

 

 夕日が地平線の裏側へと落ち、辺りが茜色から深青色の薄明へと移り変わっていく。

 

 次第に影が広がり始める中、数刻前まで栄えていた街はひっそりと静まり返っていた。

 街頭や、看板に明かりが灯らず、ただ沈黙を貫いている。

 

 まるで街全体が眠りに包まれているかのような静寂の中を、歩む1つの人影。

 

 漆黒のローブに身を包む男は、両手に持ったパンを齧りながら周囲の様子を確認していた。

 

「うわぁ。肌寒いなぁ……。次は温かいものでも食べようかな」

 

 頬を撫でる風に男は身震いした。

 パンを勢いよく口に押し込み、ヨクバリスのごとく頬を膨らませる。

 すかさず、頬を懸命に動かす彼の耳に電子音が響いた。

 

 足を止めてポケットからデバイスを取り出す。

 画面には定期連絡のメッセージが表示されていた。

 彼とその仲間が活用しているそのツール内では30分に一度状況報告をする流れになっていた。

 

「ま。最初以外はみんな時間守らなくなっちゃったなぁ。……こんな状況だしめんどくさいよね?」

 

 チャット形式での内容を確認しながら、苦笑する男。

 確かに、表示されるチャットの発信時間は初回をのぞいて時間がバラバラになっている。

 10分後だったり、15分前だったり。

 

 終いには『ちょっと静かスギィ!』『ヌルぽ』『おっと。色違いボルケニオン発見伝』等、一種の大喜利みたくなっていた。

 

「はい、はい。一応反応しとくか。……やりますねぇっと」

 

 デバイスを操り、男はチャットにコメントを打ち込む。

 画面の光源が男の背中を朧気に照らしていく。

 

 その背後で影が静かに揺れ動いた。

 

「……!」

 

 直後。

 男の首筋に衝撃が走った。

 意識が暗闇に落ちていく中、男が最後に見たのは虚空を舞う灰色の毛玉だった。

 

 男の手から放り出されたデバイスが落下する。

 重力に引き寄せられ地面へ激突する前に、灰色の手足がそれをつかみ取った。

 全身を灰色の毛で覆った猫は額の小判を光らせると、背後から歩み寄る主に笑みを浮かべた。

 

「よし、これで5人目……!お疲れ様。ニャース」

『ニビャア……!』

 

 黒と灰色の衣装で周囲と同化する少年の労いに、歓喜の鳴き声を上げる灰色の猫。

 ガラルニャースはとてとてと歩み寄ると、マーチにデバイスを手渡した。

 

「へぇ。思ったよりやるじゃん。……彼らの連絡手段で油断させるとはね」

「ええ。大人数での行動は何かしらの連絡手段があるはずです。それさえ手に入ればこんな感じで隙を作れる訳です」

 

 少年の隣に立っていた黒衣の女性、マリィは感心した様に声を漏らしていた。

 マーチは受け取ったデバイスを起動させ、画面を彼女の方へ向ける。

 

 タウンへ侵入する前に立てた作戦。

 背後から奇襲する前に、関係のない発言をする事で相手の意識を制限しつつ隙を作る。

 

 作戦の成果は、混沌と化しているチャット欄の発言履歴が物語っていた。

 

「ずいぶん手際とノリが良かったけど、毎日こんな事でも考えてんの?」

「ち、違いますよ!まぁ、スパイ映画とか好きなんでちょっと影響は受けてるかもですけど……」

 

 口元を緩め、生暖かい目を向けてくるマリィに、マーチは慌てて首を振った。

 

 少年の心の中に浮かぶのは過去に妄想していた時の遺産。

 何度もテロリストと戦っていた事は絶対に隠し通そうと、彼は固く決意するのであった。

 

 自身の目の前で挙動不審になっている相棒を見て、彼女は噴き出したかのように苦笑を浮かべた。

 

「ま、頼りにしてるよ。……オーロンゲ。こいつも町の外で縛っておいて」

『……』 

 

 彼女は背後の暗闇を一瞥して呟いた。

 街頭の死角となる建物の影から足音が静かに響き渡る。

 

 目の前の暗闇から姿を現す、茨を纏った大きな緑色の手足。

 黒い茨は身体を覆う様に伸びており、筋肉のような膨らみが見えている。

 

 沈黙を貫くオーロンゲは気絶した黒ローブの男を担ぐと、再び暗闇の中へ姿を消した。

 ガラルニャースも、静かに影の奥へと身を潜めていった。

 

「そういえば。結構町の中まで入ってきましたけど、スタジアムまでは後どのくらいなんですか?」

 

 各々の相棒が姿を隠し、再び二人になったところでマーチが疑問を投げかけた。

 マリィは周囲を見渡すと、ゆっくりと頬に手を当てた。

 

「ここはアーケードの西側だから……あとはこの通路を突っ切って、右に2回、左に3回、もっかい右を曲がるとスタジアムにたどり着くよ」

 

 彼女が指を指し示すのはアーケード下に続く、広い通路。

 商店街に挟まれる通路は、静まり返った夜の雰囲気に包まれ影をより濃くしていた。

 

「わかった、ような、わかんないような。とりあえず、この調子で進んでいきましょう……!」

「……ちょっとは肩の力抜いたら?張り切りすぎて途中で転んだりしないでよ?」

 

 少年と女性は静かに暗闇に身を溶かしていく。

 

 二人が進んでいく通路の果て。

 

 舗装された道に植えられた木の幹から伸びる細い鋼線。

 それは向かいの草木の茂みに置かれた黒い箱と繋がっている。

 

 通路を横切るように這うそれは、闇に潜む狩人のように、二人の到達を静かに待ち続けていた。

 

 

 

【スパイクタウン・スタジアム内部】

 

 薄暗い空間に灯る、赤い燐光の瞬き。

 

 重なり合う様に、倒れ込み、寝息を立てる人々の中で。

 座り込んでいた少女が言葉を零す。

 

「……ダンデ、さん?」

「俺のトレーナーとしての原点はあいつだ。……よくある話だろ?憧れを求め歩み続けたが、叶わなかった」

 

 コキッ、と。

 少女から少し離れた場所に佇む黒いローブを纏う男は、首に手を当てて骨を鳴らした。

 

 

「力が欲しい。組織に入ったのもそれが理由だった。安寧した平穏に興味はねぇ、俺は俺の過去を払拭するためにここまで来た。……なのに」

 

 黒い布地の奥から吐き出される低い風切り音。

 不気味に絡みつくような響きが、虚空を伝って少女へ飛来する。

 

 彼女は、それが男の嘆息だという事に気づくのが遅れた。

 

「俺がしていた事といえばおままごとだ。それも……よりにもよってあいつ相手にっ!」

「……」 

 

 不意に男の声音が揺れ動いた。

 ローブの奥から滲みでる重圧は怒りか、それとも。

 

 座り込む少女は、静かに眼鏡の奥の瞳を細めた。

 

「……まぁいい、場所も、力も揃ったんだ。望みはようやく叶う。……俺はダンデと勝負する」

 

 一瞬の静寂。

 

 薄暗い空間の中心で男はポツリと呟く。

 彼を包んでいた重圧は霧散し、冷静な声音が戻っていた。

 

「動機は、分かりました。……でも、この状況下でどうするんですか?今ここは通信が遮断されて」

「知ってるよ。おそらく組織の手回しだろう。俺を止めに街へ入ったのかもしれねぇが、残念ながらあれで眠ってもらってるからな」

 

 少女の疑問を断ち切るように、男は言葉を被せた。

 

 彼は話を続けながら背後へ意識を向ける素振りを見せる。

 そこには赤い粒子を放出し続ける黒い機材と、付近でデバイスを操る黒ローブの仲間。

 

「妨害電波の方はあいつが探ってる。後数分もすれば発信源が分かるはずだ。……その後は情報機関にでも情報を流しながら、あんたらを盾にすればすっ飛んでくんだろ。奴が」 

 

 フィールドの中心で赤い粒子を背に両手を広げる黒いローブの男。

 彼の右腕に装着されている灰色の無骨な腕輪が怪しく光った。

 

 座り込む少女は息を小さく吐き出した。

 頬を伝っていた冷たい汗を手の甲で拭う。

 周囲を舞う粒子の輝きが眼鏡を反射させ、その奥の瞳が隠れる。

 

「……」

 

 吐き出していた息がいつしか止まっていた。

 彼女の周囲は沈黙が包まれる。

 

 自身の目の前に佇む男を見据え、彼女の指先が僅かに動く。

 

 指先の影が揺れ動いた。

 

 直後。スタジアム内は、突如鳴り響いた警報音に包まれた。

 

 

 

【スパイクタウン・アーケード下通路】

 

 暗闇に包まれた商店街の通路。

 

 静けさを醸し出す雰囲気の中、それを端から壊すかの如く、鳴り響く警報音。

 近代的な電子音は周囲の建物の壁に反射するのか、幾度となく反響を繰り返していた。

 

 その中で息を弾ませ失踪する影が2つ。

 黒と灰色の衣服を身に着ける少年は頬を流れる汗を振り払いながら叫ぶ。

 

「ほんと、すみません!あんな所に鋼線トラップがあるなんて!」

「気にせんでよかよ!もうスタジアムは目の前、突っ込むよ!」

 

 黒衣の女性は走りながら、周囲を一瞥した。

 

 そして、彼女の目が見開かれる。

 

 突如、周囲の物陰から飛来する炎の塊と氷の氷柱。

 マリィは身を翻しながら、傍らを並走していたマーチを抱きあげ攻撃を躱す。

 

「舌噛まないようにっ……!」

「うわぁっ……!?」

 

 転がり込むように、地面へ倒れ込む二人。

 彼らのいた地点に攻撃が着弾し、轟音が鳴り響く。

 

 周囲の物陰から声が零れ落ちる。

 考えられるのは、攻撃を繰り出したポケモンの使役者。

 

「二人、いるのか?……ダメだ、何話してるかまでは……!」

 

 周囲に響く警報音が邪魔をして会話の内容が耳に入らない。

 

 暗闇に包まれるこの状況では目で敵の姿を負えない。

 耳を頼ろうにも、煩いくらいに鳴り響く警報音が周囲の音をかき消していく。

 

 音もなく這いよる不安を振り払いながら、マーチは通路の先に目を向ける。

 

 後少しだっていうのに。

 僅かに光が漏れるスタジアムの出入り口を睨んでいると、一条の光がマーチの頭蓋を貫いた。

 

 光。

 それは暗闇の中で存在を象徴するもの。

 

「ちょっと!?そろそろ腕限界なんだけど?……話、聞いてる?」

「……」 

 

 張り詰めた声と共に、少年の身体が左右に揺れる。

 女性に担がれながら、彼の思考は加速させた。

 

 鳴り響く警報音。

 周囲の状況を制限する要因の1つ。

 炎の塊と氷の氷柱。

 周囲から飛来するそれはタイミングが同時。

 

 という事は。

 この暗闇さえ何とかなれば。

 

 不意に少年は足を踏み込んで、動きを止めた。

 抱えていたマリィも吊られて転倒しそうになる。

 

「ねぇ!急に足止めない」

「マリィさん!敵は多分、固まって動いてる!」

「っ!」

 

 突然のマーチの叫び声に、マリィは思わず固まった。

 

 彼女の背後を氷柱が通過していく。

 鳴り響く轟音を背に、少年は眼前の彼女と向き合う。

 

「この警報音の中で同タイミングに攻撃するには、二人が一緒に行動するしかない。僕達みたいに。だから、逆にこれは一網打尽にするチャンスなんです」

「一気にやっつけるって事?……でもどうやって?」

「ここ商店街でしたよね?っていう事は夜になるとつくアレがあるはず……」

 

 彼女の疑問に答えながら、少年はホルダーからボールを取り出した。

 

 起動したボールを離れ、通路に降り立ったのは黄色の毛並みの子犬。

 周囲を見渡した後、静かに主を見上げるその瞳の奥は鋭い光が宿っていた。

 

「ワンパチ。お前の力を貸してくれ。いいね?」

『イヌヌワン……!』

「でんき?……まさか」

 

 少年の思惑の一端が見えたのか、隣で佇んでいたマリィの表情が変わる。

 驚愕が滲む声に、口元を上げたマーチはワンパチをボールにしまい込んだ。

 

 そして。

 そのボールを直上へ放り投げる。

 

 宙を舞うボールの分割面から閃光が迸る。

 

「ワンパチ、全力だ!《ほうでん》!」

 

 閃光に照らされた黄色の体躯が青白い電光に包まれる。

 ワンパチは全身の毛を逆立て、周囲に纏った紫電を放出した。

 

 上空から降り注ぐ、電光の数々。

 何条もの光となって地表へ駆け抜けた後、とそれは起こった。

 

 ジジジッ、と。

 突如、明かりに包まれる商店街の通路。

 暗闇を照らした光の発生源は街頭、その無骨な輪郭では定期的な帯電が発生していた。

 

 ワンパチの放電により、電源を供給して街頭の明かりを一時的に復活させる。

 自身の立てた案が成功した状況下で、少年は急いで周囲を見渡す。

 

 見つけた。

 物陰に潜みつつ空を見上げ固まる黒いローブの男達。

 

「マリィさん!あそこです!」

「……たく、オーケー。一網打尽ね!」

 

 少年の指差す方向へ、駆ける黒衣の女性は物陰を飛び越えた。

 身に纏う、黒衣がはためく。

 宙を舞いながら、彼女は眼下の男たちを見下ろした。

 

「ひっ!」

「もしや、あなたは……」

 

 驚愕の表情を浮かべる彼らにを前に、彼女は静かに言葉を紡ぐ。

 

「オーロンゲ。こいつらも縛り上げるよ」

 

 着地する彼女の背後から音もなく現れる茨の巨体。

 

 直後。

 男たちの視界は漆黒に包まれた。

 

「よし。一丁上がり。それじゃそろそろ……」

 

 両手を叩きながら、立ち上がる黒衣の女性。

 彼女の足元には黒い線状のものでぐるぐる巻きになっている物体たちが転がっていた。

 彼らが使役してたであろうポケモンは、不思議そうに彼らの周囲をうろうろしている。

 

 男たちを縛りあげたマリィは、一息つくと後ろを振り返る。

 

 しかし、彼女の視界の中には共に行動していた少年の姿は無かった。

 代わりに佇んでいるのは、黄色の子犬。

 

 顔を奥に向けてこちらを振り返っているその姿は暗に『どうした?早く行かないのか?』と語りかけているかのようだった。

 彼女は顔に手を当て、ため息をついた。

 

「あんのバカ……」

『……ワンパ!』

 

 恐らく、先に向かったであろう少年を脳裏に浮かべたマリィは駆け出した。

 今度は黄色の子犬を隣に迎えて。

 

 

 

【スパイクタウン・スタジアム内部】

 

 辺りに響いていた警報音が途切れた直後。

 フィールドの外にある扉が勢いよく開かれた。

 

 乱入者は一人。

 転がり込む勢いで飛び込んだ少年は、弾かれた様に顔を持ち上げた。

 

 どこだ。

 どこにいるんだ。

 いた。暗闇の奥。あの男の後方部。

 

 赤い粒子が広がる空間の中で、少年の瞳は彼女の姿を見つけ出した。

 

「ユウお姉さん……!」

「っ!マーチ、君……!?」

 

 座り込んでいた少女は驚いたように顔を上げた。

 顔を上げた拍子に眼鏡の位置がずれる。

 

「ちっ!あいつら、やられちまったのか!?」

 

 少年と少女の間。

 フィールド中央に佇んでいた黒いローブの男に動揺が走る。

 僅かに訪れた空白。

 直後、彼は腰に手を回して掴んだボールを、少年の進行方向へ放り投げた。

 

 閃光の共に現れる、薄緑色の体躯。

 大木の様に太い足が地面を踏み込み、辺りに衝撃が走る。

 少年の前に立ちはだかるように現れた怪獣は咆哮を上げた。

 

『データ照合完了。バンギラス。よろいポケモン。』

 

 マーチは手元のスマホから流れる音声情報を聞き流して、駆け出した。

 少年を目視した黒いローブの男が動きを見せる。

 

「バンギラス!追い払え!」

「……させない!ニャース!」

 

 主の声に呼応し、バンギラスが重心を落とす。

 地面が僅かに揺れ動く。

 

 瞬間。

 少年の右手に握られていたボールが光を放った。

 

 戦場に躍り出る、灰色の猫。

 灰色の身体を躍動させ、薄緑色の怪獣との距離を詰めたニャースは鍵爪を振るう。

 

『グガァァッ!』

『ニゥァア!』

 

 バンギラスは左腕を振るい、鍵爪を弾き飛ばす。

 攻撃を弾かれたニャースは身を翻し、少年の前に着地した。

 

「……ほう、お前強いな。その年で大したもんだ」

 

 黒いローブの男はバンギラスの傍に歩みよりながら、言葉を漏らす。

 その声音からは感心したかのような雰囲気が滲み出ていた。

 

 黒いローブに包まれる高い身長。

 太い冷静な声。

 自身より確実に年上だと想像できる男からの賞賛。

 

「……年?」

 

 眼前に立つのは年齢を重ねた大人。

 そんな人がこんな子供じみた事を。

 

 少年の胸の内で脈動していた熱が思い出されたかのように躍動する。

 

「ならあなたは、その年で何してんです!こんな事をして、許されると思ってんですか!」

 

 マーチの口から激高が溢れ出す。

 

 戦場に響くのは、少年の張り詰めた声音。

 座り込む少女の位置からでも見える、相対する男を睨みつける彼の横顔。

 

「マーチ君が、怒ってる……」

 

 初めて見た、普段の雰囲気とはかけ離れた少年の表情。

 激突の衝撃でフィールド上の空気が揺れる中、彼女は傾いた眼鏡を直すのも忘れたまま呟いていた。

 

「そう言われると返す言葉もねぇ。だが、立ち止まる気もないんでね」

 

 黒衣の男は肩をすくめるような態度で飄々と告げる。

 

 己を顧みない態度。

 この男は自分が悪いと思っていない。

 

 ぎりっ、と。

 少年の熱が火に油を注がれたかの如く爆発した。

 

「この!開き直ればいいってもんじゃ……!」

 

 目の前で構えていたガラルニャースより前へ足を踏み出す。

 ぎょっと目を見開く灰色の猫を気に留めることなく、彼は重心と落としていく。

 

 薄緑色の怪獣の影に佇む男までの最短距離をぶち抜いて、その後は。

 

 目の前の敵を排除する。

 

 少年の思考が黒い感情で染まっていく。

 視界の奥で佇む敵を睨みつける。

 容赦はしない。

 

 上体を落とし、ため込んだ脚力を解放しようと地面を蹴り上げる直前。

 

 彼の首筋に衝撃が走った。

 

「うげっ……!?」

「はい!下がってー!」

 

 首の中の空気が締め出されると共に声が零れ出る。

 首根っこの辺りを支点に全身の体重が後ろへと吹き飛ばされる。

 

 反転する視界。

 

 転がり終えた少年は仰向けの上体で顔をおもむろに持ち上げた。

 そこに佇むのは黒衣の女性の後ろ姿。

 

「あんた、約束破ったでしょ?……ったく、頭に血が昇りすぎ。少し休んでな」

「マリィさん!?」

 

 地に伏せている背後の少年を一瞥した後、正面へとマリィは向き直った。

 

 僅かに訪れた静寂。

 やがて。

 動きを止めて固まっていた黒ローブの男は、思い出したかのように肩を震わせ始めた。

 

「ははは。まじかよ。ここのジムリーダーが登場ってか?……そりゃあ、あいつらじゃ止めらねぇわ」

「……悪い事は言わない。今すぐこんな事やめて自首する事をおすすめするけど?」

 

 黒ローブの男と対面する彼女は冷静に言葉を投げかける。

 笑い終えたのか男は息を深く吸い込み、吐き出した。

 

「そいつは無理な話だ。……ダンデと戦う前のウォームアップにはちょうどいい相手、か」

「ダンデ?」

 

 男の呟きに反応したマリィは直後、目を見開いた。

 

 黒いローブがはためき始める。

 ローブの端を動かすのはそよ風ではなく赤い粒子。

 男の腕にある黒い腕輪が赤い光を放つ。

 

 倒れ込んでいたマーチの表情が驚愕に包まれる。

 見覚えのある赤い発光。

 粒子を貯蔵しないスパイクタウン以外では常識的なとある要素。

 

「この光、まさか……!?」

 

 男は沈黙したまま、右手を前に掲げる。

 腕輪から溢れ出した光は、薄緑色の怪獣を包み込んだ。

 

 直後に巻き起こる、赤い粒子の嵐。

 閃光と共に巨大化した体躯が大気を揺らす。

 先刻の倍以上となったバンギラスは眼下に対面する女性と少年を見下ろし、咆哮を上げた。

 空気が揺れ動く。

 轟音に包まれるフィールドの中、黒ローブの男は高らか笑い声をあげる。

 

「そう!《ダイマックス》だ!俺のバンドは特別製でね。粒子を溜められっからどこでも使えるわけだ」

「……」

 

 黒衣の女性は何も口にする事なく、ボールを起動させる。

 フィールドに現れたのは、茨を纏う巨体。

 影の如き漆黒の髪を携えるオーロンゲ。

 

「悪いな。不要な消耗は避けておきたい。……短期決戦といこうぜ」

 

 次の瞬間。

 激突が起こった。

 

 周囲に飛散する赤い粒子の奔流。

 

 自身に飛んでくる激突する風圧に身体を押され、幾度となく地面を転がるマーチ。

 転がり込んだ先で、上体を上げると遥か先で響き渡る衝撃音と閃光の数々。

 

 少年はおもむろに立ち上がる。

 まだ終わってない、マリィさんが戦ってる。

 あんな卑怯な手を使うやつに。

 僕も行かなきゃ。

 一発良いのをくれてやる。

 

 自身の身体の奥から湧き上がる衝動に駆られ、彼は日寄せられるように戦場に足を踏み出した。

 

「はーい。いったん、落ち着こうね」

 

 不意に、自身の肩と背中が柔らかな感触に包まれる。

 困惑した少年は、おもむろに背後を振り返り、固まった。

 

「ユウお姉さん!?」

「そうだよー」

 

 彼の裏返った呟きに、飛んでくる優し気な返事。

 横目に映るのは、背後から手を回し、背中から抱き込むような体勢で少年の肩に顔を載せている少女。

 彼女の髪が少年の首筋にこすれる。

 背中にあたる女性特有の柔らかな感触が彼の思考を停止させていく。

 

「わわっ……わぁ」

 

 身体の奥底で溢れていた歪な想いが動きを止めた。

 瞳は目まぐるしく回り出し、いつしか少年の瞳は台風の目のような模様を描いていた。

 

「服がこんなになるなんて。……ずいぶん無茶したんじゃない?」

「……」

 

 服に手を回し、静かに語りかける少女。

 彼女の手が優しく撫でるのは、肩や腰の繊維の解れた部分、汚れがついた部分。

 少年が走り回った時にできた、紛れもない努力の証。

 

「……でも、ありがとうね。助けに来てくれて。お姉さん嬉しいな。」

 

 耳元でささやかれる感謝の言葉。

 優しさで溢れる声音が耳をくすぐり、少年は思わず顔を赤くした。

 

「あ、いえっ。ユウお姉さんが連れてかれるの見て、その、僕必死で……」

 

 要領を得ない、彼の消え入りそうな言葉に少女は静かに笑みを浮かべた。

 彼女は少年の肩に回していた腕を解き、彼の前に佇む。

 

「じゃあ、あと少しだけ力を貸してくれる?……助けよう、あの人を」

 

 少年の瞳に、彼女の優しげな眼差しが映り込む。

 彼は自身の身体の奥で胎動していた熱から黒い感情が薄れていくのを知覚した。

 

 そうだ。

 僕この人達の力になりたい。

 

 だから、助けるんだ、みんなを。

 彼の瞳の奥に灼熱が宿る。

 

「はい!」

「……ただし。無理しないで落ち着いて、だよ?」

「はい!」

「だから、ちゃんと、前を見て。……気持ちに引っ張られて、俯いてちゃゴールは見えない」

「はいっ!」

「……大丈夫かな?分かってもらえてる?」

「はいっ……!」

 

 少年の口から、気合の込められた返事が周囲に響き渡る。

 曇りの欠片もない彼の瞳を見て、少女はにこやかに口元を上げた。

 

 付近で轟音が鳴り響く。

 

 いくつかの閃光が輝いた後、二人の目の前に人影が現れた。

 黒衣に身を包み、激闘を繰り広げるジムリーダー。

 

「マリィさん!」

「お。少しは頭冷えたみたいね」

「はい!もう大丈夫です!」

 

 マーチの返事に、口角を浮かべるマリィ。

 

 頬を伝う汗を拭っていると、彼女の隣に眼鏡の少女が並び立った。

 

「私も戦います。あの人、私たちを人質にしてダンデさんと勝負するのが目的みたいです。……あの人の後ろの部下みたいな人がジャミングを解析中で、解除しだい外部に連絡を取るはずです」

「あんた……」

 

 眼鏡を反射させながら、正面を見据えた少女は淡々と呟いた。

 肩越しに彼女の横顔を眺めた、マリィは息を吐き出した。

 身体を再び、戦場へと向き直す。

 

 目の前に広がるのは、赤い粒子を纏う巨大化した怪獣。

 背後の男からの粒子の供給は今も継続中。

 それは、《ダイマックス》化はまだ終わらない事を意味していた。

 

 それに加えて、こちら側は《ダイマックス》が使えないまま。

 地力の差は歴然。

 状況は依然としてこちらが不利。

 

 それなのに。

 彼女の口元は自然と吊り上がっていた。

 

 恐怖はもう無い。

 負ける気が微塵も湧かない。

 自身の隣に立つ彼らの闘志が、マリィの背中を後押しした。

 

「わかった。ここから先は3人で切り開く!息を合わせて!」

「「はいっ!」」

 

 正面を見据えた彼女の口から放たれる啖呵。

 両隣に佇む少年と少女も目の前を見据え、吠える。

 

 湧き上がる赤い粒子の奥で黒いローブの男が両手を掲げた。

 

「次は3人か。……いいぜ!何人で来ようが同じだ!俺は止まらねぇ!」

 

 直後。

 再び激突が起こり、フィールド内は轟音に包まれた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。