ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア   作:甘井モナカ

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……あなたは知りすぎた。(一度は言ってみたい台詞ランキング 第3位)


#19.終息

【スパイクタウン・外れの森】

 

 湧き上がる燐光が夜空に溶け込んでいく。

 

 喧騒が微かに響くスタジアムから離れた山林。

 木々が風になびく中1つの影が暗がりを駆け抜ける。

 

 闇夜と一体化する林を俊敏に移動していたそれは、やがて木の上で動きを止めた。

 

 鋭い光が滲む黄土色の双眸が輝く。

 

 眼前に広がる赤い燐光の渦を睨みつけた影は、手にしていたデバイスを起動させた。

 息吹のような起動音と共に、手元の画面に光が灯る。

 その輝きは、闇で満ちる周囲を朧気に照らし出す。

 黄土色の瞳を彼方に向けたまま、それは静かに佇み続けた。

 

 次第に地面に影が伸びていく。

 その歪な容は巨大な鶏冠を彷彿とさせるものだった。

 

 

 

【スパイクタウン・スタジアム内部】

 

 轟音が辺りを埋め尽くした。

 

 スタジアム内に溢れ出る赤い燐光が、濁流となり、うねりを上げる。

 視界を埋め尽くすほど広がる粒子の数々は次第に勢いを失っていく。

 

 耳を横切っていた風切り音が薄れ、髪を巻き上げる粒子の奔流は光量を落としていった。

 粒子が霧散しスタジアム内の輪郭が鮮明になる中、フィールド中央で黒い人影が片膝をつく。

 

「くそ……!ダイ……マックス、だぞ?」

 

 黒ローブの震えた声音が虚空に反芻する。

 目の前で敗れた薄緑色の怪獣を戻すその手は、酷く震えていた。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 相対していたマーチは、額に滲む汗を拭いながら息を整えた。

 唾を飲み込んだ拍子に彼の脳裏に先程の激闘が浮かび上がる。

 

 多対一とはいえ、《ダイマックス》相手の攻防戦。

 いつも以上に駆け回り、相棒と共に起点を狙う戦法。

 上手くいったとはいえ、酷使の反動で少年の膝は完全に笑いだしていた。

 

「……マーチ君、大丈夫?」

「なーに、もうちっと行けるよねぇ?」

 

 天使のような囁きと悪魔のような囁きが飛んでくる。

 隣に並び立つ女性たちは息1つ弾ませていないのだから、少年の口からは自然とため息が漏れていた。

 

「……兄貴。さっきのバトルで生成してた粒子が底をついた。あと、妨害電波を探そうにもデバイスが半分いかれちまった。……詰みだね」

「まじかよ。……ここまで来たのになぁ」

 

 黒ローブの男の元へ、部下らしき黒衣の人物が歩み寄る。

 彼の後方に設置された黒い機材はその役目を終えたかのように沈黙していた。

 

 試作品を使い切った上に、眼前に立つ3人は依然として戦闘可能。

 端から見ればこの後どちらが勝かは明白か。

 

 男はおもむろに立ち上がり、対峙する3人を見据えた。

 

 ただ、それはこの戦いに関してだけだ。

 ローブの奥から僅かに見える口元が、ゆっくりと吊り上がった。

 

「しかたねぇな。そんじゃ、ここは一時退却とさせてもらうぜぇ。……俺は止まれねぇからよ」

「な!?逃がすわけないでしょ……!」

 

 男の発言にマーチは目を見開く。

 ここまで来て、まだ諦めてないのか。

 

 慌てて、前へ出ようと足を踏み込んだ瞬間。

 彼の目の前が白く塗りつぶされた。

 

 眼球を焼き尽くすような明るさに思わず顔を背けるマーチ。

 

 数秒後、彼の視界は色彩を取り戻す。

 おもむろに顔を上げると、そこに佇んでいたはずの黒いローブの男たちの姿は無かった。

 

「……閃光弾ですね」

「そうね。詰めが甘かったかぁ……」

 

 相手の視界を奪い、その隙に逃走を図る。

 余りにも良い手際の良さ。

 眼鏡の縁に手を当てた少女の呟きに、黒衣の女性は天を仰ぐ。

 

「ま。誰もケガしてないし、とりあえずは一件落着やね」 

「……」 

 

 マリィの呟きに、マーチは周囲に目をやった。

 フィールドの端で眠り続ける人達に目立った傷は見られなかった。

 

 あの人は逃げちゃったけど。

 こっちは誰も傷ついてない。本当、よかったぁ。

 

 心の奥で湧き上がる安心感に包まれた、彼はそっと胸を撫で下ろした。

 

 そして、二人に感謝と労いを伝えようと、足を踏み出した直後。

 それは訪れた。

 

 視界の反転。

 

「……!」

 

 ぐにゃり、と。

 

 まるで音を立てたかのように見えている景色がゆがみ始める。

 手足から力が抜け、自身の膝が地面につく。

 鉛のように重くなった身体を持ち上げようとするが、びくりとも動かない。

 瞼が次第に落ちてくる。

 

 ふと、身体が柔らかな感触に包まれる。

 

 顔を持ち上げると、徐々に暗くなる視界に少女が映り込んだ。

 眼鏡ごしにこちらを見下ろす彼女は穏やかな笑みを浮かべている。

 

「緊張の糸が切れちゃったかな?……ずっと頑張ってたもんね?」

「……」 

 

 暗幕が垂れ下がり、周囲の輪郭が薄れていく。

 少年の意識も深く落ちていく。

 

「おやすみ。マーチ君」

 

 途切れ行く意識の中、少女の言葉が溶ける込むように反芻していった。

 

 

 

 【スパイクタウン・外れの森】

 

 日が落ちた森の木々は大きな影を落としている。

 暗闇に生い茂る草木は、どこか寒々しい異様な雰囲気を彷彿とさせる。

 

 その暗闇を駆る影が数名。

 黒いローブをはためかせ、息を弾ませながら走るのは街から逃走する侵略者たち。

 

「位置情報的にこの先ですね。捕まった奴らがいるのは。一か所にまとめられてるようです」

 

 手元のデバイスを確認にする眼鏡の男が呟く。

 

「……好都合だな。よし、奴らを回収して体勢を立て直すぞ」

「はーい」

「ラジャ!」

 

 先頭を駆ける黒ローブを纏う男の声に、追走する人影達は呼応する。

 

 草木をかき分けて暗闇を進む中、男の思考が加速していく。

 

 自身の胸に残る微かな違和感。

 恐らく、それはスタジアムでのバトル中のもの。

 

 彼の脳裏に先刻の激闘が蘇る。

 自身の巨大化したバンギラスの猛攻。

 それを避けて、捌き、反撃する3匹のポケモン。

 

 男の中で違和感が徐々に大きくなる。

 

 ……違う。

 あれは躱されたんじゃない。

 あの距離で当たらなかったのは、こっちの動きが鈍かったんだ。

 

 胸の内で広がる違和感が次第に形を帯びていく。

 不意に蘇るバンギラスの瞳。

 

 なぜ、鈍かったのか。

 あれは、そう。……まるで何かに怯えていたような。

 

「ここです兄貴。……いた。あそこに束ねられてる」

「おいおい。まるで薪みたいじゃん」

「寝てんのかな?」

「早く起こそうぜ」

 

 男の意識が現実に引き戻される。

 生い茂る草木を抜けると、男たちは開けた草原に出た。

 その草原の先で、黒いローブの人影達が倒れ込んでいる。

 仲間の無事に歓喜の声を挙げ、黒いローブの男たちは草原へと足を踏み入れた。

 

 違和感。

 

 黒いローブで顔を纏う男のみがその場で立ち尽くす。

 何かが可笑しい気がする。

 

 自身の胸に僅かな疑問が湧き上がる。

 なぜこんな離れた所にあいつらを眠らせたんだ。

 街の中にいくらでも隔離できる場所はあったはず。

 

 身体の奥底から音もなく、這いよる不安は少しずつ大きくなる。

 

 沈黙したまま佇む男の背後で、影が広がる。

 

 しかも、なぜ眠らされてるんだ。

 組織の機材でもない限りそんな簡単には……。

 

 心の中で口にした瞬間、男の脳裏にある可能性が浮かび上がる。

 彼の頬に冷たい汗が流れ落ちる。

 

 背後のそれは姿を変え、容を変え、周囲の闇を鮮やか彩る。

 

 まさか。

 対処できた気でいただけで、すでに居たのか。

 あの場所に。

 

 上空に広がった闇が静かに舞い降りた。

 

 直後、男の思考はそこで途切れる。

 デバイスを強制終了したかのように落ちた意識は深い暗闇の底へと沈んでいった。

 

 

 

 僅かな間の後、草原は静寂に包まれた。

 

 草原に倒れ込む黒衣の男達。

 連なる様に倒れ込んでいる状況は散乱した枯れ木を彷彿とさせる。

 

 暫くして、静寂が破られた。

 辺りに響く、草木を踏みしめる足音。

 それは徐々に大きくなりそこに現れた。

 

 倒れている人物たちと酷似の黒衣を纏う少女。

 華奢な身体を軽やかに運び、男たちを踏み越え草原を進んでいく。

 

 1つの黒いローブの前で立ち止まった彼女は静かに腕を伸ばした。

 漆黒の手袋で覆われた指先が倒れ込む男の腕輪へと伸ばされ――。

 

 刹那、彼女の耳に声が反響した。

 

「それ以上、動かないでもらえるかな?」

 

 伸ばしていた腕をぴたりと止め、少女はおもむろに振り返る。

 

 フードの奥から覗く瞳が遥か先から歩み寄る人影を捉えた。

 木々により作られた影から黒い色のスーツが露わになる。

 僅かな月光に照らされた深青色の長髪は、周囲の暗闇を儚げに照らしていく。

 

 草原に足を踏み入れた男、ダンデは少女の前方に静かに佇んだ。

 

「……」

 

 同じ草原の中で彼と対峙する少女は沈黙を貫いた。

 黒いフードで隠れた表情は深い影となり、周囲の闇と同化している。

 

「……事の発端は眠り病だった。突如各地でポケモンが長期間眠りにつく現象。世間ではエスパータイプのポケモンの暴走とか縄張り争いの一種みたいな意見も出てたが、俺にはそう思えなかった。……妙に引っかかったんだ」

「……」

「調査を進めると各地に用途不明の施設が点在してることを突き止めた。そこで時折見る黒い人影。そこにいる奴らなんだろ?……まったく、当時はディグダ叩きやらされてる気分だったぜ」

 

 一端言葉を止めたダンデは、静かに息を吐いた。

 彼の頬を夜風が静かに撫でていく。

 

「だが、研究を続けていく内に眠ってるポケモンの頭にガラル粒子が集まっている事に気づいた。粒子の集約自体、自然現象でもないしそうするための技術はもう既に存在してるからな。そこからだ。人為的に行われてると確信した俺は、調査の的を絞ってここに来たって訳だ」

 

 黒衣の少女はフードを僅かに動かした。

 彼女の背後に現れた、黄土の盾のような浮遊体。剣の束を彷彿とさせる部位にある瞳を文字通り光らせるギルガルド。

 

 吹き抜けるそよ風が周囲の木々を揺らす中、深青色の男は自身の右拳を静かに握りしめた。

 己の胸に生じる僅かな揺らぎ。

 音もなく、自身の身体に這いよる悪寒を振り払うように彼はホルダーのボールを掴む。

 

「俺の中にはある1つの仮設がある。施設で見つけたバッジ。元委員長の失踪。そしてある時期から人前で笑顔しか見せなくなったトレーナー」

「……」 

 

 辺りの様子を探るかのように動いていた黒いフードが一瞬動きを止めた。

 

 ダンデは右手に持っていたボールをおもむろに起動させた。

 断面から迸る閃光に照らされ、燃える赤き翼竜が姿を現す。

 

 男の正面に佇む人影は未だ、動かない。

 

「反応が小さいな、わかりやすく言おうか。……かつて同じ座にいた者として俺は、君の正体を知っているぞ?」

「……!」

 

 男の呟きが草原から夜空へと溶けていく。

 

 直後、黒衣の少女の周囲から重圧が溢れ出した。

 風が急に強さを増し、木々が大きなざわめきを引き起こす。

 彼女の背後の影が膨大に膨れ上がる。

 

 ダンデは吹きつける風に瞼を細めながら、正面の影を見据える。

 

 身に覚えのある重圧。

 闇夜に蠢く影は容を変えて、姿を変える。

 

 彼は無意識の内に下唇を噛み締めた。

 草原は異様な重圧、雰囲気に包まれた。

 

 そしてそれは、男の前に姿を現した。

 彼の瞳に写る鮮血のごとく灯る赤い光は、遥か過去に対峙した脅威そのものだった。

 

「……ビンゴ、か。……今回ばかりは、外れていて欲しかったんだけどなぁ」

 

 男は薄い笑みを浮かべながら静かに呟いた。

 

 直後。

 

 暗闇に包まれた山林の果てで、巨大な激突が起こった。

 

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