ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア   作:甘井モナカ

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嵐の前の静けさ。……見てる側はわくわくしますよね?


#20.溶明

 

 簡素なデザインの照明が照らす一室。

 

 不意に甲高い破裂音が響いた。

 小さくも、鋭いそれは僅かな余韻を残しつつ虚空に溶けていく。

 

「あちゃあ。ティーカップ、割れちゃった。……ダンデ君のじゃん、これ」

「大丈夫か?ソニア。片付けは俺がやるよ」

 

 床に広がる陶器の残骸をおもむろに眺めるソニア。

 深青髪の青年は彼女の前にしゃがみ込み、素早く破片を集めていく。

 静寂に包まれる室内で、破片の重なり合う微かな音が響いていった。

 

「何かごめんね?……縁起悪いことしちゃったな」

 

 白衣の女性は、頬に垂れる髪を耳に掛け直す。

 細められた瞳の奥が僅かに揺れていた。

 立ち上がったホップは、破片を纏めあげると彼女の方へ顔を向けた。

 

「大丈夫だよ。兄貴ならきっと。……腐っても元チャンピオンだぜ?あの人を倒せんのは5人くらいだろ?」

「……意外と多いじゃん」

 

 広げた手のひらを向け、白い歯を出す彼にソニアは吹き出す様に笑みを浮かべた。

 

 彼女の脳裏によみがえる過去の記憶。

 その幼さを残す笑みは、彼がトレーナーを目指していた頃をおもむろに連想させた。

 

 ホップは机に置かれていたデバイスの電源を入れる。黒く沈黙していたウインドウに青白い光が灯る。

 

「それより、さっきの解析結果だけど粒子の動きの違い。あれソニアならどう見る?」

 

 手元のデバイスを操り、件の情報を眺める深青色の青年。

 

 意識を過去に飛ばしていたソニアは、はっと目を見開く。

 不意に眼前に現れた真剣な横顔へ目を奪われかけた彼女は慌てて咳払いをした。

 

「恐らくあたし達がまだ認識できてない何かが要因だと思う。収集したデータ元の差異は場所と日にちぐらいだし、それ以外の条件は同じ。……あと少し、なにかが足りてないのよねぇ」

「やっぱそうだよな。……その要因が人為的かどうかで兄貴の考えの信憑性が高まる感じか」

 

 白衣の二人はデバイスを眺めながら、議論を深めた。

 机の端に置かれていたカップの紅茶が徐々に減っていく。

 やがて温かかったカップから熱が無くなった頃、室内に音が鳴り響く。

 

 それは出入口のドアの向こうから飛んでくる、ドアの表面を静かに叩く音。

 

 突如聞こえてきた来訪者の合図に、二人は暫く目を合わせた後にゆっくりと頷いた。

 ホップがゆっくりとドアに近づき、ドアノブを回す。

 僅かに木材が軋む音を立てながら開かれたドアの向こう側に佇んでいたのは、青と黒の鱗に覆われたポケモン。

 音もなく佇むその姿はまるで諜報員を彷彿とさせた。

 

「おお。インテレオンか。……お前、ひとりか?」

『……』

 

 頭部の大きな鶏冠を揺らしながら目の前のホップを見据えるインテレオン。

 主の姿が見えない青と黒の諜報員に青年が問いかける前に、彼は自身の手にしていたものを青年に差し出した。

 

 灰色の外枠に覆われた何らかの記憶媒体。

 そして、青年の兄が使用していたスマートデバイス。

 

「……わかった。こっちは任せてくれ。兄貴を頼む」

『……!』

 

 向かい合う二人の視線が交錯する。

 

 ホップは目線を落として灰色の記憶媒体を掴み取り、静かに瞼を閉じた。

 インテレオンは、沈黙する彼をしばらく眺めると、踵を返し森の中へと姿を消した。

 

 ドアを開けたまま、その場に佇む青年の背中にソニアはゆっくりと歩み寄った。

 

「……状況が変わった。落ち込んでる暇は、無いよ。あたし達の研究にガラルの未来がかかってるかもなんだから」

 

 青年の背中に手を当てながら、彼女は呟いた。

 

 冷たい布地越しに青年の体温が掌に伝わる。

 僅かに震えていたその背中は、次第に熱を帯びていく。

 顔を見るまでもなくわかる彼の表情が脳裏に浮かび上がる。

 白衣の女性は静かに微笑んだ。

 

「……分かってるさ。何を企んでるかは知らないけど、あいつのジムチャレンジを潰させる訳にはいかないからな」

 

 そう呟いた白衣の青年は顔を上げて、瞼を開いた。

 夜明けが近いのか、東の空が黄金色に輝き始めている。

 いまだ周囲を包む暗闇を前に、彼は右手に持っていた記憶媒体を握りしめる。

 

 静かに遠くを見据える、眼差しの奥には強い光が宿っていた。

 

 

 

 

 数日後。《スパイクタウン》にて。

 

 アーケード下の通路を歩く大勢の人々。

 通路の脇にある多くの店、建屋にも人が出入りしている。

 

 僕は歩道の脇にあるガードレールへ腰かけ、ぼけーっと街並みを眺めていた。

 街の喧騒に包まれる中で聞き覚えのある声が僕の耳に飛び込んだ。

 

「おまたせ。なんか、レジのトラブルで時間かかったわ」

「……どうもです。マリィさん」

 

 振り返ると、カップを2つ両手に持った長身の女性が佇んでいた。

 この前の一件のお礼に飲み物を奢ると言ってキッチンカーに駆け込んだマリィさん。

 灰色のパーカーに青いデニムとラフ目な恰好の彼女は、僕の前にコップを差し出してきた。

 

「ん」

「いただきます」

 

 僕は彼女から受け取ったカップを一口含む。

 温かいココアがゆっくりと喉の奥を通っていく。

 

 はぁ。やっぱりココアだよね。

 その後数回口に含んで、ココアのまろやかさを楽しんでいると隣から微かに風切り音が漏れてきた。

 

 僕は静かに隣の様子を伺った。

 マリィさんが必死の形相でにカップに息を吹きかけていた。

 

 ……お。吹きかけるのをやめた。行くのか?

 

 彼女は慎重にカップに口を近づけていく。

 カップの輪郭と唇の距離が縮まる。

 ゆっくりとカップを傾けた彼女は、次の瞬間コップから顔を離した。

 

「ゔぇっ……!」

 

 濁音の潰れたような音が彼女の口から漏れる。

 すぐさまカップに息を吹きかける様子を見ると、どうやら猫舌のようだ。

 

 暫く息を吹きかけていた彼女は、隣が静かな事に気が付いたのか、肩をびくりと震わせ壊れた発条玩具のようにこちらに顔を向けた。

 僕と目合う。

 

 しばらくして、彼女の目は水を得た魚の如く泳ぎ始めた。

 

 えーと。どうしようかな……。

 

「な、なにも見てませんよー?」

「いや別に何もしてないよただココア冷ましてただけだし別に飲めたけどやっぱり火傷とか良くないし?ジムリーダーたるもの飲み物もベストなコンディションで頂かないといけないからこれは必要な行為で何も可笑しくないしっていうかなんであんたこんなに熱いの飲めんの!?」

 

 僕の必死のフォローも効果は無かったようだ。

 火がついたかのように顔を真っ赤にした彼女は、早口で言葉を投げ込んだ。

 

 ……最後の方逆ギレ入ってなかったか?

 

「まぁ、まぁ。こういうのは人それぞれですから……」

「……」 

 

 僕は両手を上げ、精一杯に戦意が無いことを示した。

 眉を顰めていた彼女は口を閉じると顔を背け、再びカップに顔を近づけ始めた。

 

 行き交う人々の足音。

 至るところで響く談笑の声。

 

 その中で僕は、隣から聞こえる息遣いにも似た微かな音に耳を傾け続けた。

 

「……この前はありがと。正直、助かったよ」

 

 不意に隣から聞こえた感謝の言葉。

 隣に目をやるが、マリィさんは依然こちらに背を向けたままだった。

 手元のカップに目線を落とそうとした時、僕は彼女の耳が真っ赤に色づいてる事に気が付いた。

 喉のおくからこみ上げる笑いをなんとか食い止めて、僕は口を開く。

 

「いえいえ。あれから何か進展はあったんですか?」

「残念ながら、なんにも。行方を眩ましたままだってさ。いまも調査を進めてるっぽいけど、どうなる事やら……」

 

 マリィさんはカップを左右に傾けながら、淡々と答える。

 

「街の人があの日の一件を覚えてないっていうのが、その凄いですよね。話がかみ合わなくて何度か変な目で見られましたもん」

「あれはうけた。あたしが間に入んなかったら、通報されてたよ?きっと」

「その節はほんとありがとうございました。……ああいう感じになるのなら、確かにあの一件は黙っておいたほうがいいのかも知れませんね」

 

 あの一件から目が醒めた後、マリィさんから言われた事を思い出す。

 僕は息を吐き、顔を上げた。

 視界に入るのは巨大なアーケード様々なアートが描かれたそれは静かに鎮座している。

 色とりどりのインクを眺めていると、今朝街の中で起こったひと騒ぎが脳裏に浮かび上がってくる。

 

『街全体が停電してた?え……急に何をいってるんですか?あの、大丈夫ですか?』

『眠ってただぁ?おい、坊主。そんな変なこと言って何を企んでんだ?ああん?』

『あぁ。ごめんね皆。この子、昨日頭打って寝込んどったんよ。重く受け取らんといて。……また約束破って勝手に出歩いて。ほら行くよ、マーチ』

 

 戸惑う人。疑う人。庇う人。

 様々な表情をする人たちはアートを描き表わしているインクに似ている気がする。

 色んな考え方、捉え方をする人がいるのは当然のことだ。

 すべての人が受け入れる答えなんてあるはずがない。

 それでも。

 僕がもう一度あの場にいたら、ああいう立場に立った時は、どう行動するべきなのだろうか。

 

 取り留めのない思考が頭を駆け巡る。

 

 直後、額に軽い衝撃が走った。

 意識が街の中に戻る。

 

 慌てて、視界の焦点を合わせると僕の前にマリィさんが佇んでいた。

 弾いた指を僕の鼻先の前に掲げながら。

 

「背負いこみすぎんなよぉ?あんた繊細なくせして、意外と激情家みたいなとこあるし」

「え?」

 

 彼女の一言に僕の口からは言葉が漏れていた。

 『自覚してなかったのか』とでも言わんばかりの表情をしたマリィさんは噴き出すように口元を緩めた。

 

「そうじゃなきゃ、あんな必死になんないでしょ。……ユウお姉さん、だっけ?惚れてんでしょ。彼女に」

「な……!」

 

 頬が急激に熱を帯びる。

 まるで全身の血が顔に集結しているかのように熱い。

 僕の反応を見て、目の前の彼女は依然、小悪魔のような笑みを浮かべている。

 

「別の仕事しに行っちゃったんだっけ?せっかくあたしからジムバッジ手に入れたのにねぇ……ちょっとー、アピール足りてないんじゃないの?」

「い、いいんですよ!あの人運営の仕事で忙しいみたいですし!だから、僕だってチャレンジに集中しないと……!」

 

 眼前に飛んでくる誘惑を必死に躱しながら僕は慌てて言葉を返す。

 

 実は、ジムチャレンジ中も心の隅で引っ掛かっていたのは秘密にしておこう。

 絶対、弄られる。

 

「なんでもいいけど、動くなら早めの方がいいよ?……いくら後悔しても過去は戻らないんだから」

「……」 

 

 暫く笑っていた彼女は振り返り、街並みを眺めながら呟いた。

 遠くを見る様に細められた瞳が音もなく静かに揺れる。

 

 かける言葉が見つからなかった僕は、彼女の隣で街を静かに眺めた。

 僕らの間を流れる沈黙とは裏腹に雑踏が目の前を横切っていく。

 

 僅かに続いた沈黙を破ったのは、彼女のポケットから響いた電子音。

 マリィさんはポケットからデバイスを取り出し、画面を一瞥する。

 

「……仕事の連絡だ。もう、戻らないと」

 

 彼女はデバイスをしまい込むと両腕を伸ばし、上体を大きく伸ばした。

 

「分かりました。僕もそろそろ行きます」

 

 僕は空になったカップを傍にあったゴミ箱へ放り込む。

 乾いた音を立ててカップは箱の中へと落ちていった。

 

「ん。……じゃあ、この後もほどほどに頑張ってね」

「はい。全力で頑張りますよ」

 

 よそよそしく聞こえた彼女の声援に僕は食い気味で反応した。

 

 マリィさんに別れを告げ、僕は町の出入り口へと身を翻した。

 通路を歩いていくと、ひんやりとした風が頬を撫でていく。

 不意の冷気に身を縮ませながら、僕は空を見上げた。

 

 遠くの空まで続く曇天模様。

 今にも振り出しそうなくすんだ灰色を前に、僕は動かす足を少し速めた。

 

 

 

 

 不意に扉が開かれた。

 通路の光源が出入口に入り込み、差し込んだ光の上を1つの影が伸びる。

 

 誰もいないある部屋の一室。

 円卓状の机に置かれたデバイスが青白く輝いている。

 そこには映し出されていたのは、緻密な計算式や複雑な構造図。

 

 足音を立てずに、室内へと入り込んだそれはデバイスの画面に目をやった。

 

 計画名『夢幻』

 ・タスク進捗率86%。

 ・G粒子貯蔵および展開設備の能力調整完了。

 ・各種設備とねがいぼしの接続確認済。あと473時間で必要貯蔵量突破。

 ・粒子散布化での活動研究、最終段階へ到達。調整後D.W.βとして各種装備開始。

 ・D因子適合者による粒子干渉テストクリア。展開設備とのマッチングは微調整が必要。

 ・外部に流失した機材および人員を97%回収。周囲に飛散していた残骸から一部機材は破損により回収は不可能と判断。

 ・要観察者の身柄を拘束。第1研究棟地下に収監中。

 ・各種世論の動向も大きな障壁とはならないと判断。

 

 次々と情報の記載されたウインドウが表示され流れていく。

 

 目まぐるしく変わる画面上の中で一区画だけ変わらないエリアが存在した。

 10の枠で仕切られた液晶ビジョンの中で数値が少しずつ減少している。

 

 恐らく日にちの時間を表示している画面。

 何かのカウントダウンをするそれを、黄土色の瞳が静かに見つめ続けていた。

 

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