ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア 作:甘井モナカ
情景の輪郭がぼやける。
光源が薄れていくかのように辺りに影が伸び始める。
周囲が暗闇に包まれていく中、ふと僕の耳に声が響いた。
「仕方なかったんだよ。……みんな傷ついて、追い込まれてた」
声のする方へ顔を向けると、隣に佇むユウリさんが薄れゆく情景を眺めていた。
眉と目じりを下げる彼女の姿は、暗闇の中を蜃気楼の如く揺らいでいる。
「夢を、見たかったんだよ。現実では叶わなくてもこれから作るこの世界なら……」
彼女の口から零れた言葉が静かに響き渡る。
夢。
人が歩み続けるために必要なもの。
僕だって、それに支えられてここまで歩いてきた。
でもその考え方は、なにか違う気がする。
心の奥底で漂う微かな陰り。
こんなに静かじゃなかった。こんなに冷たくなかった。
もっと、騒がしかったはずだ。
もっと、熱かったはずなんだ。
それは次第に大きくなり、確かな違和感として心の底から溢れ出す。
「……僕は、そうは思いません」
気づけば口が開いていた。
「僕はずっと見てたんです。画面の向こう側で活躍するその人は、太陽にだって負けないくらい輝いてました。……その戦いぶりは人々を熱中させ、その可憐さは人々を夢中にさせた」
奥底から生じる熱が血肉を通して僕の身体を突き動かす。
「鮮烈なその光景はいつしか憧れになって、夢になった。『あの人に近づきたい』その一心で僕はここまで歩いてこられたんです。……この胸の高鳴りを、熱くなる想いを僕はあなたから教わったんだ!」
顔が熱くなるほどの熱量が迸る。
心音が鼓膜を揺らす中、僕は心の奥底で胎動していた想いを吐き出した。
その熱は虚空を弾ませて、俯いていた彼女の元へ到達する。
垂れ下がっていた彼女の前髪がぴくりと震える。
ユウリさんはゆっくりと顔を上げて、笑みを浮かべた。
下げられた眉と細められた瞳の奥には、寂しさが滲んでいた。
「君は、本当に優しいね」
内情を押し殺した、機械の様な一言。
少年の顔に集約していた熱が消え失せる。
周囲の空気が一瞬で凍結寸前へと陥った。
儚げな雰囲気を漂わせる彼女の輪郭が揺れ動く。
「あれは、演技だよ。仮面を被っていたんだ。組織の動きに気づかせないように。……この想いが零れ落ちないように」
「……でもっ!」
「そろそろ向こうへ行かなくちゃ」
僕の一声を、彼女は鋭く切り捨てる。
「君はここで待っていて。……全部終わったらまた来るから」
彼女は目を伏せてそう呟くと、ゆらりと踵を返した。
「ユウリさん!」
徐々に小さくなる背中。
暗闇の中を反響する声に振り向くことなく、彼女は影の向こうへと消えていった。
一人、取り残された僕。周囲は再び静寂に包まれる。
自身の鼓膜を打つ心音が妙に大きく聞こえる。
不安と焦燥でぐちゃぐちゃな心境の中、脳裏に浮かぶのは彼女の姿と表情。
夢に押しつぶされて、巨大な力を背負わされて、心と体がぼろぼろになるくらい追い詰められて。
見ていられなかった。駆け寄りたかった。
震える肩を抱きしめて、温めてあげたいと何度も思った。
でも、それは出来ないことなんだ。
あの過去はあの人だけのもの。どれだけ振り返っても、もう変えられない。
だから、前を向くんだ。
あの熱を持って進まなきゃいけない。
止まっていては、苦しいままなのだから。
「僕、は……!」
じんわりと。
心の奥底でゆらりと熱が首をもたげる。
『周りの意見は後。自分の目で見て、自分で決めろ』
いつか聞いた、誰かの言葉が耳の奥を反芻する。
完璧な正解なんて僕には分からない。
でも、これは違うと思う。
だって、この胸を焦がす熱がそう叫んでいるから。
この想いだけは決して、間違いなんかじゃない。
「だから……!こんなところで止まってられない。……行かないと。あの人を止めなきゃ!」
僕の心の中で浮かび上がる明確な指針。
不意に指先に紫電が走る。
導かれる様に視線を落とすと、僕の右手には雷電が点滅するように発光するボールが握られていた。
『……!』
耳に残響する僅かな音は、聞き覚えのある鳴き声。
呼んでる。僕の相棒が。
僕は右手で掴んだボールを宙にかざした。
帯電していたボールから発する光が解き放たれて天を衝く。
暗闇に包まれていた虚空に穴が開き、光が差し込む。
僕は周囲の影を振り払うように地面を蹴り上げ、降り注ぐ光の向こう側へ突き進んだ。
【シュートタワー 98階 階段前通路】
「はぁ……はぁ……」
充満した焦げた匂いが鼻腔に入る。
飛沫の飛散した通路の脇にある、装飾されていた草木の一部が燃え落ちた。
激闘の爪痕が残る通路に佇む、タンクトップの少年は肩で息をしていた。
辺りに漂う白い上記は熱を含み、触れた肌を緩やかに焼いていく。
濃霧のように塞がれた視界の端で、黒い人影が動きを見せる。
「……くそっ!あと少しだってぇのに!」
鉛のように重くなった足に克を入れて、後方に飛ぶニック。
直後、立っていた地点に飛来する閃光と衝撃音。
大気が揺れて、辺りの蒸気がうねる様に荒れ狂う。
不可視の圧に押し出される体をなんとか堪えた少年は、叫ぶ。
「インテレオンッ!」
隣から勢いよく放出される水流が白い濃霧を押し返す。
遥か前方に叩き込んだ決死の反撃。
しかし、明確な手ごたえは掴めない。
身体中に傷を負うインテレオンの瞳が僅かに動いた。
白い靄が揺れる。
濃霧の奥から差し込まれる閃光を避けつつ、ニックの意識は思考の沼へと沈んでいく。
防衛線も残りわずかだ。頂上はすぐそこなんだ。
大気を震わす音を頼りに横へと大きく転がり込む少年。
タンクトップの脇を青白い閃光が通り過ぎる。
アイテムはもうねぇ。こっちの残りは、すぐそこで踏ん張ってるインテレオンのみ。
「しかも、ここまで来て相性不一致かよ……!」
力づくで通り抜ける余力も、戦力も足りていない状況下。
反撃の糸口が見つからない。
脳裏で蠢く焦燥を振り払うように、飛来する攻撃を懸命に避け続けた少年。
そして、ついに限界が訪れた。
ニックの視界が不意に下がる。
地を蹴り上げようとした足が、糸が切れたかのように膝から崩れ落ちていた。
視界の端から迫りくる閃光の数々。その場で倒れ込んだ少年は目を見開いた。
襲い掛かる凶刃の前に躍り出る青い体躯。
主を守るように、少年の前に立ちはだかったインテレオンの身体に閃光が直撃する。
重なり合う鈍い炸裂音。
背中から吹き飛ばされたインテレオンは、倒れ込んでいた少年の傍らに墜落する。
「おい!大丈夫か!?インテレオン!」
悲鳴にも近い少年の叫び声が空虚にこだました。
地面に投げ出された青と黒の手足は微動だにしない。
唐突に訪れる絶体絶命。
王手とでも言うかのように、濃霧の奥から一条の閃光が飛来する。
視界を塗りつぶすかのように広がる光源の束。
息を飲んだ少年の眼前にそれは迫り――。
次の瞬間、発散した。
「……!」
目を見開いたニックの背後から瞬いた、一条の紫電が宙を裂く。
大気を焦がしながら輝くそれは、相対した閃光を弾き飛ばし濃霧に巨大な風穴を開けた。
彼方で轟く轟音。
穴の向こう側で見えるのは、壁に激突して崩れ落ちるポケモンと黒衣の人影。
一瞬で変化した状況に、呼吸を忘れていた彼の背後に足音が近づく。
振り返らなくても分かる。
待ち望んでいた彼の息遣い。
地に座り込んでいた少年は僅かに震えた瞳を細めて、呟いた。
「……ったく。寝坊だぜ?兄弟」
振り向いた先で、彼方から戻ってきた少年が笑う。
「すみません。遅くなりました」
自身を運び抜いた兄弟の前で立ち止まったマーチは、おもむろに手を伸ばした。
汗と傷にまみれたニックは、思い出したかのように不敵な笑みを浮かべて兄弟の手をつかみ取る。
薄暗い通路の中で、彼らは並び立った。
「……寝起き一発目で悪いが、状況は分かるか?」
「大体把握してます。さっきまで半分は起きてる感覚だったので」
真剣な眼差しが交錯する。
隣で覚悟を滲ませる表情を見せる兄弟の姿に、汗に濡れた少年の瞳に再び輝きが灯る。
不意に鼓膜を揺らす微かな物音。
後方の区画から飛来するそれは、反響を繰り返し次第に大きくなっていった。
ゆっくりと振り返ったニックが口角を上げる。
「なら大丈夫だ!……時間は多分、残り少ねぇ。とっとと行って、一発かまして来い!」
「分かりました!ここは頼みます、兄弟!」
後ろは任せろという気迫を感じ取ったマーチは、すぐさま駆け出した。
振り返ることなく小さくなるその背中を一瞥したニックは、静かに息を吐いた。
何かを託すように、信じる様に細められた瞳の奥が僅かに揺れる。
少年の視界の端で、巨大な鶏冠がゆっくりと動き出した。
「……悪いが、最後まで付き合ってもらうぜ?インテレオン」
隣へ並ぶように立ち上がったインテレオンの瞳が細まった。
頬を伝う汗を拭い、少年は前を見据えた。
迫り来る追跡者へ、身体に残る気迫を振り絞って立ち塞がる。
「何人来ようが同じだ……!俺の魂が消えねぇ限り、ここから先は一歩も行かせねぇ!」
【100階層 天上ホール】
大がかりの両扉を押しのけ、転がり込むように飛び込むマーチ。
静寂に包まれる空間へ、零れる吐息が伝播していく。
階段を駆け抜けて弾んだ息を整えながら、彼は辺りを見渡した。
壁のほとんどがガラス張りとなり、外から漏れる光で部屋の輪郭が僅かに照らされている。
姿勢を落として周囲を警戒する少年の耳に声が飛び込んだ。
「よくぞ、ここまできましたね」
弾かれた様に顔を上げるマーチ。
視線の奥に広がる薄暗い影。その奥から次第に露わになる灰色のスーツ。
「君のことは知っていますよ。チャレンジャーのマーチ君」
仰々しい声音が妙に耳に残る。
窓から差し込む燐光により照らされた男には微笑が張り付いていた。
「……ローズさん」
「おや、私を知っていましたか」
眼前で険しい表情を浮かべる少年を気にすることなく、男は大げさに肩を竦めた。
マーチはおもむろに視線を落とした。
脳裏によぎるのはあの光景。
「……ユウリさんの過去を見ました。夕暮れの草原であの人の前に、あなたは立っていましたよね。元委員長」
静かに息を吐き、身体の奥で燻る何かを振り払うように少年は再び前を見据えた。
相対していた男の眼差しが僅かに揺れる。
そして、遠くを見る様に瞳を細めていった。
「それは懐かしいですね……しかし、その呼び方は正しくないですね」
僅かに熱を帯びた言葉から一転。
冷ややかな言葉が放たれる。
周囲の影と同調するかのように男の纏う雰囲気が変わっていく。
「今の私は、ムゲン団幹部『薔薇』のローズ」
男はゆらりと右腕を伸ばす。
影が落ちるその腕は黒く、手中にはボールの輪郭が浮かび上がっていた。
「彼女の歩みを支える者。……そして、あなたの歩みを止める者です」
暗闇に照らし出される閃光の中から現れる鎧が煌めく。
両腕に大きな槍を構えた騎兵。
シュバルゴは間髪入れずに突進した。
『シュゥッ……!』
槍の矛先に立っていた少年は、後退しつつボールをつかみ取る。
「っ!ヌメルゴン!」
『ヌガァ……!』
騎兵と少年の間に炸裂する閃光。
滑らかな溶液が滲む体躯からは想像つかない瞬発力。
顕現したそれは、飛来する槍を受け止め弾き飛ばした。
吹き飛ばされた騎兵は、強引に体勢を切り返して再び突貫する。
「君はなぜ我々ではなく、そちら側に居るのですか?」
「!」
響き渡る鈍い衝撃音。
眼前で激闘を繰り広げる二匹の間を通り突き刺さる男の言葉。
マーチの動きが僅かに止まる。
「過去を見たというなら、お分かりでしょう?……夢に裏切られ、居場所を見失い、それでも平穏を求めて進む彼女を君は糾弾するのですか?」
影の向こう側で男は続ける。
「現実は辛く、苦しいものです。誰もが自分の望みを得られるとは限らない。意図せずに他人の夢を潰すことだってあるのです」
「……」
マーチの脳裏を浮かび続ける、彼女の過去。
雨と涙で濡れ、一人たたずんでいた背中はまさにその言葉を象徴できてしまうもの。
鈍く光る鋼色の槍と、仄かに輝く巨大な尻尾が交錯する。
立ち止まる少年の前髪を激闘の余波が幾度となくさらっていった。
「しかし、我々の目指す世界は違う。誰も自分の想いのままの世界を作り出せる。夢の中で幸せを手にすることが出来る!……逃げることは間違いではない。戻りたい過去、叶えたい夢に縋る事を悪と断じる権利は誰にもないのです!私、そして君にも!」
「……っ!」
男の口から零れる言葉の圧が強まる。
『ッ!』
『ヌガァッ……⁉』
主の感情に呼応するかのように、攻勢を強める騎兵はヌメルゴンの守備をかいくぐり一撃を浴びせる。
吹き飛ばされた、灰白色の巨体が少年の眼前に着弾する。
着弾の余波で辺りに吹き荒れる書類の中、男は一歩足を踏み出した。
「そして、これは他ならぬ彼女の願いです。……君は何の権利あって彼女を止めようとしているのですか?」
そう呟くと男は足を止める。
粉雪のように空間に漂う書類の先で輪郭が動く。
傷だらけの灰白色の体躯と共に、彼は立ち上がった。
ゆっくりと持ち上げたその瞳の奥が僅かに輝く。
『ヌゥゥン……!』
「権利なんて、ありませんよ。……僕が逆立ちしたって届かないくらいあの人は苦しんでたんだから。」
淡々と零れる言葉。
しかし、その声音の奥からは徐々に熱が滲み始める。
マーチは前を見据えた。
己の前で立ちはだかる男、自身の想いを阻む壁に、挑むように言葉を放つ。
「それでもこれは止めなきゃいけないんだ!だって、あの人が教えてくれたんだ!眩しいくらいに輝く、熱中する夢があるんだって!それをあの人自身が崩すなんてそんなのダメだ!……だから今度は僕の番。あの人が自分を信じられないっていうなら、居場所がないっていうなら、僕があの人に必要なんだって手を掴まなきゃいけないんだ!」
胎動する熱が心音を響かせる。
体の奥底から迸る熱にせかされるように、少年は足を踏み出した。
相対していた男は、肩を竦めつつ目を細めていた。
「……その熱量は羨ましいものです。もう私には無いものだ」
「退いてください。あの人を止めて、こんな計画も終わりにします!」
間髪入れずに飛来した少年の声に男はゆっくりと頷き、前を向いた。
雰囲気が戻る。周囲にひんやりとした冷気が漂い始める。
「尚更、行かせられませんね」
男の傍に佇んでいたシュバルゴが構えをとる。
応戦するように体勢を落とすヌメルゴンの隣で少年は地を蹴り上げた。
直後。
宙を駆ける身体、前進するかのように動いていた視界が反転する。
「が……!」
首元に衝撃が走り、声が漏れ出す。
少年の身体は後ろへ転がり込んだ。
二転三転したマーチは、弾かれたように上体を起こして前を見た。
自身の立って居場所に佇むの黒衣の後ろ姿。
黒いレザージャケットに、見覚えのあるブーツ。
彼方でみた追憶の中にいた、もう一人の人物が脳裏を過った少年は無意識の内に呟いていた。
「……マリィ、さん」
そうか、あなたも。
無言で立つその背中は黄昏の草原で佇んでいた姿と輪郭が被る。
どこかで気づかないようにしていた、マーチは下唇を噛み表情を崩した。
「ずっと寝てればよかったのに」
「……!」
少年を見ずに、背中越しで呟かれる言葉。
抑揚が抑えられたその声音からは、熱、想いが感じられない。
自身の前に立ちはだかる壁が強大になっていく感覚を知覚した少年は唾を飲みこんだ。
男の前に佇む、女性は依然動きを見せない。
なら、こっちから仕掛ければ。
思考の隅で突破方法を考慮しながら、上体を起こすマーチ。
そして。
僅かに漂った静寂は突如として破られた。
黒衣を纏うマリィ自身によって。
「そうすれば。……あの子の表情を、あの時の気持ちを思い出さずに済んだのに!」
『モォォォンペッ!』
彼女の傍らで発行する閃光の奥に現れたのは黒と黄色の毛並み。
電撃を纏ったモルペコは宙を舞い、シュバルゴの直上に紫電を走らせた。
轟く衝撃音。
鎧に反射した雷撃が周囲に飛散する。
「錯乱しましたか。……《孔雀》さん」
眼前を迸る雷撃を疎ましそうに眺めた男が言葉を紡ぐ。
再びホールに衝撃音が繰り返される中、マリィは深く息を吸い込んで叫んだ。
「あたしは《ムゲン団の孔雀》なんかじゃない!あたしは《ユウリの友達でジムリーダーのマリィ》!……もう、あの子に手を伸ばすのをあきらめたりしない!」
「……マリィさん!」
少年の視界の先であの時と同じ横顔が浮かび上がる。
彼女の奥底からあふれ出る想いを知覚したマーチは、膝に力を入れてゆっくりと立ち上がった。
大丈夫。まだ戦える。
自身の身体の状態を確認していると彼の耳に声が響いた。
「もう時間が無い!あんたはこのまま上に行って!」
声のする方へ顔を向けると、肩越しに覗く真剣な眼差しが少年を射貫いていた。
彼女の想いが視線に乗って伝播する。
瞳の奥に秘められた光を一瞥した少年は、隣で佇んでいた相棒をボールに格納して駆け出した。
「分かりました。先に行きます!」
激戦を繰り広げられるホールの中央を躱して、上部へと繋がる階段を目指す。
影を振り払うように駆ける少年は刹那にも満たない、時間マリィの背後を通過する。
「……頼んだかんね」
「はい……!」
互いを信じる様に呟かれた声音は静かに虚空へ溶けていく。
最低限の言葉を交わし、駆け抜けたマーチはホール区画を突破した。
「……この土壇場で裏切りですか。想定外ですね」
「あんた、わざとあいつ見逃したろ?……結局あんた自身は何が目的なん?」
おどける仕草で話をするローズをマリィは一蹴する。
少年が通過するとき、本気で妨害するなら手はいくらでもあったはず。
それでもこの男は選ばなかった。
マリィが思考の隅で探っていた理由を答えるかのように男は呟いた。
「私は《総帥》の味方ですよ。……ただ、彼の想いに興味を持っただけです。あそこまで啖呵が切れるのなら、彼自身がまた違った結末を描くのかもれません」
「そ。……なら、あたしのやる事は変わらんね。さっさとあんたを倒して私も上にいく!」
男の含みのある言い方を弾く様に、内なる想いをマリィは叩きつける。
『ペコォォッ!』
『バァッ!』
自身の周囲に響く衝撃音、弾ける閃光を抜けて、少女は足を踏み出す。
相対するローズも迎え撃つかのように戦場に足を踏み入れた。
「互いに多忙の身ですね。早めの決着、といきましょうか」