ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア   作:甘井モナカ

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おや?このシーンどこかで……


#26.対峙

 

 眼前に広がる無機質な階段。

 遥か天上へと続くそれは彼方で光る光源へと伸びていた。

 

 無限にも思えた階段を昇る旅路ももうすぐ終わる。

 

 少女はゆっくりと足を踏みしめながら、一段ずつ昇っていく。

 

 心の奥で何かが軋む。

 

 徐々に近づいてくる光の束。

 

 自身が追い求めてやまない終幕のはずなのに、胸の奥で蠢く歪な痛みは治まらない。

 少女は自身の胸元を眺めた後、再び足を踏み出した。

 

 一歩、一歩。前へ。

 

 ゆっくりと迷うことなく進む足どりとは裏腹に、少女の表情は苦痛に満ちていた。

 まるで、体の奥から生じる良心の呵責に苦しんでいるかのように。

 

 

 

 

 ふと瞼が開かれる。

 

 静寂な影に包まれる空間の中で少女は目覚めた。

 後味の悪いコーヒーを飲んだかの様な気分を振り払うように彼女は息を吐いた。

 

 自身の吐息と共に聞こえるのは秒針を刻む音。

 背後に構える巨大な文字盤を巡る長針は狂うことなく時を刻み続けていた。

 

 彼女はおもむろに顔を上げて虚空を見据える。

 虚空のさらに先、暗闇に満ちた影から次第に広がる一握りの熱。

 僅かに聞こえる足音、弾む息。

 

 もうすぐ、来る。

 研ぎ澄まされた彼女の感覚は迫りくる者の存在を捉えていた。

 足音は大きくなり、やがて広間に直接響き渡った。

 

 彼女は腰かけていた椅子からゆっくりと立ち上がる。

 地面を弾く様に鳴っていた足音が止む。

 

 暗闇の奥から姿を現したのは一人の少年。

 

 出会った頃から目覚ましい成長を見せ、今ではジムチャレンジの上澄みに居る彼。

 頬の汗を拭いながら見せる表情は険しい。

 

 こうなる予感はしていた。

 だから直接手を打ったのだが、それすら乗り越えて彼はそこに立っている。

 

「……ここまで来たんだね」

 

 少女は無意識の内に口を開いていた。

 

「もうすぐ幸せな世界ができるんだよ。誰も傷つかない、悲しまない夢の世界が」

 

 少女はおもむろに足を踏み出した。

 周囲の影を巻き込むように、自身の求める夢を身体の外へ吐き出していく。

 

「君もあるでしょ。現実では手が届かなかった夢。叶えられなかった約束とか」

 

 冷たい大理石できた階段を一段ずつ下る。乾いた音が虚空を伝い広間に溶けていく。

 

 脳裏によぎるのはあの頃の情景。

 心に浮かび上がるのは諦観と後悔。

 

「私はそれらを叶えられる世界を作るの」

 

 広間に佇む少年と距離が近づいていく。

 徐々に鮮明になる彼の表情。

 

 目を見開き、口を固く結んでいる。

 胸の内に秘めているのは驚愕もしくは恐怖か。

 

 自身の胸の奥で響く鈍い痛みに、少女は心の中で嘲笑を浮かべた。

 

 今更、罪悪感を感じてどうするの。もう、戻るつもりもないくせに。

 

「だから、邪魔しないでほしいな。君には見ていて欲しいんだよ。……私の晴れ姿」

 

 身体の奥から滲む、薄っぺらい最後の良心に呆れた彼女は口元を緩めた。

 頬の表情筋が歪に震える。

 上手く笑えているのだろうか。

 

 少女と相対していた少年は顔を落とした。

 

 僅かな沈黙が周囲に流れる。

 少女は俯く彼を静かに見つめ続けた。

 

 秒針を刻む音が響く中、彼の身体が僅かに震える。

 肩がおもむろに揺れ、その手の中にはボールが握られていた。

 

「……断ります。僕は、あなたを止めるためにここへ来たんだ。」

 

 ゆっくりと顔を上げた彼はその手を突き出す。

 懸命に吊り上げられた眉の下で、細められた瞳に輝きが宿る。

 

 交渉決裂。

 しかし、不思議と違和感はなかった。

 

 きっと彼ならこうするとどこかで分かっていたのかも知れない。

 少女は一瞬瞳を伏せ、直後に敵意を解放した。

 

「……そっか。やっぱりこうなるんだね」

 

 緩んでいた頬の表情筋が固まる。

 少女の周囲に赤い燐光が漂い始める。

 

 一気に場を制圧した重圧に、少年は堪えるように上体を低くした。

 震える膝を掴んで、二本の足で立ち続けている。

 

 そんなに苦しんでも、傷ついても退かないっていうなら。

 

 少女は自身の胸の奥で芽生えた黒い感情に突き動かされるようにボールをつかみ取った。

 

「じゃあ力づくだ。少し、動けない様にするから」

 

 私の想いを否定するなら容赦はしない。

 自身の手で掴んだボールの感触を感じつつ、彼女は呟いた。

 

 ボールを持つ手をゆっくりを前方へと移動させる。

 

 ボール越しに相対する少年が目に入る。

 小さく俯いていた彼は肩を震わせ、弾かれたように顔を上げた。

 

「それでも、僕は……あなたを止めたいっ。止めなきゃならないんだっ!」

 

 耳に響く彼の激情。見開かれた瞳の奥には光が宿っていた。

 

 僅かに滲む心の奥の痛みを無視して、少女はボールを振りかぶる。

 対する少年もボールを後ろに引き付けた。

 

「ワンパチ!僕に力を貸せ!」

「……レジエレキ」

 

 虚空に響き渡る、各々の手持ちの名前。

 互いに戦場へ投げ込んだボールは閃光を放ち、顕現する体躯を鮮明に照らし出した。

 地に降り立ち、周囲の影をかき消すように電光を纏う彼らの身体。

 

 

 闘いの合図を刻むかの様に文字盤の長針が動く。

 身体の奥まで無遠慮に入り込んでくるような鐘音が鳴り響く。

 

 ここから先は、もう言葉は要らない。

 君の思いを踏みつけてでも、私の想いを叶えに行く。

 

 

 この世界が眠りにつき、新たな世界が目覚めるまで、残りわずか。

 

 

 始まる。世界を賭けたポケモンバトルが。

 

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