ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア   作:甘井モナカ

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遂に、二人の戦いが始まるみたいです。バトルゴー!


#27.衝突

 

 薄暗い闇夜を切り裂くように走る一閃。

 

 直後に響き渡る轟音。

 

 縦横無尽に走る閃光が照らし、浮かび上がる2つの体躯。

 薄く点滅する輝きを纏い、空間を横切る様はいずれも雷そのもの。

 

 地を這うように駆け回る雷光。

 黄色の毛並みに眩い雷電を蓄積したワンパチが前足を踏みしめる。

 

 直後、虚空へ放たれる一条の閃光。

 

 周囲の大気を焦がし突き進む紫電は突如、発散する。

 周囲を埋め尽くす衝撃音。

 遅れて到達する衝撃波の激しさが激突の規模を物語っていた。

 

 地上から放たれた雷電を打ち落としたのは天空より降り注ぐ雷電。

 

 暗闇の中で輝く1つの光。

 夜空に瞬く星とも見えるそれは全身を包む帯電の証。

 

 身体そのものが電気で作られているかのような印象を見せるポケモン、レジエレキは沈黙を保ったまま見下ろしていた。

 

 戦場に訪れた僅かな静寂。

 

 地表で駆けまわる子犬の後ろで、マーチは息を弾ませていた。

 

「……はぁ……はぁ」

 

 目を見開いて前を見据える少年の表情は険しかった。

 彼の頬を冷ややかな汗が伝う。

 

 打ち合いに勝てない。

 これが、基礎ステータスの差。

 

 脳裏に浮かぶのは先刻から続く戦闘の光景。

 少年の消耗具合とは裏腹に、薄暗い影の奥で汗1つ見せないユウリ。

 

「……」

「……っ!」

 

 諦めるな。

 足りないなら補え。

 考えろ。頭を回せ。

 

 弾む呼吸の音を反響させながら少年は思考を加速させる。

 

 突如、相対する彼女の姿が朧気に揺れ動いた。

 鋭い冷気にも似た感触がマーチの意識を現実に引き戻す。

 

 何かが来る。

 

「ワンパチ!」

 

 己の内側から来る直感にも似た衝動に突き動かされ、彼は地を蹴った。

 主の声に呼応するように、毛並みを翻して横へ飛び込む子犬。

 

 瞬間、彼らが居た地点に直撃する雷光の一閃。

 至近距離で爆ぜる眩い光と雷鳴。

 

 身体を吹き飛ばすように荒れ狂う大気のうねりを堪えつつ、少年達は駆け抜ける。

 

 飛来する紫電を避けながら、地面を駆るワンパチ。

 

 次第に縮まる両者の距離。

 暗闇を幾度となく、瞬く光の数々。

 

 しぶとい獲物に痺れを切らしたのか、虚空を漂っていたレジエレキが遂に動く。

 

 ゆらりと動いた身体は次の瞬間。

 地表目掛け、落下する様に加速していく。

 

 眼下に居るのは駆け抜け続ける、黄色の子犬。

 

 一瞬の間。

 

 少年と振り返った相棒の目線が交錯する。

 眼差しを通して、少年に伝わる彼の真意。

 

『!』

「……!」

 

 

 再び、宙を見上げたワンパチ。

 暗闇を照らし出しながら眼前に飛来する雷の塊を、迎え撃つかのように跳躍した。

 

 二条の輝きが周囲の影をかき消していく。

 自ずと雷電を纏い始めた両者は、大気を焦がしながら突き進む。

 

 次の瞬間。

 空間の中心で起こる大発光。

 

 轟音を響かせながら、光の束を突き抜けたのは天から飛来した雷の塊。

 それは加速させた速度を緩める前に地表へと激突した。

 

 彼方で佇む少女の動きが僅かに止まった。

 

 地面へ体躯をめり込ませる、雷の申し子。

 墜落したレジエレキの上に1つの影が浮かび上がる。

 

 纏う雷光を明滅させていたワンパチ。

 その体躯は木枯らしのように宙を舞っていた。

 

 空中で漂う相棒を見上げた少年は、零すように呟いていた。

 

「……ボルト……チェンジ」

 

 それは、使用者を瞬時にボールへ戻す移動技。

 自由落下に以降したワンパチの身体が再び、雷光に包まれる。

 重力の檻から解放されたかのように、空中に浮かびあがったその身体は瞬く間に主の眼前へと飛翔する。

 

 マーチは素早くボールを操り、相棒を格納した。

 ボールに宿る微かな重み。

 

 激突した際の衝撃か、いまだ動きが鈍いままのレジエレキ。

 

 相棒の決死の覚悟生み出しだこの瞬間を無駄には出来ない。

 マーチは逆手でボールを掴み取り、投げる。

 

「頼むぞ。ミミッキュ!」

『キュウィック!』

 

 閃光に照らされ戦場へと踊り出るのは、麦藁色の布でできた2つの耳をもつ小さな亡霊。

 自身の身体を隠すかのように、布を纏ったミミッキュは音もなく前方へ駆け抜ける。

 

 再び距離を縮める戦士たち。

 

 地面に停滞していたレジエレキがおもむろに上体をもたげた。

 再び発光し始めた体躯が周囲の薄暗い闇を照らし出していく。

 

 布を纏う亡霊が周囲の影に身体を溶かす。

 

 ほぼ同時。

 周囲に電撃が伝播した。

 

 空間を隙間なく焼き尽くす紫電の波。

 レジエレキは轟音を轟かせながら、雷電を撒き散らした。

 

 その背後で、暗闇が揺らめいた。

 音もなく、影より出でる麦藁色の残像。

 

『キュ……!』

『!』

 

 瞬くのは影の如き一閃。《シャドーダイブ》。

 不可視の一撃が雷の申し子に襲い掛かる。

 

 鈍い衝撃音を発すると同時に、宙へ吹き飛ばされるレジエレキ。

 地面を抉りながら、遥か彼方で動きが止まった。

 

 影から地上へ再び戻ったミミッキュが追撃の構えをとった。

 

 直後、雷が立ち上る。

 

『……!!!!』

 

 宙へと舞い戻ったレジエレキの身体が、再び発光する。

 

 疲労を微塵も感じさせない、圧倒的な威力の雷撃を幾度となく放つ連射能力。

 立ち尽くす少年と小さき亡霊の直上で、光は輝きを増した。

 

 そして。

 虚空を照らす眩い光は再度地表へと放たれた。

 

 眼前に迫る閃光を前に、少年は瞳を細めて。

 僅かに口角を持ち上げた。

 

「……予測通り4秒ジャスト。これならいける、ミミッキュ!」

 

 地表へと直撃する雷撃。

 その中心地に佇んでいた麦藁色の亡霊の姿が迸る雷光へと消えていく。

 

 奔流する光に飲み込まれたその布は端から焼け焦げていき、止まった。

 雷鳴が虚空へと消え、僅かに訪れた静寂の中ミミッキュは未だ佇み続けていた。

 

 特性、《ばけのかわ》。

 一度だけ相手の攻撃によるダメージを軽減できるミミッキュの特殊能力。

 

 遥か後方から覗く、彼女を纏う雰囲気が揺れた。

 上空で漂うレジエレキが慌てたように再び発光を開始する。

 

 少年の脳裏に浮かび上がるのは今までの光景。

 

 レジエレキ。

 凄まじい連射能力だけど、それでも技と技の間には僅かに隙がある。

 ワンパチと何度も打ち合って、その隙は数えさせてもらった。この瞬間が勝負の鍵!

 

 確かに薄れた重圧を振り払う様にマーチは声を張り上げた。

 

「決めるよ、ミミッキュ!《かげうち》!」

『キュイィッ!』

 

 小麦色の亡霊が躍動した。

 上空で輝く雷光を打ち落とすべく突き出された鞭のような影が閃く。

 

 鋭い打撃音を発したレジエレキの体勢が崩れる。

 身体を纏っていた眩い雷光が次第に薄れ、明滅していく。

 

 影を手繰り寄せ、敵の前に躍り出たミミッキュ。

 遥か上空を舞う麦藁色の亡霊は再び影の一閃を叩き込んだ。

 

 衝撃音と共にレジエレキの体躯が地表へ激突する。

 轟音を鳴らし、二転三転転がり込む雷の申し子。

 やがて慣性を失い動きを止めたレジエレキは、意識を失ったかの様に沈黙した。

 

 主の前にゆらりと舞い戻ったミミッキュ。

 相棒の戦果に安堵したマーチは頬を緩めたまま前方を見据えた。

 

 薄暗い影の奥でユウリは静かに佇み続けている。

 明確な動きは見えない。

 

 行ける。

 手ごわいけど、今まで積み重ねたものを出せば。押し切れる。

 

 チャンピオンである彼女の手持ちを撃破した確かな手応え。

 彼の身体の奥に宿るのは暗闇の中に灯る温かな光にも似た自信。

 

「よし、後5体。このままいければ……」

 

 周囲に緩やかな余韻が漂う中、マーチは掌に視線を落とした。

 汗がじんわりと滲む右手を握りしめる。

 

 油断はしない。

 でも恐れてもダメだ。その狭間で戦い抜く。

 

 自身に言い聞かせるように心の内で言葉を紡ぎながら、マーチは視線を前に戻した。

 

 直後。

 眼前を影が横切った。

 

「え?」

 

 ミミッキュの姿が消えると同時に、突如吹き荒れた暴風が彼の小柄な身体をいともたやすく弾き飛ばした。

 手足が硬い地面に幾度となく打ち付けられる。

 口内に血の味が広がる中、うつ伏せになる形で体がようやく回転を止めた。

 痛む手足を酷使しつつ、おもむろに顔をあげたマーチは息を飲んだ。

 

 冷たい地面を這うように転がる彼の眼前に広がるのは巨大な闇。

 空間を黒く塗りつぶす影と化した龍は、端々で赤い燐光を朧気に輝かせていた。

 

 蠢く影に連なるよう揺れる大気のうねりが、それの奥に宿る生命の鼓動を歪に奏で始める。

 

「……強くなったんだね」

 

 冷ややかな重圧が漂う空間に、小さく言葉が投げかけられた。

 膨大な影が生み出す暗闇の奥から歩み出した声の主は、戦場へと足を踏み入れる。

 

『データ照合完了。ムゲンダイナ。キョダイポケモン』

「……っ」

 

 これが、ムゲンダイナ。

 知ってはいたけど規格外、すぎる。

 

 スマホから発する情報を片耳に、マーチは上体に力を籠めた。

 視界の端に映り込むのは床に打ち捨てられるように倒れている麦藁色の布切れ。

 震える足に克を入れて、迫りくる彼女を見据えた。

 

「その目、諦めてないんだね。」

「……スコアは1対1のドロー。まだこれから、ですよ?」

 

 少女の呟きに、口角を吊り上げながら返答したマーチ。

 自身の頬を流れる冷や汗を拭い、彼は静かに息を吐いた。

 

 傍らに巨大な影の如き龍を従える彼女は、僅かに目を伏せる。

 胎動するように揺れる大気の中で声が響く。

 

「そうだね。……普通のバトルならね。」

「……!」

 

 突如、暗闇の中で発行する閃光。

 次々と輝き始めたその数は4つ。

 巨大な影が上空を漂う中、閃光に照らされた体躯が顕現していく。

 

 赤黒く揺れる炎の翼で宙を舞う、ガラルファイヤー。

 凍えるような冷気が滲む氷の鎧を纏う、キュレム。

 仄暗い影のようなたてがみが揺れる、レイスポス。

 白雲の上で鋭い眼光を光らせる黄土色の魔人、ランドロス。

 

「これは、バトルじゃない。君を諦めさせるだだの作業。時間も無いし、まとめて葬ってあげる」

 

 戦場に現れた彼らの奥から漂うユウリの敵意が増幅する。

 再び戦場を包み込む、冷たい重圧。

 

 彼女の右腕がゆっくりと前に掲げられる。

 

「……くっ!」

 

 緊張で喉が渇く中、言葉にならない悲鳴を漏らしながらマーチの手が動き出す。

 右手に掴んだボールで倒れ込むミミッキュを回収した彼は、素早く腰のボールと入れ替えた。

 

 少女の前方に掲げられた腕が振り下ろされると同時に、マーチは両手のボールを解き放つ。

 彼女の傍らで佇んでいたポケモンたちが動き始める中、閃光と共に戦場に躍り出る2つの影。

 

 灰白色の巨体をうならせ、地面を踏みしめたヌメルゴン。

 鋭くせり立った黒と灰色の耳が海の蛮族を彷彿とさせるニャイキング。

 

 4体2。

 現状ついている戦力差を同じ段階まで引き上げるため、マーチは再び腰に手を回してボールを掴み取った。

 

 その直後だった。

 

 何の予兆もなく、彼の眼前で炎が爆ぜた。

 

 轟く轟音と衝撃波。

 それはちっぽけの少年の身体をいとも簡単に吹き飛ばした。

 

「がっ!?」

 

 至近距離で吹き荒れる熱波が全身の皮膚を焼いていく。

 地面へ墜落したマーチの上空を舞うのは、炎そのものと化す大鳥。

 

 身体から発する炎の輝きを再び強めていくの確認した彼は、慌てて立ち上がる。

 

 上体を起こし前を見据えた瞬間。

 彼の顔の横を氷結の濁流が通り過ぎた。

 

 大気の壁に阻まれ、濁流の端が飛散していく。

 砕け散った氷の欠片が霞めて耳の端を切り裂いた。

 

「ぐっ!」

 

 鋭い痛覚がマーチの体中を駆け巡った。

 苦悶の表情を浮かべる頬を伝う冷たい汗。

 赤く滲む耳を押さえつけたマーチは眉を吊り上げて視線を戻す。

 

「なっ……!?」

 

 彼は両目を見開いていた。

 そこに広がっていた惨状を拒絶するかのように。

 

 戦場で起こっていたのは蹂躙。

 

 砂嵐が巻き起こり、黒い衝撃が瞬き、赤い閃光が爆ぜる。

 四方から迫りくる凶刃に、中央に位置していた2匹のポケモンはなすすべもなく埋もれていく。

 

 足が止まる。

 握りしめていた手の力が抜ける。

 

 呼吸を忘れたかのように微動だにせずその場で立ち尽くす少年の前で、傷だらけの2匹の体躯が力なく宙を舞う。

 

 戦場へ最後に繰り出された青と赤の爆発。

 それは宙を漂う2匹を巻き込み、その直下で立ち尽くしていた彼を飲み込んだ。

 

 眼前で爆ぜる、強烈な光と轟音。

 後方へと落下していく感覚に包まれたマーチの背中に突如伝わる衝撃音。

 

「がぁ!?」

 

 背骨を通して全身へと伝わる激痛に、彼は背中を壁に激突させたと遅れて理解する。

 

 至近距離で爆発を受けた余波か、明滅する視界と絶え間なく続く耳鳴り。

 全身が発する警告音を根気を振り絞って無視したマーチはおもむろに上体を持ち上げた。

 

 次第に鮮明になる視界。

 

 蹲る様に地に伏せる灰白色の竜。

 力なく肢体を投げ出す黒と灰色の猫。

 

 その奥でかすり傷1つ見当たらない従者に囲まれて、彼女は立っていた。

 

「どう?実力差が少しは理解できた?」

 

 抑揚なく呟かれる、冷たい一言。

 金属めいた耳鳴りが鳴る中、その言葉は妙に生々しくマーチの耳に反響していった。

 

「……まだ、です」

 

 身体の奥底で胎動する熱。

 胸の中心が震える。

 熱によって生まれ出る気力を使い、彼は再び立ち上がる。

 

「……まだ……《ダイマックス》ならっ!」

 

 右腕に巻いた腕輪型デバイスが光を放つ。

 周囲に漂っていた赤い燐光が逆巻き始めた。

 

 この戦力差をひっくり返せるのはこの一手しかない。

 できるだけ一網打尽にして、仕切り直しにもっていく。

 

 赤い粒子の束がデバイスに集まり出し、現実へと意識を戻すマーチ。

 

 腰のホルダーに手を当てて、指先がボールに触れる。

 必要分の粒子が集約されデバイスの輝きが変化した。

 ボールをつかみ取り、デバイスを起動させる。

 

 放出される赤い燐光。

 粒子の煌めきがデバイスからボールへと移り替わっていく。

 形成される巨大な赤い球体が手中に浮かび上がった。

 《ダイマックス》の待機シークエンス。

 

 これを放出すれば状況が変わる。

 マーチは直上を見上げ、右手を振りかざした。

 

 その直後だった。抑揚のない声音が再び響いたのは。

 

「それは、この後必要なものだからやめて欲しいな」

「な……!?」

 

 突如乱れ始める周囲の粒子の数々。

 マーチの手中にあった赤い球体が陽炎の如く虚空へと霧散する。

 

 目を見開いた彼の眼前に迫るのは赤い燐光の奔流。

 膨大な量の赤い燐光は瞬く間に少年の元へと到達し、その身体を再び地面へと叩きつけた。

 

「がぁっ……!」

 

 横殴りにされるように吹き飛び、頬を地面に打ち付けたマーチ。

 腰のホルダーのアタッチメントが外れて周囲にボールが散乱する。

 

 悶絶する彼の前へ静かに歩み寄るユウリ。

 その表情は依然として、何の感情も見受けられない深淵を象っていた。

 

「以外と頑張ったね。さすがチャンピオンシップに進むだけはある……」

 

 腕を振るわせて上体を持ち上げようとする彼の前で少女は呟く。

 懸命に眉を上げ、腕に力を籠めるも彼の身体が持ち上がることは無かった。

 ユウリは僅かに瞳を細めて、言葉を零す。

 

「でも、それもここまで」

 

 周囲を包む重圧が増大する。

 

 懸命に腕に力を籠めるマーチの頬を冷たい汗が流れ落ちる。

 視界の端が赤く染まった。

 おもむろに顔を上げると、戦場に佇む少女の直上で赤い燐光が集約し始めていた。

 

 次第に音程を上げていく粒子の共鳴音。

 それは、終幕を告げる無慈悲な鐘の音。

 

 視線を手元に戻したマーチは視界の先にボールが転がっている事に気づいた。

 集約していた赤い燐光が大きさを増していく。

 

 少年は力を振り絞り、転がるボールに手を伸ばした。

 後、数センチ僅かに届かない。

 

 いつの間にか共鳴音が途切れていた。

 静寂に包まれる空間でその言葉が響き渡る。

 

「これでチェックメイトだ」

 

 集約した赤い燐光が解放される。

 放たれるのは赤い閃光。

 

 マーチは手を伸ばし続けた。

 ボールまでの距離は残り数ミリ。

 

 眼前が赤く染まる中、彼の身体の奥底から溢れ出す熱。

 

 まだだ。

 まだなんだ。

 だって彼女を止めてない。あの手を掴んでない。だから。

 

「……終われない!こんな所で立ち止まれないんだぁ!!」

 

 まだ諦めきれない未来へと迸る激昂。

 

 そんな彼の心情とは裏腹に現実は非情に進んでいく。

 赤い粒子の奔流はマーチの眼前へと迫り、その身を飲み込もうと荒れ狂う。

 

 その直前。

 彼の耳に低い嘶きにも似た音が木霊した。

 

 上空を舞う炎鳥の更に上。

 

 遥か彼方より飛来する二条の光。

 

『!!』

 

 青白い輝きを撒き散らし、孤を描く彗星が宙を羽ばたくガラルファイヤーを背後から撃ち落とした。

 舞い堕ちる炎を散らしながら落下を続ける2つの彗星は加速し続け、紅い閃光の眼前に飛び込む。

 

 次の瞬間。

 衝撃音が響き渡る。

 

 弾かれたように顔を上げた少年の前には2つの閃光が尾を引く様に発光していた。

 

 衝突し合う、二種の瞬き。

 燐光の奔流が勢いを削がれていくと同時に青白い輝きが薄れ内部の輪郭が鮮明になっていく。

 

 甲高い炸裂音が鳴り響いた。

 紅い閃光が霧散し、青白い燐光が虚空へ溶けていく。

 

「……っ!」

 

 少年は僅かの間、呼吸を忘れた。

 

 自身の眼前に佇む、青と赤の毛並みを有する体躯。

 迷うことなく大地を踏みしめるその姿は歴戦の猛者そのもの。

 

「……また、立ち上がったんだ」

 

 少女は僅かに眉を潜めていた。

 彼女を睨み付けるその眼光はかつて葬った時と変わらない気高さを滲ませている。

 

『……!!!』

『……!!!』

 

 厄災の前に舞い降りた二匹の獅子はそれぞれ携えた剣と盾を掲げ、咆哮を上げた。

 

 戦場を漂う雰囲気が再び移り変わる。

 凍える冷気が薄れていき、熱い胸の鼓動にも似た闘気が溢れかえる。

 

 一度は地に伏せた、剣と盾の王を冠する獅子達。

 再び相見える巨大な影へ挑むように、彼らは静かに足を踏み出した。

 

 

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