ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア   作:甘井モナカ

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舞い降りる剣(盾)。ああいう演出が大好きなのは私だけでしょうか?


#28.決戦

 

 乾いた空気が頬を撫でる。

 

 緩やかに濡れる前髪の先に立つ獅子達の背中。

 輝くように靡く、赤と青の毛並みから目が離れない。

 

 僕は息をするのも忘れて、彼らの姿を視界に収め続けた。

 

 不意にその姿が揺れ動く。

 盾を携えた獅子の瞳が僕を射貫いた。

 黄金色の眼光に息を飲んだのも束の間、僕は彼が口元にデバイスを咥えていることに気づいた。

 

 獅子は口元のデバイスを放り投げて、くるりと踵を返す。

 彼は静かに前を向き、隣で剣を携える獅子と並び立った。

 

 僅かに漂った静寂の間。

 次の瞬間、合図もなく2匹の獅子は広場の中心へと駆け出した。

 

 直後に響く轟音と閃光。

 再び始まった戦いの音色が鼓膜を震わせる中、僕の耳に聞き覚えのある声が響いた。

 

「これを聞いているということは無事間に合ったという事ですね。……君のやられっぷりを見られないのは残念ですが」

 

 言葉尻に含まれた棘。

 僕の脳裏に浮かび上がるのは、桃色髪の気難しい顔を浮かべるあの人。

 

「……ビート、さん」

 

 自然と口から零れる、呟きに反応することなく喋るデバイス越しの音声。

 僕は、初めてこれが録音されているものだと気が付いた。

 

「……時間がないので手短にいきます」

 

 不意にデバイス内の声音が変わった。

 

「君の前に現れた彼らは、我々の味方です。剣の麗王ザシアン。盾の勇王ザマゼンタ。彼女と対峙する君の剣と盾になるでしょう」

 

 ザシアン。

 ザマゼンタ。

 

 胸の内で呟いたその名は、僕の身体の奥へ染み込む様に溶けていった。

 彼方で激戦を繰り広げる獅子が視界に映り込む。

 

「手段は問いません。なんとしてでも、彼らと共に彼女を止めてください。……現時点の僕にできるのはここまで。後はあなたに託します。あの時の啖呵、忘れてませんからね?」

 

 再生された音声が途切れる。

 沈黙したデバイスとは対照的に、彼方から響く炸裂音。

 衝撃が地面を伝って僕の身体の奥底を揺らしていく。

 

 指先に何かが触れた。

 視線を動かすと、そこには懸命に手を伸ばして掴もうとしたボールが転がっていた。

 

 僕はおもむろにボールを掴み取った。

 僅かな重みが掌に加わる。

 ボールを起動させると断面から閃光が溢れ出し、白い羊毛を纏う手足が顕現していく。

 地面に足をつけたバイウールーは、彼方の戦いを一瞥すると僕の方へと振り返った。

 つぶらな瞳の奥に宿る輝きが僕を射貫く。

 

『行かないのか?』

 

 そう問われた気がした。

 身体の奥底で燻っていた熱がもう一度発火する。

 震える手足に力を籠めて、眼前で広がる暗闇へと挑むように立ち上がる。

 

 僕の傍らで、バイウールーが鳴き声を上げた。

 

 わかってる。

 ビートさんに、皆に助けて貰って、ここに立ってるんだ。

 まだ、諦める訳にはいかない。

 

「僕だけじゃまだ彼女には届かない……。だから、みんなの力を貸して欲しいんだ!」

 

 刹那。

 僕の耳に確かに響いた、気炎を上げる相棒達の声。

 

『……!』

 

 視界の端々が灼熱に染まる。

 鼻の奥を貫く鈍い痛みをこらえる様に、僕は息を深く吸い込んだ。

 

 僕の脳裏に映るのは、消える事のないあの人の情景。

 その想いに背中を押されるように、僕は再び戦場へと足を踏み出した。

 

「……行くよ!みんな!」

 

 

 

 瞬いた閃光が剣を構える彼女の頬を照らし出す。

 眼光から零れる輝きが尾を引く様に虚空へ溶けていく。

 熾烈を極める戦場で舞い踊るように体躯を翻した獅子は大きく前へと跳躍した。

 

 後方から放たれた光弾が眼下の氷竜に直撃する。

 氷の鎧の端々が崩れ落ちて苦悶の声を挙げるそれを飛び越え、彼女は影の奥に佇む少女を見た。

 

 周囲の暗闇から飛び出す複数の影。

 

 身体の脇をかすめていく轟音を無視して彼女は突き進んでいく。

 四方から這い寄る影をすり抜け、眼前に飛来した閃光を剣で打ち落とす。

 

 頭上から鳴り響く咆哮を振り払って青い獅子は少女の眼前へと躍り出た。

 

 甲高い共鳴音を響かせながら、振りかぶった剣が輝きを放つ。

 影に溶け込むように立つ少女へ剣が振り下ろされる直前。

 

 黄金色に輝く双眸へ仄暗い闇を宿した瞳が映り込む。

 

 彼女たちの視線が交錯する。

 

 かつては共に戦い、厄災を退けた少女。

 苦痛にさいなまれ、道を踏み外していった元主の姿。

 

 彼女の胸の内で浮かび上がった遠い情景が、光剣の太刀筋を僅かに鈍らせた。

 

「……こんな私を、まだ心配してくれるんだね」

『!』

 

 直後。

 少女の姿が影に覆われた。

 振り下ろされた剣が膨大な影に絡み取られる。

 

 直上から滲みだした明確な敵意が、彼女の意識を現実へと引き戻した。

 

『……ッ!』

「でも、今度こそ終わりだ」

 

 影の奥から零れる声。

 周囲の暗闇の先から揺らぐように灯っていた真紅の輝きが激しさを増した。

 

 絡み取られた剣を通して影が侵食していく。

 瞬く間に青い獅子は全身をその場に縫いつけられた。

 

『……!!!!』

 

 遥か後方から唐突に轟く咆哮。

 それは、共に傍らで戦う盾を携えていた獅子の悲鳴にも似た叫び。

 

 身動きの取れない彼女の直上で、赤い粒子が集約していく。

 地の底で拘束された獅子を焼き尽くすべく、うねりを上げる燐光の束が放たれる。

 

「……《マジカルフレイム》!」

 

 瞬間。

 集約した燐光が爆ぜた。

 

 虚空から閃光が放たれる寸前に起こった、超至近距離の大爆発。

 それは、高密度エネルギー体と化していた粒子の束をことごとく着火剤へと変貌させる。

 

 周囲に轟く、衝撃音。

 

 膨大な影を纏う龍から零れ落ちる苦悶の声が響く中、絡みつく影を振り払った青い獅子が後方へと跳躍する。

 着地点に合流した赤い獅子の眼差しを一瞥した彼女は静かに後方を見つめた。

 

 暗黒に包まれた空間の中から、姿を見せたのは地に伏せていたあの時の少年。

 白と桃色の手足で佇むニンフィアを傍らに従えて彼は立っていた。

 

「さっきはありがとうございました。ザシアン、ザマゼンタ」

 

 全身に走る裂傷から滲み出す血を拭って少年は続ける。

 

「……ちゃんとお礼とかしたいですけど、今は時間がないので手短に」

 

 眼前に佇む2匹の獅子を見上げる。

 黄金色に輝く2つの双眸がマーチの視線を交じり合った。

 

「力を、貸してもらえませんか?……彼女を止めたいんです。あの人は傷ついて、自分の事を大事に思えなくなってる。でも、そんな事したって苦しいだけなんだ!……だから!」

『……』

『……』

「あの人の手を掴みたい!お願いします!僕と一緒に戦ってください!」

 

 胸の奥で胎動する熱を吐き出すように紡がれた言葉。

 

 返事は無かった。

 

 しかし、僅かに訪れた静寂の中で。

 少年は周囲を漂う雰囲気が動いたような感覚に包まれた。

 まるで暗い洞窟の先で出入口から零れる光が道筋を照らしていくかのような温かさ。

 

『『……』』

 

 息を飲んだ少年の前で、彼の瞳を静かに眺め続けた獅子達はくるりと踵を返した。

 

 直後に伝播する大地を蹴り上げる衝撃。

 虚空を照らし出す輝きを引き伸ばしながら、2匹の獅子は再び戦場へと舞い戻る。

 

 傍らでニンフィアが鳴き声を上げる。

 駆け抜ける2つの彗星を眺めたマーチは、横方向へと駆け出した。

 

 彼方で響く轟音を耳にしながら、彼は先程とは決定的に異なる状況を感じ取っていた。

 

 自身に向けられた敵意の薄さ。

 胸を締め付けてくるような不快感はいつの間にか鳴りを潜めていた。

 

「!」 

 

 そうか。

 恐らく、大きく立ち回る二匹の獅子が彼女の意識を惹きつけている。

 この状況はチャンスだ。

 あの人の意識の外から動けばまだ食らいつける。

 

 思考の海を越えて、マーチの脳裏にある1つの情景が浮かびあがる。

 

 彼は口元を微かに持ち上げ、足を踏み込んだ。

 前髪が横へと流れる。急速方向転換。

 遥か先の戦場を見据えながら、腰に手を回してボールを掴み取る。

 

「……攻めるよ。みんな!」

 

 暗闇の奥で僅かに輪郭を見せる巨大な時計。

 秒針が刻々と動く中、少年は挑むように戦場へと駆けて行った。

 

 

 

「本当に、しつこい……!」

 

 僅かに開かれた少女の口から吐き出されるように零れた呟き。

 

 瞬いた閃光が彼女の横顔を断続的に照らしていく。

 顔を背けても、映り込むあの2匹の輝きに彼女の表情が徐々に崩れていった。

 

 微かに吊り上げられた眉。

 噛み締められた唇。

 眼前を飛ぶ羽虫を鬱陶しがるように顔を上げたユウリは、苛立ちの滲む声をあげた。

 

「ムゲンダイナ……!」

 

 主の声に呼応するように、直上に佇む影が動き出す。

 

 赤い燐光が集約され、戦場へと解き放たれる。

 轟音と共に地表を包み込む赤い閃光。

 

 戦場で交錯していたポケモンたちが一斉に散開する。

 燐光の奔流を避けようとする中、傷を負っていたレイスポスが飲み込まれる。

 

 黒馬の悲鳴があがったその直上で跳躍した獅子達は、未だ健在。

 

 仲間を巻き込む程の無慈悲な一撃。

 それでもなお色褪せない輝きを放ち続ける2匹の獅子。

 

 少女の苛立ちは静かに加速していく。

 

「これ以上、邪魔をするなら……!」

 

 ユウリはおもむろに腕を持ち上げた。

 周囲を漂っていた燐光が彼女の元へと集まり始める。

 

 地面へ着地した獅子達の直上から急襲する黄土色の魔人。

 白雲の上でランドロスが剛腕を振り抜いた。

 

 巻き起こる、虚空を埋め尽くすほどの砂嵐。

 

 ザシアンの眼前に躍り出たザマゼンタが前足を踏みしめて盾を構えた。

 輝きを増した盾から放たれた赤白い光弾が砂嵐と激突する。

 

 衝撃音と共に周囲の大気が荒れ狂う。

 発生した風圧によって後方へ飛ばされる白雲を見据えながら、赤い獅子は体勢を落として巻き起こる突風から身を守った。

 

 その激突の奥で、静かに腕を前にかざすユウリ。

 赤い燐光が激しさを増す中、右腕を赤い獅子へと向ける。

 

 周囲で鳴り響いていた共鳴音が止んだ。

 研ぎ澄まされた敵意が牙を剝く。

 

 赤い燐光の束が放たれる直前、戦場に新たな轟音が響き渡った。

 

「《ハイパーボイス》!」

「……!」

 

 虚空を貫く不可視の衝撃。

 少女の周囲に溢れる赤い粒子をすり抜けたそれは、彼女のかざしていた右腕を微かに揺らした。

 

 僅かに狙いが逸れる砲身。

 彼女の腕から放たれた赤い閃光はザマゼンタの横を突き抜け虚空へ溶けていった。

 

 眼前で起こった事象に目を見開いた、ユウリは弾かれたように顔を上げた。

 少女の斜め後ろ。

 意識の死角と化してた領域に彼は居た。

 

 息を弾ませニンフィアと共に戦場へと駆けこんだマーチは手にしていたボールを振りかぶる。

 

「僕達のことは気にせず戦ってください!こっちも全力で合わせます!」

 

 響き渡る少年の気炎。

 呼応するかのように、戦場に佇んでいた獅子達が大地を蹴り上げる。

 

 戦場似た再び瞬く閃光の数々。

 暗闇を切り裂いて眼前に飛来した光弾を、少女は影を纏う右腕で振り払った。

 

 マーチは眼前の虚空へボールを解き放った。

 

 ボールの分割面から溢れる出す閃光。

 徐々に鮮明になっていく、白い羊毛の輪郭。

 地表を踏みしめるに着地したバイウールーが雄叫びを上げる。

 

「畳み掛けるよ!相棒!」

 

 少年は傍らに佇む二匹のポケモンと共に駆け出した。

 轟音が響く戦場の手前。

 赤い燐光を光らせる少女に向かって。

 

 後方から近づく足音を知覚したユウリは腕を振り上げる。

 

「追い払って。ムゲンダイナ……!」

 

 彼女の直上で空間が歪んだ。

 

 影を纏う龍から振り下ろされる剛腕。

 暗闇が歪に曲がり、それは低い衝撃音を響かせながら少年へと襲いかかった。

 

「はあぁぁぁ!」

 

 マーチの口から零れる裂帛の気合。

 眼前に迫る凶刃へと突き進んだ彼は、傍らにいたニンフィアを抱え込んで上体を落とした。

 

「えっ……」

 

 少女が僅かに目を見開いた。

 少年が見出した活路は、空間を裂く凶刃と地面の僅かな間。

 駆け出した時の慣性を使い、滑り込んだ二人の身体は剛腕の直下を潜り抜けた。

 

 赤い燐光の奥で佇むユウリの脇を通過していくマーチ。

 一撃を躱した、少年は素早く立ち上がり身体を反転させた。

 

 彼の抱えた、ニンフィアの眼前に光が収束する。

 

「《マジカルシャイン》!」

「強引、だね……!」

 

 至近距離で放たれた白桃色の爆発。

 膨大な面での攻撃を防ぐべく、ユウリは影龍の外殻と赤い燐光を前面に押し広げた。

 

 響き渡る轟音。

 大気を揺らす衝撃を肌で感じながら、彼女は顔を持ち上げた。

 

 赤い燐光の奥で立たずむ一人の少年。

 全身に見える傷の数々。

 それでも尚、彼の瞳の奥には燃え盛る炎のような輝きが宿っていた。

 

「……!?」

 

 不意に彼女の脳裏に浮かび上がる情景。

 

 似たような目を知っている。

 地べたに転がっても、高みを見据え続ける気高い眼差し。

 諦める事を知らない瞳。

 

 いつか対峙した黄金色に輝く双眸と少年の眼差しが一致する。

 僅かに震えた喉を抑え込み、ユウリはこわばる唇を動かした。

 

「どうして君は……そこまでして立てるの?」

 

 零れ落ちた言葉は、か細い声音で綴られた疑問。

 僅かに目を見開いたマーチは、口元を緩めて言葉を紡ぐ。

 

「あと、少しなんです。ようやくあなたに届きそうなんだ」

「……」

「それに、『俯いていたらゴールは見えない』。諦めない事の大切さはあなたに教わったはずですけど?」

 

 少年が見せる穏やかな笑顔。

 

 少女の胸の奥深くで鈍い痛みが脈動する。

 内側から生じる痛みに、彼女は僅かに顔を歪ませた。

 

 頬を冷たい汗が伝う。

 上体が不自然に振れ、視界の端の前髪が揺れる。

 視界の奥で変わらず佇む少年と桃色の猫。

 

 直後、ユウリの脳裏に一筋の光が走り抜けた。

 脳内に浮かび上がるのは先程の光景。

 

 少年が至近距離で反撃する前。

 少年が剛腕を回避する前。

 少年が駆け出す前。

 

 彼の傍らにはもう一匹いたはず。

 白い毛を纏う羊が。

 そのポケモンはどこへ行った?

 

 少年の背後で閃光が瞬いた。

 次に遅れて響く轟音。

 

 少女の意識が現実へと引き戻される。

 まさか。

 

 彼女の脳内で響く警鐘。

 少女の表情の変化を見たマーチは、おどける様に肩を竦めた。

 

「っ!」

「あれ。バレちゃいました?……もう少し時間稼ぎたかったんですけどね」

 

 それは、少年自身のある種の賭けだった。

 

 意識の外側から急襲して、少女の意識をこちらに引きつける。

 その隙に、戦場の敵を各個撃破していく。

 彼の背後で見え隠れする光剣の残像と光弾の余波。

 最後に聞こえた羊の鳴き声。

 

 ユウリの胸の奥で吹き出した、焦燥と後悔の渦。

 

 まだ時間が来てない。

 このままじゃ終わっちゃう。

 駄目。そんなのダメ。

 

「嫌だ……!止めてよ……!邪魔しないでよっ!」

 

 苦悶に満ちた表情から迸る絶叫。

 

 彼女の周囲に漂う粒子の輝きが急激に激しさを増す。

 直上で主へ寄り添うように佇んでいた影龍が咆哮を上げた。

 

 遥か上空に位置するムゲンダイナの鼻先で赤い燐光が集約する。

 大気がうねりを上げて突風を巻き起こす。

 

「……この感じは、まずい!」

 

 自身を吹き飛ばすほどの風圧に堪えながら、マーチは上空を見据えた。

 集約する燐光の想定以上の速度に彼は思わず息を飲む。

 

 この距離じゃさっきみたいな誘爆は無理だ。

 後ろのみんなもまだ戦ってる。……どうする!?

 

 氷の鎧を纏う竜と黄土色の魔人が繰り出す猛攻を迎え撃つ獅子達。

 萌黄色と蜜柑色の輝きを纏った羊が地面を駆け抜ける。

 

 背後を一瞥した少年の頬を冷ややかな風が撫でていく。

 宙から降り注いでいた共鳴音が止んだ。

 

 弾かれたように顔を上げたマーチ。

 視界の先には太陽に見間違う程の燐光が集約されていた。

 燐光が一段と輝きを増した。もう時間は無い。

 

「考えてる場合じゃない!ニンフィアッ!」

 

 身体の奥底で生じる熱に突き動かされる様に少年は駆け出した。

 

「お願い……!ムゲンダイナッ……!」

 

 遥か上空で束になった燐光が解放される。

 

 荒れ狂う一条の光。

 

 赤い燐光の奔流は虚空を焼き尽くし、地表へと到達する。

 地面が閃光に包まれる直前。

 

 その直下に躍り出た少年が叫ぶ。

 

「《ミストバースト》!」

 

 少年の前に佇むニンフィアの身体が発光する。

 

 己の命を燃やして放つ技の極地。

 桃色の体躯を空へと跳ね上げたニンフィアの輝きが爆ぜた。

 

 赤い閃光と地表の間で起こる大爆発。

 それは燐光の奔流を掻き消し、周囲の虚空へと発散させていった。

 

「がぁっ……!」

 

 至近距離で起こった爆発の余波で宙を舞うマーチ。

 

 走馬灯の様に脳裏を流れる記憶の数々。

 自身の中を流れる時間が極限に引き伸ばされる。

 次第に遠くなる反響音。

 心臓の鼓動が鼓膜を叩く。

 

 不意に、視界の端を白い影が過った。

 少年はおもむろに顔を持ち上げる。

 視界の奥には、各所に傷を残す白い羊毛が写り込んでいた。

 

 白雲に乗るランドロスを踏みつけ、こちらへ大きくなる跳躍したバイウールー。

 まるで不敵な笑みを浮かべるように、口元を釣り上げ白い歯をみせた。

 

『諦めるなよ。まだやるべきことがあるだろ?』

 

 そう問われた気がした。

 

 少年の瞳に光が灯る。

 心臓が脈を打つ。

 意識が現実に戻る。

 

 宙を舞う中、マーチは掴み取ったボールを掲げる。

 そして、ボールを起動させながら彼は呟いた。

 

「……バトン、タッチ」

 

 バイウールーの姿が閃光に包まれ、少年の元へと飛来する。

 掲げたボールに僅かな衝撃とともに格納される。

 

 腕を通して伝わった衝撃が彼の態勢を移し変えていく。

 上体は浮き上がり、足が地面へと向き直る。

 両足が大地を踏みしめた。

 震える膝から力が抜けるのを堪えたマーチは、逆手に持ったボールを掲げた。

 

 掌に伝わる、微かな帯電。

 これで勝負が決まるという大一番。

 そんな時でも、いつもと変わらない反応を見せる相棒に彼は、ゆっくりと口角を上げた。

 

「ああ。決めるよ、ワンパチ……!」

『イヌヌワン……!』

 

 放り投げられたボールから迸る閃光に照らされ、黄色い毛並みが輝きを放つ。

 宙で身を翻したワンパチは、静かに大地に舞い降りた。

 やがて滲み出す、萌黄色と蜜柑色の光。

 

 バトンタッチのもう1つの特性。

 後退したポケモンの状態を一定時間受け継ぐ。それは後に戦う者への明確な力となる。

 バイウールーが発動させていた『つるぎのまい』『コットンガード』を引き継いだワンパチが咆哮を上げた。

 

 今まで戦って来た者たちの想い、傍らで共に駆けた少年の想いを背負い、黄色い子犬は前足を踏みしめる。

 毛並みの奥から帯電する雷。

 それは周囲を漂う光と結合して、膨大なエネルギーへと変貌していく。

 

 虚空を焦がす、青白い輝き。

 封殺すべくワンパチに殺到する、氷竜と黄土色の魔人。

 

 2つの歯牙が雷電に届く直前、少年は腕を振り下ろした。

 

「ライジング、ボルトッ……!」

『!!!!!』

 

 虚空が爆ぜた。

 

 放たれる大質量の紫電。

 眩い輝きと轟音と共に拡散した電撃は、至近距離に居たキュレムとランドロスを撃ち抜いた。

 帯電した彼らの身体は次の瞬間、爆発的な速度で弾き飛ばされる。

 

 地面に直撃する2つの体躯。

 爆音と共に、衝撃が地面を通して伝播していく。

 少年とワンパチの背後に叩き落とされた二匹のポケモンは、震えながらも上体を起こしていった。

 帯電する手足を堪えて、再び戦場に立ち上がろうとした彼ら。

 

 その頭上から降り注ぐ様に飛来した光剣と光弾が直撃する。

 鈍い衝撃音が周囲に響き渡る。

 

 舞い降りる様に地表へ降り立った獅子達。

 再度地面へと叩きつけられた氷竜と黄土色の魔人は力尽きるように、地べたに倒れ込んだ。

 

 終わりを告げた戦場へ静かに訪れる静寂。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 重い手足を持ち上げ、息を弾ませるマーチ。

 顔中に滲み出る汗を拭いながら前を見据えた。

 

 少年の視界の奥。

 暗闇の果てに佇む少女は俯いていた。

 垂れ下がった前髪が目元を覆い彼女の表情を深淵の奥へと隠している。

 

 マーチの両隣に二匹の獅子が並び立った。

 彼らは少年の横顔を一瞥すると、鼻先を前へ向け直した。

 

 向こうの手持ちはムゲンダイナのみ。

 3体1の逆転した戦力差。

 この状況なら隣の二人だけでも十分押し勝てるはずだ。

 なら、今やらないと行けないのは。

 

 少年は短く息を吸い込み、口を開いた。

 

「もう、終わりにしましょう。ユウ……リさん」

 

 本名を呼ぶのはこれで二度目か。

 改めて言葉にした彼女の名前に違和感を感じつつ、彼は言葉を紡ぐ。

 

「もう、勝負は着きました。僕達の勝ちです」

「……」

 

 少女の身体がゆらりと動いた。

 マーチは一歩踏み出し、続ける。

 

「一緒に戻りましょう。皆、待ってますよ」

 

 虚空へと溶けていく、少年の声色。

 

 影の奥で俯いていたユウリは、おもむろに顔を上げた。

 前髪が揺れ、その表情が露わになる。

 

「マーチ、君。……私は」

「……!」

 

 眉を下げ、表情を歪めるユウリ。

 まるで痛みを我慢する子供の様な仕草に少年は息を飲んだ。

 

 行かないと。

 辛いなら、苦しいなら、支えないと。

 目の前の僕がしないで誰がやるっていうんだ。

 

 心の奥底でもたげた熱に急かされ、少年は再び足を踏み出そうとした。

 直後。

 身体の芯を揺さぶるほどの鐘の音が鳴り響いた。

 彼女の背後に位置していた時計台の長針と短針が合わさり、頂点を指し示す。

 

「……」

 

 視界を揺さぶる鐘の重低音に眉を下げるマーチ。

 彼は視界を戻して、そして違和感に気づいた。

 

 そういえば、なんで時計台があるんだ?

 シュートタワーにはそもそも無かったはず。

 

 時計の秒針。

 時間。

 ユウリさんは、思えばずっとあの時計を背に戦ってた。何故だ?

 あの計画を始める時間は、そもそも何時だったのか。

 

『これは、普通のバトルじゃないよ』

 

 あの時聞いた言葉が少年の不意に脳裏を過った。

 

 まさか。

 

 胸の奥底で、生じる微かな焦燥感。

 

 じゃあこの鐘の音は。

 あの秒針が頂点を指し示した理由は。

 

 思考は巡り、彼が辿り着いた答えは最悪の光景。

 

「……そうだね。これで終わりだ」

 

 抑揚の抑えられた声がマーチの意識を現実に引き戻す。

 

「ユウリ、さん……?」

「time is over. ……私の勝ちだ」

 

 苦痛から安堵へ。

 遥か先で佇む彼女の表情が移り変わる。

 待ち望んでいた救いを享受するかのようにユウリは宙を見上げた。

 

 上空を包む影が割れる。

 暗闇を掻き消すように滲み出す赤い燐光。

 その輝きは天を貫き、夜空に黄昏を彷彿とさせる明かりを灯す。

 その中心にそれは居た。

 

 鉱物のように鋭く光る外殻。

 大小様々な骨が集約して象られる体躯。

 自身の周囲に、粒子を巻き起こし続けるムゲンダイナは全身をのけぞらせて咆哮を上げた。

 

 その余波は大気を通して地表へと広がり、場の空気が硬直させる。

 

「……!」

 

 マーチは目を見開いていた。

 今まで以上に撒かれている粒子の輝き。

 ここからでも感じ取れる、膨大なエネルギー。

 脳裏に警鐘が鳴り響くなか、隣で唸り声を零す獅子の存在がマーチの意識を現実に呼び寄せる。

 

「これで、私の望みが叶う……!」

 

 少女はおもむろに両手を天に掲げる。

 彼女を包んでいた粒子が同調するかの様に輝き始める。

 

「……させない!」

 

 傍らに立つ獅子達と共にマーチは駆け出した。

 

 今ならまだ間に合う。

 ここで止められれば。

 

 荒れ狂う大気のうねりを光剣で切り裂き、迫りくる粒子の濁流を光弾で吹き飛ばす。

 響き渡る共鳴音を超えて、マーチは少女の眼前に迫った。

 

 少年から懸命に伸ばされた手。

 

「ユウリさんっ!」

 

 二人の体感時間が極限に引き延ばされた。

 マーチの指先が彼女の指先へと伸びる。

 ユウリはおもむろに視線を落とし、彼を見つめた。

 

 交錯する二人の視線。

 少年の指先が触れる直前、彼女は薄い笑みと共に言葉を紡いだ。

 

 終焉を告げるその名を。

 

「……《ムゲンダイマックス》」

 

 溢れんばかりの光に包まれ、少年の世界は暗転した。

 

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