ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア   作:甘井モナカ

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言葉だけでは伝わらない事ってありますよね……。


#31.集結

 

 赤い燐光が嵐の様に逆巻く空間。

 夜空を塗りつぶし、朧気に周囲を照らす光の中に、その龍は佇んでいた。

 

 空に浮かぶ巨大な体躯はとぐろを巻く様に重なり合い、1つの掌の様な印象を見せる。

 全身を纏う漆黒の外殻は質量を増し、放出する粒子の量も留まる事を知らない。

 

 周囲を轟かせる甲高い共鳴音が響く中、眼光を紅く輝かせたムゲンダイナは咆哮を上げた。

 大気が揺れ、突風が吹き荒れる。

 

 燐光の嵐が激しさを増す中で一房の髪がなびく。

 天に吠える龍の眼前にユウリは立っていた。

 

 背後に従えるムゲンダイナと同様に彼女の周囲も燐光が紅く煌めく。

 照らし出される彼女の表情は、苦痛に歪んでいた。

 

 周囲を包んでいた、粒子の嵐がどよめく様に揺らぎを起こす。

 沸きあがった異変は、大きな牙となり少女へと襲いかかる。

 

「……っ!」

 

 ユウリの身体から響く骨の軋む音。

 肌の下を通る血管が歪に浮かび上がる。

 

 ムゲンダイナのバックアップがあるとはいえ、ガラル全域を包む粒子と繋がっているのはたった1つの小柄な身体。

 世界を書き換える際に起こる大小様々な歪みは全て、彼女が強引に抑え込み続けていた。

 言わば、世界の重みを一身に背負い込むような所業。

 

 無茶をとうの昔に通り越している状況下で、それでも彼女は前を見据え続ける。

 

「この感じ……誰かが邪魔をしてる?」

 

 自身の肌に纏わりつく不快な感触。

 書き換わる世界の隅で、今なお抵抗を続ける存在を知覚する。

 

 ユウリの脳裏に過ぎるのは、熱を滲ませる瞳を持つ少年。

 じんわりと胸の内に湧き上がる鈍い痛み。

 

 ここまで来て、まだ君は。

 

 再び自身の身体に襲いかかる、粒子の揺らぎを堪えながら彼女は眉を吊り上げた。

 

 身体の隅々まで走る激痛。

 莫大な粒子を操る負荷に押さえつけられる、思考。

 

 少女の身体を徐々に蝕んでいくそれらは、胸の奥で広がる焦燥を掻き立てていく。

 

 脳内で鳴り響く警告音。

 全身が悲鳴をあげる中、ユウリは心の奥底にある操縦桿へ手を掛けた。

 

「私に残された最後の選択なのに。なんで、分かってくれないの……!?」

 

 少女の心情を表すかの様に、周囲で逆巻く燐光が激しさを増す。

 僅かに震える指先に力を籠めて、彼女は縋り付く彼の想いを振り払うべく腕を持ち上げた。

 

 自身の求める世界に最後までこびりつく汚点を消し去るように。

 

 煩いくらい鼓動をあげる心音。

 潰れそうになる重圧の中でユウリは、その声を聞いた。

 

「このやり方じゃあ、お前が救われないからだよ。ユウリ」

 

 少女の目が見開かれる。

 頭上から響いたのは懐かしい声。

 

 その言葉は周囲で鳴り響く共鳴音を超えて、確かに彼女の鼓膜を震わせた。

 

 低い大人びた声になっても変わらずに滲み出る優しさ。

 忘れられないその声の持ち主は、燐光の奔流の中から朧気に姿を現した。

 

 深青色の髪に、茶色の眼鏡。

 粒子の束に流され、はためく白衣の端。

 

 立ち尽くすユウリの眼前に浮かび上がった青年は静かに微笑んでいた。

 

「……ホップ」

 

 その名を口にした彼女の唇が震えた。

 脳裏を過るのは、遥か昔の情景。

 

 周囲を逆巻く燐光の勢いが微かに弱まる。

 落ち着きを取り戻す空間の中で一人佇む彼は、あの頃と変わらない瞳で少女を見た。

 

「……こうなる前に、もっと早く話せてれば良かったな」

 

 ホップはそう呟くと眉を下げて苦笑した。

 まるで、自身の中で失ってしまった物と折り合いをつけるかのように。

 

 少女の奥底で鈍い痛みが走り抜ける。

 

 違う。

 君がそんな顔する必要なんてない。

 そんな笑顔を見たくなかったから、私は。

 

 彼女の内側から湧き上がるのは懺悔の想い。

 そんな灰色の様にくすんだ感情が形となって喉を通る前に。

 

 別の声が響いた。

 

「一人で感傷に浸らないでくださいよ。まだやるべき事が残っているでしょう?」

「……分かってるさ。っていうか、遅れてきた奴に言われたくないぞ」

 

 白衣の青年の背後から、軽口を叩きながら現れた青年。

 薄紅色の髪がなびくように揺れる。

 

「……ビート君」

 

 鋭く細められた瞳が少女を射貫く。

 それはあの頃と変わらない自信に満ち溢れた眼差し。

 

「まったく、ここまで暴れられると小言の1つでも言いたくなりますが……それは彼女に譲りますよ」

 

 口元を僅かに吊り上げた彼は背後を一瞥する。

 

 直後、逆巻く粒子の奥から人影が飛び出した。

 それは、二人とは違いいつも目にしていた黒衣を纏う女性。

 違うのは、結い上げられた髪の奥で溢れんばかりの光を宿している双眸。

 

 少女の前に躍り出たマリィは声を張り上げた。

 それは彼女があの時言えなかった言葉。今までずっと心に秘めていた想い。

 

「ユウリ!……もう止めよう?あたし達は、間違えたんだ。こんな世界作ったってなんも救われん!このままじゃ、あんたがずっと前に進めんくなっちゃう!」

「マリィ、ちゃん……」

 

 か細い声を絞り出したユウリの表情が歪む。

 一瞬、呼吸を忘れるほどの衝撃が脳裏を駆け抜ける。

 

 救われない?

 進めない?

 この世界が、私の想いが間違っている?

 

「これが救いって言うなら、ユウリ。……なんでお前はそんなに苦しそうなんだ?」

「一人で背負って抱え込むのは、あなたの悪い癖です。……苦しいなら僕達を頼ってくださいよ」

「お願い!戻ってきて!ユウリ!……今ならまだ間に合うから!皆の所に帰ろう?」

 

 立ち尽くす少女に向けて放たれる言葉の数々。

 自身に降りかかる正論の奥で、ユウリはおもむろに唇を噛み締めた。

 

 今更。

 何を、言ってるの。

 あの時、置いていったくせに。一人にしたくせに。

 

 少女の体の奥底で蠢いてた鬱憤が首をもたげる。

 

 もう、諦めたのに。

 やっと、最後の望みを見つけたのに。……それすら、許されないの?

 

 心の片隅で生じ続ける鈍い痛みを飲み込んだ、黒い感情が全身を包み込んでいく。

 

 そんな目を向けないでよ。

 そんな事言わないでよ。

 

 不意に彼女の視界が歪み始める。

 目頭が燃えるように熱くなる。

 

 刻々と湧き上がる衝動は、やがて黒い渦となって。

 

 遂に、爆ぜた。

 

「嫌だ……止めて……!……邪魔しないでっ!私の最後の希望を否定しないでよぉっ!!」

 

 ユウリの口から吐き出された一条の絶叫。

 

 抑え込まれていた最後の理性がはじけ飛ぶ。

 身体から溢れ出る衝動は、彼女の内に秘めた操縦桿を殴りつけるように押し倒していた。

 

 直後、空間が爆発する。

 

 巻き起こる粒子の嵐。

 

 膨大な光量の中で響き渡るのは滞空していた影を纏う龍の咆哮。

 ムゲンダイナの体躯が輝きを増し、傍らに佇む少女と結びついていく。

 

「駄目!待って、ユウリ!」

 

 眼前に迫った赤い燐光の波に阻まれ、後方へ押し戻されていくマリィ。

 彼女の遥か前方で、ユウリは紅水晶のような透明な輝きに包まれていく。

 

「っ!このままじゃ押し戻されるっ……!」

「これ以上は、持ちませんかっ!……ホップ!」

 

 黒衣の女性と共に燐光の濁流に巻き込まれたビートが声を張り上げた。

 

 ホップは、薄紅色の青年の傍らで後方を僅かに確認した。

 そんな彼にも粒子の大群がうねりを上げて押し寄せる。

 轟音と共にはためく白衣が燐光に飲み込まれていく。

 

「……大丈夫!ギリギリ間に合った!」

 

 彼の声が空間に木霊する。

 

 辺り一面を赤い粒子の渦で埋め尽くした少女はおもむろに顔を上げた。

 目の前に佇んでいた彼らは、もういない。

 

 それなのに。

 

「じゃあ、1つだけ。否定じゃなくて、訂正させてくれよ。ユウリ」

 

 少女の視界の奥。

 荒れ狂う燐光の奥で彼は確かに微笑んでいた。

 

 光に飲み込まれる刹那。

 彼の唇が動いた。

 

「お前の希望はこれじゃない。……それをこれからあいつが教えてくれるさ」

 

 ユウリの脳裏を一条の閃光が駆け抜ける。

 

 何かが、来る。

 

 そんな直感を知覚した彼女は、ゆっくりと視線を動かした。

 

 赤い水晶の様な塊の奥で見つめた先は、遥か彼方。

 荒れ狂う1つの燐光の奔流。

 その障壁に穴が穿たれ、閃光が迸る。

 大気を焦がすほどの雷鳴が轟く。

 

 その光の中に彼らは居た。

 

 雷光を纏う子犬と、その傍らを駆ける一人の少年。

 

「……マーチ、君」

 

 彼女の零れ落ちた呟きに反応するかのように。

 ぱちんっ、と。

 頬を叩いた音が微かに響く。

 

 両頬を叩いた少年は、おもむろに顔を持ち上げる。

 燃えるような輝きを宿した彼の眼差しが、少女の揺れ動く瞳を捉えた。

 

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