ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア   作:甘井モナカ

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後日談というか、今回のオチ。(タイトル回収!タイトル回収!)


#33.祈望

 

 雲の切れ間が風に流れていく。

 

 紺色の翼を空に広げたアーマガアが雲海の上を進む途中、風切り音と共に、黒鳥を駆る運転手の声が飛んできた。

 

「お客さん!アラベスク以来ですねー!テレビに映っていて驚きましたよー!」

「覚えてたんですかー!?」

 

 タクシーの窓から顔を出した僕は、風圧でぐちゃぐちゃになる髪を押さえながら答えた。

 

「もちろんですよー!トーナメントで勝ち上がって次は、現チャンピオンとじゃないですか!期待してますぜー!」

 

 前を行く運転手のゴーグルの下から白い歯が見えた。

 裏表のない真っすぐな声援。

 

「あははは。ありがとうございますー!」

 

 少し恥ずかしくなった僕は、頬をかきながらそれに応えた。

 

 満足げに頷いた運転手は、跨っているアーマーガアに合図を送る。

 広げられた翼が大きく宙を叩き、速度が上がる。

 

 僕は慌てて窓から顔を戻して椅子に座り込んだ。

 時折、風を受けて揺れるガラルタクシーの中。

 僕はふと外を眺めた。

 

 視界に入るのは、眩しいほど輝く青い空。

 それはあの時の夜空と同じように澄み渡っていた。

 

 ジムチャレンジ決勝戦の直前に起きた異変から数週間が経った。

 《ムゲン団》を名乗る組織によって引き起こされたそれは、人々の記憶に残ることはなかった。

 

 異変の間に人々が意識を失っていた事と、目覚めた人達に委員長のダンデが弁明を図ったからだ。

 

 事の原因は、《ガラル粒子》過剰供給による《ダイマックス》ポケモンの暴走。

 委員長を始めとする、数名のスタッフでこれを解決。

 

 世間の大まかな認識はこうなっていた。

 

 もちろん、落胆を見せた観衆も大勢いた。

 しかし、委員長の話術と各種メディアの発信力。

 それとポケモンへの情熱を忘れなかった人々の想いが重なり、中断されたジムチャレンジ決勝戦の再会を実現させた。

 

 数日後に復活した決勝戦でニックと対峙した僕は、ギリギリのバトルを超えて勝ち上がった。

 

 そして、始まった《ガラル・ファイナルトーナメント》。

 次期チャンピオンが決まるその大会で僕は着々と勝ち進み、遂に決勝戦へと辿りついた。

 

 相手はもちろん、ガラルの頂点に立つあの人。

 彼女は体調不良という事で、あの日から公の場に姿を見せていない。

 

 詳細を知らない世間から心配の声が相次ぐ中、僕は今日タクシーに乗った。

 ガラルの空を横断して向かう先は。

 

「お客さーん!見えてきましたよー!《シュートタウン》ですー!」

 

 聞こえてきた運転手の声が意識を現実へと引き戻した。

 顔を上げて窓の外を覗くと、見えてくるのは山々に囲まれた麓の奥に立ち並ぶ構造物の数々。

 

「ほんとにいいんですかぁー!?あそこに着陸してー!?」

 

 滑空する黒鳥の上で運転手がある方向を指し示した。

 

 眼下に広がる街並みの中で、一際高くそびえ立つ塔。

 《シュートタワー》。

 

 脳裏を過るのはあの夜の光景。

 僕は窓から顔を出して、声をあげた。

 

「大丈夫ですー!ちゃんと招待されてるのでー!」

 

 アーマーガアが地面に向けて翼を広げ、速度を落としていく。

 徐々に近づくタワーの頂点。

 

 僕はポケットにしまい込んだスマホを取り出した。

 画面に表示されるのは、一通のメール文。

 

 送り主の名は。

 

「……ダンデ委員長」

 

 僕の呟きに反応するかのように、遥か先で扉が開かれる。

 

 タワーの発着エリアに姿を見せた一人の男。

 黒いスーツに身を包み、深青色の髪を靡かせた彼は白い歯を見せた。

 

 

 

 

「よく来てくれたな。逃げられるかもってヒヤヒヤしてたぜ?」

 

 エレベーターの振動音が響く中。

 隣に立っていた、ダンデさんが口を開く。

 彼は腕を組むと、背中を壁にもたれ掛けた。

 

「それは奇遇ですね。こっちは今もヒヤヒヤしてますよ」

 

 大きく振動する心音を耳にしながら、僕は短く息を吐いた。

 

 正直、不安はある。

 あの時見せた表情は、一時的なもので、実はまだ諦めきれてないとか。

 あの時の胸元で感じた温もりは全部、幻だったとか。

 

 次第に冷たくなる身体の奥底。

 後ろ向きな思考が頭を巡る中、僕は深く息を吐き出した。

 

 落ち着け。

 仮にそうだとしても。

 僕がここに来た理由は揺らがない。

 だって、決めただろ?

 僕は。

 

 あの時誓った、決意を思い出す。

 

「……でも、逃げる訳にはいかない。傍にいるって約束したんだから」

 

 不意に、隣から聞こえてくるのは空気が漏れたような音。

 顔を上げると、ダンデさんが笑いを堪えていた。

 

 頬が熱くなる。

 僕はようやく、決意が声に出ていた事に気づいた。

 

「すま、ない。……あまりにも、君のお兄さんの言ってた……通りの反応だったから……つい」

「言いたいことは色々ありますけど、あのタンクトップは兄弟じゃないっていつ理解してくれるんですか?」

 

 小刻みに吹き出し続けるダンデさんに対して、僕は食い気味に突っこんでいた。

 

 ……あのほら吹きとは一度話し合う必要があるな。

 

 ふと。

 空間を這っていた振動が収まり、間延びしたような電子音が鳴り響いた。

 エレベーターの扉が開き、室内の情景が露わになる。

 

 おもむろに歩き出したダンデさんに続いて僕はタワー内へと足を踏み入れた。

 

「じゃあ、軽く状況だけ説明しておくぜ?」

 

 声のした方へ顔を向けると、黒い背中が前へと動き出した。

 

「君達が表舞台で戦ってる間、俺達は事後処理を行っていた。メディアへの情報発信。損害の出た施設・建屋の補修。……そして《ムゲン団》と名乗っていた彼らのカウンセリング」

 

 《ムゲン団》。

 その言葉が切っ掛けで脳裏に浮かび上がるのは、漆黒のローブを纏う人影たち。

 

 自身の記憶に意識を向けていると、視界の端が明るくなった。

 目線を上げると、壁一面に広がる巨大な窓から差し込む光が室内を照らし出している。

 

「正直、尋常じゃない数だったが……うちのスタッフが優秀でね。僅か数日で大半をさばいてしまった。一度、幻想に身を置いたのも大きかったようだ。憑き物が取れた感じで彼らは現実へ戻っていったよ。……マジで差し入れ持ってかないとだよなぁ。……また懐が厳しくなるぜ」

 

 差し込む光を超えて通路の奥へ。

 言葉の最後の方で情けない声を出すダンデさんの前を行く背中が、一段階萎んだような気がした。

 

「まぁ。そんな感じで、《ムゲン団》は事実上解散。幹部の位置にいた二人の助力もあって、穏便に済んだところだ」

 

 幹部の二人。

 脳裏を過るのは、灰色のスーツと黒衣を身に纏う彼らの横顔。

 

 不意に視界が薄暗くなる。

 室内に差し込む光が薄れ、徐々に影が伸びる。

 

 僕は小さく息を吐いた。

 胸の内で生じるのは僅かな既視感。

 

「あと一人、残ってるって事ですね」

「……そういうことだ。また、一人で背負い込もうとしていてね」

 

 僕の問いに、ダンデさんは苦笑いを浮かべた。

 静寂に包まれた通路を進み、僕達は1つの扉の前に立った。

 

「君が最後の砦だ。頼んだぜ?」

 

 改めて説明されて、状況は理解できた。

 ダンデさんでもなんとか出来なかったあの人を代わりに説得するってこと。

 

 背後から音もなく忍び寄る、確かな重圧。

 圧し掛かる責任感に眉を顰めた僕は、おもむろに顔を横に向けた。

 

「……」 

「……そんな目で見ないでくれよ。今の彼女は特殊な事情で君と年が近い女の子なんだ。大人はこういう時、立場が弱いんだって」

 

 隣に立つダンデさんが、にやりと笑った。

 

 どこかの白衣の女性を彷彿とさせる雰囲気。

 なんか良いように転がされてる感が否めない。

 

 僕は瞼を閉じて深く息を吸った。

 

 でも。

 僕がやらないで誰がやるって言うんだ。

 

 そう。これは、僕の役目。

 やらなきゃいけない事なんだ。

 

 意識を切り替えて、僕は瞼を開いた。

 短く息を吐き出して、両頬を叩く。

 

 全身のスイッチを切り替えた僕は、一歩前へと足を踏み出した。

 

「やってみます……!」

 

 手に掛けたドアノブを掴んで押し出した。

 

 ゆっくりと扉が開かれる。

 視界が広がり、光が差し込む。

 瞳に入り込む光の奥で曖昧になっていた輪郭が鮮明になっていく。

 

 色づき始める世界の中でその人が佇んでいた。

 簡素なデザインの白いワンピース。

 白色の生地から覗く手足が鮮明に輝く。

 差し込む光を鮮やかに反射するダークブラウンの髪。

 憂いを帯びた横顔を見せていた彼女は、ゆっくりと扉の方へと振り向いた。

 

 琥珀色に輝く瞳が僕を見た。

 

「……ユウリ、さん」

 

 机を挟んで向かい合う、ユウリさんと僕。

 無意識の内に出ていた呟きは、沈黙を貫く彼女を通り過ぎて光の奥へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 机に置かれた3つのマグカップから湯気が立ち上る。

 

「前委員長、それにスパイクタウンのジムリーダーとは話がついた。残るは君だけだ、ユウリ。……君はこれからどうしたいんだい?」

 

 日の光が差し込む部屋の中で、ダンデがおもむろに口を開いた。

 湯気と共に、立ち込めた仄かな甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

 机の向こう側で彼が対面する二人。

 緊張した顔を向ける少年の横で、俯いていた少女が顔を上げた。

 

「あの夜の事は、本当にすみませんでした。……あの子の力が消えて、目が覚めました。私はあなた達を、関係のない人達を巻き込んで、全てを壊そうとした。……これは謝っても許されるべき事ではありません」

 

 伏せられた瞳から滲む、懺悔と後悔の欠片。

 

 だから、と。

 少女は小さく息を吸って、前を見据える。

 

「……チャンピオンを、辞退させてください」

 

 小さく、鋭く呟かれた言葉が響き渡った。

 

 静まり返る部屋。

 壁に掛けられた時計が刻々と針を動かしていく。

 

 少女の想いを聞いた男は、おもむろにカップへと手を伸ばした。

 

「結局。君の想いは変わらない、か……」

 

 カップに入っている紅茶が小波の様な模様を水面に広げていく。

 手元をしばらく眺めていたダンデは、静かに目を細めた。

 そして、目線を持ち上げて正面を向く。

 

 彼の視界に映るのは、今回の功労者。

 人々の認識外で世界を救った英雄。

 

 そんな肩書を微塵も感じさせないくらい縮こまった少年に、彼は言葉を投げかけた。

 

「……君は、どう思う?マーチ君?」

「!」

 

 部屋に響いたのは、呼吸が詰まったような音。

 周囲から注目が集まる中、マーチは口を押さえながら冷や汗をかいた。

 自身の心臓の鼓動が、騒がしいくらいに鼓膜を叩き続ける。

 隣から微かに感じる、彼女の視線。

 

 落ち着け。

 言わなきゃいけないことは、もう決まってるだろ。

 

 心の奥で広がる穏やかな熱が、全身へと伝播していく。

 膝の上に置かれた掌へ力が籠る。

 縮こまるように目線を落としていた少年は、ゆっくりと顔を持ち上げた。

 

「……ユウリさんは、何も壊してないですよね?ただちょーっと強引にみんなに夢を見せようとしただけで」

「マーチ、君……!?」

 

 彼の口から出たのは、部屋を包んでいた緊張感を緩ませる様な気の抜けた声音。

 気が付けば、隣で聞いていた少女が食い気味で声をあげていた。

 

 対面するダンデは手にしていたカップをそっと机に戻す。

 伏せるように伸ばされた上体の奥で、口元が僅かに緩んでいた。

 

「なるほど。あの夜を戦い抜いた君が言うんだ、きっとそうなんだろう。……じゃあそういう事にしようぜ、ユウリ」

「ダンデさん……!?」

 

 少年と同様に脱力しながら話す男に、ユウリは再び戸惑いの声をあげる。

 部屋に漂っていたはずの身体を突き刺すような冷気が薄れていく。

 

 代わりに訪れるのは緩やかな温もり。

 まるで過ちを責めるのではなく、励ますかのように。

 

 穏やかな温かさの中で、ユウリの身体は徐々に凍り付いていく。

 雰囲気が移り変わろうと、彼女は変わらない。

 変われない。

 

 自身の内側に残る罪がそれを許さない。

 

 とぐろを巻くように奥底で蠢いた感情は、やがて爆発する。

 

「私は……!この世界を壊して、勝手に作り変えようとしたんですよ?……チャンピオンとして振舞っていた時も、団のみんなの前に居た時も、私は自分の事しか考えてなかった!……そんな弱くて、卑怯で、いい加減な人間を何の罰も与えずに放りだすって言うんですかっ……!?」

 

 吐き出すように、零れ落ちる罪の告白。

 

 言葉を紡ぐ度に胸の奥が潰される感覚に少女の身体が悲鳴を上げる。

 自身の心に何度も刃を突き立てて、叫んだ彼女の声が虚空へと溶けていく。

 

 再び静寂に包まれた一室。

 

 彼女の周囲には思い出したかの様に冷ややかな雰囲気が舞い戻っていた。

 

 喘ぐように、肩を上下させるユウリ。

 俯いた視界を前髪が覆う中、その声は彼女の耳へと届いた。

 

「でも、最後は止まってくれたじゃないですか」

 

 ユウリは目を見開いた。

 

 言葉の意図が理解できなかった。

 

 滲み出る優しさの奥に強かな芯が宿るその声は続く。

 

「あの時、あなたが少しでも本気を出してたら、僕は潰されてました。……でも。最後まで悩んで、苦しんで、立ち止まってくれたから。振り向いてくれたから、僕はユウリさんの手を掴めたんですよ?」

 

 乾いた喉から息が漏れる。

 彼女はゆっくりと顔を持ち上げた。

 

 目線の先で、彼女の視界に映るその声の持ち主は静かに笑みを浮かべた。

 

「だから、そんなに自分を傷つけないでください」

「……」

 

 彼女は唇を震わせた。

 否定しなきゃいけないのに、そのための言葉が一向に出てこない。

 

 日の光に包まれた部屋の中で彼女は佇み続ける。

 

 ダンデは組んでいた腕を下ろして姿勢を正した。

 立ち上がろうとする少年を制しながら、彼は目の前で小さく震える少女と向き合った。

 

「……俺の持論だけど。罰っていうのはさ、反省してない奴に仕方なく与えるものだ。逃げないで自分の過ちと向き合ってるお前には、もう必要ないんだよ」

 

 視界の端で頷く少年を横目に、男は続ける。

 

「それにさ、今回お前をそこまで追い詰めたのは俺達大人なんだ。チャンピオンという肩書きに胡坐をかいて、ユウリという一人の人間に向き合わなかった。そんな奴らがお前に罰を与える資格なんて一切ないんだ。……それでも。納得いかないって言うなら、恥を承知でお前に提案したい事がある」

「……」

 

 彼の前で佇む少女が僅かに動いた。

 

 ダンデは短く息を吐き出し、口を開いた。

 

「俺達にチャンスをくれないか?今回の一件で色々な問題点が浮き彫りになった。お前みたいな思いをする子が二度と現れないように、これから変えていかなきゃいけないんだ。だから、力を貸して欲しい。お前が壊そうとしたこの世界で、俺達と一緒に戦って欲しいんだ。……これが、今のお前に渡せる精一杯の罰だよ」

「……!」

 

 少女の口から零れる、微かな吐息。

 肩が小さく震え始める。

 

 椅子に座り込んでいたマーチは、ゆっくりと立ち上がった。

 彼の視界の先に映り込むのは、寒さに耐えるように身体を小さくする彼女の姿。

 身体の奥で一握りの熱が産声をあげる。

 

 今度こそ。支えるんだ、僕が。

 

 少年は呼吸を止めてゆっくりと手を持ち上げた。

 伸ばされた手は小刻みに震える肩へと置かれ、微かな力が籠められる。

 

 びくっ、と。

 外部の刺激に反応するかのように、ユウリは顔を持ちあげた。

 自身を映し出す琥珀色の瞳を見据えてマーチは微笑ながら言葉を紡いだ。

 

「皆があなたを待ってます。だから、また始めましょう?……ここから」

「……」

 

 少年の姿を映す瞳が揺らぎ始める。

 僅かに開かれた唇から溢れる息吹。

 

 やがて。

 何かを塞き止めていた殻が崩れ落ちるかのように。

 彼女の引き締められた頬に一筋の雫が伝った。

 

「……あっ……うっ……っ……!」

 

 肩を震わせて嗚咽を漏らす少女を、少年はゆっくりと抱き寄せた。

 彼女の吐き出す想いが、包み込んだ胸元を伝って身体の奥底へと沈んでいく。

 

 マーチは瞼を閉じてユウリの背中へと手を回した。

 

「大丈夫。今度は僕が傍で支えますから」

 

 だから。

 もう傷つく必要は無いんです。

 

 自身の心の中で生じる想いを彼女へ伝えるために、包み込む両手に力を籠めた。

 

 少女の心に残った、最後の壁が崩壊する。

 ユウリの口からとめどなく溢れ出す、哀哭。

 

「……!!!!!」

 

 震える声音は大きさを増して、少年の胸へと反響していく。

 

 小刻みに震える背中に彼はそっと手を当てた。

 穏やかな熱に包まれながら彼女は心の奥で蠢いていた感情を吐き出し続けた。

 

 そして、針の刻む音が部屋に響き渡り始める。

 

 部屋の中で重なり合っていた二人は、やがて椅子へともたれ掛かった。

 

 依然として涙を流し続ける彼女を知覚しながら、マーチはふと顔をあげる。

 視界の奥に映り込むのは、にんまりとした笑みを浮かべた男の顔。

 

『助かったよ。君が居てくれて』

 

 差し込む光の奥で細められた目がそう物語っていた。

 

 マーチは小さく息を吐いて、かぶりを振った。

 それは違う、と。

 

 結局は彼女が許せるか、どうかだったのだ。

 自身の過ちを。

 過去の自分を。

 

 胸元から控えめに鼻をすする音が聞こえる。

 彼は、落ち着き始めた少女の頭をそっと撫でた。

 掌に伝わるのは艶やかな髪質と仄かな体温。

 

「……」

「……」

 

 万感の思いを瞳に込めて、マーチはダンデを見つめた。

 二人の眼差しが互いの姿を映し出す。

 

 男は咳払いをすると、おもむろにスマホを取り出した。

 

「……ところで。このシチュエーション、絵になるんだよなぁ。大会宣伝用に一枚いいか?」

「……シャッター押した瞬間に、二人揃って棄権しますからね?」

 

 微笑む少年の口から迸る鋭い一言。

 男は肩をすくめて、やがて吹き出すように苦笑を浮かべた。

 

 まるで、それぞれの肩の荷が下りたかのような穏やかな雰囲気に包まれる一室。

 

 机に置かれているマグカップからは、立ち込めていたはずの湯気がいつの間にか消えかかっていた。

 

 

 

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