ポケットモンスター剣盾 外伝 祈望のアカシア 作:甘井モナカ
聞きなれない喧騒の音に目が覚める。
突如、眼前に広がったのは豪勢な王冠を連想させるシャンデリア。
「……知らない天井だ」
あまりの主張の強さに胸やけにも似た感覚を覚えつつ、僕は周囲に目を凝らす。
ぼやけていた輪郭が徐々に鮮明になっていく。
目に映るのは、シャンデリアと同様な装飾を用いた椅子や机といった家具の数々。
自分の部屋とは異なる景色への違和感を皮切りに、僕は自分が昨日までの出来事を思い出した。
「そっか。エンジンシティに来たんだっけ」
以下、回想。
二日前、ユウお姉さんと共に《エンジンシティ》に来た僕はジムチャレンジの手続きをしてリーグカードを手に入れた。
掌の上で赤く輝く一枚のカード。
念願のジムチャレンジャーの証に僕の胸の鼓動は早くなり、自然に口角が上がってしまった。
ユウお姉さんに若干距離を置かれた気がしたけど、たぶん気のせいだろう。
僕は意気揚々とダイマックスバンドの譲渡手続きに入った。
頬をにまにまと緩める僕の前で、受付の人が真顔で書類を手渡してくる。
僕の表情はそこで固まることになった。
手続きの結果は差し戻し。
幸いこちらの不手際ではく、在庫が足りないため譲渡を一時止めているそうだが、二度目の入手失敗は色んな意味でキツイ。
放心状態の僕を見てられなくなったのか、ユウお姉さんが色々な所に連れて行ってくれた気がする。
気がするというのは情けない事に当時の記憶が所々飛んでいるのである。
おそらく腕を引かれるまま各所を巡り、今に至る。
以上、回想終了。
次第に蘇る自身の失態に、思わず僕は頭を抱えた。
「また、格好悪い所をみられてるじゃん……」
しばらく毛布の上でもがいてると、僕の足元にふさふさとした感触が飛び込んだ。
黄色い毛並みを毛玉のように膨らませた一匹の子犬。大きく欠伸をしたワンパチは、前足で僕の服を器用に引っ張っていた。
どうやら朝食をご所望らしい。
「こっちはお構いなしですか。……はい、はい。準備しますよ」
ベットから起き上がり、僕の服と戯れていたワンパチを床に下ろす。
洗面台へ向かう途中でテレビのリモコンのボタンを押した。
『今日はいよいよジムチャレンジの開会式がはじまりますね。スタジアムへの観戦チケットは完売したとの情報が入っています。今年は現チャンピオンの10周年という大きな節目の年でもあり、今年も防衛成功となるのか多くの人が関心をよせていると思います。開会前ですが、現地でリポートしているグワバラさんと中継がつながっています。様子をみてみましょうか、グワバラさーん。……ハァイ!』
ニュースキャスターの声を耳しながら、洗面台で蛇口をひねった。
小気味よく流れる水流の音が部屋を満たす。
キャスターの言う通り、今日はジムチャレンジ開催日だ。ここから、僕達の本当の旅が始まる。
顔を上げると、鏡の中の自分と目があった。
相変わらずくたびれたような印象をみせる目元の隈に頬が引きつったが、今後の期待と不安、確かな高揚が宿る瞳を改めて認識した僕は、瞼を閉じ冷水を掬った。
ワンパチと朝食をとった僕は、部屋に別れを告げエントランスへ向かった。
ホテルの出入り口前の吹き抜けの広間には多くの人が行き交っていた。
レストランへ向かう人、ソファで新聞を読む人、パンフレットを片手にキャリーバックを引く人。その中に僕と同年代の人がちらほら見える。
ジムチャレンジャーなのだろうか。彼らは活気に満ち溢れていて、目元に隈はなく『凛々しい』『誠実』といった言葉が似合う雰囲気の人たちばかりだ。
落ち着きなく回りをキョロキョロと見ている僕とは大違い。
目を左右に泳がせていると、ホテルの制服を身に着けた従業員と目が合った。
思わず、目を丸くした僕に彼はにこっと微笑んだ。
慌てて会釈をした僕は、人の往来の邪魔にならない様に壁際に身を寄せた。
うわぁ。みんな眩しすぎるぜ。
活気にあふれ、各々の場所へ行きかう人々。対して、朝からどうにもエンジンがかかっていない感じのする自分。
自分の不甲斐なさが、より鮮明に見えてしまった僕はため息をついた。
壁に背中を預け、瞼を閉じる。人々が視界から消え、残るは耳に入る雑踏のみ。
気持ちを整理しようと、深呼吸をして雑踏から意識を手放そうとした瞬間。
「すみません。マーチ様でよろしいでしょうか?」
唐突に鼓膜を叩く声。驚いて目を見開くと、僕の前には先程目線の合った従業員が微笑みを浮かべながら立っていた。
「は、はいぃ」
意図していない緊急のコミュニケーション発生案件に、僕は見事に緊張してどもってしまった。
綺麗に整えられた短髪。黒の生地に赤い意匠が施された制服を着こなしている。
間近で見ると、より一層感じ取れる上品な出で立ちに圧倒される僕。
「急にお声をお掛けして申し訳ありません。お客様にメッセージを預かっております。よろしければあちらのカウンターまでお越しいただけないでしょうか?」
僕の挙動不審な対応に、さりげなくフォローを入れる従業員。何気ない優しさが心に染みる。
了承した旨を伝え、彼の後を追いカウンターへ。
雑踏の中を進むと、カウンターの上に青い色の小箱と一枚の紙が置かれていた。
紙を手に取ると『プレゼント』と一文のみ書かれている。送り主の記載はない。
僕は眉をひそめ、従業員の方に目を向けるとまた微笑まれた。
「送り主の希望で名前は伏せさせていただいておりますが、心配ありません。マーチ様に危険なものではありません。私が保証いたします」
「は、はぁ……」
有無を言わせない、圧力を感じさせる笑みに気遅れしつつ僕は目の前の箱に手をかけた。
箱の中身は2つ。
《モンスターボール》と《リストバンド》。
《モンスターボール》の方は所々、使用感がみられるもの。
手に取って確認すると稼働していて中にポケモンが格納されているようだ。
従業員に再び目を向けると、今度は微笑みながら頷かれた。
カウンターの後ろのスペースに人がいない事を確認した僕はボールのロックを解除して軽く放り投げた。
ボールから溢れる閃光に身を照らされ、現れたのは黒い手足に白い毛皮。
『データ照合完了。ウールー。ひつじポケモン』
スマホから開示されるデータを横目に、僕は目の前のポケモンに見つめた。
『メェェェ~』
しばらくボールに入っていたからなのか、体を器用に伸ばしてリラックスしているようだ。
草原や、牧場でよく見るそのポケモンは僕も見覚えがあるものだった。
そして《リストバンド》。
青と白の刺繍に、バンド中央に位置する黒色のデバイス。
パネルに触れると現れる微かな起動音と共に浮かび上がる《Daimax》のロゴ。
あれ。これって、もしかして……!
僕が驚愕の事実に目を見開いたと同時に、僕のスマホに着信が入った。
ポケットから取り出すと、画面に表示される見覚えのある電話番号。
通話ボタンを押すと聞き覚えのある声が鼓膜を響かせた。
『久しぶりだな。マーチ。プレゼント、驚いたか?』
「ホップさん! ちょうど今、届きましたよ……!」
ガラル各地への現地調査のため、研究所を離れていたホップ博士。
数か月ぶりの連絡に、僕は思わず声が上擦った。
『それは良かった。あんまり連絡取れなくてごめんな。……仕事が山積みでさ、夢中になってたんだ』
恥ずかしそうに言葉を詰まらせた弁明に僕は苦笑した。
各地へ飛んでも夢中になると周りが見えにくくなるのは変わらないようだった。
「相変わらずですね。そーなんだろうなって、ソニアさんがぼやいてましたよ」
僕の返答に電話口から乾いた笑い声が聞こえてくる。
『ははは。まだまだ、あいつには頭が上がらないな』
脳裏にホップさんの困り顔が目に浮かんで、自然と口元が緩んだ。
「そーいえば、よく僕がこのホテルに泊まってるって分かりましたね?」
『いつも言ってるだろ?客観的に観察する目と論理的思考をする頭脳って奴だよ。マーチ』
得意げな口調のホップさん。
久しぶりに聞いた研究所でよく口にしていた台詞が懐かしい雰囲気を呼び起こす。
確か、僕とホップさんで見ていた刑事物のドラマで白衣を着ていた人が言ってたんだっけ。
「さすがですね。ソニアさんがチャレンジの手続き忘れるところまでお見通しなんて」
『あー。それは一、昨日こっちに来たソニアから直接聞いてさ。……まさかトラブってるとは思わなかったよ』
「えっ」
一転。
申し訳なさそうな口調になるホップさん。
僕も掛ける言葉が見当たらず、寒々しい間が生まれた。
室内なのに冷たい風が流れたような感覚に包まれながら、聞かなくてはならない事を思い出した僕は慌ててホップさんに問いかけた。
「……あ!それで、プレゼントの件なんですけど、これいいんですか?昔ホップさんが使ってたやつですよね?」
僕の問いに電話越しからは、優しい雰囲気の声が聞こえた。
『ああ、大丈夫。2つとも、マーチにあげるよ。バンドはごめんな。準備する時間なくて俺のお古だけど。……ウールーのほうは、俺からのお祝いってやつだ。一緒に連れていってやってくれ』
不意に足元に軽い衝撃が加わる。
目線を落とすと件のウールーがこちらを見上げていた。
大きな瞳を細め、口を開けながら僕に顔を向ける様子はまるで笑っているかの様に感じられた。
「ありがとうございます。どっちも一緒に背負って行きますよ」
『そう言ってもらえると助かるぜ』
僕はバンドをつけた左手でのウールーの背中をそっとなでた。
心地良いのか、ウールーは首を伸ばし目を瞼を閉じ鼻を鳴らしている。
『おっと。そろそろ、チャレンジの開会式の時間かな?』
「そうですね。受付が始まる頃です」
目にした時計の時刻は、受付開始の10分前だ。
『よーし、手短にいくか。俺から後、言える事は1つだけだな。……目一杯、楽しんで来い。これから出会う人、ポケモン。自分の目で見て感じてくるんだ。周りの意見は後でいい。最後に決めるのはお前自信なんだ。それが俺の思う、チャンピオン、彼女の前に立つ一番の近道だな』
ホップさんの言い聞かせるような、ゆったりとした口調。
その言葉の中を微かに籠った熱が僕の胸の中へとじんわりと伝わったような気がした。
改めて感謝を伝え、僕は通話を終了する。
カウンターの方へ振り返ると、僕の前にいた従業員が深いお辞儀をしていた。
「申し訳ありませんでした。マーチ様。ホップ博士のご要望でしたが、送り主の名前を伏せるといった非礼、重ねてお詫び申し上げます」
「そんな、顔を上げてください。むしろ、こっちがすみませんでした。従業員さんを巻き込む形になってしまって……」
あまりにも立派な深々としたお辞儀に僕は慌てて弁解する。
あまりの動揺に、空いた両手をぶんぶんと振ってしまった。
こちらの要望を酌んでくれたのか、ゆっくりとした動作で顔を上げる従業員。
「いえいえ。研究界で権威なホップ博士とお話できたのは私の一生の宝物です」
「はぁ。結構有名だったんですね。あの人」
微笑みながら、僕の知らない事実を口にする従業員を前に僕は目を丸くした。
「ええ。それはもう立派な博士ですから。それでは、手続きお済のようですので出入口まで荷物をお持ちしますね」
「あ、はい。ありがとうございます」
カウンターに置かれていた僕のバックを持ち上げると、従業員は出入口へ向かう。
僕もホップさんから貰ったプレゼントをしまい、彼の後に続く。
窓から見える街並みは朝日に照らされ鮮やかに色づいている。
扉の前で身体を反転させた従業員。手荷物と共に贈られたのは眩しいほどの笑顔。
「それでは、マーチ様。いってらっしゃいませ」
「はい!」
確かに受け取った熱を身体の中で反芻させながら、僕は扉の外へ足を踏み出した。