少年と少女が何かを探すだけです。

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「探してほしいんだ、わたしの」

 隣の芝が青いように、遠くの町は色づいて見える。

 旅をしていると思うことだ。知らない場所、知らない景色は、知れば知るほど魅力的に映る。

 もっともそれは、すぐに移るからこその感想なのかもしれない。味がするうちにガムを吐き捨てるように、外面だけを楽しんで、飽きないうちに去るからこその感情。

 

「そのくらいの方が、気楽だからいいけどね」

 

 中まで噛み締めるというのは、意外と疲れるのだ。それは嫌だ。ぼくは、ラクに楽しく生きていたい。頬を撫でるそよ風に目を細め、肌を焼く日光を心地よく感じながら寝返りを打つ。平日の公園の中心で、職質以外何の気兼ねもなくのんびりと過ごすこれを、自由と言わず何と呼ぶのか。

 

 

『それもまた、縛られてるだけだよ』

 

「うるせえ」

 

 声を振り払うようにもう一度、反対側に転がる。『本当はわかってるでしょうに』と、麦わら帽子を押さえた半透明の彼女が、呆れたように言った。

 

 

 

 *

 

 

 

 彼女と出会ったのは、数週間ほど前だ。

 山中で突然の雷雨に襲われ、どうにか逃げ込んだ廃墟の大広間。埃をかぶったシャンデリアの下で、白いワンピースの彼女は座っていた。一目見た瞬間、()()()()()()ことが分かったが、不思議と恐怖はなかった。

 

『こんにちは』

 

 薄くエコーをかけたような、不思議な声音だった。つられてこんにちは、とお邪魔します、を伝えた。

 

『くすっ、どうぞ』

 

 荷物を玄関に放り投げ、階段の途中に座り込む。わざわざ距離を取ったにも関わらず、彼女は隣まで降りてきて、しゃがんだ。

 

『どこから来たの?』

 

「東京」

 

『へえ、すごいね』

 

 そこからの質疑応答は、ビックリするほどテンプレートなそれだった。旅をしていて誰かに会えば必ず聞かれる、年齢、行程(これまで)目的地(これから)。むしろ、明らかに幽霊らしき少女相手に、動揺もなしにそれをつらつら話している自分自身に驚いた。

 

『ふーん、いいな』

 

 羨むようにそう呟いて、彼女は窓の外を見た。未だに雨が収まる様子はない。

 

「きみは、いつからここにいるの?」

 

『思い出せないな。少なくとも、死んでからずーっと。成仏しようにも、未練がね』

 

「それが消えるのを、ここで待ってるのか」

 

『ううん。ここにいるだけじゃ絶対に解決できない。だからずーっとこのまま』

 

 彼女が手袋のついた左手を撫でる。その表情はとても悲しげだった。だから──言ってしまった。軽い気持ちで。

 

「そっか。なら、手伝うよ」

 

『──ホント?』

 

「うん。ちっぽけな旅人に何ができるかわかんないけど、まあ色んなとこ巡るわけだし、それなりに力に──なれるといいな」

 

『嬉しい、ありがとう』

 

「いえいえ。で、きみの未練って?」

 

『探してほしいんだ、わたしの』

 

 左腕、と彼女が言った。同時に爆発するような落雷の音が聞こえた。

 

 

 

 *

 

 

 

 

『んーとね、わたし、ここで殺されたんだけどさ』

 

「うん」

 

『追い回されて逃げてる時、丁度そこでつまづいて転んで。馬乗りにされたあと、鋭い刃物でギコギコ腕を切られちゃって』

 

「……それは────」

 

 彼女が指さしたのは、ぼくのすぐ側で倒れた戸棚。想像したくないくらい凄惨な光景が、悲鳴が、館に染み付いているような気がした。

 

『で、たぶんそのまま出血多量だかショック死だかでお陀仏して今ってワケ。痛かったのも苦しかったのも恨んでるのもたしかなんだけど──何よりも、喪失感があったから』

 

 失っちゃいけなかったから。そういって、手袋を見つめる。言われてみれば、透き通った彼女のシルエットの中でも、左腕周りは一際薄くてほとんど見えなかった。

 

『恨む相手も死んじゃったからさ、もう未練といえばそれだけ。で、付き合ってくれんの?』

 

「そんな話聞かされちゃ、そりゃあ乗らん訳にはいかんでしょ。どうせアテもない一人旅だからね、()()()でよければ一緒に探すよ」

 

『ん、それでいいよ。わたしも旅っていうのに興味あるし』

 

 

 ──そんなこんなで一ヶ月。

 野宿しながら喋ったり、自炊しながら騒いだり、景色を眺めて感嘆したり。重めの目的なんて忘れたように、ただ純粋に旅行を楽しんでいた。

 

『──で、そろそろ探す気になってくれた? 左腕』

 

 あわよくばこれで満足して、成仏してくれたら──なんて下心もあったが、そう上手くはいかないらしい。張り付けたような笑みがどこか恐ろしい。

 

「探す気も何も、探しっぱなしだよ。今日までの質疑応答は何だったと思ってるのさ」

 

 のそりと立ち上がって、海浜公園を散策する。西日で橙に染まり始めている木々と遊具を後目に砂浜に出て、そこを横断して、小さな灯台のある小高い丘を目指す。

 

「別にぼくも、ずっと遊んでた訳じゃないさ。幼気な少女の腕を切断して殺害──なんてセンセーショナルなニュース、記録に残ってないはずいからね。その筋で調べて、君の話と照らし合わせて真相が出た」

 

 野晒の苔むした階段を上る。橙に変わりつつある地平線が見える。丘には白花がいくつも咲いていて、それに囲まれるようにして妙に大きな石が鎮座していた。

 

『……ここは…………』

 

「きみを殺した人物の思い出の場所であり、()()()()()()()()()()()()()だ」

 

『……そう。そういえばあの人、この辺りが地元だったって言っていた気がする』

 

 鎮座していた石を退ける。そしてそのままそれを使って地面を抉る。まっすぐ3センチほど掘ると、カツンと何か硬いものにぶつかる音。優しく土を払い除ける。そうして丁寧に掘っていって、ようやく白骨が掘り出された。

 

『ようやく──帰ってきたね』

 

 彼女の()()手が骨に触れる。すると手袋は解けるように消え、透けていた腕が徐々に色づいていく。

 

 感触を確かめるようにそっと、右手が左手の薬指に触れる。コツンと金属の音が響いた。

 

『すっと、これを探していた。彼のくれた指輪を』

 

 

 ──彼女が殺された動機は、端的に言えば痴情のもつれだ。家の都合で許嫁がいたのに他の男と恋に落ち、駆け落ちを計ってあの館に辿り着く。だが不幸なことに、彼女を真剣に想っていた許嫁が凶行に走る。男を殺し、女を殺し、そして誓い合った愛の指輪(カタチ)を、切り取った。

 

 

『二人の人生を狂わせたわたしは、きっと彼と同じところにはいけないから──だから、せめて思い出と逝きたかったの』

 

 真っ赤な夕焼け。黄昏の中に、彼女の白が溶けていく。

 

「いけるよ、きっと」

 

 彼女の腕の側にはもう一個、指輪が転がっていた。誓った愛だけは裂かれずにいたのだ。

 

『色々、ありがとね。短い間だったけどすっごく楽しかった!』

 

「こちらこそ!」

 

 右手と右手が触れる。透過し合う。左手は、誰かと繋げているのが見えたから。

 

『それじゃ──先に逝くね。あ、同じところには来ないでよ?』

 

「わかってるよ」

 

『あなたも、待っててくれてありがとね』

 

 彼女が微笑みながら隣を見る。ほとんどその姿は夕焼けと同化していて、すぐに何も見えなくなってしまった。それでも────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちがう』という呟きだけは、いつまでも耳に残っていた。

 


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