覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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 テイエムオペラオーを担当することとなった、若手トレーナー視点からのお話。育成シナリオをなぞるような形で進んでいきます。逐一オペラから引用したがるオペラオーの口調に苦労しつつ。知らぬ内に覇道へと引きずり込まれていくトレーナーのあたふたもお楽しみください。

 


覇王との出会い

 初夏と呼ぶには少々早い頃の陽射しは、暖かくも肌を汗ばませぬ心地良さでトレセン学園の敷地に降り注いでいる。

 

 広大な敷地面積を誇る学園の、至る所から鳥たちの鳴き交わす声が響く早朝。学園所属トレーナーの鷹木はこのところの生活習慣にしては珍しく早起きし、出勤していた。

 

 ウマ娘につくトレーナーに、厳密な出勤時刻は定められていない。トレーナー個々の方針がウマ娘たちの戦績を左右する世界において、勤務形態を一括で管理するような体制は相応しくなかったためだ。

 

 とはいえ強要されずとも大抵のトレーナーは早朝からトレーニング場へ赴いて練習環境のチェックを開始していたし、チームひとつを任された者となれば激務の極みにある事は言わずもがなである。鷹木自身も、空の白み始める頃から起床し、夜明けをウマ娘たちのトレーニングの最中に迎える日々をかつては送っていたものである。

 

 が、その習慣から彼は暫し遠ざかっていた。

 

 鷹木が昨年度担当したウマ娘は……このことを思い出す回数はもはや彼の中で数えきれないほどになっていたが……メイクデビューのレースには勝ったものの、その後はどの大会に出てもまるで戦績が振るわず、やがて契約解除に至り、彼女も学園を去ったのである。

 

 私物をまとめて寮から出てきたウマ娘は、見送る仲間たちに笑顔こそ向けていたものの、表情は暗かった。

 

 鷹木は交わす言葉もなく肩を並べて彼女の実家へ向かう。スターウマ娘を夢見て、地方を出てトレセン学園へと入学した彼女の郷里は、田舎というほどではないものの寂れた小都市であった。

 

 閉め切られて錆びついたシャッターの目立つ商店街を抜け、古びた団地の一室へたどり着いた頃には夕暮れが迫っていた。世界のすべてをセピア色に褪せさせるような光の中、我が子を出迎えた母親だけが温かい笑みを浮かべていた。

 

 こんなにも早くには望んでいなかったであろう親子の再会を前にして、鷹木は深々と下げた頭を上げられずにいた。ウマ娘の夢を叶える力となれなかった不甲斐なさを謝罪する、その言葉がすらすらと出てくる自分に嫌悪した。

 

 昨年度はチームに所属する全員の実家へ赴いて、同じことを繰り返したのだから。

 

「いえ、この子もトレーナーさんには感謝しておりますから。レースに出る以外の生き方だって、いくらでもあるんですし……」

 

 母娘に見送られて団地から出て行った鷹木であったが、全身から力が抜けたようになった彼は駅へと自らの足でたどり着ける気がしなかった。どうにか気力の回復を待とうと近くの公園のベンチで呆然と座り込んでいた彼は、先ほど別れたウマ娘がゴミ袋を手に団地の建物から出てくるのを目撃した。

 

 彼女も、トレーニングで鍛え上げられた感覚をもって敏感に彼の存在に気付いたようであった。既に帰ってしまったものだと思い込んでいた彼女は、手に持っていたものを隠す余裕もなかった。

 

「トレーナー……」

 

 それ以上の言葉はなく、俯きがちの姿勢でゴミ捨て場から足早に立ち去って部屋へと戻っていくウマ娘。わざわざ近寄って確認せずとも、今捨てられたものが何であるか彼には分かっていた。

 

 何色が似合うか、どんなデザインにするか……夢を見ていられた間だけ、ウマ娘が着ることのできた勝負服。

 

 もはや、それを身に着けた彼女がパドックに姿を現すことなど無いのだ。

 

 冷や水を浴びせられたような感覚を覚えて立ち上がった彼は、逃げるようにその寂れた街を去っていった。

 

 鷹木が早朝に学園へと向かう習慣から離れていたのには、自らがトレーナーであるとの自覚がそのまま責め苦に繋がったためである。自分以外のトレーナーがついていれば、今まで見てきたウマ娘たちもより高みへ到達できたのではないか、自分がウマ娘たちの生き様を破壊してしまっているのではないか……と。

 

 今、トレセン学園内の練習場を歩む鷹木を包んで、吹き渡る春の小風は彼の記憶の苦さなど素知らぬ顔で軽々と去っていってしまった。若葉の萌える梢を飛び渡る小鳥たちの声も楽し気に響き、遠くからは早朝の練習に励むウマ娘チームの掛け声が届く。

 

 ……が、そうやって聞こえてくる種々の音の中に、耳障りなものが混じっていた。いや、それ自体の音は澄み渡り、朗々として、濁りのない声なのだが……言うなれば爽やかな朝の喫茶店の中で、突如パイプオルガンが響き始めたような様相である。

 

「緑なす 芝の演場に

 

 我と座し 楽しき歌を

 

 鳥の音に 合わせて歌わん

 

 人あらば

 

 来たれや 来れ いざ 来れ

 

 この敵なく 仇なき覇王に

 

 仇なすは ただ春空の 輝きのみ」

 

 ちょうど早朝トレーニング中のウマ娘の一団が鷹木の近くを走り去っていくところであったが、この調子っぱずれに歌い上げられる即興オペラにクスクスと笑いがこみ上げている様子であった。

 

 少し離れた場所に立っていたのは鷹木も見知っているベテラントレーナーである。何もない状況では、キャリアの序盤で落ちぶれた自分の姿を見られることも恥に感じていたであろう鷹木であったが、ウマ娘たちにつられて笑顔を浮かべているベテラントレーナーはその勢いのまま鷹木に話しかけてきた。

 

「よぉ、おはよう。あの子も相変わらずだな、学園の新しい名物になりそうだよ。」

 

「おはようございます……あの子、っていうのは?」

 

「おいおい、自分の担当ウマ娘だろ?ま、彼女が学園に入ってきたのは、お前が復帰する前だから仕方ないか。」

 

「え……じゃあ、あの朝っぱらからバカみたいに歌って、周りから笑われてるアイツが……」

 

「毎朝のことだぜ、さっさと行ってやれ、練習もさせずに遊ばせてんのはトレーナーの責任だぞ。」

 

 実際のところ、周囲が真面目に練習へ取り組んでいるど真ん中で朗々と声を響かせて歌い、大袈裟な振りを付けて舞っているテイエムオペラオーのもとへ接近するのは、鷹木でなくとも気が重くなる行為であった。

 

 ウマ娘として走るトレーニングに自主的に取り組んでいないことを、全身全霊で表現し続けている彼女のトレーナーがほかならぬ自分である事。それは、自分がトレーナーとして能力不足であることを、衆人環視のもと発表するに等しかった。

 

(……仕方がないさ、俺に才能がないのは事実なんだ。)

 

 そんな卑屈な思いに駆られることに、鷹木はすっかり慣れきっていた。

 

 四方八方から好奇や呆れの視線が突き刺さってくるのを痛いほどに感じながらも、今まさに光を投げかけ始めた曙光によって照らされた姿が無駄に眩しいウマ娘へと彼は声をかける。

 

「えーと……あの、おはようございます……」

 

「やぁ!待たせるじゃないか、ごきげんよう!さぁお立合い、これなるは我が聡明なる理髪師!」

 

「えっ」

 

 鷹木の本心としては、さっさとこのやたらとうるさいウマ娘を連れてさっさと立ち去り、屋内トレーニング場にでも押し込んで授業時間開始まで凌ぎたいところであった。が、悲しいかな、彼はテイエムオペラオーが一身に引き受けていた注目をそのまま自らの身体へ移されてしまったのである。

 

 能力のないトレーナーとして嘲笑を受けることを何よりも恐れている鷹木であったが、こんな注目のされ方をしようとは全く予想外であった。

 

「過ぎ去れ!夜よ!沈め!星よ!覇王の伝説は、ここに始まる!このボクが、鷹木トレーナーと組んだ時、覇道の第一歩は記されたのだ!」

 

「いや、もう朝だけどさ」

 

「そこで見ている君たち!ボヤボヤしている場合ではないぞ、ボクの覇道を今のうちに阻んでおいたほうがいい!トレーナーの指導を得た僕の走りと、競いたい者はいないか!」

 

「ちょっと待て、俺が予定しているトレーニングは外で走る事じゃなくって」

 

 鷹木の訴えもむなしく聞き流され、テイエムオペラオーは舞台上で飛び跳ねる演者のごとき所作で、遠巻きに眺めているウマ娘たちに手を差し伸べていく。が、当然のことながら、彼女が差し伸べた誘いの腕は苦笑と共に後ずさられた。

 

 この場にいるのは、今年度になって学園に入って来た者たちばかりである。この奇怪なウマ娘のことは多少気になったとしても、自分たちの練習時間を無駄なことに費やすつもりなどあるわけもない。

 

「おやおや、覇王が来たれと呼びかけるに、君たちは応えないのかい?あるいは、ダックダーミ!と、こう呼んだ方がよかろうか!」

 

「じゃあ、私が相手になろうかな。ちょうど、身体が温まって来たところだし。」

 

 鷹木の予想は、またしても裏切られた。あまりに意外なことながら、この悪目立ちしているオペラオーの誘いに乗って来たウマ娘がいたのである。

 

 その声の主に顔を向けた鷹木の目に映ったのは、ちょっとした美少年……のようにも見える、栗毛の美しいウマ娘であった。前髪を彩る純白の大流星が特徴的な、彼女の瞳は温厚そうな輝きを湛え、同時にウォーミングアップを済ませたばかりだというその頬は艶やかにも紅潮していた。

 

 彼女に同行していた、友人と思しき長髪のウマ娘が血相を変えて引き留めている。

 

「ちょ、ちょっと、やめときなさいよ。あんなバカにつきあっても時間の無駄……っていうか、恥ずかしくないの?」

 

「どうして?まだチームに入れていない私たちは、練習でも出来るだけ多くの相手と当たれる方がいい。でしょ、アヤベさん。」

 

「おぉ、ご学友も共に来たれよ!我ら風を切り、暁の栄光を競い奪おう!」

 

 テイエムオペラオーの誘いへと真っ直ぐ向かってくる栗毛のウマ娘を止めることは叶わず、注目の輪の中心に入りたくはない長髪のウマ娘は黒鹿毛の先を靡かせながら後ずさっていった。

 

「もう……知らないんだから。」

 

 オペラオーは相変わらずオーバーアクションで相手をエスコートし、セルフで拍手の音を立てている。そんな彼女を目の前にしても、近づいてきた栗毛のウマ娘は動揺した様子もなく、平常心を保っているようであった。オペラオーはひとしきり出迎えの儀式を終えたのか、ようやくマトモに相手の顔を見て口を開いた。

 

「ようこそ、覇道の始まりへ!差し支えなければ、その名を教えてもらえないだろうか?」

 

「私は、ナリタトップロード。よろしくね。それにしても、羨ましいな。」

 

 ナリタトップロードの視線は、鷹木の方へ向けられていた。

 

「入学直後から、専属のトレーナーさんを付けてもらえるだなんて。さすがだよ。」

 

「はーっはっはっは!そうだろう、羨ましいだろう!なんたってこのボク、世紀末覇王が第一歩を踏み出すというのだからね!」

 

 欠片も謙虚さや遠慮を見せる気もなく、盛大な高笑いを飛ばすテイエムオペラオー。一方の鷹木は、たった今こちらに向けられた美しいウマ娘の視線が、彼の見えていなかった何かを照らしたような心持ちがしていた。

 

 そう、ほとんどのウマ娘は、入学直後即座にチーム入り出来る血統や幸運でもない限り、集団で一緒くたにされ授業を受けるのが常なのである。実績を残せていないトレーナーとはいえ、専属で練習を見てもらえることは、かなりの特別扱いなのだ。

 

 自分の肩書きを引きずるようにして新年度の学園を訪れた鷹木が、ほんの少しながら顔を上げることの出来た瞬間であった。

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