この回が、今にして思えば特に伸びやかなノリで書いた話です。
「済まないが、今日は先約があるんだ。」
「え?」
学園での授業時間終了後、現れたオペラオーから唐突なことを告げられ、トレーニングルームで待っていた鷹木は面食らった。
入学一年目のウマ娘として初の勝利を飾った今、目標に定めるは来年度のクラシック級レースである。来年のことだからと悠長に構えてはいられない、一刻一秒も忽せにせずトレーニングに励まねばならないのだ。何が原因で、満足に練習時間を取れなくなるとも知れない。
「分かっているとは思うが、遊んでいる余裕はないぞ。そもそも、同じクラスの連中も遊びに誘うだなんてことは無いだろうが……」
「遊びではないとも!」
説教モードに入りかけた鷹木の言葉を、オペラオーは悠々と遮る。またしてもウマ娘に対し高圧的な態度を取りかけた己への嫌悪と、尚も自らの進言をすげなく退けられた不満を同時に覚えながら、鷹木は口を噤んでオペラオーの次の言葉を待った。
……待つ必要があったのだ。気持ちが僅かにでも昂れば大袈裟な振る舞いを取りたくなるのが彼女の性なのか、腕から指先までをしなやかに動かし、幾度かくるくると舞ってから満を持してオペラオーは口を開く。
「キミも覚えているだろう、先日の東京優駿でのことを!ボクが、喝采を向けた相手を!」
「あぁ、キングヘイローか。それがどうしたんだ。」
「言わずとも知れたこと、ボクはキングから謁見の許しを得たんだ!是が非でも、可能な限り早く、同じ王としてお目に掛からねばならない!」
東京優駿でのキングヘイローは14着という結果であったが、ゴール後の彼女へ観客席から声援を送ったオペラオー。その際にキングヘイローからリアクションを貰ったことについて、彼女なりに独特な解釈を与えていたようであった。
「見たまえ、雨は上がり、空もボクとキングの邂逅を讃えている!世界がこれほどまでに望んでいるのに、覇王が応えず誰が応える!」
「お前の応援に反応しただけで、向こうも会ってくれと頼んだわけじゃないと思うが……」
すでにオペラオーは舞踏のような動きから全身で期待と焦燥を表現しつつ、トレーニングルームから着実に離れて行っている。
鷹木は諦めたように溜息をつき、せっかく利用予約を入れたトレーニングルームのベンチから腰を上げた。こうなったオペラオーを引き留める術を彼は知らなかった。そもそも、気もそぞろな状態で無理にトレーニングへ引っ張り込んでも能率は上がらない。
いかにして学年の違うキングヘイローと会うつもりか、鷹木が案じる必要は無かった。何かと交流範囲の広いオペラオーは、既にキングヘイローと行動を共にしているウマ娘たちがよくつどっている校庭の一角を知っていたのである。
が、そこにキングの姿は無かった。二名のウマ娘だけが、今から自主練に向かうつもりなのかストレッチする姿だけがあった。
「やぁ、ごきげんよう!ところでこのボクは、キングヘイローのお目に掛かりに来たのだが!」
唐突に姿を現し、そんなことを口走ったとしても、既にオペラオーはある種の納得の目で見られるだけの立ち位置を確立していた。ボブヘアのウマ娘が返す。
「キングなら、ここに居ないよ。」
「なんと!いつもキングヘイローを取り巻いているキミたちなら、共に居るものだと思ったのだが……」
「今は、そっとしておく方がいいって思っただけ。アナタも、東京優駿の結果は知ってるでしょ?」
猫目のウマ娘も連れの言葉に頷く。常々よりキングヘイローの取り巻きとして振る舞っている、彼女らなりの気遣いであるらしかった。オペラオーはそれを知ってか知らずか、尚も変わらぬ調子で言葉を続ける。
「なんと、勝利を手に出来なかった王には、謁見が許されぬというのか!」
「そういうんじゃないの。きっと、キングは誰が来ても、ちゃんと出迎えてくれるとは思う。」
「でも……あの結果、何とも思わずに済ませられるわけがないでしょ。キングのことだから、愚痴ったり落ち込んだりするところ、見せまいと頑張っちゃうだろうし。」
やはり、キングヘイローのことを日々見ている二名であればこそ、彼女から離れていたのだ。彼女が惨敗したからと、愛想を尽かしたわけでは決してない。
鷹木はそろそろオペラオーを止めようかと考え始めていた。取り巻き達の心遣いに比して、彼女の接近はあまりにも遠慮なく、そして騒がしいものとなるだろうから。が、オペラオーは怯むことなく押し問答を続けるらしかった。
「あぁ!ボクとて弁えているさ、一方的に王に気を計らわせるつもりはない!こちらも出来得る限りの宴を饗する準備がある、何故ならこのボクもまた王なのだから!」
「いや、あなたが近づいて来たら、いよいよキングは疲れるだけだと思うんだけど……。」
「……けれど、もしかすると、元気を貰えるかも。キングヘイローは、商店街に行ったわ。」
互いに顔を見合わせ、オペラオーにキングヘイローの行先を告げる取り巻きウマ娘たち。未だ一勝しかしたことのない新米ウマ娘ながら、絶対的な自信を抱き続けるオペラオーに一縷の賭けを託すつもりのようであった。
大袈裟にお辞儀を披露し、意気揚々と商店街へ向かうオペラオー。鷹木は、監督役としての責を果たすことを期待、いやほぼ強制されているかのごとき視線が突き刺さるのを感じながら彼女の背を追った。
そろそろ夕暮れが迫る商店街は買い物帰りの客で混雑していたが、その中においてもキングヘイローの位置は容易く見出された。どこに居ようとも、彼女の周囲には人だかりができるのだ。
今回の人だかりの原因は、その中心で熱心に立てられているガラガラという音によって察された。即ち、福引の抽選器に取り付いたキングヘイローは、躍起になって当たりをひこうとし続けていたのである。
さしもの精神力を誇る彼女も、さすがに多少なりと意気消沈してフラフラ歩いていた矢先、慣れぬ願掛けとばかりに抽選器を回し始めたのが事の発端であった。福引の抽選を担当している店員が、威勢よく声を上げる。
「おっと、こりゃまた惜しい!はい、ポケットティッシュね。」
「勝負の世界に惜しいも惜しくないも無いわ!……ちょっと待ってなさい!」
キングヘイローを見物する人垣は奇妙にも福引コーナーから多少ずれた円周上を囲っていたが、それもそのはず、彼女は福引コーナーの隣に位置する八百屋からニンジンを購入し、その際に入手できる福引券を使用して抽選器を回し続けていたのである。
既に彼女が両腕から下げた買い物袋には、はちきれんばかりの量のニンジンが詰め込まれていた。
「あっ……も、もう、お金、足りないわ……」
「いいよいいよ!ほら、持ってけ!たくさん買ってくれたサービスだ!」
八百屋の主人は気前よくニンジンと福引券を差し出す。周囲に集った者たちが、自然と慕い、あるいは愛でるようになるのも、ウマ娘キングヘイローの性格が大きく寄与していた。
「い、いいのかしら?」
「おう、俺たちにも当たりが出るとこ、見せてくれ!」
「分かったわ……おーっほっほっほ!さぁ、見せてあげるわ、キングは最後に勝利を飾るのよ!……よ、よし、やる、やるわ……!」
声量だけは十分だったが、極度の緊張状態にある彼女の足取りはぎこちなかった。
事実上、最後の挑戦権となった福引券を握りしめ、じりじりと福引の抽選器に近づいていくキングヘイロー。たかだか福引とはいえ、自らを追い込んでプレッシャーを抱え込んでいる彼女に、周囲の野次馬が声援を飛ばす。
が、その声援の中に異様なものが混じっていた。いや、声援ではない、明確に、朗々と歌い上げる、オペラが。
「今日という日を ずっと待っていた
木々はざわめき 花々は頭を垂れ
雲はしずしずと 玉座の幕を開いたのだ」
商店街の雑踏、どよめきの中でも、まるでスピーカーから流されているかのごとき歌を響かせ、しゃなりしゃなりと舞いながら現れたのはオペラオーであった。彼女の背後に、関係者だと思われたくない鷹木が仏頂面で付き従っている。
「城門は開かれ 民はさんざめく
王は謁見を許したのだ されど辿り着きし玉座は
風に吹かれ 二輪の花の揺れるばかり」
夕方の商店街のど真ん中、唐突に何か始まったことで、周囲の買い物客たちは呆気にとられて静まり返っている。
キングヘイローも最初は驚いたように歌声の主を見つめていたが、さすがに彼女の胆力は別格なのか、すぐにその正体に気付き、身体の向きを変えてオペラオーと向かい合う。
自分が思った通りの相手であったことが嬉しかったのか、いよいよオペラオーは声を響き渡らせて歌い続けた。
「あぁ その名は胸にあるのに
あぁ その名を放つことは幾たびでも
いずこへ尋ねれば かの王にまみえるか
並みならぬ やんごとなき その名は……!」
オペラオーは片手を差し伸べ、キングヘイローへとパートを譲る。
迷わず歌い出したキングヘイローを前に、即興で聞かされただけのメロディーによくぞ合わせられるものだと鷹木はただただ感嘆していた。
「キング! 輝ける希望の星!
キング! 一流を越えた、超一流!
キング! 能ある鷹は爪を隠さない!
グレートな ウマ娘!」
「「キーング ヘイローーーッ!!」」
最後はピッタリと息を合わせ、オペラオーと共にその名を商店街じゅうに響き渡らせた。かくして、キングコール・オペレッタver.は割れんばかりの拍手とともに、商店街の人々から喝采を浴びたのであった。
鷹木としては、このような形で自らまで巻き添えを喰らって目立つのは非常に不本意であったが。しばらく、少なくとも一週間はこの商店街に買い物には来るまいと考えていた。
「ごきげんよう!ようやく会えたよ、キングヘイロー先輩!」
「ようこそ、謁見の間へ。ちょうど良かったわ、今日は商店街の貴族たちとタイムセール舞踏会を開いている真っ最中だったの。」
周囲にいよいよ集い始める野次馬たちに手を差し伸べて放つキングジョークに、周りからは笑い声が上がる。
「ところで、私に何用かしら?見ての通り忙しいの、私は王としての務めを果たさなければならないんだから。」
「おぉ、あれは伝説の福引スウォード!選ばれし者だけが、当たりを引き抜くことが出来るという約束されし勝利の抽選器!」
「その通り!これまで幾度挑戦しても外ればかりだったけれど、私は決して諦めないわ!」
「なるほど!ならば、この世紀末覇王も一臂お貸ししよう!」
普通の会話にしては随分な声量で、互いに芝居がかった振る舞いと言い回しを駆使しながら福引コーナーへと近づいていく二名。
無駄にスタミナを消費するやり取りではあったものの、キングヘイローは先ほどよりもはるかに軽い足取りを取り戻し、その表情は晴れ晴れとしていた。
「さあ、最後の福引券よ!これでお願いするわ!」
「おう、回してくんな!賑やかなお二人さんなら、きっと当たりが出るぜぃ!」
「行こうか、キングよ!」
「私たちの勝利へ!」
「「うぉぉぉおおおーーーっ!!」」
(福引を回すだけでこんな気合入れる奴が居るとは……)
鷹木は呆れて眺めていたものの、周囲の見物人たちから掛けられる声援の量はますます高まっていた。競馬場の収容人数とは比べ物にならぬほど少なかったものの、その熱狂は劣らずといったところだ。
必要以上の速度で抽選器を回したおかげか、その結果はアッサリと転がり出た。
「あちゃー!ハズレだね!はい、ポケットティッシュ。お二人さん用に、もひとつサービスだ!」
「なんなのよ!この福引、ティッシュしか出せないんじゃないの!?」
「だが他の賞品が用意されている中、見事にティッシュだけを数十回も引き当てる豪運、まさしくキングと言えるのではなかろうか?」
ニンジンがぎゅうぎゅうに詰め込まれた買い物袋の影になっていたものの、オペラオーの視線はポケットティッシュでパンパンになっているキングヘイローのポケットにも注がれていた。
「……そう考えれば、そうね。それに、私がハズレを引き当てたおかげで、この後に福引へと挑戦する商店街の貴族たちは、当たりを引きやすくなったに違いないわ!」
「さすがだよ、キング!自らが苦汁を引き受け、下々の者に恩寵を賜る!まさに王の器だね!」
「みなまで言わなくてもよかったのよ!おーっほっほっほ!」
「素晴らしい、王とはかくあるべしだ!はーっはっはっは!」
「おぉーーっほっほっほ!!」
「はぁーーっはっはっは!!」
(うるせぇ……)
早くも鷹木はこの場を立ち去りたくてたまらなかったが、周辺に詰めかけた買い物客たちもしばらく彼女らの高笑いにつられて笑っており、脱出の目途はしばらく立たなかった。
やがて、山のようなニンジンを背負ったキングが去り、彼女から一部を分け与えられたオペラオーもホクホク顔で商店街を出ていくのと行動を共にし、鷹木もどうにか帰路に就く。昏くなり始めた空には、ちらほらと星が瞬き始めていた。
二人きりの黄昏時、オペラオーがパリポリとニンジンを齧る音だけが響く。珍しく静かな彼女が、開口一番に吐いたセリフは意外なものだった。
「……彼女と一緒にいると、疲れるね。」
「どの口が言ってるんだ。だいたい、ただ合流して騒いだだけじゃないか。お前はキングヘイローと会って何がしたかったんだ。」
「おや、会うという行動そのものに意味があるんじゃないか。君も圧倒されただろう、キングと覇王の邂逅に!」
「まぁ、圧倒はされたけどさ……。」
その場では鷹木はオペラオーがただただ満足しただけのようにしか思えなかったものの、キングヘイローの側も今日の騒ぎに少なからず燃料を補給されたようであった。
翌日、さっそくオペラオーが誇らしげに見せつけてきたのは、キングヘイローが直々に送って来た手紙であった。
〈昨日は楽しい舞踏会をありがとう。秋の菊花賞、楽しみにしてなさい。〉