覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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 世紀末覇王として、URA界の伝説へと挑もうとするテイエムオペラオー。同期のアドマイヤベガを担当する伝説的トレーナーに誘われ、普通はトレセン学園一年目では行けない夏合宿へ。上を見れば見るほど、伝説に限りはなく。
 夏合宿へ向かう描写などは、詰めて書いてみると具体的な光景が浮かんできて、面白い試みでした。


見上げる伝説は未だ異次元

 トレセン学園に入って一年目のウマ娘には、本来夏合宿が無い。学園が所有する合宿所を開放するのは、二年度以降、クラシック級のウマ娘に対してのみである。

 

 が、無論例外はある。チームに所属するウマ娘、それも特に有力なチームともなれば、チームが自前で保有する合宿所に招かれることとなる。

 

 まだ身体能力が本格化していないウマ娘の場合は合宿におけるすべての特訓に参加は出来ないが、一年早く夏合宿用トレーニングの一部を体験できるのは一年目ウマ娘たちにとって貴重な体験だ。

 

 単独のウマ娘を担当するのみの鷹木は、そういったチーム合宿とは無縁であるはずだった。が、思いがけずその招待状を持ってきたのは、アドマイヤベガであった。

 

「いちおう聞くだけなんだけど、来る?ウチのトレーナーが、夏合宿トレーニングをするって言うから……。」

 

 結局大して悩む期間も置かず、結城トレーナーの担当ウマ娘となっていたアドマイヤベガは、ある早朝の走り込みを終えたオペラオーと鷹木に対して持ちかけたのだった。

 

「おぉ!我が覇道の軌跡、その鮮烈なる夏の一幕を、君という一等星と共に綴ることになろうとはね!」

 

「気持ち悪い言い方やめて。」

 

 早くもオペラオーに声を掛けたことを後悔し始めているようなアドマイヤベガ。鷹木は、浮かんだ疑問をオペラオーの脇から彼女に投げかける。

 

「だが、チームに所属していない一年度目のウマ娘に向けた合宿は、本来行われないんじゃないのか?」

 

「結城トレーナー、個人で合宿所を所有してるのよ。」

 

「マジか……。」

 

 単に別荘を有しているのともわけが違う。合宿所ともなれば、各トレーニング設備の維持や整備にコストがかかり、管理や清掃のため人を雇い続ける必要もあるだろう。結城トレーナー自らも決して暇ではなく、夏合宿以外で利用することはほぼ無い。

 

 それでもなお維持コストのかかり続ける合宿所を手放さず、こうして個人指導のためだけに保有しているのだ。改めて、アドマイヤベガに声を掛けたレジェンドトレーナーが、あまりにも自分たちと格の違う存在であることを実感する鷹木。

 

 アドマイヤベガはそのような事にいちいち感けるつもりなど無いらしく、改めてオペラオーに対し意思表示を求めた。

 

「で、どうなの。もともと、私ひとりで特訓を受ける予定だったんだけれど、ある程度は張り合いのある競争相手が居なきゃ気が抜けそうだし。」

 

「もちろん!君からの招待は一も二も無くお受けするとも!覇王の輝きで、出番を食われる夏の太陽をキミは拝めるだろう!はーっはっはっは!」

 

 オペラオーの高笑いに顔を背けるようにしつつも合宿の概要をまとめた招待状を押し付け、その場を離れていくアドマイヤベガ。これほど毛嫌いする様子を見せていながらも、わざわざ夏合宿への招待を持ちかけるあたり、オペラオーの実力はアドマイヤベガも認める所にあるようだった。

 

 彼女が足を向けた先には、今しがた到着したばかりのウマ娘の姿があった。そのオドオドした声色から、わざわざそちらへ目を向けずともその名は知れたが。

 

「ドトウさん、これ。今度の夏合宿の予定なんだけれど。」

 

「はわああ!?わ、私も、招待していただけるんですかぁ……!」

 

「そもそも、あなたが言い出したことでしょう。ひとりっきりで練習し続けるよりも、競う相手と特訓を続けるべきだって。」

 

「そっ、そうでしたけどぉ……まさか、オペラオーさんやトップロードさんだけでなく、私までお誘いいただけるとはぁ……!」

 

 メイショウドトウの振る舞い方はいつも通りに自信なさげなまま変わらなかったが、アドマイヤベガとのやり取りの中に鷹木は違和感を覚えた。

 

 あれほどオドオドし続けているメイショウドトウが、自らアドマイヤベガへと提案を持ちかけるとは普通思えないのである。あまつさえ、自身が競走相手として招待されることすら想定していないドトウが。

 

 その疑惑は、彼女の担当トレーナーたる片桐がいつも通りの微笑みに、どこか満足気な色を浮かべた顔で現れたことで霧消した。

 

(アイツがドトウに吹き込んだか……。)

 

「おはようございます。おや、それは結城トレーナーが個人で主催する夏合宿への招待状。よかったですね、ドトウ。」

 

「は、はいぃ、お呼びいただけるだなんて感激ですぅ……!」

 

「話によれば、あの方は担当ウマ娘以外を自身の合宿所に呼ぶことは殆ど無いらしいですからね。実に幸運です。」

 

(お前がそうなるように仕向けたんだろうが……。)

 

 片桐の白々しい物言いに半ば呆れつつも、レジェンドトレーナによる夏合宿特訓を目の当たりに出来る機会を得たことについては鷹木も有難いことに違いはなく、ただ黙っているほかなかった。

 

 結城トレーナーがアドマイヤベガに対して夏合宿の実施を告げる頃合いを見計らって、片桐はドトウに練習における競争相手の重要性を吹き込んだのだろう。

 

 そして、以前東京優駿の観戦で行動を共にしたアドマイヤベガにドトウから伝えさせ、オペラオーの発言ならまだしもドトウの申し出をきっと無視できないアドマイヤベガは結城トレーナーに競う相手を呼びたいと進言したのだ。

 

 鷹木の浮かべている微妙な表情の根源を読み取ったのか否か、片桐は彼にも微笑みかけながら口を開いた。

 

「我々トレーナーにとっても、あの伝説的人物の技を盗む好機というものですよ、ねぇ?」

 

「……えぇ、まぁ。」

 

 トレーナー達の曖昧な会話を差し置いて、アドマイヤベガは探し求めるもう一名のウマ娘の姿も見つけた様子で、そちらへ寄って行った。

 

「おはよ、トップロード。はい、これ、ウチのトレーナーが夏合宿トレーニングするから。一緒に来るでしょ?」

 

「あぁ、アヤベが呼んでくれるのなら、断る理由はないよ。」

 

「来てくれると嬉しいわ。」

 

 その言葉には何らの社交辞令も含まれていなかったろう。オペラオーに対しては言わずもがな、メイショウドトウに接する時よりもなお、トップロードを相手に口を開くアドマイヤベガの声色は目に見えて柔らかかった。

 

 彼女に相対するトップロードは、その次に発した言葉とともに、どこか寂し気な表情を見せたものの。

 

「……最近、アヤベと一緒に走っていないからね。」

 

 ここに集まっている面々の中で、唯一担当トレーナーの居ないナリタトップロード。彼女は変わらず、チームにもどこにも属していないウマ娘の例に倣って、ひとり早朝の自主練に励む日々が続いていた。

 

 対するアドマイヤベガは、ほとんどこの練習場に顔を出すことが無くなっていた。結城トレーナーほどのレジェンドともなれば、彼専用のトレーニングスペースが学園敷地内に存在するのだろう。

 

「……そうね。今は殆ど基礎体力のトレーニングばかりよ、こっちは。」

 

「またアヤベの綺麗な走りを見せてほしいな。私は、オペラオーくんやドトウさんと時々一緒に走り込みをするけれど。」

 

「えっ。」

 

 アドマイヤベガの表情に小さな驚きが表れ、それを掻き消したのはちょっとした嫉妬であった。トップロードから名を挙げられたオペラオーは、アドマイヤベガからの鋭い視線が飛んでくる時には既に胸を張って応える準備を整えていた。

 

「はーっはっはっは!互いに切磋琢磨しあうボクたちは実に美しい!惜しむらくは、ここに一等星の輝きが無いことだが!」

 

「はいぃ……ですが、トップロードさんから以前よりもよくお声をかけていただけるようになって、嬉しいです。」

 

 ドトウが添えた言葉は、何のフォローにもなっていなかった。

 

 ナリタトップロードに対してのみ心を許していたアドマイヤベガ。彼女にとって、自分とトップロードの距離が開く一方でトップロードが他のウマ娘との距離を縮めていく状況は、看過すべからざるものであった。

 

「トップロード。」

 

 アドマイヤベガの声色は、いつも通りに鋭く研ぎ澄まされたものに戻っていた。

 

「何だい?」

 

「夏合宿トレーニング、みっちり練習を入れてもらうから。楽しみにしていて。」

 

「う、うん……?」

 

 斯くして、アドマイヤベガからの招待を受けたテイエムオペラオー、メイショウドトウ、ナリタトップロードは指定された日時の通り、トレセン学園……から大きく離れたフェリー発着所にて待ち合わせていたのであった。

 

 海風と曙光を浴びて老練のレジェンドトレーナーは、いつも通りのにこやかな顔に笑い皺を寄せ、ウマ娘と若手トレーナーたちを出迎える。

 

 やはり緊張が拭えぬまま固い挨拶を投げかける鷹木に対し、片桐は相も変わらずリラックスした様子で生ける伝説と談笑していた。

 

「お、おはようございます……。」

 

「やぁやぁ、来てくれてありがとうね。」

 

「いえいえ、こちらこそ、結城さんの夏合宿特訓を拝見する機会をいただきまして。この機に乗じてトレーナーとしての技を盗ませていただく所存でございます。」

 

「はっはっは、どんどん盗んでくれ。僕も老い先短い身だからね。」

 

(片桐の奴、どんだけ打ち解けるのが早いんだよ。)

 

 自分と同期のトレーナーであるにも関わらず、桁違いのコミュニケーション力を披露する片桐との差を痛感する鷹木。

 

 結城トレーナーがフェリーのチケットを出す兆しもなく、単に悠然と待っていた理由は間もなく明らかとなった。出発時刻が迫ったころ、港の係員と思しき人間が近づいてきて案内を申し出たのである。

 

「おぉ、合宿所に向かうための貸し切り船ですか。豪勢ですな。」

 

「貸し切りじゃなくて、僕が持っているクルーザーだよ。」

 

「なんと……。」

 

 さしもの片桐も二の句が継げずにいる。ピカピカに磨き上げられたクルーザーは、そこらのヨットと比べても二回りほど大きい。完全に個人所有のクルーザーというものに、鷹木が乗るのは初めてであった。

 

 結城トレーナーがクルーザーの方へと向かった隙に、片桐が鷹木に耳打ちする。

 

「数億はしますよ、これ。」

 

 入り口を開き、人の良さそうな操縦士が笑顔で現れて一同に向かって挨拶する。その洗練された身のこなしや高そうなスーツを纏った身なりと比べ、夏合宿のイメージでラフな格好をしてきた自分自身を鷹木はいよいよ場違いな存在であるかのように感じ始めていた。

 

「どうぞ、どうぞ。どんどん乗ってって、好きな所座ってね。僕は、操縦士と打ち合わせがあるから。」

 

 結城トレーナーからそうは言われたものの、当の担当ウマ娘であるアドマイヤベガをはじめとして、すぐさま乗り込もうとする者は居ない。こういうときに一番遠慮のなさそうな片桐はと見れば、早くも気が遠くなりかけているドトウに話しかけている。

 

「わ、私ぃ、こ、これに、今から、乗るんですか……?」

 

「えぇ、ちょっとビックリですね。でも持ち主から招かれてるんですから、遠慮なく乗ればいいんですよ。」

 

「も、も、もしも、私のドジで、この船の壁にでも大穴が開いたらと、思うと、怖くて……」

 

 故意に破壊行為にでも及ばない限り、そのようなことはあり得ないはずではあるが、しかしあのドトウによる桁違いのドジを思えば何とも否定しきれぬところではある。アドマイヤベガもナリタトップロードも、自分の荷物の確認をする仕草を取るついでに乗り込む気構えを整えている。

 

 そんな中でも、やはりズカズカと入っていったのはテイエムオペラオーであった。

 

「うんうん、多少の波ではほとんど揺れないね!まさに王者に相応しい乗り物だ!さぁ、堂々と乗り込もうじゃないか、ドトウ!アヤベさん、トップロード!未来の王冠を奪い合う僕たちにこそ似つかわしい!」

 

 早くもクルーザーの入り口に足をかけ、舞台上に共演者を招き入れる時のごとく手を差し伸べているオペラオー。アドマイヤベガは呆れた表情を、隣のナリタトップロードは緊張の解けた笑顔を見せている。

 

「相応しい相応しいって、アンタのものじゃないでしょうに。」

 

「ふふっ、オペラオーくんらしいね。」

 

「いざ、君も共に、ドトウ!」

 

「ふぇえ!?わ、私は、そーっと乗り込まなきゃ、思いっきり転んで船を沈めちゃうかもですぅ!」

 

「沈みやしないさ、何しろ、このボクが乗っているんだからね!」

 

 オペラオーによって腕を引っ張られてクルーザーの中へドタドタと入っていくドトウを見送り、彼女が残していった荷物を担ぎ上げながら笑う片桐。

 

 が、鷹木には、彼よりもそのずっと向こう側でこちらを見つめている結城トレーナーの表情ばかりが心に刻まれたのであった。変わらず優し気な顔つきではあったものの、確かに彼はウマ娘たちを練習外の振る舞いから見定めていた。

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