覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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 伝説的人物に連れられた若手トレーナーたちは、それぞれの担当ウマ娘を伴い、トレセン学園一年目の特別合宿へ。レジェンドトレーナーから若手たちに語られる、本当に大舞台で勝てるウマ娘の条件とは。
 他人からアドバイスを得ている内は、勝つことができはすれども本当の頂点に立てることは無く。URA頂点の栄冠は、命を削るほどの鍛錬の末にあり。


栄冠は抜きんでてこそ得られ

 結城トレーナーが個人で所有しているという合宿所は、これまた彼が所有するクルーザーが停泊する専用の発着所を備えた海辺の建物であった。

 

 レジェンドトレーナーがこれほどまでに俗世離れした存在であることに、そろそろ鷹木も片桐もいちいち驚かなくなっていた。ウマ娘たちは、もとより気にせず戯れていたが。

 

 リゾート地という雰囲気からは程遠く、建物自体はいかにも田舎町という風情の地元に溶けこむだけの年季を備えていた。錆びたボート小屋が並ぶ以外は殆ど車両の往来がない路面が日に焼かれ、遠く山の斜面には段々畑が鮮やかな緑を並べている。

 

「ここいらは、梅の名産地でね。」

 

 クルーザーの甲板から指を差し、結城トレーナーは眩しさに目を細めながら、目じりの皺をさらに深くして告げた。

 

「ウチの合宿所の食堂でも、出してもらっているんだ。地元の農家の方が、漬けた梅干しをね。」

 

「良いですな。塩漬けの梅干しに含まれる有機酸やミネラルは、身体づくりにも有用ですし。」

 

「そんなことを考えず、ただ美味しさを味わってもらいたいものだけれどね。」

 

 相変わらず相手が伝説的人物であることへの緊張を欠片も見せぬ片桐が、彼の隣でノンビリと談笑している。

 

「ウマ娘たちの味覚には、渋すぎるチョイスかもしれませんなぁ。」

 

「なんだかんだで気に入ってくれるウマ娘は多いよ、体が求めているものは美味しく感じるものだ。」

 

 トレーナー同士の会話に入れずにいる鷹木は、黙ったままウマ娘たちの方を振り返る。港を朝方出発したクルーザーは、心地良いエンジンの重低音を低く響かせ、波を小気味よく蹴立てて洋上を駆けっていた。

 

 進行方向左手に緑黒々と続く陸地以外には海面が延々と広がるばかり、変わり映えのしない周囲の光景にもかかわらず、クルーザーの甲板上は賑やかで退屈しなかった。

 

 他のウマ娘と比べて多少大きな荷物を背負っていたナリタトップロードが、ギターを取り出して優雅に奏で始めたのである。

 

 端正な顔立ちに男装の映える彼女が、脚を組んだ上で掻き鳴らすその音色は波音と心地良く溶け合い、夏の日に照り付けられる船上に涼やかな海風を呼び込んだようであった。

 

 他の者がそんなことを始めれば、その者に対し真面目に鍛錬に取り組む気があるのかときっと問い詰めるであろうアドマイヤベガも、トップロードの振る舞いには物言いをするつもりなど無いようであった。ばかりか、隣に腰を下ろした彼女の顔にはいつになく、愛おしいものにときめくような色が浮かんでいる。

 

 ……そんな時間は長続きしなかったが。トップロードの奏でるギターが聞こえ始めて間もなく、気負い立ったオペラオーが甲板の真ん中に躍り出て高らかに歌い出したのだ。

 

「お目ざめの合図で 抱きしめて

 

 太陽のフリをして キミを照らしてるよ♪

 

 少し眠そうだね 元気にハネた髪

 

 優しく撫でようか」

 

「は、はわわ……」

 

 オペラオーに引っ張られるような形で共にトレーナー達からも注目される場所へ出てきたドトウも、カチコチに緊張してはいたもののぎこちなく手足を動かしてステップを踏み始める。

 

 せっかく聞き惚れていたトップロードのギターに、いつも聞き慣れた煩い歌声が加わったことでアドマイヤベガの眦は鋭角を増し、眉間には深い皺が刻まれていたが。

 

「ねぇ 今夜は ボクの胸へ come on

 

 極上のstepで キミを迎えるよ

 

 また 出逢えたね!」

 

 とはいえ常々より散々に歌い散らしているオペラオーの歌唱力は折り紙付きであり、無駄にクオリティの高い即興ライブはクルーザー船の上を一息に華やかさで彩った。

 

 クルーザーが結城トレーナーの個人所有する合宿所の停泊所に着いたのは、日が真昼へと昇りきるより先のことであった。ウマ娘たちの船酔いも案じていた鷹木であったが、そこらのヨットとは比べ物にならぬほど大型のクルーザーはそれと分かるほど揺れもせず、速やかに目的地へと到着したのである。

 

 荷物を抱えて真っ先に降り立ったアドマイヤベガは、開口一番トレーナーに尋ねた。

 

「この合宿所、トレーニング場所は?」

 

「あっちだ。建物前に芝とダートのコースがある、それから海岸の砂浜も自由に走ってもらっていい。完全にウチのビーチというわけじゃないから地元の人も居るけれど、ウマ娘が走ることは伝えてあるからね。」

 

 彼が指さす先には海岸線が伸びており、クルーザーの停泊を見て集まって来た地元民がこちらに手を振っている。結城トレーナーの名声は、この田舎町では替えようのない宝となっているようであった。

 

「ありがと。さっそく走りに行くわ。荷物、ここに置いといていい?」

 

「わかったよ、いってらっしゃい。」

 

「うん?アヤベ、まずは合宿所の泊まる部屋を確かめにいかないのかい?」

 

 アドマイヤベガの頼みを結城トレーナーがすんなり引き受けている一方で、トップロードは意外そうな声を上げる。確かに鷹木も、初めて訪れる合宿所であれば寝泊まりする場所にまず向かうものだとばかり思っており、アドマイヤベガの行動選択には虚を突かれていた。

 

「既に移動時間だけで、午前の練習時間が潰れてる。それに、合宿所の練習コースでの走り具合も、早めにチェックしておきたいし。先に休みたいってんなら無理にとは言わないけれど、出来れば一緒に……」

 

「はーっはっはっは!素晴らしい心がけだ!さすがは、我が愛しの一等星だね!ボクも続こう、合宿の序曲を共に奏でようじゃないか、ドトウも共に!」

 

「は、は、はいぃ、オペラオーさんが行かれるのなら、私もぉ……!」

 

「……アンタたちに言ったんじゃないっての……」

 

 遮るもののない海岸線一帯に響き渡る笑い声をあげるオペラオー、彼女にエスコートされて共に下船するドトウに言葉を遮られ、不満げなアドマイヤベガ。

 

 が、当のトップロードは黙って微笑んだまま二名に続いており、ふくれっ面を背けていて気付くのが遅れたアドマイヤベガは慌てて一団を追っていった。

 

「……さて、彼女らの荷物運びも、我々トレーナーの務め。初っ端から気合が入りますな。」

 

 片桐に告げられるまでもなく、その重量の憶測には持つ前から覚悟を要した。

 

 合宿期間中、そこらの店舗で簡単には入手できない蹄鉄はあらかじめ自前で持参することになる。それを打ち付けるウマ娘用シューズも、それぞれの足に合うものが急遽用意できるはずもなく、前もって準備する荷物の重量はかなりのものとなった。

 

 無口な鷹木でなくとも口を結んで踏ん張らざるを得ない運搬作業を終え、合宿所のロビーに腰かけた二人は辺りを見回し、嘆息した。

 

 建物としての規模がそれほど大きくないおかげかもしれないが、明らかに学園が公式に所有している合宿所よりも新しく、小綺麗な内装である。玄関から一歩入れば全館空調の涼しさが身体に染みわたり、大きな窓ガラスからは正面に臨む海が一望できる。

 

「これは、これは、ようこそお越しくださいました。結城様のお招きになった、トレーナー様方ですね。」

 

 声に振り向けば、合宿所の奥からは管理人と思しき老人が歩み出て来ていた。荷物運びのために駆り出されたと思しき若い従業員も、彼のあとについてきている。

 

「あぁ、どうも……。」

 

「お荷物の方は、こちらでお運びいたしますので。お部屋でおくつろぎになりますか?それとも昼食になさいますか?」

 

「いや、でしたら我々は担当ウマ娘のトレーニングを見に行きますので。」

 

 呆気に取られているのは鷹木のみでは無かったはずだが、かろうじて平常の思考を取り戻した片桐が返事をする。この応対の最中にも、彼らの背後では清掃担当のスタッフが動き回り、厨房から漂ってくると思しき料理の匂いも鼻をくすぐった。

 

 たった一人のトレーナーが、これほど大勢のスタッフを擁する設備を保有している……ウマ娘界にて頂点に立つことの意味を、まざまざと見せつけられる思いであった。

 

「結城『様』ですって。」

 

 建物を後にし、広々とした場をたった四名のウマ娘たちでのびのび走っている練習場へ向かう道すがら、片桐が告げた耳打ちに鷹木も苦笑せざるを得なかった。

 

 合宿所での日々は、朝から晩まで文字通りのトレーニング漬けであった。

 

 早朝、気の早い夏の太陽が顔を出すよりも先んじて起床したウマ娘たちは、薄明が曙光に染まりゆく海岸の長大な砂浜を往復して戻ってくる。合宿所まで駆け戻って来た彼女らは朝食を黙々とかき込み……オペラオーは当然ながらその例外であったが……ストレッチを済ませ、基礎体力の鍛錬や走り込みに夏の日を費やした。

 

 結城トレーナーの合宿所は、屋内のトレーニング設備も最新鋭の機器ばかりが揃っていた。初めてそこを覗いた際は鷹木もひっくり返りかけた、学園においては最有力チームが有する専用トレーニングルームにも引けを取らない充実っぷりだったのだ。

 

 アドマイヤベガでなくとも、この練習環境を利用できる期間を一秒でも空費すまいと感じるのはウマ娘であれば当然だったろう。

 

 ……だが、合宿が開始されて数日にして、早くも鷹木は違和感を覚えていた。当の、ウマ娘界のレジェンド、結城トレーナーについてである。

 

 彼は確かにトレーニングの場には欠かさず姿を現し、汗を流すウマ娘たちにじっと視線を注ぐことを怠らなかった。目じりに皺を寄せて細めた目は笑んでいるようで、それでいて厳しい光を常に宿していた。

 

 しかし、結城トレーナーは一度もウマ娘たちに対して、直接的にトレーニング内容を指導することが無かったのである。彼が自ら担当を希望した、アドマイヤベガについても。

 

 いずれ片桐がこれについて聞き質すより先に、自らの存在感をアピールする意味も込めて鷹木は結城トレーナーに対し疑問をぶつけた。見事な入道雲が海の上に聳えたつのを背景に、輝く練習場のターフの上で走っていくウマ娘たちを見送った後のことである。

 

「結城さん。このウマ娘たちに向けて何かアドバイスは無いのですか?あるいは、まだ一年目のウマ娘に対しては、これといって言うことは無いと?」

 

「いや、僕はあんまり口を出さないんだ、クラシック級の子にも、シニア級の子にもね。」

 

「え……。」

 

 鷹木は目を見開いて、この老トレーナーの顔に視線を向ける。いつも通り柔和な笑みを浮かべてはいたが、決して冗談を言っているような色はその目に浮かんでいなかった。

 

「しかし、トレーナーとしてはやはり、ウマ娘自身では気づけない走りの癖であったり、コースへの適性であったりを見抜き、適宜指示する必要があるのでは?」

 

「他人から教えてもらわなきゃ気づけないような子は、勝てないからね。」

 

 口調は変わらず穏やかなままであったが、何十年もの経験に裏打ちされたその言葉は、重かった。

 

 鷹木は黙り込み、自然と顔を正面に向ける。競い合う四名のウマ娘たちは、今しがたコーナーを回り切り、向こう正面……ここが本番のレース場ならば、そう呼ばれている直線へ差し掛かっていた。

 

 気持ちよく逃げているトップロードにオペラオーが食らいつき、メイショウドトウも負けじとその背後にピタリと付けている。最後尾にて、アドマイヤベガが虎視眈々と先頭を狙っている。

 

「僕も、若い頃はたくさんのウマ娘たちに口出ししてきた。最適な練習が何なのか、結局は実際に走るウマ娘じゃなきゃ分からないことだってのは、既に知っていたけれどね。」

 

 仕掛けどころを計っているオペラオーを、軽々と足を運ぶトップロードが突き放す。

 

「傍から見ているトレーナーの目からも、明らかに不適切な練習方法は正してやれる。明らかにコース適性が合っていない走りは、観戦席からも分かる。そこにこそ、トレーナーの存在意義があるんだと思っていた……当時の僕は。」

 

 メイショウドトウが苦しそうながらもオペラオーに並んだ。あの自信なさげなウマ娘が、走っている間だけは堂々たる足運びを見せることを、鷹木は初めて知った。

 

「けれど、勝てるウマ娘は、もうその次元に居ないんだ。十着になるウマ娘を、三位入着させるのはトレーナーの力だ……けれどね。」

 

 ドトウに食らいつかれながらもトップロードへ並びかけるオペラオー。その大外から、猛烈な勢いで上がってきたアドマイヤベガが差した。

 

「大舞台で、一着になるウマ娘ってのは……違うんだよ、何もかもが。」

 

 オペラオーの高笑いは聞こえない。見れば、ゴール地点として設定したラインを越えたところで、四名はぜいぜいと肩で息をしていた。

 

「最近の僕は、そういうウマ娘を見つける眼だけで食ってるようなもんだ。ズルいと思ったかな?」

 

「いえ……さすがです。」

 

 それ以上の言葉が見つからなかった鷹木。思えば自分も、オペラオーにあれこれと指示を出していた間は彼女を勝利させられず、走り方を一任したレースでは劇的な勝利を飾ったのだ。結城トレーナーの経験とは、段違いに薄っぺらいトレーナーとしてのキャリアしか持ち合わせていなかったものの。

 

 その後の気まずくなるであろう沈黙を、ようやく息を整えたオペラオーの高笑いが埋めつくしたのであった。

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