覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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オペラオーの担当を始めたばかりのトレーナー視点。当然ながら、若手トレーナーの思い通りに動いてくれるオペラオーじゃありません。


鏡よ、覇王を返せ

 鷹木トレーナーは、放課後を報せるチャイムを聞きながらトレーニングルームのベンチに腰掛け、授業教室から来るはずの担当ウマ娘を待ち続けていた。

 

 ウマ娘のレースはパドックからゲートイン、出走してゴールした後に至るまで、種々のルールが設けられている。その他にもレースごとに出走条件を満たすためには様々なレギュレーションが設けられており、いずれからも逸脱しては失格となってしまう。

 

 トレセン学園で行われる授業は主にそういった事物をウマ娘たちに学ばせるために行われている。他にも、差しや追い込み、逃げといったレース戦術の基礎知識、競馬界の史実、ウマ娘ファンとの交流で留意すべき点など、彼女らが座学にて頭に入れておくべき内容は多岐にわたる。

 

 最初からチーム所属となったウマ娘たちには、トレーニングスケジュールを優先したうえでの専用カリキュラムが組まれるものの、そうでない者たちは教室での集団授業を優先して受ける他にない。

 

 必然的にトレーニングへ充てられる時間は限られ、それだけにチャイムの鳴り響く教室から続々と練習場へ向かう彼女たちの足取りは無駄のないものであった。

 

「遅いな……」

 

 テイエムオペラオーにはしっかりと屋内トレーニング場で待ち合わせると伝え、トレーニング器具の使用予約も取ってあったのだが、彼女のあの無駄に聞き取りやすい声は喧騒の中からまだ響いて来なかった。

 

 限られた時間が刻々と過ぎていく中、トレーナーとして理想的な動きは彼女の現在位置を今すぐにでも突き止めにいくことだったろうが、今の鷹木はそれをしなかった。

 

 学園の廊下は今、授業を終えて出てくるウマ娘たちで溢れかえっている。彼女たちをかき分け……ることは、人間の力では不可能であったが……担当ウマ娘を探しに行くことは、すなわち自身がチーム所属ではないトレーナーだと周囲に知らしめているも同然である。

 

 上級生たちの中には、トレーナーたちの顔を数年前から見知っている者もおり、未だにチーム専属となっていない彼に冷ややかな視線が向けられることも少なくはなかった。

 

「あいつに用意したトレーニングメニュー、もう一度確認しとくか。」

 

 誰に聞かせるでもなく言い訳がましいことを呟いて、タブレットを取り出す鷹木。くだらない自尊心などに今なお縋りついていることから、少しでも目を背けられる要因があるのならばそこに飛びつくのが今の彼であった。

 

 画面上で再生されたのは、今朝の練習風景である。ひとしきり周囲からの注目を集めていたテイエムオペラオーは、誘いに応じて寄って来たナリタトップロードと並んで芝の練習場のスタート地点へと向かっていく。

 

 例によってウォーミングアップや走り込みの練習に余念のない周囲のウマ娘たちの中にも、美少年とも見紛う容姿の彼女らが連れ立って歩いていく様子に思わず振り向く者が多かった。トップロードと共に居た、黒鹿毛のウマ娘だけは興味なさげにそっぽを向いてストレッチを続けていたが。

 

「さぁ始めようか!ともに覇道の栄光へ!」

 

 撮影していた鷹木からはかなり離れた位置であったにも関わらず、競走開始を高らかに宣言したオペラオーの声は朗々と練習場全域に響き渡り、周囲からの失笑を買った。鷹木は、自分が彼女の担当トレーナーであることをひた隠しにしたい思いであった。

 

 無駄に悪目立ちするオペラオーの宣言は為されたものの、隣のトップロードは変わらず落ち着いた様子で何事かを耳打ちしている。普通の声量ではやはり内容が聞き取れないほどに距離があったが、直後に再度響き渡ったオペラオーの声が全てを報せてくれた。

 

「誰か!勝利の審判者となってくれる者はいないか!あるいは、このボクが勝利することは自明の理、ユースティティアの秤も不要と思召すか!」

 

 要するに、スタートのタイミングを担当する者が必要だというのである。

 

 当然のように遠巻きな失笑が起こるだけで、誰も自らその役を買って出ようとはしない。トレセン学園所属の先輩ウマ娘にはこういった催しに乗ってきそうな面々もいたが、残念ながらこの場には入学したばかりの新入生しか居ない。

 

 トップロードが腕を差し伸べ、声をかけたのは先ほどまで一緒に居た黒鹿毛のウマ娘であった。遠くからでもハッキリと嫌そうな表情を浮かべた彼女だったが、この場を離れずに居たのは彼女らの勝負が気になっている証でもあった。

 

 やがて彼女が出したスタートの合図とともに、二名のウマ娘は駆け始める。互いの様子見をしつつ走るのかと考えていた鷹木であったが、芝と土を蹴立てて彼女らは想定以上の全力で走り始めた。

 

「おいおい……」

 

 映像には、撮影していた彼本人の当惑したような声が入っている。

 

 トレセン学園のウマ娘たちがまず目標とするのは、入学して数か月後に行われる「メイクデビュー」レースである。ここでの結果次第では、有力な選手や名トレーナーが集まるチームへの所属も現実的となる。

 

 メイクデビューにてどれだけの好成績を残すかが課題となる時期において、自身のレースでの全力の姿を周囲に見せることは殆ど御法度であった。

 

 逃げや追い込みなどの方針や、どのあたりでスパートを掛けるのか等、戦術をライバルたちに明かすような真似であるからだ。自分と同じ時期に入学した競合相手への対策も立てやすくなる。

 

 それゆえに全力で走り出した二名を目にして周囲のウマ娘たちも驚き、と同時に目を皿のようにして彼女らの走りのクセを見抜こうとしていたのである。

 

 自らの走りを見定められる恐れもなく全力の競走を開始したオペラオーであったが、彼女に付き合ったトップロードもトップロードであった。かなりの本気で走り出したのであろうオペラオーを序盤から突き放すように、再序盤からトップスピードで競走を先導しだしたのである。

 

(脚質は、逃げ寄りか。)

 

 再生された映像を見つめている鷹木が抱いた印象は、撮影していた際と同じである。が、改めて見直すほどに、トップロードが披露したのは驚異的なスタートダッシュであった。

 

 無論のことながら現役でレースに出走しているウマ娘には劣るものの、学園に入学したばかりとは思えないほどの加速、そしてトップスピードをキープし続ける時間も長い。先んじて走る彼女の速力に見とれていた鷹木は、それにぴったりとついてくるオペラオーの能力の高さに遅れて気付いたのであった。

 

 走り込みを終えたウマ娘たちが退いたトラックを、オペラオーとトップロードは半周のラインを踏んでフィニッシュした。結果的には終盤でスタミナが切れて失速したトップロードをオペラオーが差し切る形となったが、トップロードに対しペース配分を指導すればおそらく結果は逆であったろう。

 

 双方本気の走りを見せた直後であるだけに、どちらも肩で息をして声を出せず、何か言おうとしてもまた息切れが上がって来ては笑いあっている。尊大かつ俗世離れした言動が目立つオペラオーも、こういった仕草に関しては年相応の若さが覗いていた。

 

「……は、はは、はっはっは!大した走りだったよ、君!まさかこのボクに、本気を出させようとはね!」

 

「せっかくお誘いを受けたんだもの、全力で走らないと失礼だと思ってさ。」

 

 そろそろ教室での授業が迫る時刻であることを伝えるため、鷹木の撮影する画面は彼女たちへと近づいていく。自分が手に持って撮影を行っていたタブレットが、我知らず興奮のために震えていたことに今さら気付かされる。

 

 オペラオーは鷹木の方を向き、彼が口を開くに先んじて問いかけた。

 

「どうだろう、我が聡明なる理髪師!今の走りを見て、君の忌憚なき意見を賜りたい!」

 

「……えぇと、君は、トップロード、って言ったかな。」

 

「はい。」

 

 鷹木は今話しかけてきたオペラオーではなく、ナリタトップロードに対して口を開く。自尊心の高そうなオペラオーであったが、こういった場面でも余裕を見せつけんとばかりに口を閉じたまま彼女の方を向いた。

 

「素晴らしいスタート、速度も長いこと保ったまま走り続けていた……逃げの戦術をとる上でも、かなりの高水準だと思う。今後はその長所を活かしつつも、終盤に追い込んでくる相手を意識したペースをつかむべきだろう。」

 

「ありがとうございます、参考にさせてもらいますね。」

 

 早くも息を整えたトップロードは、その整った容貌から眩しい笑顔を鷹木に向ける。自分の専属ウマ娘ではない相手にアドバイスを与えたトレーナーに対し、ツッコミを入れたのはオペラオーではなかった。

 

「あの、今言ったこと、本当のことですか?」

 

「え?」

 

 間抜けな声とともに振り返った鷹木の顔を穿たんばかりに、鋭い視線を投げかけるウマ娘がいつの間にか傍に立っていた。トップロードと行動を共にしていた、黒鹿毛の長髪が朝の風になびいている。

 

 撮影を切り忘れていたタブレットの映像は、不安定に揺れながらも画面の端に彼女の顔を映していた。

 

 彼女が浮かべている怪訝な表情など知らぬ風に、オペラオーは新たな仲間が出来たかのような歓びを全身で表現しつつ口を開く。

 

「おぉ、春の風が、また新たな花弁を吹き寄越したようだね!ようこそ、あぁ、僕の喉からほとばしるべき君の名を未だ知らぬとは、何たる不幸か!」

 

「知らんでいいわ。それよりも、私はそこのトレーナーさんに聞いているの。この子に、間違ったトレーニング法を教えようって肚じゃないでしょうね。」

 

「そんなことはない。どうしてそう疑うんだ。」

 

 鷹木は口ではそう言ったものの、目の前の鋭い眼をしたウマ娘が何を疑っているのか見当がついていた。

 

 すなわち、トレーナーとしての実績は自らの担当ウマ娘が上げた戦績に限るのである。ゆえに、レースに出走する際、他のウマ娘が劣っていればいるほど自らの業績も輝かしさへ近づく。

 

 レースへ向けた期間中、担当ではないトレーナーが近づいてきて余計なことを吹き込まれれば、そのウマ娘が本番で能力を発揮しきれなくなる可能性は十分にある。

 

「私たちに確実に分かることは、あなたの担当はコイツだけだってこと。」

 

 「コイツ」と呼ばれると同時に指差されたオペラオーは、自分の立ち位置が分かっているのかいないのか、何故か誇らしげに胸を張って笑顔を浮かべる。

 

 自分がいくら弁明しても、いや弁明するほどに怪しさが増すばかりだと考えた鷹木は黙り込んでしまう。が、助け船を出したのはトップロードだった。

 

「けれど、さっきのアドバイス、何も変な事はなかったと思うよ。どんなペース配分かは、私自身が考えればいいことだし。」

 

「……そう。けれど、やっぱり自分の担当トレーナーじゃない奴の話を、鵜呑みにすべきじゃないわ。」

 

「そんなに警戒してたら、せっかくのスクールライフを楽しめないよ。アドマイヤベガ。」

 

「ちょ、ちょっと、何でわざわざフルネームで言うのよ、今さら……!」

 

 アドマイヤベガと呼ばれた彼女が慌てている様を、ナリタトップロードは楽しんでいるようであった。一方、彼女の名をバッチリと記憶にインプットしたテイエムオペラオーは、それを恐れていた本人の危惧通り、高らかに叫んだのであった。

 

「アドマイヤベガ!実に美しい名だね!ボクという太陽がすぐ傍にあるというのに、その輝きは昼の空にも刻まれるほどだよ!」

 

「恥ずかしいからデカい声で言わないで!も、もう行くわよ、授業に遅刻しちゃうから!」

 

「待ってくれよ、アドマイヤベガ!せめてもう少し、その一等星の輝きを我が目に収めさせてくれ!」

 

「ついてくんなッ!!」

 

 ようやく撮影を切っていなかったことに気づいた鷹木がタブレットを操作し、映像はそこで途切れた。

 

「……まだ来ないのか。」

 

 映像の中の騒がしさとは対照的に、誰も来ないトレーニングルームは静けさに満たされている。隣にはウイニングライブ用にダンスのレッスンをするスタジオが併設されており、そちらからは防音ガラス越しに練習を続けているウマ娘たちの声が聞こえてくる。

 

「仕方ない、探しにいくか。」

 

 初日に半日以上ソロオペラを続けていたオペラオーにとって、数分程度の遅刻など数に入らないのかもしれないが、やはり練習時間をこれ以上無駄にすべきではない。流石に焦りが勝って来た鷹木は立ち上がって足早に廊下に出て……そして固まった。

 

 ダンスレッスンを行うスタジオは、壁の一面が全て鏡張りになっている。ウマ娘たちはそこに向かって振り付けを練習しているのだが、よりにもよってそのど真ん中で、鏡に映った自らの姿に見惚れて微動だにしないオペラオーの姿があったのだ。

 

「あぁ……あぁ、どうしてそこから出て来てくれないんだい、美しいボク!キミとの決着は、いつになったらつくんだろう、あぁ……!」

 

 苦笑を浮かべながらもダンスレッスンを続ける集団の中に入っていき、周囲に謝罪を繰り返しながらオペラオーを連れ出すまで、鷹木が相当な量の冷や汗を流したことは言うまでもない。

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