覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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まだジュニア級のテイエムオペラオー、トレーナー陣に連れられ黄金世代のウマ娘たちが出走する菊花賞の観戦へ。同じく王をその名に冠するキングヘイローにぞっこんの模様です。


拝謁願うは次代の王

 夏合宿の期間を終え、なお残暑厳しい中で再開された学期においても、一年次のウマ娘たちがトレーニングに励むことに変わりはない。

 

 彼女ら向けのレースが用意されていないことは無いのだが、殆どの者たちは二年度から出走募集される大舞台に向けての鍛錬に時間を費やす。その主たる目標として定められるのは、むろん皐月賞への出走である。

 

 鷹木がトレーナーを担当しているテイエムオペラオーは、徐々に自らトレーニング方針の提案を行う頻度が高くなってきていた。結城トレーナーの方針で行われた夏合宿トレーニングの影響からか、自主的に自らに不足していそうな能力を鷹木に告げるようになったのである。

 

「どうだろう、今のボクには輝きを追い求めるにも枷が填められている気がするんだ。合宿でも、よくアヤベさんに差し切られて彼女の後塵を拝することが多かったからね。なればこそ我が心は大声で呼びかけるのだ、あの星のような姫を、我がもとに輝かせてくれ……と!」

 

「要するにスタミナ不足を実感してるってことか。普通に喋ってくれよ。」

 

 時折声を掛けてくる片桐の計らいによって、メイショウドトウとの並走練習も度々行われた。が、それと同等かそれ以上の頻度で、ナリタトップロードとの練習は頻繁であった。

 

 この学年においてトップに食い込む成績を誇り、なおかつアドマイヤベガやメイショウドトウやテイエムオペラオーのように性格上の難を抱えているわけでもないトップロード。にもかかわらず、彼女に未だ担当トレーナーが居ない理由を鷹木はそれとなく察していた。

 

 ひとたびチームに入る機を逸したウマ娘は、それこそアドマイヤベガのごとく優れた血統の持ち主でもない限り、トレーナーの側から声が掛かることは無いのだ。

 

 無論、優秀なウマ娘を担当しようと望んでいるトレーナーは少なくなかったが、目立った戦績も残せていないトレーナーには自ら担当ウマ娘を選ぶ権利など無い。指導が行われないこと以上に、誤った指導が行われることの方が、よほど的確にウマ娘の才能の芽を潰してしまう。

 

 現に、学園の側からオペラオーの指導を任された鷹木もまた、自らウマ娘を選ぶ権利を持たぬトレーナーの一人である。

 

「はーっはっはっは!王道を先んずる君主よ!またも、この覇王が追い越してくれよう!」

 

「今日は、ちょっとペース配分を変えるつもりさ。この前と同じように勝てるとは思わないことだね。」

 

 オペラオーと並んで走るトップロードが、自分なりにあれこれと工夫しているであろう様子を目の当たりにしつつも、勝手に彼女を自分の指導対象に加えることは出来なかった。

 

 担当したいウマ娘を自ら指名できるほどのトレーナーともなれば、既に抱えているチームの指導にかかり切りである。結城トレーナーのように、一人もウマ娘を担当せず暇しているベテランなど滅多にいるものではない。

 

 結果的に、いつも共に練習していたアドマイヤベガとも離れ、周囲のウマ娘たちがトレーナー達にあれやこれやと指導を受けている中、トップロードが一人寂しく自主練に励む状況を変える手立ては暫し見当たらなかったのだ。

 

 外見の整った者の多いウマ娘の中でも、殊に美形であるトップロードの表情が寂寥に翳る様は言いようのない魅力を湛えてはいたものの。ストップウォッチを構えた鷹木がタイム計測を止めると同時に、ゴール地点をトップロードとオペラオーがほぼ同時に通過する。

 

 ハナ差で、トップロードが逃げ切っていた。専属のトレーナー無しに、確かに彼女は自らの能力を見極めて伸ばすだけの練習を続けられていた。

 

「ゼェ、ハァ……あぁ、惜しい!このボクが、既に踏み固められた道を駆けることになろうとは!」

 

「前に練習した時より、かなりタイムは縮めたはずだけれど……オペラオーくんも、確実に速くなっているね。」

 

 鷹木はと言えば、そんなウマ娘たちをいよいよ黙って見つめるばかりであった。練習データの集計と提供、トレーニング設備の予約、練習中に要する飲料や備品の準備……最近の彼の仕事は、細々とした雑用に身を挺することが多くを占めていた。

 

 あの合宿の中で、結城トレーナーから掛けられた言葉が、彼の中にも尾を引いていた。

 

(この子たちが、自主的にトレーニング内容を決めていく……それを無理に変更させるだけの判断力が、俺に備わっているのか?)

 

 当の結城トレーナーは、アドマイヤベガのトレーニングに注力しているのか、あるいは他のウマ娘チームの面倒を見ているのか、しばらく鷹木や片桐の前に姿を現すことなどなかった。

 

 そんなレジェンドトレーナーが、しばらくぶりに連絡を取って来たのは、残暑も去り、秋の空気も深まって来たころのことである。本人は気さくな老人であることを実際に会って知っている鷹木も、久々に声を交わすとなればこみあげてくる緊張を誤魔化せはしなかった。

 

「お、お久しぶりです、結城さん。」

 

「やぁ。菊花賞の観戦、一緒に行けないかと思ってね。キミとオペラオーの分も予約できるけれど、他に連れて行きたい子がいれば言ってくれるかな。」

 

 結城トレーナーの口ぶりには、相手が拒むことなど毛頭予見していない響きがあった。無論、全国から観戦希望者の集まる大舞台、菊花賞の観戦チケットを入手できる機会を、鷹木が拒むはずなど無かったが。

 

 唐突な大先輩からの誘いに狼狽しながらも、彼は頭に真っ先に上がって来た名を口にする。

 

「で、では、ウチのオペラオーといつも一緒に練習しているナリタトップロードの分も……」

 

「それなら、既に片桐君から聞いているよ。うんうん、全員で7名ね。丁度良かった、収まる人数で。」

 

「お、収まる……?」

 

 ずらりと並ぶ観戦席しか想像できない鷹木には、結城トレーナーが口にした言葉の意味が分からなかった。その後送られてきた集合場所が、開催地である京都から遠く離れたトレセン学園の正門前であることも腑に落ちなかった。

 

 が、菊花賞当日の早朝、にこやかに出迎える結城トレーナーの背後に真っ黒なリムジンカー……鷹木が人生で一度も乗ることなど無いだろうと考えていた、あのやたらと長い車……が控えている辺りから、だんだん状況は飲み込めてきた。

 

「お、おはようございます、ご無沙汰しております……。」

 

「やぁ。早速行こうか、京都には余裕をもって着くから、あっちでお昼ごはんにしよう。」

 

「いいですな。京都観光と洒落込みましょう。」

 

 老トレーナーと共に、久々に同期ウマ娘との再会を果たしたアドマイヤベガは顔を背け続けていたが、垂れた前髪の隙間から除く口元が緩んでいる様は見て取れた。トップロードに手を取られて車両に乗り込む際など、ぴんと立てられた彼女の耳はずっとトップロードの方を向いていた。

 

 相も変わらず遠慮という感情から無縁の片桐がリムジン内部の冷蔵庫から勝手に飲み物を取り出したり、それをドトウが盛大にこぼして車内のカーペットにしみを作ったり、カラオケ機器を発見したオペラオーが歌いだしたりと、騒動には事欠かない道中であったが、その日の思い出は言うまでもなくレース会場に着いてからの出来事によって占められていた。

 

 おそらくこの車両専用と思しき屋内駐車場から、一般の観覧客と一切鉢合わせることのない通路を通り、これまた専用のエレベーターに乗り込んで着いた先はプライベートルームであった。

 

 屋外にせり出したバルコニーを備える、空調の効いた個室。高そうな家具が並ぶ部屋の壁には、歴代の優勝ウマ娘たちの写真が飾られている。大きな一枚ガラスの向こう側には、真正面にゴールが見えている。

 

(この会場に、観戦用の個室なんてあったのか……!?)

 

「ちょっと早かったかもしれないけれど、まぁ寛いでいって。テレビも飲み物もあるし、注文すれば軽食も届けてもらえる。」

 

 当然ながら鷹木はおそるおそるソファの一角に腰かけるだけが精いっぱいであったが、オペラオーはさっそくバルコニーへの扉を開け放って出て行った。トップロードもそれに倣い、アドマイヤベガも当然のごとくついていく。

 

 大きな一枚ガラスの窓を目にした時点で自らのドジを警戒しているのだろうドトウは、足元に躓くものが無いか細心の注意を払いつつも彼女らの後に続いた。巨大なウマ娘レース場のど真ん中に位置するバルコニーからは、会場の全てが一望できた。

 

「はーっはっはっは!これは素晴らしい眺めだ、まさに覇王に相応しい、勝利者の特等席だね!」

 

「結城トレーナーの特権で来れただけでしょ、私たち、まだ一度も大舞台になんて出てないんだから。」

 

「問題ないさ、ボクが高みまで上り詰めるのは遅かれ早かれ同じことだ!はーっはっはっは!」

 

「少しは遠慮ってものを覚えなさいよ……。」

 

 室内では、おもむろに片桐がつけたテレビモニターに、今まさにこの京都レース場からの中継が映った。よりにもよって、このタイミングで観覧用個室のバルコニーにカメラが寄っていたことを知った鷹木は一瞬にして顔が蒼ざめる。

 

〈おや、特別観覧席には……見慣れないウマ娘の姿がありますね。〉

 

〈恐らく、結城トレーナーが連れて来た子たちでしょう。彼が注目したウマ娘たちです、今後の出走に期待が出来ますよ。〉

 

〈なるほど。おぉっと、URAの次代を担う子らしく、堂々とした立ち振る舞いですね。〉

 

 中継からは、半笑いの実況者と解説者の声が流れてくる。

 

 会場内の大型ディスプレイに自分たちの姿が映し出されていることに気づき、オペラオーは臆することなく高笑いしながら手を振っている。何の実績も上げていない状態でそんな振る舞いが出来る彼女の胆力に度肝を抜かれつつも、一刻も早く映像が切り替わることを鷹木は願うばかりであった。

 

 当の結城トレーナーはと言えば、そんなウマ娘たちの姿を微笑ましそうに見つめるばかりであったが。

 

 プライベート観戦室の中に、通話を求める受信音が鳴り響いたのは、それから間もなくのことである。

 

「はいはい。」

 

 受話器らしいものを何も手にすることなく、老トレーナーは部屋の空中に向かって返答する。彼の声だけを認識して、通話が開始される仕組みがプライベートルームには既に組み込まれていた。

 

「結城様。レース開始前に、キングヘイロー選手がそちらへの面会を願い出ておりますが。」

 

「なんと、あのキングが!」

 

 耳聡く聞きつけたオペラオーが、バルコニーから戻ってくる。部屋の主を差し置いて、勝手に通話の相手と対話を始めるオペラオーに、またしても鷹木はハラハラしっぱなしであった。結城トレーナーは、それと察して口を噤んでいたが。

 

「彼女は間違いなく、このボクに用がある!だが、王の名を冠する者を呼びたてることなど出来ない!こちらから出向こうじゃないか、キングはどこに居る!」

 

「え、えぇと、パドック前にてお待ちです。」

 

「すぐに行こう!君も付いてきてくれたまえ、鷹木!」

 

「お、おう。」

 

 滅多にトレーナーの名前を直接呼ばないオペラオーから、ごく稀に名を呼ばれる状況には相変わらず慣れない鷹木はぎこちなく立ち上がった。

 

 スタッフに連れられて関係者のみが入れる通路を進んだ先に、キングヘイローは待っていた。いつも引き連れている取り巻きのウマ娘たちの姿が無いことからも、レース直前のウマ娘に接触できることがいかに特例であるか窺い知れる。

 

 大舞台のレースを目前に控えたキングヘイローの表情にはどこか強張った物があったものの、オペラオーと鷹木の姿を見た彼女はいつもと変わらぬ気品を伴って笑ってみせた。前の東京優駿で惨敗を喫したことなどまるで匂わせない、自信に溢れた王者の笑みがそこにはあった。

 

 先んじて声をかけたのは、オペラオーである。

 

「ごきげんよう!キングよ、この善き晴れ舞台の日にお会いできて光栄だよ!」

 

「ごきげんよう、オペラオー、そしてトレーナーさん。」

 

「どうも……。」

 

 稀有な経験ではあったものの、ここに連れてこられた鷹木は自分がどのように振る舞うべきかをまるで心得ていない素人同然であった。そんな彼を脇に差し置いて、王を名乗る者たちは独自の世界観に沿った会話を展開していた。

 

「それにしても、このキングを随分な高みから見下してくれちゃって。さっきの中継、見たわよ。せっかく、この私を応援する権利をあげようかと思っていたのだけれど、やめにしようかしら。」

 

「余りにも王を取り囲む者たちが多かったから、高い木に上らなければ拝謁が叶わなかっただけさ。それに、応援する権利など賜らなくても、ボクは勝手に応援するさ!」

 

「まぁ、何と傲岸な客人かしら。よしんばこの私がレースの間じゅう耳を塞いで走ったとしたら?」

 

「ならば、ボクはあなたの眼前に躍り出て応援の舞いを披露するだろう!」

 

「私の進路を塞ごうだなんて、大した不届き者ね!おーっほっほっほ!」

 

「ボクは何者にも縛られないさ、覇王なのだから!はーっはっはっは!」

 

「おぉーーっほっほっほ!!」

 

「はぁーーっはっはっは!!」

 

「頼むからマジに乱入するのはやめてくれよ……。」

 

 小声でボソボソと呟く鷹木の懇願を他所に、キングヘイローとオペラオーの高笑いはパドック中に響き渡っていた。やがてキングヘイローは、その姿を見せた時よりどこか晴れやかな表情で踵を返し、オペラオーと鷹木も観戦席へと戻っていく。

 

 いよいよ、菊花賞の開始である。

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