覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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トレセン学園二年目に突入、それぞれの本番レースが増えつつあるオペラオーの同期たちの中で、初の激突となったのはアドマイヤベガとナリタトップロード。血統が生んだ天才に対峙するは、冷静な運びで堅実に勝利を得る秀才。未だ覇王が自称でしかないオペラオーの目の前で、熱戦が繰り広げられます。


星昇る先に道はあり

 3月に入り、中山レース場。

 

 ハッキリと春が訪れつつある時節ではあったが、その日は降り続いた雨の中に戻って来た寒気も加わり、観客席にも防寒具を着込んだ姿が目立った。

 

「アドマイヤベガさんとナリタトップロードさん、初めての対決になる日なのに……あいにくのお天気ですぅ……。」

 

 傘の下から重く黒い雲に覆われた空を見上げて呟くメイショウドトウの口元からも、また隣でいつも通り無駄な声量で答えるテイエムオペラオーの口元からも白い息が立ち上がっていた。

 

 概して、ウマ娘の体温は人間よりも高く、多少の寒さでも彼女らの息は白く見える。

 

「はーっはっはっは!ボクの覇王としての力で晴らしてやっても良かったが、空の涙を無理に止めてやるのは可哀想でね!」

 

「それはいいが、ちゃんと傘の下に入ってろ。カゼでも引いたらどうする。」

 

 傘を手にしているにもかかわらず、大袈裟なアクションとともに髪を雨粒で濡らしているオペラオー。

 

 今月の末には彼女にも本番が控えていることを念頭に置き続けている鷹木は、体調管理の細々したことに気をもんでばかりであった。覇王を自称するウマ娘には、些事でしかなかったらしいが。

 

「しかし、この年の大舞台を目指すウマ娘、その強さを見るには格好のレースですなぁ。こんなコンディションで、わざわざ走る練習をしてきた子は少ないでしょうし。」

 

「昨年度は、いい天気だったばかりにね。」

 

 ウマ娘たちの後に続いてレース場の観戦席へと歩いていくトレーナー達。やはり当たり前のように傘を忘れてきてしまったドトウに、自分の傘を与えた片桐はフードをすっぽりとかぶってポケットに手を突っ込み歩いている。

 

 不精髭の目立つ男がそんな恰好でしとしと降る雨の中を歩いている姿からは不審者感が拭えなかったが、既に同行しているオペラオーの顔が知られているためか入場を拒否されることは無かった。

 

〈やってまいりました報知杯弥生賞、天候は雨、芝の状態は稍重となりました。昨年度スペシャルウィークの華々しい勝利も記憶に鮮明なこのレース、今年の皐月賞への期待も高まります。〉

 

 雨脚は強まったと思えば弱まり、不安定な勢いでターフの上を濡らしていく。

 

 クラシック路線へ向かうウマ娘たちの大切な重賞競走、この暗雲と冷雨に包まれたレース場は選手たちの試練場のごとき様相を呈していた。パドックに姿を現しだしたウマ娘たちの紹介が始まり、オペラオーは閉じた傘を振り回して声援を送っている。

 

「頼むから傘をちゃんとさしていてくれ、このレースを観戦したせいで体調を崩しただなんてことになっては笑えない。」

 

「このボクが華やかさを添えようというのだ!皆の大舞台を鮮やかに!」

 

「屋根付きの観戦席、チケットが取れれば良かったんですがな。」

 

「取れるワケないでしょ、一般トレーナーに。」

 

 そんなやり取りの間にも出走ウマ娘たちのアナウンスは進んでいき、いよいよ上位人気の紹介へと入っていった。

 

〈2番人気、ナリタトップロードです。メイクデビュー時から好走を披露し続けている彼女、ここまで入着していないレースが無いという好成績です。今年のきさらぎ賞においても見事な勝利を飾りました、いつも通りの落ち着いた走りに期待が寄せられます。〉

 

 普段から間近で見ているはずの同期ウマ娘であったが、勝負服に身を包んだトップロードの登場はやはり他のウマ娘と別格たる気を感じさせるものであった。

 

 オペラオーのようにやたらと目立ちたがるそぶりは見せぬものの、物静かな振る舞いの中に見る者の目を引きつけて離さぬ魅力がある。

 

「スター性、ってやつですかな。早くも光るものがありますね。」

 

「えぇ。」

 

 片桐の呟きを耳に、鷹木も肯定の相槌を返すばかりであった。他に言うことを思いつくより先に、1番人気のかのウマ娘が声援を浴びながら姿を現したのである。

 

〈さぁお待たせしました1番人気、アドマイヤベガ!昨年末のラジオたんぱ杯では圧倒的な実力を見せつけての勝利、降着となったデビュー戦を除けばここまで無敗のウマ娘。サンデーサイレンス血統を継ぐ選手として、堂々の1番人気です。〉

 

「おお!美しの星よ、のがれ得ぬ魂の盃よ、儘に為せ!雨粒らが打ち濡らせし、このターフを駆け尽くせ!」

 

「え、えぇっと、頑張ってですぅ、トップロードさんも、アドマイヤベガさんもぉ!」

 

 相変わらずよく分からない声援を送るオペラオーの隣で、メイショウドトウも慣れぬ声を張り上げる。

 

 アドマイヤベガの状態は、確かに完成されていると見えた。結城トレーナーはこれといった指導をしていないと言ってはいたものの、やはり彼と共に居る事で悪い影響などあるはずも無かった。

 

 ウマ娘たちが全員ゲート入りし、緊張の静寂の中、ゲートが開かれる。

 

〈スタートしました。ハナに立ったのはアストラルブレイズ、二番手はゴーアップアビド。その後サウンドオブアース、トウカイダンディーと続きます。1番人気のアドマイヤベガは最後方、2番人気ナリタトップロードは中団に位置しています。さぁスタート直後には上り坂が待ち受ける。〉

 

「ふむ、今まで通りの運びですな。」

 

「トップロードは中団から上がっていく先行策、アドマイヤベガは追い込みですね。」

 

 幾度も幾度も繰り返し目にした……そう、鷹木も、片桐も、自分たちの担当ウマ娘の同期として立ちはだかる、彼女らの走りが録画された映像を何度も見直していた。故に、たった今目の前で繰り広げられているレースにも、何ら意外な所は無かった。

 

 幾度走り直しても、再生される映像のごとく同じ結果にはならないのがウマ娘のレースではあるのだが。

 

〈1コーナーに入って尚も上りが続きます、全体の順位に動きは見られません。先頭争いは変わらずアストラルブレイズ、ゴーアップアピド。中団はドラゴンブライアン、フライングキッド、トシザブイ、そのウチにナリタトップロード。イカルスドリーム、順位を下げたか。アドマイヤベガはマイネルシアターと並んで変わらず最後尾といったところ。間もなく向こう正面に入ります。〉

 

「は、走りにくそうなコースですぅ、上り坂のコーナーを回り切ったら、今度は下り坂の直線ですぅ……。」

 

「それに、雨も降っているからね。だがボクたちだって、いずれこの中山を美しく走る日が来るのさ!ドトウ、キミも共にね!」

 

「は、はいぃ!わ、私も、オペラオーさんには置いてかれません!」

 

 オペラオーの心強い言葉に頷くドトウであったが、彼女を見つめる片桐の眼付きにはどこか厳しい光が浮かびつつあった。

 

 恐らく先日の京都にて結城トレーナーから掛けられた言葉を思い起こしているのだろうと考えつつ、鷹木は視線をレースへと戻す。

 

〈さぁ間もなく第3コーナー、順位は変わらず、まだ動かないか?3番人気トウカイダンディー、前を狙う。アストラルブレイズわずかにリードを広げています、サウンドオブアースが二着まで上がってまいりました。ここから直線に出るまで平坦なコースだ、第4コーナー……ナリタトップロードが動きだした!〉

 

「アヤベさん、まだスパートをかけないのかい?」

 

「いつもだったら、この辺りから加速し始める所ですけれど……」

 

 オペラオー達が口にした通り、今回のアドマイヤベガの走りは常とは異なるペース配分であった。最終直線にて上り坂が待ち構えるこのレースに備え、脚を長くためるつもりかとも思われた。

 

 最後のコーナーを抜けきる前に仕掛けたのは、トップロードの方であった。見事なまでに、今までレースにて披露してきた通りのペース配分である。

 

 それが、これだけ雨の降る、芝の状態も良くないレース場で再現できているのだ。スタート直後の上り、コーナーを抜けきってからの下りと、スタミナを削られるポイントも多いこのレースにて、いつもと変わらぬ走りが出来ること自体、驚異的な能力であった。

 

「まるで担当トレーナーが居るかのような、正確な走りですな。」

 

「あの子自身が、自らのトレーナーを担当しているみたいに……」

 

 鷹木の言葉は、やはり自ら途切れた。レースはまもなく最終直線、喋っている場合ではない。

 

〈まだ動かないかアドマイヤベガ!ウチからナリタトップロード上がってきた!外からブルーコマンダー、トウカイダンディーも上がってくる!さぁ直線に入ります!中山はここから坂がある!アドマイヤベガは最後尾十三着、この差は厳しいか?先にマイネルシアターが上がっていく!〉

 

 どれだけ集団の中に埋もれようと、コース内側からスパートをかけて上がっていくトップロードの走りはやはり安定していた。

 

 雨の降る中、多少無茶な配分で走ってしまった選手たちが次々に上り坂で失速していく中、トップロードは変わらぬ脚運びを見せつける。一方、彼女と共に人気順を独占していたアドマイヤベガはと見た鷹木は、それまで皮膚の下にて収まっていた鳥肌が一気に立ちあがってくるのを感じた。

 

 普段以上にスパートを遅らせたアドマイヤベガの末脚が、生半可なものであるはずが無かった。

 

〈ナリタトップロード、安定感のある加速!アストラルブレイズを抜き去って今先頭に立ちました!……最後尾から、アドマイヤベガが、物凄い勢いで上がって来た!十三着の位置から、上がってくる、上がってくる、三着、二着、ナリタトップロードを捕らえた!〉

 

「これは……物凄い」

 

「スペシャルウィークのような……」

 

 片桐も鷹木も、各々に独り言のごとく呟くしか出来なかった。

 

 直線に入った時には最後方にいたアドマイヤベガが、上り坂を一気に駆け上がり、もう先頭に迫ってきているのである。いつもならば最終コーナーの時点で加速し始めるアドマイヤベガ。

 

 しかし、今回は違う。不気味な沈黙の末、怪物の片鱗を覗かせる末脚を見せつけられ、さぞや共に走るウマ娘たちは度肝を抜かれたことだろう。その動揺を示すかのように、中団以降のウマ娘たちは順位を乱し始めた。

 

 ウマ娘のレースは、最後の直線ですべてが決まる。それを体現するかのようなラストスパートであった。

 

〈詰めていく詰めていく!アドマイヤベガ、ナリタトップロードに並んだ……いや、離された!?〉

 

 が、トップロードはどこまでも冷静であった。

 

 彼女がいつも通りの走りをしたということは、ゴール直前の競り合いにも勝つだけのスタミナを確実に残しているということ。

 

 持てる全ての余力を焼き尽くして駆けあがって来たアドマイヤベガを涼しく突き放し、トップロードは悠々と逃げ切ったのであった。

 

〈その差は1バ身!ナリタトップロード、今ゴールイン!弥生賞を制しました!アドマイヤベガ、惜しくも届かず!勝ったのはナリタトップロード!二着アドマイヤベガ、三着マイネルシアター!〉

 

 ゴール板を越えた後のトップロードも、いつもと変わらず落ち着いたものであった。大歓声を浴びながらも、控えめに手を振って応える笑顔は爽やかなまま。

 

 彼女の背後で、アドマイヤベガの顔には何の表情も浮かんでいなかった。勝利の目前まで迫りながら、悠々と引き離されたこの結果を意外ととらえているのか、トップロード相手ならば妥当と思えているのか、観客席からは窺い知れない。

 

「アヤベさーん!!トップロード!!素晴らしい!!素晴らしい走りだったよ!!!」

 

「お、おめ、おめでとうございますぅ……!」

 

 オペラオーとドトウが賞賛を投げかける声も十分に届き、トップロードもこちらに笑顔を向ける。

 

 が、アドマイヤベガは変わらず視線を合わせぬまま、レース後のウイニングライブ準備をするための控室へ真っ直ぐに向かったのみであった。

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