今にして読み返すと、相当にアヤベさんの性格がオリジナルなものになってしまってますね……書いていた頃には、まだアヤベさんが実装されていなかったので、あしからず。
鷹木がオペラオーの担当トレーナーとなり、一週間が経過した。ことによっては他のウマ娘やチームから「練習妨害だ」との苦情も入りかねないという懸念から、オペラオーに対し彼は極力屋内ジムでのトレーニングを提案し続けていた。
が、毎朝学園に出勤するたび、走り込みを行うウマ娘たちの掛け声に混じって、オペラオーの歌声が響き渡っていることに鷹木も慣れつつあったのだ。事前に伝えておいたトレーニング内容が、すっかり無視されることにも。
「……おはよう、オペラオー。」
「やぁ!丁度良い所に来てくれたね、今朝も僕の前には燦然たる一等星、日が昇ってもなお消えぬ夜の忘れ形見が現れたんだ!」
仰々しい言い回しと大袈裟な身振りを以て彼女が指し示す先では、大声で歌い続けているオペラオーを敬遠せず唯一接近するウマ娘、ナリタトップロードが穏やかな笑みを浮かべて手を振っていた。
「おはよ、オペラオーのトレーナーさん。」
が、つい先ほど「一等星」と称されたのは、この騒々しい存在を遠巻きに眺める集団の中に紛れて居たくもあり、トップロードの近くに居たくもあり、結果として中途半端に突出した位置で目立ってしまっているアドマイヤベガの方であった。
彼女は無関心を装ってストレッチを続けていたが、オペラオーの声から露骨に顔を背け続けている様は、むしろ相手の存在を意識し続けていることの裏返しであった。
「さぁさぁ、明けの光と共に我らは競おうか!」
「うん。アヤベも来ないの?いい練習になると思うんだけれど。」
「やらない。あとでアンタと練習するし。」
気乗りを見せぬ相手を執拗に勧誘することは美学に反するとオペラオーは考え、頑ななアドマイヤベガは梃子でも動かせないとトップロードは知っていた。そのため、関わりを拒否し続けながらも距離を完全に取れずにいる彼女は、毎度のように望まぬ全力競走から逃れていられたのであった。
スタートの合図を出す役だけは免除されなかったものの。
「いざ行こう!僕らの心が逸るあまり、この身体を置き去って駆け出す前に!」
「はは、面白い喩え方だね。じゃあアヤベ、よろしく。」
「はいはい……位置について、よーい、バン。」
自分の提案したトレーニングに従ってもらえないのなら、せめてオペラオーのスタートダッシュを分析しようと鷹木は考え、その朝はスタート地点へついて行った。が、その行為はアドマイヤベガの目には別な目論見の表れとして映ったようであった。
土と芝を蹴立ててトップロードとオペラオーが走り去った後、アドマイヤベガの凄まじく研ぎあげられた視線が突き刺さるのを、鷹木はそちらへ目を向ける前から感じ取った。
「あの、何のつもり?」
「え?」
「このところ、妙に私に近づこうとしてるよね。」
「いや、俺はオペラオーの練習を見るのが仕事だからさ……」
「本当にそれだけ?言っておくけれど、私をチームに誘おうとしてるんなら、絶対にお断りだから。」
アドマイヤベガは決然とそう言い切った。そもそもチームを任された挙句、実績を出せなかったがゆえに今の立場を得ている鷹木に、チーム結成を決定する権限などあるはずも無かったが……アドマイヤベガに関しては、彼も一つの不可解な点を見出していた。
アドマイヤベガは、アメリカにてGⅠレースを6勝してエクリプス賞までも手にした、かのサンデーサイレンスの血を引く紛うこと無き優秀な血統ウマ娘である。彼女ほどの血筋となれば、入学直後から有力チームによる勧誘が来ないはずも無い。
引く手数多であるはずのアドマイヤベガが、なぜチームに所属せず単独で練習を続けているのか鷹木には理解できなかった。
「俺もチームを担当しようとは思ってない、というか不可能だ……だが、なぜ君ほどの血統ウマ娘が、チームに未だ所属していないんだ?」
「断ったから。全部。」
余りにもあっさりとそう言い切られたため、鷹木は自らの中に驚きを見出すまで数秒かかった。アドマイヤベガの見つめる先には、オペラオーと競り合って走るトップロードの姿があった。
「何だって!?……チームに所属することのメリットを、知らないはずがないよな?」
「ほら来た。それが嫌なの。ウマ娘のチームは、どっちを見ても自分たちの戦績をどう良くするかしか考えてないもの。」
「それは、当たり前のことだろ。」
「えぇ、当たり前ね。私が血統ウマ娘だと見るや否や、チームの戦績上げの材料だとばかりに舌なめずりしながら寄って来るトレーナーどもは、皆そう考えてるものね。」
鷹木は言い返さなかった。彼女がたった今口にしたことを、否定しようがなかったのだ。
ウマ娘のチームは、優秀と見られるウマ娘を囲い、トレーニング場の利用やレースへの出走権の面で優遇を得ることを目的として結成されている。ウマ娘たちが実力を発揮し戦績につなげる機会を増やすため、有象無象に埋もれさせないように保護する制度である。
翻せば、チーム外の存在を効率良く蹴落としやすくするために組まれたシステムとも言える。
「チームで着順を良くするため、レースには仲良しこよしで一斉に出場して、勝てる見込みがない子を妨害行為に徹させるなんてことも当たり前らしいじゃん。」
「……まぁ、そういうのも、あるな。それが勝負の世界ってやつだ。」
「へぇ、勝手にやってれば?そんなくだらない連中、私の足で置き去りにしてやるから。」
このやり取りの間も、アドマイヤベガは鷹木と一切目を合わせようとしていなかった。彼女の視線が向く先で、今回はトップロードがオペラオーから逃げ切って勝利を収めたようだ。オペラオーは相手を讃えようと口を開け、しかし息切れのために笑顔だけを全力で浮かべて肩を動かしている。
鷹木は喉元まで出かかった言葉を飲み込んでいた。アドマイヤベガの絶対的な自信は、やはり実際に有する能力の高きがためであろう。
ほとんどのウマ娘は確かに一流へ届くだけの能力は有していても、時の運によってその道を閉ざされるのが大抵なのだ……同じレースに、ライバルウマ娘の妨害要員としてチームメイトを集団で送り込むことに躊躇を見せるトレーナーは、チームの戦績を上げられない。
鷹木自身もトレーナー着任間もない頃、チームを担当していた彼は仲間の妨害ありきでレース攻略を組み立てていた。作戦が成功すれば、チームに所属するウマ娘たちはそれぞれ自分の得意レースで一着を取れていたはずだった。
が、ウマ娘の中には、いつも怪物が居る。運を味方につければ一着になる可能性がある存在ではなく、状況がどうあっても揺るがぬ勝利を手にする、怪物が。
去年、夢半ばで道を諦めさせざるを得なかったあのウマ娘にも、勝利と笑顔があったはずだった、あの勝負服を着てウイニングライブをセンターで踊っていたはずだった。化け物のような強さでレースを総なめにしていく、怪物の存在を鷹木は声も無く呪う他になかった。
速いウマ娘が勝つ。強いウマ娘が勝つ。幸運なウマ娘が勝つ。そのいずれもが絶対的ではない、“単なる一流”でしかないウマ娘は、策を弄して敗北を遠ざける他にないのだ。
「……何よ。」
気が付けば、アドマイヤベガは鷹木の顔を直視していた。彼の沈黙の長さが気がかりになった彼女はその表情に目を向け、鷹木の目の奥に淀んだ暗がりがせり上がっている様を気味悪げに感じていたのだ。
アドマイヤベガの顔を手前に、背景の奥からオペラオーとトップロードが談笑しながら近づいて来る。彼女らは勝負に真剣でこそあれ、まだ純粋な能力の高さこそがレース結果に現れると信じて健気に励んでいるのだ。
「いや、君の言うとおりだ。勝利を手に出来るよう、応援しているよ。」
「経験者ぶって見せたかと思えば、今度はえらく月並みなこと言うのね。変な奴。」
気の強そうに鋭く尖った、同時に美しく澄み切った彼女の目に向かって、鷹木が掛けられるのは月並みな言葉の他に無かった。
「しかし、仲良しを嫌っているわりには、いつもナリタトップロードと一緒に居るんだな。」
「トップロードは、チームからスカウトされてない連中の中でも一番の足だもの。言っとくけど、仲間だとも友達だとも思ってない。」
「じゃあ何だと?」
「競走相手。ウマ娘同士なんだもの、当然でしょう。マトモな勝負になる相手と練習しなきゃ、上達しないし。」
オペラオーの朗々と響く声と対話していてもトップロードには聞こえていたのか、彼女はアドマイヤベガの待つ場所に到着するなりこう切り出した。
「じゃあ、オペラオーくんもアヤベの競走相手だね。私と実力がほとんど同じなんだから。」
「え、いや……ソイツは……」
「やあ、明けきってもなお眩き明星よ!お望みならばこの覇王が今一度、騎士の決闘を受け入れてくれようか!」
先ほど肩で息をしていたとは思えぬ肺活量を以てテイエムオペラオーが叫び、その傍でナリタトップロードが穏やかに微笑んでいる。
幾度も二名の競走している様を見てきたがため、トップロードの言葉を否定できないアドマイヤベガは言葉を詰まらせながら後ずさり、授業開始の予鈴が鳴ったのを良いことにクルリとその場に背を向けた。
「さ、急いで教室に行くわよ!遅刻したせいで補習なんか行かされちゃ、練習時間が削られるもの。」
「なるほど!学び舎への道を、この覇王と競うというのだね!よかろう!」
足早にこの場を離れて行こうとするアドマイヤベガに、オペラオーはピタリとついて行こうとする。トップロードもまた楽しげに駆け始め、三名は並んで校舎へと急いでいるような形となった。
「ちょっと、誰が一緒に行くって言ったのよ!そもそもソイツは違うクラスでしょ!」
「オペラオーくんは隣のクラスなんだし、ほぼ一緒みたいなものじゃん。」
「そうとも!いやがるのなら、力尽くでついて行くぞ!素敵な一等星よ!はーっはっはっは!」
「タチ悪いわね!ついてくんなッ!!」
「アヤベさんは追い込みが得意なんだし、逃げない方がいいと思うよ。」
「そういう問題じゃないの!」
喧しく言い合いながらも、肩を並べて去っていく三名の背を黙って見送る鷹木。眼の前に横たわる過酷な勝負の世界を思って顰めていたはずの彼の眉根に、いつの間にか刻まれた皺は浅くなっていた。
何も知らない、新入りウマ娘であるはずの彼女たちからは、奇妙にも不安を払拭するだけの気力が湧きだしているように感じられたのである。
「……あとは、俺の立てたトレーニングメニュー、ちゃんと守ってもらえればな……」