覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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いよいよ皐月賞、トレセン学園二年目のテイエムオペラオーが出走。昨年度からの方針で、彼女に走り方を一任したトレーナーであったが、オペラオーはまさかの練習時と全く違うペース配分で走り始め……。


華々しき試練の始まり、皐月賞

 皐月賞の当日を迎え、鷹木はひとり不安に押しつぶされそうになっている自分を見出していた。実際にレースを走るテイエムオペラオーが、あまりにもいつも通り、緊張感の欠片も見せず歌を口ずさみながら中山レース場へと入っていくのを見るにつけても。

 

 同じレースに出走するライバルたちに比肩するだけの能力は、今日にいたるまでのトレーニングで十分に培えている。それはどのレースでも同じこと、実際に結果が出るまで勝者を誰にも予測できないのは分かり切ったことである。

 

 鷹木を不安で責め苛んでいる最大の要因は、やはりあの春の日、三女神像の前でボンヤリしていたという彼女の奇行であった。

 

 同じ場所に居合わせ同じ行動を取っていたナリタトップロードも、アドマイヤベガも、それ以降何か身体に不調があったという話は聞かない。故に、オペラオーについてもむやみに心配するには当たらないのかもしれないが……。

 

 あの出来事以来、何がとは言えぬものの、オペラオーの雰囲気には変化が生じたように鷹木には見えていたのだ。本来の性格は変わらぬままに、レース場以外のものに向けられる目つきがどこか浮薄なものに変じたような。

 

 それが、ただ日常を過ごしながら走りを練習していたウマ娘から、大舞台を生き場所と定めるウマ娘へ成長するということだったのかもしれないが。 

 

「はっはっは……はーっはっはっは!素晴らしい気分だよ、見たまえ、あの凄まじい数の観客たちを!間もなく、ボクの名を愛と共に高らかに響かせる、数多のトゥーランドット姫を!」

 

「お前がいつも通りだってのは十分に分かったよ。」

 

「おや、緊張しているのかい?なにも案ずることはない、覇王は常に栄光を手にするものだからね!」

 

 本来ならば、緊張感を一身に引き受けるウマ娘に対し、激励の言葉のひとつでもかけてやるのがトレーナーの役割であったろうが、むしろオペラオーから心強い言葉を聞かされているのは鷹木のほうであった。

 

 パドックにて自らの姿を披露するため、軽やかなステップで彼女が去って行った後もなお、鷹木は動悸と汗が止まらぬ身体を引きずってトレーナー用の席へと移動していった。

 

 オペラオーは4番人気であった。クラシック路線の殆どのウマ娘たちにとっての初のGⅠともなれば、錚々たる面々が集うのも当然のことである。上位三名には入っていないため紹介アナウンスは控えめな長さであったが、客席から沸き上がった歓声の大きさは充分であった。

 

〈4番人気、テイエムオペラオーです。弥生賞への出走は見送ったものの、先日の毎日杯では余裕ある勝利を見せつけました。好敵手の集うこの皐月賞で、どのような走りを披露してくれるのか。〉

 

 相変わらずマイクの用意されていないパドックにもかかわらず、何がしかの歌を歌いながらポージングを続けるオペラオー。彼女へ向けられた歓声には、少なからず失笑も混じっていただろう。

 

 オースミブライトやトウカイダンディーなど、これまでのレースにおいても聞き覚えのある名が連なる中、人気度のトップ2を占めたのは当然ながらナリタトップロード、そしてアドマイヤベガの二名である。

 

〈2番人気を紹介しましょう、ナリタトップロード。これまでのレースでは落ち着きある走りで常に好成績を残してきました、今年の弥生賞では新世代の最有力候補アドマイヤベガを下し、見事に勝利。いま最も勢いのあるウマ娘のひとりです。〉

 

 オペラオーとは対照的に、大袈裟な身振りも無く穏やかな笑みとともに現れたトップロード。多少なりと緊張の色が見られた他のウマ娘たちとは、やはり纏っている空気が違っていた。

 

 どれほどの大舞台であれ、変わらぬパフォーマンスと結果を残せるウマ娘。トップロードは、レースのプロとしての安定感を見せつける存在であった。

 

〈今年の皐月賞、1番人気はやはりこの子、アドマイヤベガです。弥生賞では惜しくもトップロードに敗れてしまいましたが、その実力に寄せられる期待は大きいです。今のところトップロード以外には無敗のウマ娘、この皐月賞でも強さを発揮してくれるでしょうか。〉

 

 鷹木が直近でアドマイヤベガを目にしたのは、この前の三女神像での出来事でのことであったが、あの時は状況への戸惑いもあった為か彼女は気の緩んだ顔を見せていたに過ぎない。

 

 本番を目の前にして、神経を研ぎあげたアドマイヤベガの顔つきは、あの時とは全く異なっていた。

 

 このウマ娘には勝てない。ほとんど凡人たる鷹木の直感が、そう読み取ってしまうほどの気迫が静かに湛えられていた。

 

 まさに、怪物と呼ばれるウマ娘に相応しく。

 

 ウマ娘たちのゲートインを待たず、中山レース場の上空に垂れこめていた暗雲から、雨がパラつき始めた。それまではどうにか持っていた天候がゆっくりと崩れ出し、ターフを濡らし始める。

 

 バ場状態が、走っている最中にも徐々に変わっていくだろう。常に自らのパフォーマンスを維持し続けるトップロードが有利か、やはり優れた才能のアドマイヤベガが勝つか……自分が担当しているはずのテイエムオペラオーについては、何らの予測が出来ない自分が鷹木はもどかしかった。

 

〈そぼ降る雨の中、皐月賞……!ゲートが開いて、スタートが切られました!好スタートはマイネルタンゴ、さぁ、ヤマニンアクロは逃げに……行かないか?行けないか!カシマアルデルも行きますが、ウチからトウカイダンディーも出ていきます。序盤から横に広がった展開、先頭争いが激しいぞ!〉

 

「うわぁ……」

 

 鷹木は思わず呻いた。

 

 皐月賞はスタート直後、高低差2.4メートルの急坂を登ることとなる。間違いなくスタミナの管理が難しいコースであったが、今年に限っては逃げや先行のウマ娘たちがハナを争い団子状態となっているのだ。

 

 昨年度の皐月賞、セイウンスカイが先行から逃げへと移行する走りで見事な勝利を得たことを、意識しているウマ娘は少なくないようであった。

 

 むろん、こんな状況に巻き込まれればペースは大きく乱される。いつも走り方を一任されれば先行策をとるオペラオーの姿は、その先頭集団の中に確認できない。

 

〈さぁ混戦を演じています、1コーナーに差し掛かりまして、先頭はアドマイヤラック、続いてトウカイダンディー。マイネルタンゴがその後ろ、ウチからマイネルシアターです。ヤマニンアクロが続きまして、シルクガーディアン、先頭集団を追いかけるようにナリタトップロードという順です。〉

 

 トップロードの走りは、やはり巧みであった。いつでも先頭を狙える位置に付きながら、最前列での混戦に巻き込まれていない。

 

〈1番人気アドマイヤベガは後方12番手で外を回っている、それを追うようにテイエムオペラオーがつけています。いつもの先行策を採らなかった様子、これが結果にどう響くか。〉

 

 オペラオーは、先行で走ってなどいなかった。アドマイヤベガよりもさらに後ろ……すなわち、追い込みのポジションである。

 

 このレースにおいても鷹木はオペラオーに作戦を任せていたわけであるが、まさか、今までとまるきり違う走り方を選択するとは思いもしなかった。

 

「何考えてんだ、アイツは……」

 

 練習時の走りでも、現時点で勝利したレースでも、オペラオーは先行での走りに慣れている。鷹木もトレーナーとして指示を出すならば、やはり先行を選択しただろう。慣れぬ走り方をぶっつけ本番で試すなど、正気の沙汰ではない。

 

 何よりも、追い込みを最大の武器とするアドマイヤベガと競い合って、勝てるとは思えなかった。

 

〈向こう正面に入りまして、オースミブライトが押している、先頭のアドマイヤラックに向けまして、トウカイダンディーが上がって来ました。マイネルタンゴ、マイネルシアターが並んでいる、外目を突いてタイクラッシャーが来た!ナリタトップロードはウチでもがいているか、順位を下げました。第3コーナーに差し掛かります。〉

 

 向こう正面の直線を走り抜けてもなお、先頭争いの激しさは衰えない。

 

 巻き込まれまいとトップロードが後ろに下がっていったのも、彼女らしい冷静な計算によるものだろうと思われた。

 

 なおのこと、オペラオーがどのようなペースでゴールを目指すつもりなのか、鷹木にはこの段階に至っても判断がつかなかった。第3コーナーからは、アドマイヤベガの得意とする長い長いラストスパートが開始される。

 

 今まで先行でしか勝ったことのないオペラオーは、尚もアドマイヤベガの後ろにいるというのに。

 

〈アドマイヤラックかわしてトウカイダンディーが先頭です……さぁ動いた、ついに動き出しましたアドマイヤベガ!そして内からはナリタトップロード!ナリタトップロードとアドマイヤベガが同時に、一緒に先頭を目指す!4コーナーに入っていきます!〉

 

 客席から大きなどよめきが巻き起こる。トップロードに敗れたレースを除き、常に勝利を手にしてきたアドマイヤベガのラストスパート。

 

 最後方から次々に他のウマ娘たちをごぼう抜きにし、猛然と駆けあがってくる姿には並みのウマ娘とまるで異なった気迫が伴っていた。トップロードも既に彼女のスパートを見越していたのか、遅れることなく先頭目指して加速し始める。

 

 だが、どよめきの最たるものは、アドマイヤベガの更に大外から並んでくるテイエムオペラオーに向けられたものであったろう。

 

「あいつ、何考えて……!」

 

 大外を回って一気に追い込む走法は、アドマイヤベガの優れた脚をもってようやく実現できる代物だ。彼女よりもさらに外側のコースを取ることは、すなわち余計に距離を要することとなる。

 

 アドマイヤベガの背後に付けて同じコースで上がるならまだしも、ただでさえ慣れぬ追い込みで、そんな走り方をするなど……。

 

〈大外から、大外からテイエムオペラオーも上がって来た!最後の直線に入ります!トウカイダンディー先頭だ、インコースからマイネルシアター!オースミブライトも食らいつく、外からはマイネルタンゴ!オースミブライトが先頭を取った!ウチの方からはシルクガーディアンが上がってきている!〉

 

 皐月賞のゴールは、ここから坂を上り切った先にある。コロコロと変わっていく先頭集団は大混戦の様相を呈していたが、トップロードは巻き込まれることなく、一気に突き差して上がっていく。

 

 彼女は確実に先頭を捉えるだろう。それよりも……。

 

 アドマイヤベガとテイエムオペラオーの姿を探す鷹木の呼吸は既に止まっていた。

 

 上り坂の最中でも苛烈を極める先頭争いは、先頭集団を大きく横に広げていた。猛然と上がって来たアドマイヤベガは、そこに絡めとられる形で前を塞がれていたのだ。

 

〈間からナリタトップロードが一気に追い込んできた!オースミブライト粘っている!ナリタトップロード3番手、いや2番手!その大外からテイエムオペラオーも上がって来た!〉

 

 アドマイヤベガの更に外側を走っていた、テイエムオペラオー。

 

 彼女が集団に飲み込まれることなくスパートを続けていたのが、計算通りであるかどうかは分からなかった。

 

 トップロードですら余力を残すことが難しいほどのこの混戦で、一気に駆け上がるほどのスタミナをまだ残せていた理由も。

 

 鷹木には、自分の担当ウマ娘のことが何も分からなかった。

 

〈ナリタトップロード並んだ!僅かに先頭オースミブライト……テイエムオペラオーが外から!外からテイエム!外からテイエムゥゥッ!!外からテイエムオペラオー!!〉

 

「何なんだ……あいつは……」

 

 実況を担当するアナウンサーも、しばらく状況を把握するための言葉を探っているのか、わずかながら沈黙している。

 

 観客たちのどよめきも中々収まらない。鷹木と同様に、オペラオーが慣れない追い込みの位置につけている時点で、彼女が勝つと予測した者は殆どいなかったのだ。

 

〈勝ったのはテイエムオペラオー!大混戦になりました今年度の皐月賞!最後、大外を一気に突き抜けました!二着オースミブライト、三着ナリタトップロード!アドマイヤベガは勝利争いに加わらず!おおかたの予想から外れた展開となりました!〉

 

 テイエムオペラオーの高笑いは、すぐには響かなかった。鷹木の指示通りに走っていた時とは異なり、やはり彼女は全力でレースを駆け抜けた後、笑い声を立てる余裕など無かったのだ。

 

 彼女と殆ど並んでゴール板前を駆け抜けたトップロードが、同じく肩で息をしながら近くへ寄っていく。あまりにも惜しいところで勝利を逃したにも関わらず、ナリタトップロードの笑顔は爽やかなままであった。

 

 アドマイヤベガは遅れてゴールした集団と共に、そのままウイニングライブの控室へと向かっていったため、彼女の表情を読み取ることは出来なかったが。

 

 トップロードと二言三言交わし、ようやく息が整ったのであろうオペラオーは拳を突き上げて、観客席に向け高らかに声を上げる。

 

「……はっはっは……はぁーっはっはっは!このボクこそ、最強!!」

 

 もしもアドマイヤベガが集団に巻き込まれていなかったら、もしもトップロードが後半に下がらずスパートに入れていたら……そう考えるほどに、鷹木の眼には危うげにしか見えない勝利であった。普段の練習とは全く違う走り方であったことも踏まえれば、なおさらに。

 

 だが今、自信に満ち溢れた言葉と共に、全身で歓声を浴び続けているオペラオーは、元からこの結末に確信を得ていたかのごとく、堂々とターフ上に足を踏ん張って立っていたのであった。

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