覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

32 / 111
オペラオーが皐月賞を勝ったのと同日、別のレースで勝利を挙げていたメイショウドトウ。彼女らの勝利を祝しつつも、オペラオー担当トレーナーには尚も悩みが付きまとう。常に破天荒なテイエムオペラオーというウマ娘、彼女を未だに理解しきれていないのです。


覇道は俗人に見えぬ道

 担当トレーナーとウマ娘の間で交わされる問答には種々のやり取りがあったろうが、オペラオーを相手にした際ほど明快な回答に要領を得ない内容が伴うことは他に無かったろう。

 

 皐月賞にて誰もの予想を裏切っての勝利を飾った彼女の奮闘を労いつつ、鷹木は尋ねずにはいられなかった。

 

「しかし、どうしてあんな追い込みで走ろうとしたんだ。お前はいつも先行で走っていたのに、大舞台の本番でいきなり走り方を変えるだなんて、冷や冷やしたぞ。」

 

「言っただろう!覇王は常に勝利すると!はーっはっはっは!」

 

 トレセン学園の食堂の一角。中心ににんじん一本が丸ごと突き刺さった巨大なハンバーグを食しつつ、オペラオーは器用に飲み込みながら高笑いを響かせていた。

 

 いつもと異なる場所での食事でなければリフレッシュにならないかとも思いつつあった鷹木であったが、周囲を憚らずよく目立つ彼女を外のレストランなどに連れて行かなかったのは正解だったと考えなおしていた。

 

「ちゃんと教えてくれ、アドマイヤベガと同じことをやって勝てるだなんて全く思ってなかった。ラストスパートにあれだけのスタミナ、どうして残せていたんだ?」

 

「勝つために必要だったからね!はーっはっはっは!ボクを栄光のもとへ、勝利の女神が導いたのさ!ボクはただ、走っただけだよ!」

 

 まるで答えになっていない返答を前に鷹木は頭を抱える。

 

 そんな彼にも声をかけながら、ドトウがにんじんジュースをこぼした机を布巾で拭いているのは片桐であった。

 

「まぁまぁ、鷹木さん。今日ぐらいは真面目な話は抜きにしましょ。せっかく、お互い担当ウマ娘の祝勝会だってのに。」

 

「すみませんすみません、せっかくの祝勝会でジュースをこぼしてばかりですみません……!」

 

「気にすることは無いさドトウ!ボクたちは祝われている立場なんだ、盛大に羽目を外して歌い、踊ろうじゃないか!」

 

「やめてくれ、ここは学園の食堂だ。」

 

 ついに皐月賞という大舞台で勝利を飾ったウマ娘の担当トレーナーとなった鷹木であったが、彼の身分が学園に雇われた若手トレーナーの一人に過ぎぬことは変わりなかった。パーティ用にホールを借り切るだけの財力はない。

 

 ドトウとオペラオーに対し特大にんじんハンバーグを奢るという決断も、財布の中身とかなりの長時間睨み合ってから下したものである。

 

 メイショウドトウは、皐月賞と同日に中京レース場で行われたかいどう賞に出走し、こちらも見事勝利を得ていた。前回のレースでは負けたとはいえ、これまで入着していないレースのない彼女は、1番人気でもあった。

 

 皐月賞同様に雨がバ場を濡らす中、スタートを切ったドトウは焦らぬようにと中団に紛れて走っていた。早すぎるタイミングで抜かされ順位を下げても、以前のように慌てて抜き返そうとはせず、幾度も繰り返した練習同様に足をためてペースを維持した。

 

 観客席は疎らというわけではなかったが、幾度も繰り返して見た歴代の皐月賞と比べればやはり見劣りする。その日、最も注目されているレースが行われているのは、ここではないのだ。

 

 だが誰にも劣らず諦めの悪いウマ娘であったからこそ、メイショウドトウはこうしてレースを走っているのである。

 

〈第3コーナーに入りまして先頭は変わらずハイパーキッド、レイオブライトが続きます。タヤスヴァレンティとダイナミックウインが並んでいる、続いてエリモミラクル、メイショウドトウはその外側を回っています。〉

 

 メイショウドトウが仕掛けたのは、第4コーナーに入るところからであった。これは片桐トレーナーの賭けも含まれていたが……本来は最終直線に入ってからスパートを掛けるのが一般的なのに対し、ドトウは早めのタイミングが相応しいと判断したのである。

 

 ドトウが焦ったり狼狽えたりする要素を極力排除するためにも、他のウマ娘に先駆けてスパートする。

 

〈メイショウドトウが仕掛けました、後方からダイタクギンガ、ヴァイスマンも上がってくる!内からアグリードも迫って来た、さぁ第4コーナーも抜けて最後の直線に入ります!〉

 

 スタミナが維持できるか否かのリスクは高まるものの、ゴールを目前にして前を塞がれる状況は避けやすくなる。ドトウが焦って無茶なスパートをかけ、ゴール前に失速する事だけはあってはならない。

 

 何よりも、このレース場にもゴール前に上り坂があるのだ。

 

〈逃げるハイパーキッド、ダイタクギンガが並んだ!レイオブライトも粘っているが苦しいか、ダイナミックウイン、エリモミラクルもじりじりと上がってきた!メイショウドトウも外から来た、先頭に並んでいる!〉

 

 皐月賞でなくとも、ゴール直前の競り合いではウマ娘同士の命を削り合ったかのごとき熱気が互いを刺す。ダートを蹴る蹄鉄の響きが、観る者の心臓を強く打つ。

 

 間違いなく、このレースは大舞台であった。

 

〈先頭の差は僅か!メイショウドトウが上がってくる!内からエリモミラクル、ダイナミックウインが迫る!……並んでゴールイン!勝ったのはメイショウドトウ!見事に差し切りました!〉

 

 スクリーンに映るドトウの笑顔がどこかぎこちなかったとすれば、それは彼女が雨にすっかり濡れたダートの上ですっ転んでしまわぬように気を払っていたためであろう。

 

 ともあれ、オペラオーと同日に別のレースで勝利を収めた彼女は、ウイニングライブやインタビューをどうにかこうにかこなし、トレセン学園に戻ってきてようやく緊張のほぐれた笑みを見せたのであった。

 

「ドトウの勝利を飾ったあの熱戦を思い返すたびに、ボクの心は歌びとの殿堂に戻り来たエリーザベトの如く高鳴りだすよ!この時を讃えよう!キミの口から、喜ばしい報告が向けられたこの時を!」

 

「そ、そ、そんな、皐月賞を勝ったオペラオーさんの方が凄いですぅ……。」

 

「何を謙遜することがあるんだ、ドトウ!ボクは早くも、キミの強さをこの身で体感したくなったよ!次は東京優駿かい?」

 

「ととと、東京優駿だなんて、そんな、この私が……」

 

 東京優駿の名を出され、ますますドトウが畏縮して見せた理由は、決して謙遜に因るものではない。

 

 日本ダービーなる別称も有するそのレースには、基本的に皐月賞や青葉賞など、重賞レースで入着したウマ娘でなければ優先的な出走権は得られない。他にも出走権を得る手段はあるものの、相応の戦績や出走枠を勝ち取るだけの運も求められる。

 

 それに、ドトウの担当トレーナーたる片桐は、彼女にその道を歩ませるつもりは無いようであった。

 

「その気になっているオペラオーさんには申し訳ないけれど、ドトウが次に出るのは香港ジョッキークラブトロフィーですよ。」

 

「なるほど、オープン戦に……着実に大きな舞台へと進んでいってますね。」

 

 トレセン学園内での練習試合に中々参加できない代わりに、実戦の数を重ねて経験とする。片桐の立てた方針に変わりはない。

 

 それに、実戦を練習代わりにも出来るだけの能力を、ドトウが有していることは事実であった。並走練習においてもオペラオーの走りを常に脅かしている。

 

「はい、重賞レースには出ずとも、実戦経験は重ねさせます。いずれ、オペラオーさんと同じレースに出走できる日が来るかもしれませんな。」

 

「おぉ!その時は全力でぶつかり合おう!ドトウ!」

 

「は、はいぃ、よろしくですぅ、その時が来たら……」

 

 ドトウに掛けるオペラオーの声は威勢が良かったものの、鷹木の表情はやはり晴れきらぬままであった。

 

 その理由は言うまでも無く、相も変わらず担当トレーナーたる自分がテイエムオペラオーの走りを把握しきれていないこと。今のところ得られている勝利は、全てオペラオーに走りを任せた結果である。

 

 彼が翌日、早々にナリタトップロードとの並走練習を申し込んだのも、それに起因する懸念を拭い去る目的によるものであった。

 

「やぁ。オペラオーに、オペラオーのトレーナーさん。皐月賞はすごい走りだったね、私も本気だったんだけれど。」

 

 いつもと変わることなく爽やかな笑顔を浮かべている貴公子めいたウマ娘の歓迎に対し、オペラオーも変わらずの高笑いで応じた。

 

「はーっはっはっは!好敵手から称賛を受けるも良し!けれども、ボクと競いあう心をこそ望みたいものだね!」

 

「もちろんさ。さぁ、さっそく始めるとしようか。しっかりタイム計測を頼むよ、桂崎トレーナー。」

 

 これまたトップロードとお似合いの担当トレーナー、穏やかそうな顔つきの桂崎は頬を緩ませてストップウォッチを掲げて見せる。二名のウマ娘たちは肩を並べて練習用コースへと向かっていった。

 

 あとに残されたトレーナー二名は、共にストップウォッチやタブレットのカメラを手にしながら並んでいる。

 

「何か、悩み事でも?」

 

 鷹木は何も言っていなかったが、桂崎からはそんな言葉が投げかけられる。

 

 この温厚そうなトレーナーは、優秀な戦績を出しているナリタトップロードの担当に学園からあてがわれるだけのこともあり、十分な経験を有するベテランであった。

 

 皐月賞においても三着には終わったものの、安定した走りを披露したトップロード。彼女に桂崎がどのような指導を行っているのか、鷹木は探り出そうという腹があった。

 

「行き詰まってる、ってわけじゃないんですけどね。」

 

「そりゃそうだ、オペラオーはあの皐月賞を勝ったわけですから。現世代で、一番勢いに乗ってるとさえ言えるでしょう。」

 

「オペラオーは、ね……」

 

 そんな含ませるような言い回しにも、桂崎は疑問符を浮かべることなく頷く。それだけ、鷹木の目つきには余裕の無い色が浮かんでいたのであろう。

 

「トレーナーとしては、焦りが増していることでしょう。」

 

「桂崎さんも、そんな経験が?」

 

「テイエムオペラオーほど、破天荒な子にはそうそう会ったことないですけどね……」

 

 ストップウォッチを持ち上げた桂崎の視線の先では、トップロードとオペラオーが並走スタートの位置についていた。鷹木もタブレットカメラの録画を開始して、ウマ娘たちの方へ向ける。

 

「位置についてぇ!よぉーい……ドン!」

 

 オペラオーがいつもよく通る声で自らスタートの合図を出すおかげで、トレーナー達はタイム計測の開始に困ることがなかった。

 

 駆けだしたウマ娘たちの足元で地面が蹴り出され、細かく千切れた芝草が舞う。常通り、ナリタトップロードが先を行き、テイエムオペラオーはその背後につけていた。走るペースは、いずれも先行寄りである。

 

「とはいえ、何が起こるか分からないのがレースというものですから。こうして並走練習していても、あるいは一名だけで走り込ませても、本番じゃ全く違うタイムになる。」

 

「他のウマ娘との競り合い、スパートするタイミングの読み合いなどもありますからね……。」

 

「ウマ娘自身が自分の走りやすいスタイルを見出しているというのなら、それに任せるのが一番だとは思いますよ。って、ライバルトレーナーが言っても説得力は無いですかね。」

 

「その現状見出しているスタイルを、ウマ娘自身が伝えてくれれば少しは判断材料が増えるんですが……。」

 

 言葉を交わしながら、桂崎と鷹木はウマ娘たちの並走練習を目で追っている。

 

 デビューしたての頃と違い、この時期ともなれば単なる練習でもトラックを一周する。今は向こう正面の直線に入ったところ、やはり他のウマ娘集団が居ない状況ではスピードも出しやすいのか、本番よりも明確にタイムは縮まっていた。

 

 他選手との読み合いが無い状態であれば、あるいは特定の並走相手しか居ない状況であれば、オペラオーがどのように走りたがるのかは鷹木にも分かる。問題はレース本番、集団に巻き込まれる状況もあり得る中で、どのように走るべきかを見出せずにいることであった。

 

「まぁ、走りやすかった配分を言語化して伝えるのは難しいでしょう。トップロードだって、全てをトレーナーに伝えてくれるわけじゃない。」

 

「それでも、出走したレースについて何も語らないってワケじゃないんでしょう?」

 

「えぇ。レースの録画を共に見ながら、場面ごとにどういう状況だったかを喋るぐらいは。」

 

 心底羨ましかった。鷹木も同様に、皐月賞の映像をオペラオーと一緒に見ながらレース振り返りを行いはしたのだ。

 

 オペラオーには何を尋ねても、画面の中の映像に対し原典のよく分からない引用や過度の脚色とともに独自の実況を与えるのみだった。彼女と共に皐月賞の映像を見終えた時、想定以上の疲労が溜まっている自分に鷹木は気づいたのであった。

 

「あぁ、オペラオーも、せめてマトモに自身の走りについて喋ってくれればなぁ……」

 

「とはいえ、自分自身の走りを分析できるウマ娘など、そうそう居るものじゃないですよ。トップロードは、トレーナー無しでやって来た時期が長かっただけに、そういう習慣がついているんでしょうが。」

 

 むろん、ウマ娘が自身では把握できていない走りの癖を見抜くのがトレーナーの仕事ではある。

 

 桂崎の言葉には頷く他なかったが、それを肯ずることはすなわち、現状の鷹木にはオペラオーにアドバイスできるだけの観察眼が備わっていないことを認めるも同然であった。

 

 ストップウォッチが押され、練習用コースのゴール地点をオペラオーとトップロードがほぼ同時に駆け抜ける。オペラオーはその背後に猛然と迫っていたものの、僅かにトップロードが逃げ切っていた。

 

「は……は、はは、はーっはっはっは!流石は、ボクの宿敵に相応しきトップロード!」

 

「はぁ、はぁ……ふぅ、オペラオーくんも、速くなってるね……来月の中山レース場、楽しみだよ。」

 

「当然、ボクも同様だとも!東京優駿の栄冠を戴いた僕を、楽しみにしておきたまえ!」

 

 やはり晴れぬ表情の鷹木が見つめる前で、テイエムオペラオーとナリタトップロードは互いの走りを讃え合っている。

 

 なぜ勝てているのかを把握できていない鷹木が、次のレースについてオペラオーのような確信を得られようはずもなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。