覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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 メイクデビューへと向け、準備を進めるオペラオーと若手トレーナー。名門や血統など、この世界においても立ちはだかる壁は高く。まだ自称でしかなかった覇王、自信だけは揺ぎ無く。

 トレセン学園での授業とトレーニングの関係については、今なお考察が種々に進むところなれど、書いている当時も自分なりにあれこれ考えてました。


覇王の道も試練から

 テイエムオペラオーが口を閉じていること自体珍しい状況であったが、彼女が鷹木トレーナーの言いつけ通りに屋内トレーニング場を訪れてランニングマシンを用いた練習を行っているとなれば、それはますます稀有な光景であった。

 

 それはひとえに、本日の放課後の空がかき曇り小雨がパラついていたためであった。

 

「どうしてこんなにも弱いんだ、日の光よ!ボクの美しさに相応しくないよ!」

 

 授業終わりの教室から出てきたオペラオーはそう叫び、おかげで鷹木の待つトレーニング設備の方へと歩を向けてくれたのだ。

 

 とはいえ、この前は雨に打たれながら「雨滴を滴らせて走るボクは美しい」等と叫び散らしながら屋外練習場を何周も走っていたが。結局、全て彼女の気分次第でその日のトレーニング内容は決定されるようであった。

 

 鷹木はトレーニング中のオペラオーを前に、自然と口数少なくなった。不用意なことを口にして、どんなことがきっかけとなって彼女の気が変わってしまうとも知れないためだ。この空間に言葉が無かったのも無理はない。

 

 学園からトレーナー向けに送られてきた、担当ウマ娘の成績データへ彼は目を通していた。チーム担当トレーナーであれば膨大なデータを含むファイルが添付されたメールであるが、今はオペラオーしか担当していない鷹木に送り付けられたのは成績表の直データのみである。

 

(『授業中の態度に難あり』……だろうな。)

 

 具体的に書かれずとも、彼女が黙って大人しく席に着いている光景などとても想像できなかった。幸いにもペーパーテストの点数は優秀であったが、まだ入学して間もない時期の試験である。よっぽど勉強を怠った者でもない限り、高得点が約束されているようなものだ。

 

 鷹木がオペラオーの成績表の中でも、特に目をひかれたのが備考欄に書かれたコメントであった。教室での一斉授業を担当する講師が気付いた事等を書き込む欄には、次のように書かれている。

 

〈ひときわ私語がやかましく響き、講師間でも話題に上がりやすい存在。注目されるだけの才はある、その良し悪しはさておき。〉

 

 彼は頭を抱えた。今年度、初めてテイエムオペラオーの振る舞いを目の当たりにした時から十分に予測し得る評ではあったが、彼女は早くも学園の講師達に目をつけられているらしい。

 

 チームに所属していないウマ娘は、その存在を警戒されていないからこそ上位へと食い込み得るだけの隙を見出せるのだ。

 

 同じチームメイトも居らず、集団による妨害の可能性もあるレースへ孤独に出走するウマ娘は、有力チームから睨みをつけられてしまったが最後である。そんな状態のレースで勝てる見込みなど、万に一つもない。

 

 まだマトモにレースへ出走してもいないのに、早くも大成への道を半ば閉ざされてしまった……そう考えを巡らせて表情を暗くしている鷹木の顔の上に、照明の光を遮って実際の影が落ちる。ふと見上げた彼の視界いっぱいに、無駄に眩いスマイルを浮かべたオペラオーの顔があった。

 

「どうしたんだい、このボクがすぐ傍にいるというのに、向日葵は早くも夏を終えてしまったのか?覇王の輝きが翳りを生むのは当然だけれど、鬱ぎの虫は吸い取るに越したことは無い!」

 

 オペラオーとしては通常の声量で喋っているつもりであったが、鼓膜をビリビリと震わされた鷹木は誤魔化しも兼ねた苦笑を浮かべつつ首を横に振る。

 

「いや、何でもない……それより、いつの間にトレーニングを中断したんだ?音が聞こえ続けているものだから、てっきり……」

 

 そこまで喋った自身の言葉に異様さを見出し、ハッと顔を上げた鷹木は視線をトレーニング機器の並ぶ方へ向けた。今、誰も利用していないのであれば、尚も聞こえ続けるランニングマシンの駆動音、その上を走る足音は誰のものなのか……。

 

 何のことは無い、オペラオーがこっそりとトレーニングを中断した後に入れ替わるようにそこで走っていたのは、ナリタトップロードであった。相も変わらず爽やかな笑顔をこちらに向け、柔らかな語調で鷹木へ挨拶を掛ける。

 

「やあ、オペラオーのトレーナーさん。譲ってもらったから、遠慮なく使わせてもらってるよ。」

 

「あ、あぁ……どうぞ……」

 

 屋内トレーニングルームの機器はトレーナーの申請によって使用時間を指定すれば、他のトレーナーによる事前申請と被らない限り確実に使用できる。が、それはトレーナーが付いているウマ娘に限ったことであり、トレーナーの居ないフリーのウマ娘は運よく誰も使用していない時間帯を見計らって使う他に無い。

 

 尤も、有力チームの一員となれば、専用のトレーニングルームを好きな時間に好きなだけ使えるわけであり、こういった点においてもチームウマ娘と他との差は大きかったわけであるが。

 

 そんなわけで、オペラオーから使用権を譲られたトップロードは気兼ねなくランニングマシンの上で走り込み練習を続けているのであった。もしやと思った鷹木が視線を周囲に振ってみれば、やはりアドマイヤベガの姿もある。

 

 トレーナー付きウマ娘のおこぼれになど預からぬとばかりにそっぽを向いた彼女は、トレーニングルームの隅でストレッチをしつつもトップロードの練習が終わるまで待つつもりであるようだった。

 

 鷹木の視線が他所を向いている隙に、オペラオーは彼の手にしているタブレット端末の画面を覗き込んでいた。

 

「あっはっは!このボクの学業成績が、あまりに優秀だったために感嘆していたのか!済まない、下々の者にとってはショッキングな内容だったろうね!」

 

「……そんなところだ。」

 

 トレーナーの懸念など知る由もなく、あっけらかんと笑い散らかすオペラオーに本当のところを伝えるわけにもいかない。

 

 担当ウマ娘の前で表情を曇らせていても仕方がないと気を取り直した鷹木は、ちょうどオペラオーがトレーニングを中断したタイミングであることも手伝って、スケジュールの迫りつつある初めてのレースについて切り出した。

 

「オペラオー、メイクデビューレースのことなんだが……」

 

「おぉ!ついにこのボクが、晴れ舞台に立つ時が来たのだね!皆、震えよ!覇王が、ついにその恐るべき時代を歩み始めるぞ!」

 

 オペラオーは大袈裟な身振りで屋内トレーニング場のウマ娘たちに向かって語り掛けるも、クスクスと笑い声があちこちで上がっただけであった。本意気の走りを終えて、クールダウンに入っていたトップロードが彼女の言葉に付け加える。

 

「メイクデビューは、入学してから授業の単位さえ落としてなければ誰でも出られるけどね。」

 

「だとしても、ボクはもう勝利の栄冠にひたすら恋い焦がれ、何が何だか分からなくなって弓矢を引っ掴むや否や飛び出していきそうな心持ちだよ!」

 

 とどまることを知らぬオペラオーの興奮を前に、鷹木は次に伝えようとしていた言葉を口に出せずにいた。が、オペラオーもその点を心得ていなかったわけではないらしく、彼女はある程度の言葉を吐き終えれば口を閉じ、トレーナーの方へと顔を向けた。

 

「それで?メイクデビューレースはいつになるんだい?」

 

「スケジュールは期間開始の15日目だ……それはさておき、伝えておきたいのは出走するウマ娘のことなんだ。」

 

 鷹木はタブレットの画面をスワイプし、オペラオーと同じメイクデビュー戦へと出場するウマ娘たちのリストを表示する。今の時点で決定している出走メンバーを知ることが出来るのも、トレーナー付きのウマ娘の特権である。

 

 ナリタトップロードも、離れてストレッチをえらく入念に続けているアドマイヤベガも、直接的にこの場に首を突っ込みはしないまでも聞き耳を立てている様子であった。

 

「やはり血統ウマ娘に囲まれる形になる。マルブツミラーはマルゼンスキーの、マイネルパラダイスはミスターシービーの血をひいている。」

 

「ほう、相手にとって不足なしじゃないか!」

 

「他にも、サッカーエース。このウマ娘は、そこに居るトップロードと同じくサッカーボーイの血を引いているし……」

 

「へぇ、エースはオペラオーくんと競走することになるんだ。実際に走ってみた感想を聞かないとね。」

 

 自分の姉妹の名が出されたトップロードは、そこで初めて興味ありげに口を開いた。が、鷹木が何よりも警戒する競争相手の存在は、他にあった。

 

「クラシックステージ。アドマイヤベガと同じ、サンデーサイレンスの血統ウマ娘だ。」

 

「……。」

 

 アドマイヤベガは変わらず顔をそむけたまま無言で一人のトレーニングを続けていたが、その名が出された途端、彼女の動きは一瞬固まった。

 

 サンデーサイレンス。その名とは裏腹に、アメリカから日本のURA界へと渡って社会人レースを総なめにし、激震を引き起こした伝説的なウマ娘である。今は引退した彼女だが、その血を受け継ぐウマ娘たちは学園に入る前から注目を浴びていた。

 

 アドマイヤベガもその一員であり、姉妹であるクラシックステージの実力はよく知っていたのである。

 

「デビュー戦ゆえに未勝利のウマ娘だけで構成されるのは当然だが、かなり厳しい戦いになると思う。当日は俺の……」

 

「はーっはっはっは!覇王には試練が付き物だ!良いだろう、世紀末覇王に相応しい緞帳だ、ボクの前でなければ開かないような、ね!」

 

 鷹木の抱いている緊迫感が伝わっていないのか、いつもと変わらず高笑いを披露しているオペラオー。しかし、鷹木もこの時ばかりは彼女の振る舞いを遮り、真剣な目を見せて言い放った。

 

「聞いてくれ。当日は俺の立てた作戦通りに走るんだ。メイクデビュー戦でコケたら、後がかなりキツい。分かったな?」

 

「……ふむ。」

 

 オペラオーは彼の眼を真っ直ぐ覗き込んでいる。いつも通りの彼女であれば、易々と言いなりになることなど考えられなかったが……鷹木があまりにも真剣な色を眼差しに浮かべていたためか、少し間を空けてから頷いた。

 

「いいだろう!我が聡明なる理髪師よ、キミの作戦とやらに期待してあげよう!」

 

「ほ、本当か?」

 

「どうしてそうも意外そうな顔をしているんだい?トレーナーとしての仕事を認めてあげただけだというのに。」

 

「普段のきみの振る舞いを知っているほど、意外な顔にはなると思うよ。そろそろ行こ、アヤベ。」

 

 他のトレーナーがウマ娘を連れて近づいて来るのを確認し、トップロードはあっさりと立ち去る。結局ずっと無言で通していたアドマイヤベガであったが、鷹木の前で言葉を途切らせることなくレースで予測される自らの活躍を滔々と語り続けているオペラオーへ、彼女は別れ際に視線を投げた。

 

 その視線には、憐れむような色が……デビュー早々に、強敵によって道を阻まれる弱者へ向けるかのごとき色味が浮かんでいたのであった。

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