覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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最近、練習中のアドマイヤベガが常通りではないことをナリタトップロードから聞き、彼女を求めて学園内を奔走するオペラオー。その過程で後輩ウマ娘たちに捕まり、早々に自らの武勇伝を語りたい衝動に駆られた彼女は気持ちよく声を響かせ始め……。菊花賞という大舞台を前にして、黄金世代の後を継ぐウマ娘たちの交流です。


次代のライバル、さらに次代のライバルへ

「アヤベさんの様子がおかしい……だって!?」

 

 菊花賞の出走に備え、調整を進めるテイエムオペラオー。今となっては一人きりでのトレーニングのみならず、彼女との合同練習に応じるウマ娘チームもトレセン学園においては現れるようになった。

 

 が、やはりメイショウドトウ、ついでナリタトップロードとの並走練習の機会が多かったことに変わりはない。オペラオーにとっては気心知れた間柄であり、なおかつ互いに実力の拮抗した格好の練習相手であった。

 

 先ほどのオペラオーによる驚嘆の叫びも、トップロードとの練習を終えた時に上げられたものである。

 

「何ということだ、ボクの宿敵、そして最も美しき一等星よ!もしやアヤベさんは、このボクへの恋を煩ったのではなかろうね!」

 

「あはは、そういうのじゃないと思うけど。」

 

 突拍子もない憶測をオペラオーからぶつけられても、あくまでクールに返すのがナリタトップロードというウマ娘であった。

 

「では、何があったというんだ……ボクは、菊花賞で本気のアヤベさんと競い合いたいんだ!」

 

「この前も並走練習したけれど、アヤベの速さは衰えてないよ。むしろ、やっぱりというか、速くなってる。」

 

 クールダウンのストレッチを終え、ナリタトップロードはオペラオーとともに立ち上がる。

 

 すらりとしたシルエットの長身はオペラオーと並べば頭半分ほど高く、夕暮れの迫りつつある空からの光を浴びた彼女の麗姿はたしかに貴公子然としていた。

 

 覇王を自称するオペラオーの純粋な眼差しが傍らにあったためか、よりトップロードのほうが大人びて見えたのである。

 

「ただ、最近は妙に自主的に保健室での診断を受けるようになってさ。」

 

 トレセン学園に在籍するウマ娘は、目立った怪我や病気がなくとも任意のタイミングで体調の診断を保健室で受けることができる。常に故障のリスクと隣り合わせである彼女らを、サポートする態勢は手厚く準備されている。

 

 が、主に担当トレーナーからの申告によって行われる診断を、ウマ娘自らが希望して受けることは滅多にない。アドマイヤベガのように、将来が有望視されているウマ娘であれば、幾度診断希望が繰り返し出されても拒まれることはないだろうが。

 

 鷹木はトレーナーとしての立場から、トップロードに疑問を投げかける。

 

「結城トレーナーはどう見ているんだ。アドマイヤベガが実際に不調の兆しでも抱えているのなら、見逃す人じゃないだろう。」

 

「多分、不思議がってるんじゃないかな。アヤベは万全の状態だもの。」

 

 この場に居合わせているのが鷹木とトップロードだけであれば、この談議は明快な結論も見いだされることなく終了したであろう。

 

 前触れもなく駆け出したのは、今年の夏合宿においてアドマイヤベガから不安な胸中を打ち明けられた経験を記憶に残していたオペラオーであった。同じ場にいたはずの鷹木は、すっかりそのことを忘れ去っていたが。

 

「おい、おい!どこ行くんだ、この後は体力回復させつつ、去年度までの菊花賞レース展開の勉強を……」

 

「ボクの愛しの一等星を覆う雲があるならば、一刻も早く吹き払わねばならないんだ!」

 

 もはや鷹木に対して弁明する気など微塵も示さぬ言葉だけを残し、オペラオーはその鍛え上げた脚で瞬く間に走り去ってしまった。

 

 奔放に過ぎる担当ウマ娘を見つけ出さぬ限り解消する目途の立たぬ嫌な予感にせっつかれ続け、冷や汗を体中から絞り出さんばかりにしてトレセン学園内を駆けずり回った鷹木は、ようやくオペラオーの姿を一般生徒用の練習場で見出した。

 

 アドマイヤベガを見つけ出す可能性が最も高い、結城トレーナー担当ウマ娘専用の練習コースに、オペラオーが乱入していたわけではなかった。その事実を確認できただけでも大きな安堵を得た鷹木は、彼女が見慣れないウマ娘たちと語らっている光景を改めて注視する。

 

 頭の上に大きなリボンを付けた小柄なウマ娘と、オペラオーを優に超える長身に髪を逆立てたウマ娘。どこかで見覚えのあるコンビだと思いながら近づいていく鷹木の耳に、やはり聞き覚えのある声が届き始める。

 

「それで、ですね、オペラオー先輩!こちらの我が盟友、エアシャカールちゃんに大舞台での心構えを伝授していただきたくって!今月末には遂にデビュー戦なんですよ!」

 

「ほう!キミもいよいよ、輝かしき舞台へ上がるのだね!さぁ、行くがいい、行くがいい!ヴェーヌスの集う地へ!」

 

「誰が盟友だよ。デジタル、お前も他人の心配してる場合じゃねェだろ。」

 

「あ、あはは、こないだのもみじステークスはさんざんでしたがぁ……でも、かのオペラオー先輩から直々にお言葉を頂ける機会も、得難いものだと思いません?」

 

 二人の掛け合いで、ようやく鷹木はオペラオーに捕まった……あるいはオペラオーを捕まえたウマ娘コンビの名を思い出す。アグネスデジタルと、エアシャカール。

 

 テイエムオペラオーの一年後輩にあたるウマ娘たちの中でも、妙に存在感を放つ顔ぶれであった。まだ本格的にレースを走らぬ時期であるにも関わらず。

 

「はーっはっはっは!よかろう!このボク、世紀末覇王がいかにして輝くか、その在り様を語るとしよう!」

 

「ま、たしかに、いずれ皐月賞を目指すオレが、皐月賞を獲った先輩の話を参考にするのはロジカルな思考だ。」

 

「でしょでしょ?お願いします、存分に語っちゃってくださいよ先輩!」

 

 後輩ウマ娘たちから……その程度に大きな差こそあれ……期待に輝く瞳を向けられる状況に昂ったのか、オペラオーは意気込んで語り始める。自分がどのような好敵手たちと出会い、いかにして大舞台を走ってきたか。

 

 その内容の殆どが余計な脚色の施されたものであり、特にエアシャカールが望んでいるような、客観的なレース分析など欠片も含まれていないものであろうことを、鷹木は分かりきっていた。

 

 オペラオー特有の、長ったらしく、端的さからほど遠い言い回しが続くほどに、エアシャカールのイライラが募ってくる様はひしひしと鷹木の方にも伝わってきた。

 

 アグネスデジタルの方はといえば、オペラオーが語る一言一句が必須栄養素であるかの如く堪能していたようだったが。

 

「レースは最後の直線に持ち込まれた!聞こえてきたのはアヤベさんの蹄音か?違う!気高き眺めに、我が心は燃え上がらんばかり!このボク、テイエムオペラオーが大外から一気に上がっていったのさ!」

 

「ひょわぁああ!しかし先頭をとらえていたのはトップロードさんではなかったのですかぁ!?」

 

「むろんトップロードくんも一線にハナを進んでいたさ!だが、ボクは覇王として、勝利の熱を纏っていた!明るく、高く、炎よ、燃えよ!かくして皐月賞の栄冠は、テイエムオペラオーの掌中に収まったのさ!」

 

「い、ぃ、ぃ、今ここでお聞きできたことが光栄ですぅ!覇王の神聖なる名誉を分かち合うことを!」

 

「……さっきから聞いてりゃ、全然ロジカルじゃねェ。」

 

 オペラオーとデジタルの二名だけで盛り上がっている様に、冷めきった眼差しを注いでいたエアシャカール。

 

 数分ぶりに開かれた彼女の口から、不機嫌さの窮まった声色が漏れ出てきたとしても無理はない、と鷹木は感じていた。

 

「トップロード先輩の走り方は分かる、ウチを突いて前に出るのを狙ってたンなら、妥当な位置取りだ。けど、アドマイヤベガ先輩は追い込もうとして集団に巻き込まれるし、オペラオー先輩はさらに後ろから慣れない追い込みに賭けるし……どう考えりゃ、本番でそんな無茶が出来んだ?」

 

 エアシャカールの口ぶりには、そのような指示を出した担当トレーナーへの糾弾も含まれているようであった。

 

 むろん、皐月賞での無茶な走り方が勝利へいかにして繋がり得たのか、その因果関係を最も知りたがっていたのは鷹木本人であったが。

 

「はーっはっはっは!どうして、あんな慣れない走りをしたんだろうね!ボク自身にも分からないよ!」

 

「は?」

 

「は?」

 

 シャカールと鷹木が、そう口走ったのが同時であった。物理的な距離の上でも蚊帳の外にあった鷹木の声は、ウマ娘たちに届かなかったものの。

 

 当のオペラオーは、相変わらず楽しげに語り続けていた。

 

「なぜ勝てたか!そう問われれば、こう答えるしかない!ボクが、世紀末覇王だから!それに尽きるね!」

 

「ひょぉぉおお!きっと、アドマイヤベガ先輩も、栄光の星が頭上に輝いたとき、勝ったんでしょうね!」

 

「全ッ然、ロジカルじゃねェ……ウマ娘の先輩は、皆こんな感じなのか?」

 

「そのバカと一緒にしないでくれる?」

 

 突如として、自分の真隣りから放たれた冷ややかな声に飛び上がった鷹木。

 

 いつの間にかこの場に現れ、一同の会話を立ち聞いていたアドマイヤベガの存在と、驚いて飛び上がっている鷹木の存在に、三名のウマ娘たちも気づく運びとなった。

 

「これは、我が聡明なる理髪師!そしてアヤベさん、ボクの愛しき一等星のご登場じゃないか!」

 

「担当トレーナーをほっぽり出して、何を後輩相手の雑談に耽ってるのよ。堂々と練習サボって、次の菊花賞は随分と自信があるようね。」

 

 覇王を名乗る割には威厳や威圧感と無縁のオペラオーとは異なり、鋭く研ぎあげられた眼光を宿すアドマイヤベガの登場は、後輩のウマ娘たちを多少なりと畏縮させたようであった。

 

 アグネスデジタルとエアシャカールが黙って見つめる前で、テイエムオペラオーとアドマイヤベガは対峙する。

 

「はーっはっはっは!覇王には、己が輝きを磨く時間が必要なのさ!彼女らには、その手伝いをしてもらっていた!」

 

「口先を磨いてる暇があるなら、脚を鍛えたらどう?私に追いつくだけのライバルが減ると思うと、今後のレース、張り合いがないんだけれど。」

 

「その様子なら、ボクの心配は無用のようだね!」

 

「心配?何のことよ。」

 

「なに、トップロードくんから話を聞いたんだ。あの夏に打ち明けてくれた一件もあったが……アヤベさんには、何の問題もなさそうだ!」

 

「……当然でしょう。これからって時に、弱気になってられるかっての。」

 

 好敵手を前にしていながら、その強さにより磨きがかかることを願う想いに、オペラオーもアドマイヤベガも違いは無かった。

 

 闘争心がぶつかり合う視線に火花を散らしながらも、互いを認め合う間柄。その全貌を知るのは当事者の二名だけであったが、傍観していた者たちにもその片鱗は伝わったようであった。

 

「尊みが……満ちる……溢れる……じゅるり……ら……」

 

「あン?おい、デジタル、どうした、おい、しっかりしろ!」

 

「おや!どうやらデジタルくんは、ボクたちの覇気のぶつかり合いに耐えかねたらしい!覇王を讃えるも一苦労だね、はーっはっはっは!」

 

「笑ってる場合じゃないでしょ、いきなり意識を失うだなんて……はやく保健室へ!」

 

 間もなく大量の鼻血を噴き出し始めたデジタルは一層の混乱を周囲に巻き起こすこととなるのだが、担架が運ばれてきた時点でケロリと起き上がった彼女は改めてアドマイヤベガとテイエムオペラオーへ声援を送ったのであった。

 

「実は私、オペラオーさんたちが出走する菊花賞と同じ日に、ダートレースに出るんです!」

 

「そうだったのか!このボクの勇姿を生で見れないとは残念だが、キミにも栄光が輝くことを願っているよ!」

 

 騒がしさでは互いに引けを取らないオペラオーとデジタルを、少し離れて見つめていたエアシャカールとアドマイヤベガ。彼女らは似たような呆れ顔を浮かべながら、小声で語り合っていた。

 

「オペラオーの奴と波長の合う後輩がよもや現れるとは思いもしなかったわ。」

 

「オレもデジタルには振り回されっぱなしだぜ。」

 

 秋風が、黄色い銀杏の葉を運んでウマ娘たちの頭上を吹き抜けていく。翌月の菊花賞まで、ひと月を切っていた。

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