覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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有馬記念への前哨戦、ステイヤーズステークスへと挑むオペラオー。これに勝つことで大一番たる有馬記念への弾みとしようと考えていたトレーナーであったが、このレースを制したのはペインテドブラックであった。不安を残したまま有馬記念本番が近づいてくる中、オペラオーの練習場所に訪れたのは……。


帝はなお笑み 頂点へ臨む

 担当ウマ娘が全く抱いていない不安を、ひとり抱える鷹木。大一番の有馬記念を前に、彼が前哨戦として選んだのは十二月頭のステイヤーズステークスであった。

 

 有馬記念と同じ中山レース場、かつ有馬記念よりはるかに長い3600mを走りぬくレース。

 

 異なる距離のレースで一概にオペラオーの仕上がりを判断するわけにもいかないが、しばらく京都レース場での出走が続いた彼女に中山の感覚を取り戻させるには最良の舞台である。

 

 とはいえGⅡ、脚の慣らしのつもりで参加できるほど甘いレースではない。出走メンバーにはノーザンテーストの血統ウマ娘が二名、並んでサンデーサイレンスの血統ウマ娘も二名存在している。

 

 サンデーサイレンスの血統の中でも殊に、3番人気となったペインテドブラックは東京優駿、京都大賞典、菊花賞と続けざまに出走したウマ娘である。

 

 それぞれアドマイヤベガ、ツルマルツヨシ、ナリタトップロードに勝ちは奪われたものの、テイエムオペラオーと同等の力を有していることに間違いはない。臆病者の鷹木が、出走前に最も警戒していた相手である。

 

 テイエムオペラオーは1番人気、このところ勝てていないとはいえ三着二着の好成績が続いた結果がそこに反映されていた。

 

(コーナーを8回、上り坂を3回通過する長丁場のコース、最終直線に入ってからゴールまでは短い。先行の位置につけ続けるのが、有利なはずだが……)

 

 オペラオーと共にコースの確認を行ったときも鷹木はそう考えながら、具体的な指示を出しはしなかった。

 

 自分が走り方を指定しておらずとも、有利だと思われる走り方をオペラオーがなぞるように実行した際には確実に負けていることが、鷹木の口出しを依然としてためらわせていたのである。

 

〈スタートしました!各バ揃ったスタートを見せました、ハナを行くのはサンデーセイラ、続いてホットシークレット。少し空いてペインテドブラック、テイエムオペラオーが後を追います。〉

 

 だが、実際にステイヤーズステークスが始まってみれば、オペラオーもまた鷹木が推奨したであろう、先行策で走り始めたのである。

 

 今までの例が無ければ、鷹木は多少安堵して見ていられただろう。が、理想的な走りを実現したときに限って負け続けている現状、彼は冷や汗が背に滲み出てくるのを止めようがなかった。

 

 長距離を走りぬくレース、どの出走ウマ娘もスタミナ管理には慎重なのか、レース中に大きく順位を変えることはない。

 

 中山レース場を一周半し、いよいよコーナーを回り切れば最終直線を残すのみという所に至るまで、オペラオーはペインテドブラックと並び、先頭で逃げるウマ娘二名を一定の距離を保って追う形を崩さなかった。

 

 模範的な走り、教科書にでも載せられそうな先行策。鷹木の嫌な予感は、否応なしに高まり続けていた。

 

〈さぁ第4コーナーを回って直線だ、中山レース場はここからゴールまでに坂がある!仕掛けたのはやはりテイエムオペラオー、そしてペインテドブラック!二名並んでハナに立った!〉

 

 最終コーナーを抜けきる前に、加速を開始するオペラオー。直線に入ってからスパートを掛けても遅いこのレースにおいて、これまた理想的なペース配分であった。

 

 上り坂に入っても、十分にスパートを続けるだけのスタミナを残している。オペラオーの末脚に鈍りは見られない。

 

 どこにも、欠点のない走り。想定通りの、レース。

 

「これじゃあ、勝てない。」

 

 鷹木にそう呟かせたのは、彼自身の理性では無かったかもしれない。

 

 ゴール前の緊張に青ざめ切った顔の彼は、熱に浮かされたような目でゴールへ驀進していくオペラオーの姿を見ていた。

 

 その隣にぴったりとつけている、ペインテドブラックの姿も。

 

〈ゴールまで残り200!ペインテドブラックか!テイエムオペラオーか!譲らない!どちらも譲らない!ペインテドブラック!テイエムオペラオー!並んでゴールイン!〉

 

 相手があんなに強いとは思わなかった、と言えば凡人の感想に過ぎないだろうが、鷹木は実際のところ凡人に違いなかった。

 

 東京優駿においても、京都大賞典においても、菊花賞においても、先頭争いに加わることなく、後方の集団に紛れてゴールしていたウマ娘。

 

 バ群に呑まれることなく、理想的な走りが実現できれば強みを発揮できるという点は、どのウマ娘も同様であった。

 

〈勝ったのはペインテドブラック!黄金の次代を担うウマ娘たちの影、幾度も涙を飲んできた彼女がついに栄冠を手にしました!この勝利は彼女にとって大きなものでしょう!テイエムオペラオーは二着!三着はゴーイングスズカ!〉

 

 一着と二着はクビ差、三着との間には3バ身離しての結果であった。

 

 サンデーサイレンス血統のウマ娘に多いイメージの黒鹿毛や青鹿毛とは異なり、オペラオー同様の栗毛をなびかせた一着のウマ娘は全力で走りぬいた直後ゆえ、徐々に減速しながら息を整えている真っ最中である。

 

 が、その胸中にこみあげてくる喜びは、彼女の顔を紅潮させていた。

 

 オペラオーはと言えば、同じく並走して呼吸を落ち着けさせながら、早くも一着となったペインテドブラックに何事か笑顔で話しかけている。

 

「相変わらず悠長な奴……お前が余裕なのは今に始まったことじゃないけどな……」

 

 鷹木はひとり呟きながら、年末に控える有馬記念勝利への道のりが、いよいよ険しいことを思い知ったのであった。

 

 ただ、ステイヤーズステークスという、菊花賞を超える長距離のレースに出場した収穫がないわけでは無かった。ほとんど理想的な走りを実現できたおかげで、今まで掴めていなかったテイエムオペラオーの性質の一端を見出せたのである。

 

 まず、そのメンタル面の強さから、ゴール前のコース取りを落ち着いて行える点。これは、常に集団のウチ側から先頭を脅かしてくるナリタトップロードとも似通った長所である。

 

 これまで集団に巻き込まれて前に出られなかったペインテドブラックに、今回初めて負けたのだ。裏返せば、同じように巻き込まれるはずの状況を、オペラオーは今まで幾度もすんなりとすり抜けてきたことの証明でもある。

 

 アドマイヤベガが集団に巻き込まれるのを傍目に、前へ抜け出して差し切った皐月賞。スペシャルウィークが失速し集団に埋もれていく中から抜け出して、三着にまで食い込んだ京都大賞典。最終コーナーから直線へ出る混乱の中、ウチ側に閉じ込められた状況から抜け出した毎日杯のことも記憶に残っている。

 

 他のウマ娘が思い描いた通りに走れない状況でこそ、光るオペラオーの長所なのかもしれない。

 

 鷹木の気分を晴らすには程遠かったが、それでも閉塞した現状に一筋の風が吹き込み始めたのを彼は微かに感じ始めていた。

 

 十二月に入ったトレセン学園は、有馬記念を始めとした一年の集大成を飾るレースが多いということもあり、中旬以降は通常の授業も減っていく。もとより、GⅠレースに出走するウマ娘たちに関しては、トレーニングに専念できるよう通常授業への出席も免除されていたが。

 

 それはオペラオーが、いつも通りにアドマイヤベガに見られ続けながら、トレーニングをひと段落させたある昼のことであった。

 

 自らの闘志を冷まさぬためと言いつつも、同時に鷹木の下手な指導によって宿敵オペラオーの脚が鈍らぬかと監視するつもりもあったのだろうアドマイヤベガ。今日も背中に刺さる彼女の眼光を痛く感じながらオペラオーに休憩を告げた鷹木は、ふとアドマイヤベガの方に視線を向ける。

 

 僅かに先ほどまでのプレッシャーが薄れたような気がしたのだが、それも道理、アドマイヤベガは目をそらして練習場入り口に顔を向けていたのだ。

 

「え……。」

 

 珍しく驚いたような表情を見せている彼女の視線を鷹木も追い、そこに二名のウマ娘が姿を現しているのに気づく。いつもの後輩たち、アグネスデジタルやエアシャカールが訪ねてきたのかと思っていた彼は、アドマイヤベガ同様に吃驚することとなった。

 

「え……?」

 

 声を出せぬほどの驚きに支配されている鷹木とアドマイヤベガに先んじて、その意外過ぎる訪問者に声を掛けたのはやはりテイエムオペラオーであった。

 

「おぉ!この柔らかな風は?優しい香り、この喜ばしい響きは?そちらに見えるはスペシャルウィーク先輩、それにグラスワンダー先輩じゃないか!ようこそ、我が殿堂へ!」

 

 黄金世代の中でも、殊に秀でた戦績を残す二名が、確かにそこに居た。

 

 スペシャルウィークは言わずもがな、現在のトレセン学園の顔とも呼べる存在である。

 

 オペラオーと共に出走した京都大賞典では七着という結果に終わったものの、同じ十月の末に行われた秋の天皇賞、そしてジャパンカップでは立て続けに一着。黄金世代最強の実力を見せつけた。

 

 グラスワンダーもまた、彼女に比肩する実力者。スペシャルウィークを下した宝塚記念での劇的な勝利は記憶に新しく、秋の毎日王冠でも一着。闘争心を剝き出しにするかのごとき凄まじい走りっぷりはURA関係者たちの間でも語り草となっている。

 

 とはいえ、レース場の外での彼女らは、本番とはずいぶん違った顔を見せていた。オペラオーの歓待を受けてスペシャルウィークは屈託なく笑顔を返し、その隣でグラスワンダーもお淑やかに微笑んだ。

 

「お久しぶり、オペラオーくん!最近どうしてるかなって思ってたけれど、変わらず元気いっぱいだね!」

 

「ふふ、こっそりと有馬記念のライバルを偵察するつもりが、すぐにバレてしまいましたね。」

 

 口を開けば、トレセン学園内にありふれている大多数のウマ娘たちと同じように平凡な声が転がり出てくる。彼女らの声を聞いたことで、鷹木とアドマイヤベガもようやく脚を動かして近づいていくことができた。

 

 恐れるものを知らぬオペラオーは、既に舞い踊るようなステップを踏みながら黄金世代の先輩たちの前に到着していたが。

 

「あぁ、実に光栄だよ、先輩方がわざわざここに足を運んでくれるだなんて!そして、このボクをライバルだと呼んでくれるだなんて!」

 

「そう呼ぶのは当然、オペラオーくんは立派なライバルだもの。」

 

「私もスペちゃんも、一つ下の後輩の中ではあなたを一番警戒しているんですよ。」

 

「はーっはっはっは!警戒までされてしまっているだなんて!そうさ当然のことさ、ボクは世紀末覇王なのだから!」

 

 全く謙遜する気もないオペラオーの姿を目の当たりにしたためか、鷹木の隣でアドマイヤベガがひりつく苛立ちの気配を放ったように感じられた。

 

 遅れて近づいてきた鷹木とアドマイヤベガの姿を見止め、スペシャルウィークはそちらにも話頭を向ける。

 

「オペラオーくんのトレーナーさんもお久しぶり。それから、アドマイヤベガさん。」

 

「結城トレーナーのもとで何度かお会いしましたね、スペシャルウィーク先輩。」

 

 アドマイヤベガは言葉少なにそう答えたきりである。目の前の面々が転がす話題は、早くも今月末に迫る有馬記念へと向かっていった。

 

 ウマ娘は、常に先を、自分たちが向かうゴールをのみ志す存在なのだ。アドマイヤベガの脚をいちいち心配することなどなさそうな雰囲気、そしてそれも当然のこととして口を噤んでいるアドマイヤベガ自身を隣に、鷹木はその点を再認識していた。

 

「いや~、それにしても厳しい戦いになりそうだよ。私、ここにいるグラスちゃんにもオペラオーくんにも負けてるんだもの。」

 

「おぉっと、この覇王を油断させようという策ならば、そうは行かない!京都大賞典では、明らかにスペ先輩の調整ミスだったじゃないか!」

 

「あ、あはは~……そんな、はっきり言わなくても……まぁ、ちょっと体重が絞れなかったのは、確かにそうなんだけど……」

 

「それに、秋の天皇賞でレースレコードを出して一着じゃないか!今のスペ先輩には本気を期待できるね!」

 

 鷹木がいちいち集めてきたデータを見せずとも、オペラオーはしっかりと情報に目を通しているようであった。常に道化ているようで抜け目のない後輩ウマ娘の発言に頷きつつ、グラスワンダーもスペシャルウィークへと向き直る。

 

「えぇ、私も、宝塚記念でのスペちゃんは、十割の力を出したとは考えていませんから。」

 

「ぐ、グラスちゃんまで!?」

 

「残り200を通過する前に私に追い越され、挙句は三馬身差。スペちゃんの本気が、あの程度だとは思いませんよ。」

 

 2番人気グラスワンダー、1番人気スペシャルウィーク。両優駿の死闘が期待された今年の宝塚記念であったが、結果はグラスワンダーが今言った通りであった。スペシャルウィークに悠々と三馬身のリードを得て、グラスワンダーが駆け抜けたのである。

 

 オペラオーが応援していたキングヘイローも出走はしていたが、この場で名前は出てこなかった。

 

 グラスワンダーに三馬身遅れたスペシャルウィークとはいえ、そこからさらに後ろの集団までは七馬身もの大差がついていた。圧倒的に秀でた二名のためのレースだったのである。

 

 怪物と怪物による凄絶な果し合いを、遠巻きにその他のウマ娘たちが眺めているようなレース。そんな大舞台を演じたスペシャルウィークであったが、今は困ったような笑顔で頭をポリポリと掻いていた。

 

「手厳しいなぁ~、二人とも……。」

 

「ですから有馬記念では、スペちゃんの本意気を見せていただかないと、私の独壇場になってしまうということです。」

 

「おっと!このボクを忘れないでくれたまえ!一着を獲るのはボクに決まっているのさ、スペ先輩とグラス先輩は二番手争いに興じているといい!」

 

 鷹木はそろそろ、顔から血の気が引く感覚にも慣れつつあった。とはいえ、稀代の怪物である大先輩相手に大口を叩けるオペラオーの神経が理解できないことには変わりなかったが。

 

 幸いなことに、あるいは当然のことだったろうか、スペシャルウィークもグラスワンダーも、その笑顔に棘など微塵も感じさせぬまま笑っていた。

 

「油断できないね、後輩にまで言われちゃったら。よーし、私も有馬記念、頑張っぺ!」

 

「黄金世代の次を担う後輩に、有望な子が居て頼もしいですね。では、次は中山レース場で会いましょう。」

 

「あぁ!きっと失望はさせないさ、やがてこの覇王が黄金世代を真っ先に追い越すのだから!はーっはっはっは!!」

 

 最後までブレることなく、会話を終えた三名。そんな彼女らを蚊帳の外から眺めていたのは鷹木のみならず、アドマイヤベガも同様であった。

 

「……。」

 

 脚に異状が見つからなければ、オペラオーやトップロードに並んでアドマイヤベガも有馬記念にきっと出走出来ていたのだ。

 

 スペシャルウィークに挨拶した以降は終始静かなままだった彼女の目が、恐ろしいほどに澄んだ光を湛えている様に鷹木は圧される心持ちであった。

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