覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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京都記念を乗り切って、次なるオペラオーの本番に向けて余念のないトレーナー。そんな彼のもとを訪れた同期のトレーナーやオペラオーのライバルウマ娘たちを交え、並走練習が開始される。その中には、昨年から出走を見合わせていたあのウマ娘の姿も……。


新時代の夜明けへ、星を迎えて

 そのウマ娘たちがオペラオーに対し並走練習を申し込んできたのは、ほとんど同時のことであった。

 

 とはいえ、彼女の練習場に現れる顔ぶれとしては、いつもと大差ない面々だったが。二月も末となったその日、唐突に鷹木のもとへ顔を出したのは片桐トレーナーであった。

 

「やぁ、しばらくぶり、鷹木トレーナー。新年会以来でしょうか。」

 

「片桐さん。日経新春杯ではドトウが二着でしたね、おめでとうございます。」

 

「いやいや、オペラオーの快進撃と比べれば、何ほどのことも。」

 

 本当に何ほどのこともないといった風に振舞う片桐。だが、鷹木からしてみれば、メイショウドトウを着実に大舞台への勝利へと導いていく彼に頭が上がらないのは本心である。

 

 担当ウマ娘に振り回されっぱなしであっていた頃からは多少進歩したと思いたいものの、今なお鷹木は精神をすり減らしてオペラオーについて行くのがやっとのことだった。

 

 現に、今からトレーニングを始めると伝えているにもかかわらず、練習場の真ん中で朗々と歌声を響かせているオペラオーを片桐に目撃され、彼になんと言われることかと鷹木は身構える思いである。

 

 片桐は、あくまでも自然体に振舞うばかりであったが。

 

「彼女も変わらず、好調といった様子ですな。」

 

「あはは……その、トレーニング開始前のルーティーンみたいなものでして、あれは……。」

 

「なるほど、ではちょうど良い所に来れたってわけだ。入ってきてください、ドトウ。オペラオーは準備万端とのことです。」

 

 担当トレーナーからの呼びかけに応じ、自信なさげに垂れた耳と共に気弱そうな眼差しが練習場入り口からこちらを覗く。片桐に手招きされてようやく歩を進め、全身を現したメイショウドトウの姿は、一月ごろに会った時と大差なく思われた。

 

 しかし、全く頼りない印象であった入学当初の面影は、もはや微塵も残っていない。臆病そうな振る舞いは生来より身について離れないものであったかもしれないが、瞳の奥に秘めた光の強さ、その佇まいには確かに貫禄と呼ぶべきものが備わりつつあった。

 

「ごっ、ご無沙汰しておりますぅ……その、いきなり押しかけまして、ご迷惑じゃなかったでしょうかぁ……」

 

「いやいや、迷惑だなんて、そんなこと全然。オペラオーは見ての通り、突発的に歌っている真っ最中ですので。」

 

「さぁ、担当トレーナーさんからも許可を頂いたんです。ドトウも練習用にアップを始めてください、最高の並走練習相手なんですから、入念に。」

 

「はいぃ。」

 

「……え?」

 

 「並走練習をしよう」などとは一言も聞いておらず、さらに自分が明確にそれを許諾した覚えもない鷹木は、眉間にしわを寄せて片桐に顔を向ける。

 

 とはいえ、相手に迷惑をかけるかもしれないとおずおず入って来たドトウに対し、並走の申し込みを拒否することなど鷹木に出来る芸当ではなかった。それを見越したうえで、片桐は涼しい顔して練習競走のタイム計測準備を始めている。

 

 更には、先ほどまでくるくると舞いながら歌っていたオペラオーがドトウの登場に気づき、歓迎の声を上げたことが尚のこと引っ込みのつかない状況を築いていった。

 

「おぉ!!ドトウじゃないか!今までどうしていたんだい、キミの姿をしばらく見なかったボクの心は、水の涸れ果てた泉のようだったよ!」

 

「すっ、すみませんすみません、涸らしてしまってすみません!」

 

「あぁ、ドトウ、だからこそ尚のことキミを愛おしく思うよ!また、こうして満たしに来てくれたじゃないか!」

 

 向かい合って再会を喜び合う彼女らの様子を鷹木と並んで眺めつつ、片桐は無精ひげの上に屈託のない笑顔を作ってこちらに向けた。

 

「なんとも、微笑ましい光景ですな。あの命を削り合うかのごとき大舞台で競っているのと同じ子たちとは思えないほどに。」

 

「えぇ。」

 

 確かに、オペラオーのモチベーションを鑑みても望ましい取り組みであり、まためきめきと実力を上げつつあるドトウとの並走練習は鷹木にとっても歓迎すべきことではある。

 

 が、やはりこの片桐という男のやり口にはなかなか慣れるものではなかった。

 

 歓迎すべき申し出ながら、どこかしら不本意な思いを抱きつつ合同練習の準備を進める鷹木。が、彼が胸の内に抱いた小さな不服を消し飛ばす人物は、その直後に現れた。

 

 先んじて顔を見せたのは、エアシャカールである。いつも不機嫌そうに見えるつり上がった目尻はますますその鋭角を増していたものの、それは彼女なりに緊張していることのあらわれであることは鷹木にも分かりつつあった。

 

「よぉ。頼みがあるんだが、オペラオー先輩と練習させてもらえねぇか。急な話で悪ぃ。」

 

 とはいえ刺々しい印象のあるこのウマ娘からの威圧感を、鷹木が無視できずにいたのも事実である。頭を下げているのはシャカールの方だったのだが、多少心の底が浮足立ったのは鷹木の方であった。

 

「あぁ、良いよ。たった今、ドトウとの並走練習を始めるところだったんだが。」

 

「ドトウ先輩も居るのか。丁度いい、ますます一線級のレースを想定した練習ができそうだぜ、結城トレーナー。」

 

「咄嗟のお願いだったが、良かった。きっと鷹木トレーナーなら、受け入れてくれると思ったよ。」

 

 シャカールが口にした通り、遅れて姿を現したのは結城トレーナーである。

 

 鷹木と片桐が慌てて居ずまいを正したのは言うまでもない。これまで幾度か会ってきてはいるものの、彼の本職であるウマ娘練習場の中に現れた結城の姿は、まさにレジェンドトレーナーとしての貫禄を備えるものであった。

 

 そして、今日はまだ姿を見せていなかったアドマイヤベガは、結城トレーナーと連れ立って練習場に入って来た。厳冬のごとく冴えきった彼女の眼光は、やはり一流トレーナーの隣に居てこそ研ぎ上がるらしかった。

 

 意表を突かれた片桐が口先で言葉を選んでいるのを横目に、鷹木は先んじて結城トレーナーに向かい口を開く。

 

「結城さん、主任会議ではお気遣いいただきありがとうございます。」

 

「いや、僕も余計なおせっかいだったかもしれないね。君もトレーナーである以上、相応の覚悟はしているんだろうし。」

 

「へぇ、いったいどのような?」

 

 口を挟んでくる片桐に対してはニヤリと意味深長な笑みを見せる結城トレーナー。

 

「なに、鷹木くんは繊細な神経の持ち主だからね。片桐トレーナーには無用な類の気遣いだよ。」

 

「なるほど。」

 

 分かったような、分からなかったような曖昧な表情を浮かべて引き下がる片桐。

 

 たしかに、片桐ほど図太く抜け目のない男であれば、世間から罵倒されることなど何事もなく振舞い続けられるかもしれない。鷹木は納得しながらも、それほどの信頼を得ている同期トレーナーを羨ましく感じていた。

 

 練習場の方では早くもウォーミングアップを行っている面々にエアシャカールが加わり、オペラオーからの大げさな歓待を受けている。

 

「あぁ、ようこそ、怜悧なる捕食者よ!なるほど、覇王の背に食らいつけば更なる力を得るということだね!よかろう!ボクの覇気を間近で感じれば、いよいよ君も速くなるだろう!」

 

「んなワケねぇだろ、相変わらず全然ロジカルじゃねぇ。」

 

「は、はわわわ……そのぉ、どうか、お手柔らかに、お願いしますぅ……」

 

「いや、先輩たちの方がたくさんレース走ってんだからさ。」

 

 まるで嚙み合わない性格のウマ娘たちがチグハグな交流をはぐくんでいるのを見つつ、鷹木は練習場の制御室へ向かおうとする。が、彼を呼び止めたのは結城トレーナーである。

 

「もうちょっと待ってくれ。彼女にもストレッチとウォーミングアップの時間を設けてほしい。」

 

「はい……彼女……って?」

 

「アドマイヤベガだよ。」

 

 今度こそ鷹木は片桐と並んで言葉を失い、結城トレーナーの方を呆然と見つめるばかりであった。

 

 先ほど結城トレーナーとこの練習場へ来る際、何がしかの話を終えていたのであろう。たった今、制服から体操着に着替えて練習場へと戻って来たウマ娘の姿は、あのアドマイヤベガに相違なかった。

 

 走るための準備を整えた彼女を見るのは、本当にしばらくぶりのことである。

 

 結城トレーナーに話しかけられても、彼女は無理に意気込んだ様子もなく、以前の通りに落ち着いた応答を行った。

 

「問題なさそうですか?アドマイヤベガ。本格的に走るのは久しぶりです、無理をしないように。」

 

「分かってる。アイツがシニア級を終えるまでに、復帰を間に合わせて見せなきゃならないんだから。」

 

 彼女が「アイツ」と呼ぶ相手……すなわちテイエムオペラオーのもとへ、アドマイヤベガは駆け寄っていく。オペラオーの驚きよう、そして感激のほどは言うまでもなく大げさなものであった。

 

「あぁ、アヤベさん!何ということだ、明け方は力強く照り映えながら、夜明けとともに一等星は再び昇り、輝きだしたじゃないか!」

 

「うるさい。」

 

「あぁあぁぁぁあアドマイヤベガさんん……!?ま、また走れるようになったんですかぁ……!?」

 

「医者からは無理しない範囲で、って言われてるけれどね。」

 

「いよいよ戻ってくるんだな、アドマイヤベガ先輩。ロジカルに考えりゃ、オレの勝ちを阻む先輩が増えちまうってことだが。」

 

「せいぜい覚悟してなさい。」

 

 三者三様の反応を交わしながらも、アドマイヤベガが十分にウォーミングアップを済ませたのを待ち、個性派ぞろいのウマ娘たちはいよいよ練習用コースのスタートに立った。

 

「ひとまず、レース設定は?すみません、突発的にここまでウマ娘が集まるとは思いもよらず。」

 

「芝の2000mで行きましょう。来月、ウチのドトウが出る中京記念も、シャカールが出る報知杯弥生賞も同じです。」

 

 スタートとゴールのラインが天井からのプロジェクターで照らされ、タイム計測開始とともにゲートの開く音が再生される。

 

 一斉に飛び出したウマ娘たち。真っ先に先頭へと出たのはメイショウドトウであった。自分の担当ウマ娘が競う場となれば、それが練習であったとしても熱の入るものであったろうが、片桐はあくまで澄ましたまま呟いていた。

 

「いい形ですね、やっぱりあの子は焦りがちですから、先行でも前の方につけるよう伝えてるんですよ。」

 

「なるほど、オペラオーよりも、前に……。」

 

「一年目は、ずっとオペラオーを追いかける練習ばかりでしたし。」

 

 確かに、ドトウが勝てずにいた当初の癖を振り払うためには、適切な位置取りのようにも思われた。そんなメイショウドトウに遅れじと、同じく先行の位置にエアシャカールがつけている。

 

 テイエムオペラオーは彼女らを追うように、そしてアドマイヤベガは全員を視野に入れる最後尾で駆けている。

 

「シャカールがドトウと同じぐらいのペースで走っているのは、結城さんの指導で?」

 

 片桐からの問いかけに、老トレーナーはゆっくりとかぶりを振った。

 

「言っただろう、僕は具体的な指示など出さない、と。あくまで、エアシャカール自身が走りやすい位置を選んだだけだよ。」

 

「あぁ……なるほど。」

 

 そのまま押し黙って練習模様に目を凝らしている片桐同様に、鷹木も競走の展開を注視している。

 

 エアシャカールは先行の位置にて、自らのペース配分を注意深く見定めつつ足を運んでいるようにも思われた。あたかも、彼女が言うところのロジカルな走りを実行する先輩、ナリタトップロードの走り方をなぞるかのように。

 

 レースが動いたのは、やはり第3コーナーを回るあたりからであった。オペラオーが先んじてスパートを仕掛けたのを察知し、エアシャカールも上がり始める。ドトウもまた追いつかれじと加速し始めた。

 

 アドマイヤベガはといえば、スパートを掛けるオペラオーにピッタリとついて上がり始めていた。鷹木は心配そうな声を結城トレーナーに向ける。

 

「あの、アドマイヤベガは大丈夫ですか?まるで、全力を脚に掛けて走っているような……」

 

「あれでは、まだ本気じゃないよ。」

 

 結城トレーナーはそう言ったが、久々に走ったにもかかわらずアドマイヤベガは全員の末脚についてきているのである。ばかりか、既にエアシャカールを追い越していた。

 

 最後のストレート。エアシャカールはスタミナが切れかけているのか、差し返す気配もない。ぐんぐんと上がってドトウを捉えようとするテイエムオペラオー、そして背後をしっかりマークし続けるアドマイヤベガ。

 

 たしかに、そこまで迫ったうえでオペラオーを抜きにかからないのは、アドマイヤベガが本気になっていない証ではあった。

 

「ゴール。タイム計測を終了します。」

 

「ドトウがほぼオペラオーと同時だったんじゃないですか?」

 

「これは写真判定だね。アドマイヤベガも調子を取り戻しつつあるね……シャカールは、今回の練習で掴んだものがあればいいが。」

 

 結果は、オペラオーがドトウを差し切っての一着。とはいえ、ハナ差であった。アドマイヤベガは三着であったものの、久しぶりに走った彼女が出すタイムは本格的に身体能力を取り戻した際の恐ろしさを予感させるものである。

 

(オペラオーもドトウも、確実に速くなっていってる。治療期間の遅れ、なんとしてでも取り戻さないと。)

 

 肩で息をしながらも、ゴール直後からそんな考えが頭の中をめぐっているアドマイヤベガ。一方、先輩たちの後塵を拝しながらのゴールとなったエアシャカールもまた同様であった。

 

(ダメだ、どうロジカルに考えても、先行策じゃ今の走りに間に合わねぇ。本番までに、違う作戦を試すべきか?)

 

 ドトウはと言えば息を整えるので精いっぱいであり、彼女が考えをまとめる暇もなく、間もなくオペラオーの高笑いと健闘を称える声が練習場一帯に響き渡った。

 

「ひぃ、はぁ、ふぅ、ふぇ……お、オペラオーさんに、もう少し、のところで……」

 

「はーっはっはっは!あぁ、ドトウ!素晴らしい走りだった、ボクも君だからこそ全力を出し尽くせたというものだ!アヤベさんも、シャカールも、共に走ってくれてありがとう!背後に迫る星と牙、全くボクもボヤボヤしていられないね!」

 

 間もなく、三月。春の大舞台に向けて、それぞれのウマ娘たちの前哨戦が迫っていた。

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