覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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迎えた春の天皇賞当日。相も変わらずトレーナーは慣れぬ本番の緊張感を前に目を白黒させている一方で、悠々と舞台へ向かうオペラオー。昨年までのように走り方をウマ娘に一任しないと決めたトレーナーが、託した作戦は吉と出るか否か。


王道は軈て一帖の盾へ通ず

 担当ウマ娘がレース本番の日を迎えるたび、鷹木がプレッシャーに押しつぶされそうになっているのはいつも通りのことであったが、毎度毎度その重苦しさは強まっていくように感じられた。

 

 これが天皇賞という大きすぎるタイトルであることが要因であったのは無論である。しかしながら、担当ウマ娘が出走しないものも含めて種々のレースとその結果を見れば見るほど、ウマ娘たちの歩む道の過酷さを知ることになった点も大きい。

 

 京都記念にてレース中に倒れた、ケイズドリーム。皐月賞にてゲートから出走できなかった、ラガーレグルス。

 

 最高の栄誉へと近づくほどに、それを手に出来なかった際の無念さは計り知れぬほど膨れ上がるだろう。結果がどうあれ、ウマ娘たちはそれを抱えたまま生き続けねばならない。逃れ得ぬ戦績が自らの生き様の上に刻み付けられる。

 

 それでもウマ娘たちはレース場へと向かうのだ。彼女らを指導するトレーナーが、重圧から逃れることは許されない。たとえ自らの作戦が勝利へと担当ウマ娘を導けなかったとしても。

 

 一帖の盾へ向かう道は、尋常ならざる厳しさに磨かれていればこそ輝かしいのだ。

 

「オペラオー。」

 

 鷹木の口は、ひとりでに動いてオペラオーの背を呼び止めたようであった。レースが開始されるずっと前から、既に鷹木の精神状態は平静を失っていた。

 

 彼とは全く対照的に、地下バ道へと進もうとしていたオペラオーが振り返った顔は、いつも通りにリラックスした雰囲気を保っている。

 

「おや、どうしたんだい、声を震わせて。気分をリラックスさせるため、ボクの歌でもご所望かな?」

 

 すぐには言葉が出てこない。

 

 今、鷹木の胸中を占めているどんな思いも、出走前のウマ娘へ伝えるに相応しからぬ重さと苦しさを抱えていた。

 

「勝てよ。」

 

「もちろん!」

 

 ようやく、それだけのやり取りを交わし、大舞台へと去っていくテイエムオペラオーの背を鷹木は見送った。

 

 作戦は、既に入念な打ち合わせの中で伝え終えている。昨年度以前のように、オペラオーに走り方を一任するような判断……要するに、自ら責を負う所を軽くしようとするような真似からは、鷹木も抜け出さんとしていた。

 

 過年度までのレース運び、今回出走するライバルたちの作戦傾向。それらを全て精査し、自分の組み立てた作戦が、このレースで確実に良い方向へと働く。その確信を得ればこそ、彼はそれをオペラオーに伝えたのだ。

 

 しかし今となっては、そんな自信もどこへやら。データをもとに、最良だと考えて組み立てた作戦が上手くいかないことを、去年のレースでは何度も経験させられたのだ。オペラオーは確かに強くなったが、ではトレーナーたる自分の判断力はどれほど向上したろうか。

 

 その自問に明確な答えを与えることも出来ず、彼はまるでだだっ広い荒野の中に刈り忘れられた一本の枯れ草のような心持ちのまま、フラフラと担当トレーナー用のブースへと向かっていた。

 

「勝てよ……。」

 

 既に届かぬ距離に居るオペラオーの方を向くことも出来ず、鷹木は唇だけを動かして再び呟く。

 

 自らの魂を担当ウマ娘に預け渡した、そう形容しても過言ではなかった。

 

〈曇り空となりましたが芝状態は良、レース日和にて迎えました春の天皇賞。京都レース場外回り、芝3200mであります。昨年度はあのスペシャルウィークが、春・秋の連覇を達成しました、天皇賞。黄金世代ウマ娘の後を継いで、新たなる王者となるのはいったいどの子でしょうか。〉

 

 アナウンスが開始されたころには、鷹木の指先はほとんど血が通っていないかの如く冷え切って震えていた。

 

 パドック上に次々と現れるウマ娘たちの紹介が進んでいくが、いずれもこの日を迎えるまでの間に散々データを見つくした相手ばかりである。この時間、彼は全く体の内側が虚ろとなったような気分で呆然と席に座りつくしていた。

 

〈ラスカルスズカ、3番人気です。昨年度より頭角を現し、菊花賞では三着、先月の阪神大賞典では二着にまで食い込む健闘を見せています。しかしいずれもナリタトップロード、テイエムオペラオーに勝利を阻まれ、未だ大舞台における栄冠は掴めておりません。このレースで見事一矢報いることが出来るでしょうか。〉

 

 何度もデータベース上では目にしてきた顔であったが、今ここで画面越しにとはいえ対面する彼女の眼に宿った光は強かった。

 

 姉であるサイレンスズカの思いを引き継いで、走り続けるウマ娘。最終直線で一気に先頭へと迫る末脚は、彼女の姉とは対照的な走りでありながら、やはり並みのウマ娘とは一線を画した強さを今までも見せつけている。

 

 天皇賞の盾を手にすることは、彼女にとっても悲願であるはずだ。何としてでもオペラオーにそれを譲らせぬのが、担当トレーナーたる鷹木の務め。

 

 鷹木は、今の自分がラスカルスズカの目の前に引っ張り出されれば、その眼光で押し倒されるのではないかとまで感じた。

 

〈2番人気を紹介しましょう、ナリタトップロードです。昨年度のクラシック級、そして今年度に入りましても常にテイエムオペラオーと鎬を削り続けてきました。いよいよ共に足を踏み入れました、天皇賞という大舞台。昨年の有馬記念以来、テイエムオペラオーには勝ちを譲り続けている彼女ですが、今回でその連勝を止めることはかなうのか。〉

 

 スクリーン上に映し出されたトップロードの顔つきが見知ったものとは多少違うような、と感じた鷹木。

 

 彼女とは年始以来、一度も会っていないことを思い出したのが少し遅れてのことであった。本気でぶつからねばならない相手。きっと今でもオペラオーとは親しげに会話するであろう、その優美な顔立ちは、栄冠を奪い合う敵のそれである。

 

 とはいえ、トップロードの登場に盛り上がった客席からの歓声が、オペラオーの登場でより一層高まったことを、喜べる鷹木ではなかった。

 

 それは頭上からなだれ落ちてくる土塊のように、重苦しいプレッシャーとなって彼の精神に覆いかぶさった。

 

〈さぁ、いよいよ1番人気の紹介です、テイエムオペラオー。今年度に入ってから負けなしのこのウマ娘、いよいよGⅠの一大レース、春の天皇賞に姿を現しました。彼女に勝とうと、優駿たちが顔をそろえるこの舞台。並み居る強敵たちに囲まれ、なおも勝ち続けることが出来るのでしょうか。〉

 

 全く、実況に紹介された通りであった。まだ四月だというのに、まだ今年に入って三度目のレース出走だというのに、既にオペラオーは勝ち続けているウマ娘として認識されている。すなわち、破るべき相手として他の選手から狙われるということだ。

 

 今回もまた自信の揺らぐ様をまるで見せず、ウマ娘に用意されたマイクも無い画面上で何かを歌いながら姿を現したオペラオー。

 

 トレーナーとしてはすべて託し、あとはテイエムオペラオーが走り切るのみ。そんな状況の中で、ただただ担当ウマ娘の勝利を祈るしかない今の立場に、鷹木は責め苛まれ続けている。

 

(勝てる、勝てる、勝てる勝てる勝てる……勝てるはずなんだ、オペラオー、お前なら……)

 

 彼女とは真逆に、まだ四月だというのに重圧に耐えかねている自分が、あと少なくとも一年間を耐え抜くことが出来るか否か、鷹木には甚だ心もとなかった。

 

〈全員のゲートインが完了……スタートしました!〉

 

 ファンファーレが鳴らされている間もブツブツ呟いていた鷹木の声を遮るように、実況がスタートを告げる。

 

 硬く両手の指を組み、額に押し付けて何に対してでもなく祈る体勢を取っていた鷹木は、ガバと顔を上げた。まだ集団はばらけておらず、オペラオーは先頭争いに向かうウマ娘たちの後ろで駆けだしている。

 

〈きれいに揃いました、まずはハナを進みますトキオアクセル、そして日経賞ウマ娘レオリュウホウが二番手、タマモイナズマも並びまして、三名の先行争いであります。……トキオアクセルは控えまして三番手へ。4バ身ほどの差が開きましてナリタトップロードはコース内側、並んでステイゴールド、ノボエイコーオーが外に。そして、2バ身から3バ身の差、人気のテイエムオペラオーは中団につけております。〉

 

 すべての出走ウマ娘からマークされるであろうオペラオーに、鷹木が託した作戦は少々変則的な、すなわちリスクも大きいものであった。

 

 まずはレース展開の前半、オペラオー自身が今までのレースで見せていた通りに中団を走る先行策を採る。その先を逃げるウマ娘たちはオペラオーが迫ってくるその時を警戒し続けるであろうし、後方でオペラオーをマークするウマ娘たちはひとまず想定通りのペースとなったことを確認するだろう。

 

 レースの中盤でこれを崩し、競走相手のペース配分を狂わせる。今回の作戦は、レース全体のペースを掌握しうる立場を利用した若干の搦め手とも呼べるものであった。

 

 オペラオーがそのまま走れば強いのは間違いないのに、小細工を混ぜ込むことが吉と出るか凶と出るか。鷹木は、その不安に震え続けている。

 

〈3コーナーへと入ってまいりました。テイエムオペラオーの後ろ3バ身差、トシザブイ、その後にホッカイルソーが続きます。さらに遅れまして4バ身と開いております、ラスカルスズカは後ろから三番手、かなりばらけた展開となっております。〉

 

 ナリタトップロードがオペラオーよりも先を進んだのは想定通りであったものの、ラスカルスズカに関してはそうではなかった。

 

 オペラオーのペースに合わせてマークするものだと事前に予想していた鷹木だったが、ラスカルスズカはぐっと後ろに下げた位置で前方を窺っている。オペラオーによってペースを乱されるウマ娘の中に、この強敵が入る望みは既に薄かった。

 

 おそらくラスカルスズカをマークする選手たちが最後方に着けているのだろうが、同じ追い込み策でラスカルスズカに勝る者が同年代に居るとは考えられない。レースの終盤、先頭を脅かす追い込みウマ娘が何者であるかは明白であった。

 

〈ラスカルスズカの後ろにはジョーヤマト、そして最後方にはテナシャスバイオといった順であります。第4コーナー1周目を回っていきます、一度目のスタンド前直線へと入ってまいりました。大観衆の歓声に迎えられて、タマモイナズマが先頭に立っています、リードが3バ身から4バ身。レオリュウホウが二番手、外からはノボエイコーオーが行っています。ウチを突いてトキオアクセル、その後ろにナリタトップロード。ステイゴールドが続きまして六番手、その後は4バ身ほど開きましてテイエムオペラオーであります。〉

 

「まだ抑えろ……まだ……。」

 

 次に通過する時には栄冠へ向かうゴール前となる直線を、歓声を浴びながらウマ娘たちが駆け抜けていく。

 

 レース展開には、まだ誰の眼から見ても意外な要因も含まれていない。しかし鷹木の警戒はずっと続いていた。

 

 オペラオーに策を託したものの、当然ながら他のウマ娘が腹に策を抱えていないとも限らないのだ。想定通りの流れを崩されれば、勝利を遠ざけられるのはこちらかもしれない。

 

 彼はラスカルスズカに警戒の目を向け続けてはいたものの、あまりにも想定通りの運びを続けているナリタトップロード、そして日経賞にて巧みなペース配分で逃げ切ったレオリュウホウの存在もやはり不気味であった。

 

〈テイエムオペラオーの後ろには変わらずホッカイルソー、トシザブイ。そしてラスカルスズカは外であります、後方からはジョーヤマト、最後方にテナシャスバイオといった順で、各バ1コーナーを回っていきます。かなり縦長の展開となりました、タマモイナズマが先頭です。リードは少し縮まって2バ身ほど、二番手につけていたレオリュウホウが上がりつつあるか。〉

 

「先を越されたか……?」

 

 今まで大人しく二番手を守っていたレオリュウホウが、コースを残り一周弱残した時点で徐々に上がり始めた。

 

 当然ながら、まだ上り坂やコーナーを複数残した今の時点で加速し始めるのは定石から外れている。が、だからこそ、他のウマ娘に追われないタイミングで先に出ていくこともまた策として成立するのだ。

 

 かつての黄金世代の一角、セイウンスカイが採った作戦を、同じく逃げを得意とするレオリュウホウは日経賞で成功させた。この天皇賞においても、多少形を変えて実行しないとは言い切れない。

 

 三番手以降のウマ娘たちには、まだそれに反応する動きは見られなかった。

 

〈5バ身ほど離れまして、トキオアクセル三番手であります。続く四番手はナリタトップロード、その後ノボエイコーオー、ほとんど全体の順位は変わりませんが、ステイゴールド稍動き始めたか、そしてその後ろにテイエムオペラオーが、彼女を追って上がり始めた!〉

 

「タイミングが早すぎる、伝えた作戦よりも……!」

 

 当初の作戦では3コーナーに差し掛かるより早いタイミングで、オペラオーが先頭へと迫る予定であった。今までオペラオーが幾度も本番で見せてきたスパートよりも、はるかに早いタイミングである。

 

 3コーナー前には上り坂があり、わざわざそんな所でスタミナを浪費するような走りをするなどとは誰にも予想されないだろう。

 

 まだまだ足を溜めるつもりであろうウマ娘たちは焦って追いかけ、逃げのウマ娘たちはなおのこと焦ることだろう。レース全体のスタミナ配分を崩すことが目的であった。

 

 しかし、状況は想定通りではなかった。

 

 レオリュウホウはつい先ほど鷹木が警戒した通り、一気に先頭へ迫って一番手を奪っている。中団前方のステイゴールドも、想定されていたよりずっと早いタイミングで仕掛け、後方からラスカルスズカも上がり始めた。

 

 他のライバルウマ娘たちの裏をかこうとする思考は、皆同じだったのだ。

 

 そして、テイエムオペラオーは、鷹木の伝えた作戦をその場でアレンジし……想定されていたよりずっと早いタイミングで前を目指し始めた集団に、後れを取ることなくスパートを掛けていた。

 

〈全体が固まり始めました、後方のラスカルスズカもウチを突いて徐々に差を詰めていっております!さぁ一気に中団から先団が固まってまいりまして、いよいよ第3コーナー、坂を上り切って先頭はレオリュウホウ、今まで逃げ続けていたタマモイナズマ苦しいか下がっていく、外からはナリタトップロードが二番手にまで上がってまいりました、そして、そしてテイエムオペラオー!遅れじと上がってきます、現在三番手!〉

 

 オペラオーのアドリブは、本番の舞台上で見事にかみ合っていた。早すぎるスパートに、彼女はしっかりと自らのスタミナ配分を組み換え、合わせていた。

 

 ナリタトップロードが、先頭のレオリュウホウへと一気に迫っていく。もしも、彼女が仕掛けたタイミングに遅れていては、そのまま逃げ切られていただろう。ナリタトップロードのスタミナ配分が完璧でなかったことはごく稀にしかない。

 

 もう一名、鷹木が警戒しているラスカルスズカはと言えば、今なお最後尾にて虎視眈々と足を溜めていた。が、間もなくその末脚は大きく芝を蹴った。

 

〈トシザブイ、ジョーヤマトも前方へ詰めてまいります、さぁそしてラスカルスズカ、大きく外に出た!グンと外をついて上がってまいります!中団へと一気に食らいついてきた!先頭はレオリュウホウ、半バ身のところにナリタトップロードぴったりと並んでいる!テイエムオペラオーは三番手、さぁ先頭集団固まってくる!第4コーナーを回って直線へと入ってまいります!〉

 

 この時点で、勝利争いに加われるウマ娘はほとんど絞り込まれたようなものであった。

 

 レオリュウホウは、他のウマ娘たちが定石通りに走っていれば、きっと逃げ切れたであろうが、天皇賞のハードルは高い。ほとんど全員が、普通では考えられないほどに早いタイミングで仕掛けたため、後方から迫りくる集団に既に埋もれつつある。

 

 ナリタトップロードは変わらず落ち着いた走りでありながら、この殺到してくる集団の先頭へ既に立っていた。スクリーンに映る表情にも未だ余裕が残っている、全ての勝負が決まるこの最終直線においてもなお、彼女の頭の中では冷静にスタミナの残量が計算され続けているのであろう。

 

 テイエムオペラオーは、トップロードの隣に出られるコースを取った。残るはトップロードを差し切れるか、あるいは大外から物凄い勢いで上がってくるラスカルスズカに差し切られるかの勝負だ。

 

 コース内側を回っていくステイゴールドも存在感を発揮していたが、既に直線に入って渾身の加速を始めたオペラオーたちからは距離が離されつつあった。

 

〈直線コースへと今向きました!400m、天皇賞のゴール前は長い!先頭はナリタ、わずかにナリタトップロード!テイエムオペラオー、テイエムオペラオーがグングンと差を詰めてくる!テイエムオペラオーが一気に先頭!そして外からは、ラスカルスズカ、凄まじい末脚だ、ラスカルスズカが猛然と迫って来た!〉

 

「行け……あ……あぁ……」

 

 鷹木は叫ぼうとしたが、拳を握り締めたままポカンと口を開き続けていた彼の喉はからからに乾涸びていた。

 

 長い。最終直線に入ってからゴールまでの十数秒が、あまりにも長い。既にオペラオーはトップロードをかわし、先頭に立っている。そこからが長いのだ。

 

 ラスカルスズカが恐ろしい勢いで差を詰めてくる。ナリタトップロードも決して速度を緩めてなどいない、オペラオーのすぐ隣にピタリと並び続けている。

 

 あの上り坂で一斉に仕掛けた全員が、これだけ走り続ける余力を残しているのだ。GⅠレースにて、唯一抜きんでた化け物など、そうそう居るものではない。ラスカルスズカがナリタトップロードを捉えた。

 

 そのわずかに先を駆けていくオペラオーを差すのも、あと僅かかと思われた。

 

〈テイエムオペラオー!ナリタトップロード!ラスカルスズカ!ラスカルスズカが二番手へ!テイエムオペラオー出た、テイエムオペラオーが差を開いた!〉

 

 背後に迫るラスカルスズカの蹄音は大歓声の中でも届いていたのであろう。だとしても、オペラオーが更に加速することが出来た様を、彼女の担当トレーナーであるはずの鷹木は信じられぬ思いで見つめていた。

 

 そのままのペースでいけばラスカルスズカに譲ったであろう先頭を、オペラオーは更に引き離したのだ。

 

〈テイエムオペラオーが前に!リードは1バ身!ラスカルスズカ突っ込んでくる!ラスカルが迫る!しかしテイエム!先頭テイエムオペラオーでゴールイン!やりましたテイエムオペラオー、人気に応えました!春の天皇賞、勝ちましたのはテイエムオペラオーです!三つ巴の激戦を制しました!〉

 

 篠突く雨のごとく降り注いでくる、幾万人もの大絶叫を浴びて、テイエムオペラオーは拳を突き上げていた。

 

 トレーナー用ブースの中で情けなく息を喘がせていた鷹木であったが、どうにか遠のく意識を引き戻しながら大型スクリーンの方へと顔を向ける。

 

 夢とも現ともつかぬ中でフラついている鷹木は目を見開き、確定の赤ランプが彼の視界のど真ん中に突き立った。

 

 それは輝かしい勝利であることに違いなく、同時にこのレースを見守っているだけでも衰弱しきっているトレーナーを、今後も精神をすり減らす道へと誘う信号でもあった。

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