覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

6 / 111
 初のレースに出走する、テイエムオペラオー。本物のレースに臨むのは初のことながら、トレーナーの緊張とは裏腹に不動のメンタルを見せつけるオペラオー。しかし、勝負は実際に走ってみなければ分かるものでもなく。

 


怪物の血統、覇道に横たう

 夢の第一歩を踏み出す晴れ舞台、というのはメイクデビューレースの一側面に過ぎない。実際には、様々な思惑が彼女らの与り知らぬ場で蠢き始める瞬間でもあるのだ。

 

 バ場の整備やレース運営を行うスタッフ、レース中の模様を伝える実況者、その後のウイニングライブにおけるステージセッティング、そして来場客の誘導を行う警備に至るまで……ベテランと見える者の後ろを緊張した面持ちで付いて回っているのは、この道に入ったばかりであろう若い顔であった。

 

 トレーナーの世界においても、それは同様である。トレーナーを目指している者たちにとって、名だたる歴年の指導者たちとの接触を図れる絶好の機会がメイクデビューであった。名刺のケースを手に、真新しいスーツで汗を流して会場入り口に群れを作っている学生たちが、本日のレースでも現れた。

 

 GⅠなどの大きなレースにおいてウマ娘はもちろんのことながら、彼女らを指導しているベテラントレーナーと直接面会できることはまずない。凄まじい量のファンが詰めかける競バ場においては、彼らトレーナーの身の安全確保が最優先で行われるためだ。

 

 警備の隙を突いてバックヤードに入り込んだファンによって、勝利した……ないしは敗北したウマ娘のトレーナーが暴行を受ける、そのような事例も過去には発生していたのである。ファンの熱狂は、一歩踏み違えれば狂気であった。人気トレーナーへ送りつけられる郵送物も、全て警備によってあらかじめ開封されることが常である。

 

 が、メイクデビューレースとなれば、緊張感に包まれているのは新米トレーナーばかりである。髪に白いものが目立ち始めたトレーナー連は、気楽そうにくつろぎ、競争相手チームの担当トレーナーとも談笑を交わしている光景がそこかしこで見られた。……それは決して平和な光景ではなかったのだが。

 

 彼らの中では、レースを行う前からおおよその決着が目に見えている。長年培ってきた観察眼から、メイクデビューにおいてどのウマ娘が勝ち、他のウマ娘が何着あたりになりそうか、見当はついている。多少予測が外れることがあっても、このレースの結果はGⅠレースの結果と比べ、あまりに軽い。

 

 ベテラントレーナーたちにとってメイクデビューの場は、自分が担当している以外のチームを値踏みするためのもの、という意味合いが大きかった。名刺を手に近寄ってくるトレーナー志望の学生たちを笑顔と貫禄を以てあしらい、対抗バを出走させる若手トレーナーへ気さくな冗談交じりの圧を掛けて委縮させる。

 

 重要となってくるのは、自チームと拮抗するチームの担当トレーナーへの対処である。いずれ脅威となりうるウマ娘を擁するチームへ睨みを利かせ、そこのトレーナーに自チームの存在感を示すための挨拶回りは欠かせない。

 

 将来的に大きなレースへ出走する際、本命のウマ娘の他に妨害役に徹するウマ娘を出すことは珍しいことではない。これと言ってマークすべき相手が見当たらない場合も、二、三名ほど自チームからエントリーさせて安定を図るのが普通である。

 

 その際、下手に力のある他チームのウマ娘を妨害してしまった場合、そのチームからの報復行為は必ず来る。報復行為を抑えて跳ねのけようとすれば、複数の敵対トレーナーによる連携でますます強まる締め付けに遭い、結果的に自チームを孤立させてしまうことになりかねない。

 

 ゆえに、このメイクデビューの場において「手を出すべきではないチーム」として自らのチームをアピールし、同じだけの力を持つチームを確認しておくことがベテラントレーナー達にとっては重要な命題だったのだ。

 

 妨害行為の応酬が行われない、表面上は正々堂々としたレースは、こうしたチーム間のパワーバランスによって保たれていた。

 

 彼らがにこやかな笑顔の下で「今後とも良い関係」を築くための根回しにせっせと励んでいる傍ら、鷹木のもとへ訪れるトレーナーは居なかった。若年にして初めてチームを任された年には、鷹木自身もあのピリついた談笑の輪に加わっていたのだが。

 

 ありとあらゆる存在が殺気立っているGⅠレースの出走前とはかけ離れた、ガヤガヤと私語の飛び交う空気の中で出走登録確認を済ませた鷹木。ウマ娘たちが実際にレース場入りするにはまだ時間があり、それまで話す相手も居ない鷹木は沈黙したままトレーナーの待合所を出て行った。

 

「情けないな、新米みたいに心臓バクバクさせて……」

 

 鷹木が口に出したのは、自分自身についてのことである。既にチーム担当も経験した先輩であるはずの自らより、ベテランたちの尻について回っている新人トレーナーたちの方がはるかに自信にあふれているように見えたのだ。彼らにも負かされ、追い越される想像が鷹木の動悸を否応なしに高めていた。

 

 まだウマ娘の影も形もない地下バ道へ入ろうとした際、ガッチガチに緊張しているのだろう新米警備員がどもりながらも彼を制止にかかったことで、ようやく鷹木の表情は和らいだのであった。

 

「ご心配なく、自分はトレーナーです。ちょっと早いですが、バ場とパドックの状態を確認しに。」

 

「こっ、これは、失礼いたしました!お気を付けて、いってらっしゃいませ!」

 

 トレーナー達はベテランを先頭にした集団で来ると聞かされていたのだろう彼が、一人きりでフラフラと入って来た鷹木を不審者と間違えたのもおかしくはない。しかし必要以上の大声と共にビシッと敬礼を見せた警備員を前に、鷹木は今日初めてトレーナーとしての自分の存在を認めてもらえたような気がした。

 

「ありがとう。」

 

 きっとその謝辞の意味を、硬い表情と共に再度の敬礼を以て返した警備員は知らなかったろうが。

 

 トレーナーがレース場入りするのは、ウマ娘たちの到着より数時間以上早くなる。このメイクデビューにおいては前述のとおり談笑で潰すことが多々であるが、本式のレースとなれば何らかの手違いがあった場合、余裕をもって対処に当たらねばならない。

 

 それでも、レースのみならずその後に控えるウイニングライブの準備のため会場スタッフが前夜から泊まり込みで働き続けているのと比べれば、トレーナー達は随分と遅い到着である。

 

 メイクデビューをわざわざ見に来る数少ない観客もまだ姿が無く、ウマ娘たちの蹄鉄の音も遠いバ場に鷹木は顔を出した。

 

 すれ違う整備スタッフたちが一様に苦笑いを浮かべていたことから……いやそれ以前に彼の耳にも非常に聞き慣れた歌声が届いていたのだが……十分に予測できた、その姿は既にターフ上で歌い舞っていた。

 

「『あの方は太陽 あまねく世界を照らす者!』

      『そう その名は!』

        そ ・ れ ・ は

     テ イ エ ム オペラオー!

    讃えよ テ イ エ ム オペラオー!

     この世で最も 強く 美しく!

        華麗な 光を!

   無限の愛をあなたにも それが王の

    テイエムオペラオーのさだめ!

     テ イ エ ム オペラオー!!    」

 

 彼女の狂態は今まで幾度も見てきたはずだったのだが、いざ本番となってなお変わらぬその振る舞いは殊に異様に思われた。

 

 そもそもウマ娘にとってメイクデビューの経験は生涯で一度きり、どんな結果に終わろうともこれが最初で最後のメイクデビューである。今まで彼が担当してきたウマ娘は、どれだけ勝気な性格であろうとも緊張の面持ちを隠しきれずにいたことが常であった。

 

「   『オペラオーさま!』

『あなたにとって私は、幾万の内の一人』

『でも私には、たった一つの輝きなの』

『おまえにはわかるまい、彼女の悲しみが』

  『今こそ取り戻そう その笑顔!』

     『『決闘だ!』』

     『やめて!フジ!』      」

 

 少なくとも本番前のターフ上で、一人何役ものセリフを即興劇のごとく歌い、レース場の整備を続けるスタッフ達が望みもしないのに披露し続けているウマ娘は今まで居なかった。

 

 鷹木が途方に暮れた視線をオペラオーに投げかけているのを周辺のスタッフも気づいたのであろう。自分にも視線が突き刺さってくるのを感じた鷹木は重い足を、むやみやたらと喧しい栗毛のウマ娘の方へと運んでいった。

 

「おーい、整備の邪魔になるから、そろそろ……」

 

「『二人の愛はこの手で取り戻す! 戦え、愛を賭けて!』

 『ボクは何も拒まない 愛も 決闘も すべて それが』

    『テイエムオペラオーのさだめッ!!』     」

 

「おい、ちょっと……おい!おいって!いって!ッてぇ!!」

 

 オペラオーの世界の中ではどうやら騎士同士の決闘が行われているらしく、そのタイミングで話しかけてしまった鷹木はオペラオーがレイピアのごとく構えた日傘の先で突かれる羽目になってしまった。転んだ瞬間に視界の端に入ってしまったのだが、周りから沸き上がった笑い声には遅れてやってきたトレーナー達も加わっていた。

 

 この光景に視線を注いでいる整備員たちの冷笑が、多少は温まった笑い声へと変わったのは、鷹木にとってあまり救いとは言いがたかった。芝の上へ不格好に突き倒された鷹木に手を差し伸べ、日差しを後光の如く背負ったオペラオーが笑顔で言い放つ。

 

「『争いは 愛を生まない』

 『お互いを受け入れる心』

  『それが愛なのさ』  」

 

「いやお前、武器持ち出してただろ……ったく……。」

 

 オペラオーは腕一本で軽々と鷹木の身体を引き起こし、この場を持て余して眺めていた整備員たちやトレーナー達へオペラ出演者のごとく深々と礼を送る。苦笑いの中からパラパラとまばらな拍手が飛んでくるのを耳にしながら、鷹木は手を大きく振るオペラオーを連れてウマ娘控室の方へと戻っていった。

 

 彼女に話しかける前、オペラの世界から現実へ戻ってきているかどうか、その表情から読み取ろうとした鷹木であったが……常々より芝居がかった形振りの染み付いたオペラオーの表情は、何の手がかりにもならなかった。

 

「レース本番だってのに、何をのん気に歌って踊っているんだ。無駄に体力を消耗したらどうする。」

 

「ボクのことを心配するには及ばないさ、君こそ大丈夫かい?初心な小娘の如く、頬と耳先を赤らめてしまって!」

 

 あれだけの注目を浴びた中心で、担当ウマ娘に小突き回され転倒する様を堂々と披露してしまった鷹木が、恥ずかしさを感じないでいるほうが無理があるというものであった。

 

「俺のことはいいから……きっちりと今日は走れるんだろうな?作戦も頭に残っているか?」

 

「もちろん!『差し』で勝負するんだろう、そのために練習してきたんだ!さぁ、覇道の第一歩を目に焼き付け、震えて涙を流すが良いよ!」

 

 オペラオーの気取ったセリフ回しは、確かに屋外でなければ過剰な声量であった。壁に反響したその声がビリビリと鼓膜を震わせる中で耳を抑えながら、鷹木はますますこのウマ娘の真意を掴み難く感じた。

 

 これまた初仕事で機材に慣れていない新米実況者が、マイクから盛大にハウリングを鳴らすというハプニングはあったものの、ともあれメイクデビュー開始を告げるファンファーレは当初の時刻通りに鳴った。

 

 鷹木はトレーナー席にて肩や背中に着いた芝草を手で払いながら、周囲から変わらず投げかけられる視線や笑いを痛いほど感じていた。居たたまれなさを覚えることには慣れていたはずだったが、そこに追い打ちをかけるかの如くアナウンスがかかる。

 

〈8番、テイエムオペラオー、1番人気です。〉

 

「マジか……」

 

 メイクデビューに出走するウマ娘たちには当然ながらレース戦績など無いが、この時点での人気はトレセン学園における学業成績がもととなっていた。座学においては優秀な点数を残しているオペラオーは、もとより人気度が好位に付きやすい状態だったのだろう。

 

 その上で、現地に集まった観客や出走ウマ娘のいないトレーナー達による投票が行われる。チームに所属していないオペラオーが人気度上位に躍り出ると鷹木は考えていなかったのだが、先ほど十分すぎるほどに目立ってしまったことが響いたらしい。

 

 1番人気のアナウンスがあった際、拍手よりも笑い声の方がずっと多かったことを知りもせず、パドックに現れたオペラオーは誇らしげに気取ったポージングを取り続けていた。緊張を全身で受け止めている他のウマ娘と比べ、圧倒的にリラックスした様は確かに貫禄だけはあった。

 

 オペラオーがゲートに入っていくのをその目で見るまで、鷹木は随分と長い時間を過ごしたような心持ちであった。本来であれば、そこから後の時間こそが本命なのに。

 

〈各バ一斉にスタートしました。先頭に躍り出たのは1番ラハイナルナ、ほぼ並んでトウショウアンドレ、トーホウフェリシアが続きます。〉

 

 ゲートが開き一斉に飛び出していくウマ娘たちの集団、テイエムオペラオーはその後ろに付いている。

 

「よし……指示した作戦通りに走るつもりだな。」

 

 やはり距離も短いメイクデビューレース、逃げを打つウマ娘たちは我先にと先頭へ出ようとしては集団を形成していた。レース前にオペラを歌っていたオペラオーをマークしようとするウマ娘は、何処にも居ない。

 

〈第1コーナー入って依然先頭はラハイナルナ、上がって来たのはサッカーエース、外を回るようにしてヤマニンプレンティ、1番人気のテイエムオペラオーは後方にてマイネルパラダイスと並んでいます。〉

 

 ナリタトップロードと同じ血をひくウマ娘が、ぐんぐんと上がってくる。幾度もオペラオーとの練習を見せつけたトップロードと比べても何ら遜色のない、いやむしろ速いようにも見える。

 

「当然だ、本番なんだから……焦るなよ、オペラオー。」

 

〈マイウェイホーラー、マルブツミラーが続きます。その後に遅れて2番人気のクラシックステージ、集団の中でもがいているか。〉

 

 鷹木が最も警戒していたウマ娘、かのサンデーサイレンスの血統を引くクラシックステージは、一斉に逃げを打とうとする集団の中に埋もれてしまっている。まるで先に進むのをブロックされているような……と感じた鷹木だが、その仮定はすぐに打ち消した。

 

 これはメイクデビュー戦である。ウマ娘たちにとって、生涯で一度きりしか経験できないデビュー。そんな中でハナから勝利を諦めさせ、妨害に徹させるような指示を出すトレーナーは流石に居るはずがない。

 

 あり得ない仮定がふと浮かんでしまったのも、サンデーサイレンスの血統のあまりに名が知れているせいだ。鷹木はそう考えることにして、オペラオーの足の運びに注目を戻した。短いレースは終盤へと差し掛かりつつあった。

 

〈さぁ第2コーナーを回って最後の直線、先頭は変わらずラハイナルナ、内からマルブツミラーが上がって来た、足をためていたテイエムオペラオーもスパートを掛けた!〉

 

 全出走バが競って先頭へ出続けようとしていたおかげもあって、集団は間延びせず先頭から後方までの距離も短い。幾度も練習を重ねたオペラオーによるラストスパートの加速は、手に汗握っている鷹木に安堵をもたらした。

 

(いいぞ、行け……!)

 

〈テイエムオペラオー、先頭との距離をみるみる詰めていく!オペラオーに並んだマイネルパラダイスも負けてはいない、追いすがる!〉

 

 ずっとオペラオーと並ぶように走っていたウマ娘は、鷹木の想定から外れた唯一の存在であった。前情報では逃げを得意としていたはずの選手が、トレーナーの指示によって違う作戦を採ったのだろう。

 

 だが、もとより得意とする走り方を取るオペラオーに追いつく兆しはない。

 

〈テイエムオペラオー、マルブツミラーと並んだ!このまま差し切るか!〉

 

(よし!)

 

〈間からクラシックステージが追い込んできた!驚異的な末脚、これは速い、速いぞ、集団から抜け出して一気に突き放してゴールイン!〉

 

「えっ……?」

 

 その姿が飛び出してきたかと思いきや、実力の拮抗していた集団を一息に置き去りにし、誰よりも先にゴールを越えていた。

 

〈一着はクラシックステージ!集団の中でもがきながらも、最後には圧倒的な着差と実力を見せつけました!二着はテイエムオペラオー、三着はマルブツミラー!〉

 

「6バ身差……」

 

 一着と二着の差は、あまりに大きく隔たっていた。オペラオーは二着とはいえ、三着以降と半身ほどしか空いていなかったのである。

 

 あまりに唐突に、警戒心の隙を突くように見せつけられた結果を前に、鷹木は「確定」の赤表示を呆然と見上げていた。観客席からは見事に一着を決めたウマ娘への拍手が送られていたはずだったが、何を勘違いしているのか誇らしげに高笑いを続けているオペラオーの存在もまたとても信じられなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。