覇道のドラマトゥルク   作:Okubo Masau

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エアシャカールが出走する東京優駿当日、合同練習にかこつけて共に観戦しようとする仲間たちが集う。そんな場に、意外過ぎる先輩ウマ娘が姿を現した。今回登場する先輩トレーナーは、個人で二次創作を進めているブログ内にて交流のあるフレンドさんの作品からコラボ的にお借りしたキャラクターです。


天を仰げば雲の遮る

 メイショウドトウが圧巻の走りを見せつけた金鯱賞の翌日、5月28日。

 

 自らに近しい同期や後輩ウマ娘が大きなレースに出走するたび、その観戦に熱を入れたがるオペラオーの性質を理解しているのは、担当トレーナーの鷹木ばかりではなかった。もはやオペラオーに練習を申し込むのが日課のようになりつつあるアグネスデジタルを始めとして、その日はナリタトップロードとアドマイヤベガも顔を出していた。

 

 当然のごとく、派手で賑やかなことの好きなテイエムオペラオー自身は、いずれ強敵となりうる相手の訪問を喜び迎え入れている。

 

「ようこそ集まってくれたね!照らす陽光のいよいよ強まる今日という日を、共に駆け、競い合おうじゃないか!ボクたちの熱き思いをたっぷりと混ぜて、このレース場に我らの血よ咲き誇れ!はーっはっはっは!」

 

「すべてのウマ娘ちゃんたちのキラキラのために、走りましょう!楽しく、自由に、この集いから、好敵手の血の誓いよ……栄えよ、です!」

 

 もはや現世代の騒がしさツートップとも呼べるオペラオーとデジタル。両名から距離を取りつつも、ナリタトップロードのすぐ傍にアドマイヤベガは寄り添っていた。

 

「ははは、オペラの知識で張り合うだなんて、アグネスデジタルは流石だね。」

 

「まるでオペラオーが倍に増えたような騒がしさね……。」

 

 そんなウマ娘たちのやり取りを前に、蚊帳の外に置かれながら彼女らが並走練習を行う練習用コースのセッティングを続けることにも鷹木は既に慣れている。

 

「お邪魔します。」

 

 今、そんな彼の表情へと一気に緊張を走らせたのは、あまりにも予想外の人物……とウマ娘がここに姿を現したことが原因であった。

 

「八雲井トレーナー。」

 

 鷹木の声色が、あまりにも強張っていたためであろう。あれやこれやと騒いでいたオペラオーたちも、鷹木の視線が向かう先を振り向いた。

 

 そこに姿を現していたのは鷹木や片桐たちよりも一回り先輩と見える、少々強面でどこか近づき難い険しさを備えたトレーナーと、そんな彼に数歩遅れてノンビリと歩いてくる芦毛のウマ娘。

 

 さすがのアドマイヤベガやナリタトップロードも、突然の先輩ウマ娘の出現に面食らって声が出ない。言うまでも無く、鷹木は喉の奥で次に舌の上に乗せるべき言葉を選ぶのに必死である。

 

 やはり、この沈黙を真っ先に破ったのはオペラオーであった。

 

「ようこそ!わが勇者よ!ようこそ!青天を往く雲よ!さぁ、みんな、ボクに続いて!快晴を迎えるには陽気でなければ!手を貸すんだ、騎士たちよ!レースの中でも、舞台上でも、誰より元気な今日のボクの姿を見てごらん!恋の歓びを知りたい人は、このボクの愉快な気分を真似るがいい!セイウンスカイ先輩、あぁ、会えてうれしいよ!!」

 

「にゃは~……いやぁ、そんなにご大層な口上で盛り立てられちゃうと、セイちゃんは困っちゃいますねぇ。」

 

 後頭部を無造作に掻きながら、セイウンスカイは口角を軽く上げ、やはり軽い調子のままでオペラオーのエスコートを受けている。まさに芝居の舞台の上で行われるような仰々しい身振り手振りと共に出迎えられて、困るのは彼女に限った話ではなかったろう。

 

 しかし、それでも他のウマ娘と違い、あくまでも落ち着いた雰囲気を保ち続けているのは、黄金世代の一角たるセイウンスカイならではといったところであった。

 

 圧倒的な強さを誇るスペシャルウィークや恐ろしいまでの闘争心を秘めたグラスワンダーの全盛期と競い合った彼女は、何者にも読みを通させない変幻自在の脚運びで勝利を攫っていくトリックスターとして今も根強い人気を誇っている。

 

 長距離における彼女の巧みな逃げ戦術は、現世代ではレオリュウホウなどが大いに参考にしているところだ。

 

 とはいえ、当のセイウンスカイは昨年の秋の天皇賞への出走を最後に、ふっつりとレースの舞台から姿を消していた。トレセン学園においては、例えば近くの山の渓流で釣り糸を垂れている彼女の姿が目撃されることは稀にあれど、もはや事実上の引退をしたものだという認識が一般に罷り通っていた。

 

 今年度に入ってもなお走り続けているグラスワンダーが、既に全盛期の身体能力を発揮できていない様を見るにつけても、それが妥当な判断であるようにも思われた。まさに風の向かうまま気の向くままに流れていく雲のごとく、セイウンスカイはURAを去ったのだと。

 

 そんな彼女が、これまた誰も予想だにしていなかったタイミングでフラリと顔を出したことに、何の目論見があるのか。少なくとも、黄金世代の先輩を全力で出迎えているオペラオーの脳裏には何の憶測も浮かんでいなかったろう。

 

 オペラオーに引っ張られるような形で後輩ウマ娘たちの輪の中に加わったセイウンスカイの前では、多少なりと緊張の面持ちを浮かべた他の面々が挨拶を述べているところであった。

 

「……アドマイヤベガです。その……私の名前、一息では呼びづらいかもしれないけれど……」

 

「彼女のことは、アヤベと呼んでくれればいい。初めまして、ナリタトップロードです。」

 

「アヤベさんに、トップロードくんね。どっちも知ってるよ~、よろしく。あれ?さっきまで賑やかだった子が、静かになっちゃってる。」

 

「おぉっと!まだまだボクも賑やかさが足りないかな!では、セイウンスカイ先輩のお眼鏡にかなうように、ますますもって気合を入れていこうか!」

 

「やめて。アンタは十分うるさいから。デジタルちゃんのことでしょ。」

 

 すかさずアドマイヤベガに制止されているオペラオー。

 

 見れば、確かに先ほどまではオペラオーと共に何やかやと騒いでいたアグネスデジタルは、黄金世代の先輩の登場と共に一歩身を引いて彫像のごとく静かになってしまっていた。

 

 そんなデジタルへ、ずいと顔を近づけたセイウンスカイの悪戯っぽい半目が、彼女のここに来て始めて浮かべた表情らしい表情であった。

 

「おやおや~、よく似た別のウマ娘ちゃんかにゃぁ?あの有名なデジたんに会えるのを、楽しみにしてたんだけど。」

 

「ひょ、ひょわぁあ……わ、私なんかのことをご存じだとは、そんな、畏れ多い、めっそうも無い、恐悦の極みにておじゃりますぅ……」

 

「はーっはっはっは!ライブ会場でデジタルを見かけない日は無い、と有名だからね!誇りたまえ!その名声はキミをきっと高みへ誘うだろう!」

 

(練習場に顔を出していない間、アグネスデジタルはどんな振る舞いを見せているんだろう……。)

 

 言われてみればよく知らないデジタルのプライベートについても多少は気になりつつ、やはり鷹木の神経は今対峙すべき相手へと集約されていった。

 

「さすが、集まるところには一流のウマ娘たちが集まっていますね。」

 

「い、いや、これは、オペラオーが気軽に迎え入れているようなものですから……。」

 

 八雲井トレーナーの声を聞くのは初めてであったが、自分がなぜ彼との対面でこれほど緊張しているのかと思い返せば、それは2年前の東京優駿にまで遡る話であった。

 

 あの日、同期のトレーナーや担当ウマ娘たちと連れ立って観戦へ向かった鷹木とオペラオー。勝手にキングヘイローへと会いに行こうとしたオペラオーを追って、レース場のバックヤードへと紛れ込んだ鷹木は、そこで力任せに壁を拳で殴り続けているトレーナーを目撃したのであった。

 

 自身の骨が砕けようとも構わない、と言わんばかりに野放図な勢いで、ガツン、ガツンとコンクリートの壁に血をにじませているトレーナー。その者こそが、その日東京優駿にてスペシャルウィークの前に敗れたセイウンスカイの担当、八雲井トレーナーだったのである。

 

 そんな物騒な初対面のエピソードが無くとも、鷹木が八雲井を前にして緊張の面持ちを隠せずにいることは避けがたかったであろうが。

 

「互いに切磋琢磨する相手が自ずから集まってくる、というのも強いウマ娘の条件かもしれませんね。ウチのセイウンスカイはどうも、隙あらば独りで居たがろうとするもので。」

 

「やはり、そういう子を大舞台へと押し上げるのもまた、トレーナーの手腕と言ったところでしょうかね。」

 

 中央のトレセン学園に一応在籍しているだけ、年度の始まりごとに学園の側から担当ウマ娘をあてがわれるのを待っているだけの若手トレーナーたる鷹木とは対照的に、八雲井はチームを受け持つトレーナーである。

 

 複数のウマ娘を一手に引き受けることが許可されているチームトレーナーが担う責任は、そのウマ娘の数と比例して重くなる。ゆえに、相応の実績を有する者でなければ、チーム担当となるだけの資格は得られないのだ。

 

 更に八雲井のチームを異色たらしめている所以は、そのスカウトのスタイルにもあった。基本的には中央のトレセン学園に出てくるウマ娘たちを吟味したうえで決定されるスカウトであったが、彼の場合は自ら地方を行脚し、能力に関わらず自らの眼にかなったウマ娘を引っ張ってくる。

 

 セイウンスカイもまた、そうして見いだされたウマ娘である。

 

 地方レースだけで選手生涯を終えるものと思われていた彼女が中央に出て、のみならず黄金世代、最強世代と呼ばれるウマ娘たちの一員となったのも八雲井の手腕に大きく因るところであった。

 

 引き比べてみれば鷹木は、ただテイエムオペラオーをあてがわれ、テイエムオペラオーの求めるがままに走らせ、そしてテイエムオペラオーによって現在のGⅠシニア級の世界へと連れてこられたようなものである。

 

 あのトレセン学園主任会議にてオペラオーから「扱いやすいバッグ」と称されたことは今なお記憶の中心に刻まれている。オペラオー自身は、そんなこと既に覚えてなどいないだろうが。

 

 相手とは全く対照的な経緯でここに居ることを鑑みても、鷹木は自然と萎縮する思いだった。

 

「それで……本日は、どのような……」

 

 八雲井の顔色を全力で窺いつつ、恐る恐る切り出した鷹木の言葉を、オペラオーの威勢良い声が遮る。

 

「来てくれたということは、今からボクたちが行う練習競走に参戦してくれるということだね!セイウンスカイ先輩!」

 

 自分自身の抱える緊張のあまり、このテイエムオペラオーというウマ娘が遠慮とは無縁の存在であることを鷹木はすっかり失念していた。

 

 顔色を失って自らの担当ウマ娘の誇らしげな表情を見つめ、次いでセイウンスカイの顔へと視線を走らせ、自分の隣に居る八雲井トレーナーの表情を再び窺う鷹木。

 

 彼にとっては幸か不幸か、観察対象たちからは一様にこれと言って表情の変化など見いだせなかったのであるが。

 

「いや~、せっかくのお誘いは嬉しいんですけどねぇ。やっぱり、ちゃんと体のコンディションを合わせてからじゃないと、こういうのはね~。」

 

 何ほどのこともないかのようにサラリと断るセイウンスカイ。オペラオーは残念そうな表情を浮かべたが、断られても当然のことである。

 

 毎日毎日走りこむ練習を続けているウマ娘たちは、積み重ねてきたペースのおかげで本番同然の負荷に耐えうる体が既に出来上がっている。それは脚のみならず、心拍や呼吸に至るまで、日常生活とは比べ物にならない高負荷を自然とこなすだけのタフネスによって為し得る芸当である。

 

 だが、いかに同じウマ娘と言えど、しばらく走っていないウマ娘が突然に本気の走りを求められても、万全のパフォーマンスを発揮できるわけではない。最悪の場合、何らかの故障を発症してしまう可能性もある。

 

 口には出さぬまでも、鷹木はセイウンスカイがこのところ走りからは遠のいているのではないかと推察していた。

 

 レースに出るウマ娘の身体は人間とは比べ物にならぬほど頑丈に見えて、やはり繊細なのだ。超高性能なレーシングマシンのごとく、常に状態をチェックすることが不可欠。それを担っているのがトレーナーである。

 

「いきなり無茶を言うもんじゃない、オペラオー。すみません、無遠慮に申し上げてしまいまして……」

 

 それゆえに鷹木が八雲井にそう言って頭を下げたのも順当であったが、次の瞬間に八雲井トレーナーが放った一言で彼はガバと顔を上げることとなった。

 

「走ってみせろ、セイウンスカイ。何のために毎日トレーニングに引っ張り出していると思っているんだ。」

 

「えっ……!?」

 

「えぇ~、今日はセイちゃん、後方腕組みウマ娘のつもりで来たんだけどなぁ。」

 

 やはり変わらずノンビリとした口調で抗議するセイウンスカイを他所に、八雲井トレーナーは鷹木の方へ向き直った。

 

「こちらからお願いします、鷹木トレーナー。現世代のウマ娘たちの走りを、彼女に経験させる機会です。」

 

「しかし、彼女のコンディションは……?」

 

「万全です。今日も日課のジョギングと走り込みを済ませてきたところですから。体は温まってます。」

 

「そうそう、だから休憩がてら後輩たちの練習風景を眺めて~、それから今年の日本ダービーの観戦としゃれこもうか、って感じでですねぇ……」

 

 またしてもマイペースにサボりへと持ち込もうとするセイウンスカイの喋りを遮ったのは、再びテイエムオペラオーの声であった。

 

「ならば話は早いね、セイウンスカイ先輩!行こう、共に栄光の彼方へ!龍は雲を得て天に昇るというじゃないか!空の高みを更に越え、あの一等星を掴みに行こう!」

 

「なんで私を指さすのよ……」

 

「あはは~、これまた暑苦しい歓迎で。けど、確かにアヤベちゃんは掴むといい匂いがしそうですなぁ。」

 

「ちょっ、待って、セイウンスカイ先輩まで……助けて、トップロード!」

 

「人気者だね、アヤベ。さぁ、さっそく練習の準備を始めようか。」

 

「ひょわぁ……こんな尊い一幕を拝めるなんて……デジたんは一足お先に天へと昇りそうですぞ……。」

 

 再びにわかに賑わしくなった一団が去っていくのを、呆然と見つめていた鷹木。

 

 彼の胸に、瞬く間に高まって来た動悸が押し寄せるのは間もなくのことであった。今から、黄金世代の一員、セイウンスカイが目の前で走るのだ。それも、オペラオーと並んで。

 

「あの……セイウンスカイは、今後の出走予定が……?」

 

 練習場でのタイム計測準備へ向かう八雲井トレーナーの背に、彼は質問を投げかける。

 

 それに応える時はじめて、今まで物腰穏やかであった先輩トレーナーの言葉には静かな迫力が籠って聞こえた。

 

「はい。負けっぱなしでは居られない性分でしてね。あの子も。」

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